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「これからおれが話すことを記憶しろ。かなで、お前は楽観的に捉えすぎるところがある。……ここでは命取りになる」
「そんなに、ですか」
「ああ。説明をはじめる」
と、やけに真剣な空気を出し、カタクリさんは話し出した。
気分は小さい子供だ。ふよふよと浮く身体は形ばかりに椅子へ座らせ、向かい合う形にした。互いに見下ろし見上げる体勢だけど、私は特に苦ではない。どうやら痛みを感じることもないらしい。
……首を下げ続けなきゃならないカタクリさんが疲れないかは、わからないけど。
気にした様子もなくつらつらと告げられる言葉に、相槌を打っていく。
「まず、この世界についてだが……お前が知ってる世界とは違う。おれもお前の世界は知らねェ」
「ほう」
「お前がおれの世界に通じるのは、お前が向こうで寝ている間だけ。お前の世界とこの世界は、地形の在り方も生物の在り方も常識も異なる……必要以上におれに向こうの知識を晒すな。何が影響するかわからねェ」
「ふむふむ」
「そして。……お前の姿が見えるのはおれだけだ。他のやつらには姿はもちろん、声も認識できちゃいない。無論、気配も感じていない」
「なるほど」
「おれが見聞色に長けているから、だけとは考えにくい……ガキの頃から見えてたからな」
「ガキ?」
「ああ」
二本差し出されていた指が一つ無くなる。世界の話はこれで終わりらしい。
え? 短すぎない? けんぶんしょく、とか。聞きたいことも、あるような。
聞き返すか、止めるか。私が迷っている間に「最後まで聞け」とカタクリさんが止めるので、口をつぐむ。
この先を話した方が早いと、言わんばかりだ。
私も聞く体勢を整える。
「お前はこれから、何度もおれに会うことになる。おれの前に現れる時はいつも不定期で、お前の時間軸もバラついてる」
「……ん? ええっと……?」
な、なんだか急に……わからなく、なってきたぞ……?
「……例えるなら……今の状況がまさにそうだ。おれはガキの頃からお前に会っているが、お前はおれに会うのは二回目だという……同じように、次にお前が目を覚まし再びこの世界に来た時には、おれは今のおれではなく、今から過去か、未来のおれだ」
「……わ、わかりやすく……」
「……お前はこの世界の過去と未来を行ったり来たりしている」
これ以上は易しく言えない。そんな意図を察して、頭を捻らせる。
──つまり……自動タイムマシン、みたいな……?
聞く限り、法則性や条件はないのだろう。あるいは、この人が知らないだけで。
さっきまで過ごしてた時間より過去の時間軸に飛ばされる。一気に話が飛んで、未来になったりする。
……うん、わかった。納得。夢ではありがちなことだ。
「なん……となくわかりました。だから一度目が年上か聞いたんですね」
「……ああ。今のおれの記憶にないんじゃ、可能性は未来しかねェ。未来のことは、極力知らない方が安全だ」
「ああ、タイムパラドックス。過去が変わったりしたら大変って、よく物語で見ます」
「そうだ」
だからか。一度目も二度目も「今更か」と言われたことが、すとんと胸に落ちた。
カタクリさんの言う通りなら、私は随分前からこの人と知り合いだ。何年も後に初めましてをされたら、そりゃ今更だと思うし、お兄さんと呼ばれるのもむず痒いはずだ。子供の頃のカタクリさんはまだ知らないけど、私が今の成人女子のまま会っていたとしたら、子供に向かってお兄さんとはおそらく呼ばない。
なるほどー。腕を組み理解を深めていると、視線を感じる。何を言うでもなくじっと私を見ているカタクリさんは、私が納得するまで待ってくれているようだ。良い人。
「ここまではわかったか」
「はい、大丈夫です」
「なら次に、お前とおれが関わる時のルールを話す。そんなに難しいもんじゃねェ。覚えろ」
「あ、はい」
じとりと念押ししてる目に見えた。気のせいだろうか、なんだか信用されてない。呆れのような、感じもする。
それでも丁寧に説明するのだから、根気強いのか、面倒見がいいのか、なんなのか。
「まず一つ目。ここに来たらおれを探せ。二つ目。おれに会ったら何度目か伝えろ。三つ目、……未来の話をおれにするな」
「……それだけ、ですか?」
「ああ。おれはお前に年齢だけを伝えている……互いに明確な回数を提示するのは避けたい。おれがお前に会った回数を教えたところで、お前には意味のないことだ」
きょとり。瞬いて。
「でも、この年齢の時までに何回会うんだなーってわかってた方が、よくないですか? ゴールが見えてる方が気持ち的に楽というか、対応しやすいというか」
「違う。それを避けるためだ」
滑るように言葉が出た。それに間髪入れずに否定が入る。
嫌な感じはしない。何故だかただすんなりと、受け入れるような気持ちになっている感覚がした。
「お前にとっての『あと数回会う』は……おれにとって未来だ。おれがお前に正確な回数を伝えることもまた、お前にとっての未来になる」
「……そんな厳密にするものですか?」
「お前は態度に出やすい。加えて、楽観的だと言ったはずだ……先がわかっていたら楽しみも、怒りも、悲しみも生まれない。お前がおれに向き合うことはなくなる」
「向き合う……ことが、ある。と……?」
──ひとつ。
数えるほども無い、間があって。
「……言えねェ。……ただ、お前の言葉はおれに影響しかねない。おれの言葉もおそらくそうだ」
座りながら、少し前のめりになってカタクリさんは話す。身長差のせいで影が顔に差したけど、不思議と威圧感はなかった。
言い聞かせだ。これ。また私が理解するのを待ってる。カタクリさんなりに言葉を噛み砕こうとしてくれているようだ。
「お前とおれは……常に一期一会でなければならねェ。いつ終わるか、いつ始まったかは、互いに共有しなくていい」
そう言うカタクリさんに、これ以上深い理由を聞く気にはなれなかった。
ただ、言葉はまた滑り落ちて。迷う間も無く、しまったと悔いることも無く。ぽろりと。
「……カタクリさんは、それでいいんですか?」
「何がだ」
「さみしくないですか。思い出も話せないのは」
ぴたり。
途切れることのなかった言葉が、少し詰まる。
「……寂しいときたか」カタクリさんは息を吐きながら目を瞑る。飽きれと言うより、また言葉を選んでいるようだった。
「……思い出を語らうのは、不可能じゃない。お前が十回目だとして、おれがその年齢までにお前の一から九回目のどれかに会えていたなら、その時の話が出来る」
「あー、うー、共通の覚えている回数を、探せばいいのか」
「そういうことだ」
ならさみしくないですね、と喜んで返すと、カタクリさんは無言だった。ちょっとくらい相槌してくれてもいいのでは。さみしくないのかな。唇を尖らす。
──まぁ、何にせよ──なんとなく、ルールはわかった。
パズルみたいで、話しちゃいけないことの多さには迷いそうだけど、ゲームとしては面白いかもしれない。……ゲーム? ゲームではないか、夢だし。夢にしては、ちょっと凝ってるけど。
よし! 大きく頷いて浮き上がる。カタクリさんの目線の高さまで浮くと、ひとまず説明のお礼を言った。
「親切にありがとうございました! それで、私はここに来たら何をすればいいんですか?」
「特に何も」
「えっ」
「何もねェ」
不思議なアドベンチャーとか、あったりしないのか。
落胆を隠せずに、がくりと肩を落とした。← →
「そんなに、ですか」
「ああ。説明をはじめる」
と、やけに真剣な空気を出し、カタクリさんは話し出した。
気分は小さい子供だ。ふよふよと浮く身体は形ばかりに椅子へ座らせ、向かい合う形にした。互いに見下ろし見上げる体勢だけど、私は特に苦ではない。どうやら痛みを感じることもないらしい。
……首を下げ続けなきゃならないカタクリさんが疲れないかは、わからないけど。
気にした様子もなくつらつらと告げられる言葉に、相槌を打っていく。
「まず、この世界についてだが……お前が知ってる世界とは違う。おれもお前の世界は知らねェ」
「ほう」
「お前がおれの世界に通じるのは、お前が向こうで寝ている間だけ。お前の世界とこの世界は、地形の在り方も生物の在り方も常識も異なる……必要以上におれに向こうの知識を晒すな。何が影響するかわからねェ」
「ふむふむ」
「そして。……お前の姿が見えるのはおれだけだ。他のやつらには姿はもちろん、声も認識できちゃいない。無論、気配も感じていない」
「なるほど」
「おれが見聞色に長けているから、だけとは考えにくい……ガキの頃から見えてたからな」
「ガキ?」
「ああ」
二本差し出されていた指が一つ無くなる。世界の話はこれで終わりらしい。
え? 短すぎない? けんぶんしょく、とか。聞きたいことも、あるような。
聞き返すか、止めるか。私が迷っている間に「最後まで聞け」とカタクリさんが止めるので、口をつぐむ。
この先を話した方が早いと、言わんばかりだ。
私も聞く体勢を整える。
「お前はこれから、何度もおれに会うことになる。おれの前に現れる時はいつも不定期で、お前の時間軸もバラついてる」
「……ん? ええっと……?」
な、なんだか急に……わからなく、なってきたぞ……?
「……例えるなら……今の状況がまさにそうだ。おれはガキの頃からお前に会っているが、お前はおれに会うのは二回目だという……同じように、次にお前が目を覚まし再びこの世界に来た時には、おれは今のおれではなく、今から過去か、未来のおれだ」
「……わ、わかりやすく……」
「……お前はこの世界の過去と未来を行ったり来たりしている」
これ以上は易しく言えない。そんな意図を察して、頭を捻らせる。
──つまり……自動タイムマシン、みたいな……?
聞く限り、法則性や条件はないのだろう。あるいは、この人が知らないだけで。
さっきまで過ごしてた時間より過去の時間軸に飛ばされる。一気に話が飛んで、未来になったりする。
……うん、わかった。納得。夢ではありがちなことだ。
「なん……となくわかりました。だから一度目が年上か聞いたんですね」
「……ああ。今のおれの記憶にないんじゃ、可能性は未来しかねェ。未来のことは、極力知らない方が安全だ」
「ああ、タイムパラドックス。過去が変わったりしたら大変って、よく物語で見ます」
「そうだ」
だからか。一度目も二度目も「今更か」と言われたことが、すとんと胸に落ちた。
カタクリさんの言う通りなら、私は随分前からこの人と知り合いだ。何年も後に初めましてをされたら、そりゃ今更だと思うし、お兄さんと呼ばれるのもむず痒いはずだ。子供の頃のカタクリさんはまだ知らないけど、私が今の成人女子のまま会っていたとしたら、子供に向かってお兄さんとはおそらく呼ばない。
なるほどー。腕を組み理解を深めていると、視線を感じる。何を言うでもなくじっと私を見ているカタクリさんは、私が納得するまで待ってくれているようだ。良い人。
「ここまではわかったか」
「はい、大丈夫です」
「なら次に、お前とおれが関わる時のルールを話す。そんなに難しいもんじゃねェ。覚えろ」
「あ、はい」
じとりと念押ししてる目に見えた。気のせいだろうか、なんだか信用されてない。呆れのような、感じもする。
それでも丁寧に説明するのだから、根気強いのか、面倒見がいいのか、なんなのか。
「まず一つ目。ここに来たらおれを探せ。二つ目。おれに会ったら何度目か伝えろ。三つ目、……未来の話をおれにするな」
「……それだけ、ですか?」
「ああ。おれはお前に年齢だけを伝えている……互いに明確な回数を提示するのは避けたい。おれがお前に会った回数を教えたところで、お前には意味のないことだ」
きょとり。瞬いて。
「でも、この年齢の時までに何回会うんだなーってわかってた方が、よくないですか? ゴールが見えてる方が気持ち的に楽というか、対応しやすいというか」
「違う。それを避けるためだ」
滑るように言葉が出た。それに間髪入れずに否定が入る。
嫌な感じはしない。何故だかただすんなりと、受け入れるような気持ちになっている感覚がした。
「お前にとっての『あと数回会う』は……おれにとって未来だ。おれがお前に正確な回数を伝えることもまた、お前にとっての未来になる」
「……そんな厳密にするものですか?」
「お前は態度に出やすい。加えて、楽観的だと言ったはずだ……先がわかっていたら楽しみも、怒りも、悲しみも生まれない。お前がおれに向き合うことはなくなる」
「向き合う……ことが、ある。と……?」
──ひとつ。
数えるほども無い、間があって。
「……言えねェ。……ただ、お前の言葉はおれに影響しかねない。おれの言葉もおそらくそうだ」
座りながら、少し前のめりになってカタクリさんは話す。身長差のせいで影が顔に差したけど、不思議と威圧感はなかった。
言い聞かせだ。これ。また私が理解するのを待ってる。カタクリさんなりに言葉を噛み砕こうとしてくれているようだ。
「お前とおれは……常に一期一会でなければならねェ。いつ終わるか、いつ始まったかは、互いに共有しなくていい」
そう言うカタクリさんに、これ以上深い理由を聞く気にはなれなかった。
ただ、言葉はまた滑り落ちて。迷う間も無く、しまったと悔いることも無く。ぽろりと。
「……カタクリさんは、それでいいんですか?」
「何がだ」
「さみしくないですか。思い出も話せないのは」
ぴたり。
途切れることのなかった言葉が、少し詰まる。
「……寂しいときたか」カタクリさんは息を吐きながら目を瞑る。飽きれと言うより、また言葉を選んでいるようだった。
「……思い出を語らうのは、不可能じゃない。お前が十回目だとして、おれがその年齢までにお前の一から九回目のどれかに会えていたなら、その時の話が出来る」
「あー、うー、共通の覚えている回数を、探せばいいのか」
「そういうことだ」
ならさみしくないですね、と喜んで返すと、カタクリさんは無言だった。ちょっとくらい相槌してくれてもいいのでは。さみしくないのかな。唇を尖らす。
──まぁ、何にせよ──なんとなく、ルールはわかった。
パズルみたいで、話しちゃいけないことの多さには迷いそうだけど、ゲームとしては面白いかもしれない。……ゲーム? ゲームではないか、夢だし。夢にしては、ちょっと凝ってるけど。
よし! 大きく頷いて浮き上がる。カタクリさんの目線の高さまで浮くと、ひとまず説明のお礼を言った。
「親切にありがとうございました! それで、私はここに来たら何をすればいいんですか?」
「特に何も」
「えっ」
「何もねェ」
不思議なアドベンチャーとか、あったりしないのか。
落胆を隠せずに、がくりと肩を落とした。