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ど、どうしよう……パティシエさん達に着いていくべきかなあ……。
扉と大きな人を交互に見てから、そっと重厚な造りに手を伸ばす。透けた。次いで、目を瞑り思い切り扉に顔を突き出すと、ぞわりと顔周りに空気が走った気がした。
目の前には廊下。「うわ!?」と驚いて首を引いた。
「……何してる」
「へっ!?」
低く響く声に顔を向ける。大きな人は相変わらず壁に凭れたままで、口許はマフラーみたいなもののせいで見えない。
でも、目は扉へ向けられてる。
「……えっ?」
扉。大きな人。扉。きょろきょろと頭を振った。
当然だが扉には何もない。大きな人は一点を見てる。
……ということは、もしや。
「私のこと、見えて……ますか?」
ぴくり。また片眉が動く。
訝しげに細められた目は、やっぱり私に向けられている。
最初から見えてた、の?
「……何度目だ」
「え?」
「おれと会うのは、何度目だ。まさか初めてか?」
え……ええっと。
頭にハテナが浮かびつつ、真剣な空気だから素直に答える。
「二、回目……? ですよね……?」
疑問系になったのは、聞くほどの回数じゃないよね?という気持ちと、私が知らずに忘れている可能性を考えてだったけど。
大きな人は、私の答えに僅かに目を見開くと、疲れたように目を伏せた。
「今更か……」
なんのこっちゃ。それ、前も言ってた。
……正直、何もついていけてはないけど、夢の中では私とこの人は既知関係なのかもしれない。あり得る。夢だから。
でも、毎回回数を聞いてくるのはよくわからない。そこがこの夢ではキーワードになるんだろうか。何か壮大な事件の始まり、みたいな感じなんだろうか。ちょっとした探偵のような気持ちになって、心臓がドクドクと早鐘を打つ。
「一回目のおれは、お前に何も説明しなかったのか」
「説明……というか、覚えてないんですか?」
「おれの記憶の限りでは、一回目のおまえには会ったことがねェ。覚えてないんじゃなく、知らない話だ」
「というと……?」
「……場所を変える。着いてこい」
と、大きな人は凭れていた壁から背を離し、部屋の外へと歩き出す。
せっかく空けたのに、部屋はそのままでいいのかな。この人には関係ない会議なのかな。私の存在に最初から気付いていたのだとしたら、もしかしたら私と話をするために人避けしたのかもしれない。だとしたら、パティシエさん達にはちょっと申し訳ない。
戸惑って、少し後を引かれるような気持ちで私も部屋を出る。
えい! と勇気を出してもう一度身体を壁にぶつければ、やはり透けた。通り抜けた。風のようなものを感じただけで、痛みは何もなかった。
「かなで」
「……あ、はい!」
律儀に立ち止まり私を待っていたらしい。
大きな人の呼び掛けに、ぽかりと間抜け面を晒してから応える。
やっぱり、名前、知られてるんだ。
間違いない。この夢の中じゃ、私とこの人は既知関係だ。
頭の中でピースを嵌め込みながら、あれ、じゃあさっきまでの意味深な言葉たちはなんだろう? 首を傾げる。
まぁ、夢だし。細かいことは気にしても無駄か。
ふよふよ、幽霊よろしく浮かびあがる身体で、見失うはずのない大きな背を追った。
***
「わー……ほんとに、全部お菓子っぽいですねー……」
「ぽい、ではなく、実際全て菓子で出来ている。万国の建物はこれが通常だ」
「え! 本当にお菓子なんですか!? じゃあこれ、ぱくぱく食べたりするとか……!?」
「…………期限切れでもないのに、家を食うことはない」
あ、そうか。食べたら住むとこ無くなっちゃうか。
成る程それは観賞用、と深く頷き改めて部屋の中を見渡す。人の部屋をじろじろ見るのはよくないけれど、好奇心が抑えられない。お菓子の家に住んでいる。こんなに大きくて見た目が厳つい人が。そう思うと、なんだかちょっと笑えた。
「あの、私室ですか? もしかして、お兄さんの」
「おに…………やめろ、その呼び方は」
「ええっ。あ、すみません。失礼でしたか、ええっと」
「カタクリでいい。それ以外の呼び名でお前に呼ばれるのは、気持ちが悪い」
気持ちが悪いってなんだ。ちょっと傷つく。
カタクリ、カタクリ。教えてもらった名前を反芻して、流石に呼び捨ては出来ないからカタクリさんに留める。眉間に皺を寄せながらだが渋々と承諾してくれた。
どうやら、名前は呼び捨てに出来るような間柄らしい。夢の中の設定を頭に記憶する。
「それで、えーと、カタクリさん。さっきの続きなんですが……」
「待て。……その前に、確認がある。お前が会ったおれは、今のおれより年上だったな? イエスかノーで答えろ」
「えっ。えーと……どういう……?」
「老けてたか幼かったか。あるいは年齢」
「……暗かったので、なんとも……?」
というか、老けてたか幼かったかはイエスとノーで答えられるものじゃないのでは。
問いの真意をはかりかねる。さっきもこんな違和感があった。
『年上だったか』。そして、『覚えてないのではなく知らない』。そんなの、まるで。
「説明の前にルールをつける。……お前は、今からその『一回目』の時の話を、おれにするな」
「はあ」
「問いには簡潔に答えろ。一回目のおれは、お前に説明をしなかった。間違いないか?」
「説明ってなんのですか?」
「おれに会った時の決め事──この世界に来る時の、ルールだ」
二本の指が私の前に差し出される。ぱちり。瞬きしても思い当たることはない。
一回目では、話という話もしていない。僅かな時間の出来事だったのだ。何か長たらしい決まりなど聞いた覚えはない。もしくは忘れてる。
引っ掛かりを感じる。何かあったような。
先ほどまで意識の外にあった言葉を引き出そうと、脳がフル回転。暗いお城。宙に浮かぶ身体。大きな足音。
──捕食者のような、鈍い光の視線。
「……『ここに来たら、おれを探せ』?」
やっと導きだした言葉に「……それが与えられてたんなら何故おれのとこに来ない」とじとりとした目で睨まれる。ひぇ。
ご、ごめんなさい。同じ夢だと思ってなかったんです。
真っ当な言い訳のはず、間違ってないはずの主張なんだけど、言ったらもっと睨まれそうで。
苦笑しながら、口を結んだ。← →
扉と大きな人を交互に見てから、そっと重厚な造りに手を伸ばす。透けた。次いで、目を瞑り思い切り扉に顔を突き出すと、ぞわりと顔周りに空気が走った気がした。
目の前には廊下。「うわ!?」と驚いて首を引いた。
「……何してる」
「へっ!?」
低く響く声に顔を向ける。大きな人は相変わらず壁に凭れたままで、口許はマフラーみたいなもののせいで見えない。
でも、目は扉へ向けられてる。
「……えっ?」
扉。大きな人。扉。きょろきょろと頭を振った。
当然だが扉には何もない。大きな人は一点を見てる。
……ということは、もしや。
「私のこと、見えて……ますか?」
ぴくり。また片眉が動く。
訝しげに細められた目は、やっぱり私に向けられている。
最初から見えてた、の?
「……何度目だ」
「え?」
「おれと会うのは、何度目だ。まさか初めてか?」
え……ええっと。
頭にハテナが浮かびつつ、真剣な空気だから素直に答える。
「二、回目……? ですよね……?」
疑問系になったのは、聞くほどの回数じゃないよね?という気持ちと、私が知らずに忘れている可能性を考えてだったけど。
大きな人は、私の答えに僅かに目を見開くと、疲れたように目を伏せた。
「今更か……」
なんのこっちゃ。それ、前も言ってた。
……正直、何もついていけてはないけど、夢の中では私とこの人は既知関係なのかもしれない。あり得る。夢だから。
でも、毎回回数を聞いてくるのはよくわからない。そこがこの夢ではキーワードになるんだろうか。何か壮大な事件の始まり、みたいな感じなんだろうか。ちょっとした探偵のような気持ちになって、心臓がドクドクと早鐘を打つ。
「一回目のおれは、お前に何も説明しなかったのか」
「説明……というか、覚えてないんですか?」
「おれの記憶の限りでは、一回目のおまえには会ったことがねェ。覚えてないんじゃなく、知らない話だ」
「というと……?」
「……場所を変える。着いてこい」
と、大きな人は凭れていた壁から背を離し、部屋の外へと歩き出す。
せっかく空けたのに、部屋はそのままでいいのかな。この人には関係ない会議なのかな。私の存在に最初から気付いていたのだとしたら、もしかしたら私と話をするために人避けしたのかもしれない。だとしたら、パティシエさん達にはちょっと申し訳ない。
戸惑って、少し後を引かれるような気持ちで私も部屋を出る。
えい! と勇気を出してもう一度身体を壁にぶつければ、やはり透けた。通り抜けた。風のようなものを感じただけで、痛みは何もなかった。
「かなで」
「……あ、はい!」
律儀に立ち止まり私を待っていたらしい。
大きな人の呼び掛けに、ぽかりと間抜け面を晒してから応える。
やっぱり、名前、知られてるんだ。
間違いない。この夢の中じゃ、私とこの人は既知関係だ。
頭の中でピースを嵌め込みながら、あれ、じゃあさっきまでの意味深な言葉たちはなんだろう? 首を傾げる。
まぁ、夢だし。細かいことは気にしても無駄か。
ふよふよ、幽霊よろしく浮かびあがる身体で、見失うはずのない大きな背を追った。
***
「わー……ほんとに、全部お菓子っぽいですねー……」
「ぽい、ではなく、実際全て菓子で出来ている。万国の建物はこれが通常だ」
「え! 本当にお菓子なんですか!? じゃあこれ、ぱくぱく食べたりするとか……!?」
「…………期限切れでもないのに、家を食うことはない」
あ、そうか。食べたら住むとこ無くなっちゃうか。
成る程それは観賞用、と深く頷き改めて部屋の中を見渡す。人の部屋をじろじろ見るのはよくないけれど、好奇心が抑えられない。お菓子の家に住んでいる。こんなに大きくて見た目が厳つい人が。そう思うと、なんだかちょっと笑えた。
「あの、私室ですか? もしかして、お兄さんの」
「おに…………やめろ、その呼び方は」
「ええっ。あ、すみません。失礼でしたか、ええっと」
「カタクリでいい。それ以外の呼び名でお前に呼ばれるのは、気持ちが悪い」
気持ちが悪いってなんだ。ちょっと傷つく。
カタクリ、カタクリ。教えてもらった名前を反芻して、流石に呼び捨ては出来ないからカタクリさんに留める。眉間に皺を寄せながらだが渋々と承諾してくれた。
どうやら、名前は呼び捨てに出来るような間柄らしい。夢の中の設定を頭に記憶する。
「それで、えーと、カタクリさん。さっきの続きなんですが……」
「待て。……その前に、確認がある。お前が会ったおれは、今のおれより年上だったな? イエスかノーで答えろ」
「えっ。えーと……どういう……?」
「老けてたか幼かったか。あるいは年齢」
「……暗かったので、なんとも……?」
というか、老けてたか幼かったかはイエスとノーで答えられるものじゃないのでは。
問いの真意をはかりかねる。さっきもこんな違和感があった。
『年上だったか』。そして、『覚えてないのではなく知らない』。そんなの、まるで。
「説明の前にルールをつける。……お前は、今からその『一回目』の時の話を、おれにするな」
「はあ」
「問いには簡潔に答えろ。一回目のおれは、お前に説明をしなかった。間違いないか?」
「説明ってなんのですか?」
「おれに会った時の決め事──この世界に来る時の、ルールだ」
二本の指が私の前に差し出される。ぱちり。瞬きしても思い当たることはない。
一回目では、話という話もしていない。僅かな時間の出来事だったのだ。何か長たらしい決まりなど聞いた覚えはない。もしくは忘れてる。
引っ掛かりを感じる。何かあったような。
先ほどまで意識の外にあった言葉を引き出そうと、脳がフル回転。暗いお城。宙に浮かぶ身体。大きな足音。
──捕食者のような、鈍い光の視線。
「……『ここに来たら、おれを探せ』?」
やっと導きだした言葉に「……それが与えられてたんなら何故おれのとこに来ない」とじとりとした目で睨まれる。ひぇ。
ご、ごめんなさい。同じ夢だと思ってなかったんです。
真っ当な言い訳のはず、間違ってないはずの主張なんだけど、言ったらもっと睨まれそうで。
苦笑しながら、口を結んだ。