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夜雨と世辞と
夢の中の自分を、幽霊状態だなと思ったことはあるけれど。
「これは……ホントに否定できない……」
真っ白、ではないにしても、白ベースに紫陽花の柄の浴衣。赤い帯がまたなんとも適度なホラー感を演出している。
足元は相変わらず透けているし、時間も夜みたいだし。私が事情をわかってなかったら、自分でも焦りかねない姿。というか、これはもう、勘違いが起きてもおかしくないのでは。誰かに見られても、弁明のしようがないのでは……!
「どうしよう……ハクリキタウンの七不思議にされちゃったら……!」
「それはねェ」
「あっ」
カタクリ──さん!
ぱちん、という音と共に部屋に明かりが灯る。振り返って確認した姿は比較的若く、今回は青年くらいの年齢だろう。
スタートもどうやらシンプルに、カタクリさんの部屋だったらしい。少し気の抜けた様子でぱちぱちと瞬く姿が、なんだか子供時代のようで笑いそうになる。
「こんばんは。今は十代ですか?」
「ああ……一応な」
一応ということは、十九とかかな。
座って寛ぎはじめたカタクリさんに近づいて、空中でぷらぷらと足を遊ばせる。
部屋に入った瞬間から続く何か考えるような視線は、相変わらず私に──というか、たぶん服に。向いている。
「……それは、お前の世界の装いか?」
「そうですよー。普段着ではないんですけど、うーん……伝統的な服、みたいな」
「伝統?」
「はい。昔はみんな、こんな感じの服だったらしいです。私はお祭りの時しか着ないんですけどね」
へらりと笑みを浮かべる。今日もトキちゃんとお祭りに行って、疲れで寝落ちですよ、とは言えない。そんなこと言ったら絶対だらしがないと言われるに決まってるんだ。
案の定、私の言葉の裏に気づいてしまったらしい。無言でじっと突き刺してくる視線には知らないふりをして、笑顔を貫く。ちょっとひきつっちゃったけど。言わなきゃいいのだ、言わなきゃ。察せられるのは仕方ないとして。
めんどくさそうな声と態度が、息を吐き出す。
「……随分動き辛そうな格好だ」
緊張の糸が切れた。今回は折れてくれたようだ。
詰めていた息を吐き出して雑談モードに切り替えると、うーん、と唸る。確かに動き辛くはある。帯はお腹を締め付けて苦しいし、歩幅は狭いし。うっかりすると着崩れもする。
「確かにあんまり活発なことは出来ませんが……でも、その分風流なので」
浴衣は、この格好をすることに意味があるのだ。
姿勢正しく、おしとやかに、慎ましく。普段とはかけ離れていたとしても、たまにそういう気分を味わってみるのも悪くない。
「和の心が第一ですよ〜」
「…………『ワノ』心、か」
意味ありげな声音──あ、これ。別のこと考えてそう。
わかってないでしょう? と目の前で手を振っても、めんどくさそうに顔を背けられてしまう。
かちん。妙なスイッチが入る。
興味を持ってほしかったわけではない。ないけど。そっぽを向かれてしまうと……悔しくも、なる。
「浴衣、良いんですよ? 私には着こなせないけど、これを美人さんが着たと思ってくださいよ。なかなかの見栄えじゃないですか? 美人に浴衣。間違いない、素敵」
「誰も悪いとは言ってねェだろ」
「えー、ぜったい関心なかったでしょー! 証明するからちょっと待……あ、だめだ。カタクリさん窓あけてください! 窓!」
「…………」
「ま、ど!」
そんな明らかに嫌な顔をしなくても。
めげかけたし、私も意地になる必要はなかったのだが、言い出した手前引くに引けない。なんだかんだ言いつつカタクリさんは窓をあけてしまったし。
仕方ない、ちょっと居たたまれない気持ちはあるけど──やりきって、しまおう。
ドキドキと緊張を知らせる胸を落ち着かせて、カタクリさんの待つ窓辺へ向かう。
ゆっくり、呼吸を整えて、空を見て──
「……あれ!?」
あ──雨じゃん!
そんな、馬鹿な。浴衣といったら夏、夏といえば夜。夜闇と僅かな明かりの中でこそ浴衣は映えるだろうという計画が、一気に崩れてしまった。
ち、ちくしょう……なんでこんな時に……。がくりと肩を落とす。反論の余地がなくなった。
「ごめんなさい……雨じゃ……出来ない……」
「……何をする気だったんだ、お前は」
呆れた声が降ってくる。もう閉めていいか、という問いに素直に頷き、僅かに部屋に入り込んでしまった雨粒にも申し訳なさを覚える。無駄に窓をあけさせただけになってしまった。
「お前じゃ様にならないぞーっていう、天のお告げだったのかなあ」
「本当にくだらなそうだな」
「こう、しなだれる? みたいな。モデルさんがよくやってるあれをですね。顔さえ見えなきゃ魅力的に思えるかなって」
「その体格でか」
「…………」
…………だいぶ喧嘩を売りましたねぇ?
しまった、という空気を出したところでもう遅い。今のは普通だったらなかなかデリカシーがない言葉だぞ。私は事実だから、何も否定出来ないけれど。
一応、むっとした顔を作ってじとりと睨んでおいた。君と違ってモテた経験はない私の、せめてもの抵抗である。最近私に対しての扱いが酷いし。
「直接言われると、ちょっと、くやしい」
「……かなで」
「確かに私は美人ではないし、体型も……というか、この世界の人はスタイル良すぎだから、対抗できるわけないんですけど」
「かなで」
「──この〜! もう、今日はもう散歩だー! カタクリさんはデリカシー無いぞって愚痴ってきてやるー!」
「落ち着け、かなで、」
「美人でスタイルが良い子が好みだって万国中に広まればいいんだー!」
「かなで……!」
ひゅんひゅんと、全速力で部屋の中を旋回する。幽霊状態の私をカタクリさんが掴むことは出来ないから、声で止めるしかないということはわかっている。
カタクリさんは目に見えて狼狽えた様子はない。ないけれど、少しだけ焦ったような声に聞こえたのは、幻聴じゃないはずだ。
ぴたり。一度止まってみる。カタクリさんの声も止む。もう一度じとりとした目を向けてみると、やはり平静に見えるが、僅かに窺っているような気配がした。
ふつふつ。
堪えきれないイタズラ心が、鼓動を早める。
「ふ、……ふはは……!」
だめだ、耐えられない……!
喉の奥に力を入れても、笑い声は全く収まる気配がない。
言われたこと自体は事実だから、別に本気で落ち込んだわけでも、怒ったわけでもなかったんだけど──。
ちらり。カタクリさんを見る。
いつの間にか椅子から立ち上がり、立ち尽くす姿はなんとも間抜けで。おそらく、触れないとわかっていても反射的に身体が動いたんだろう。
「……お前は……本当におれより年上か疑わしいな」
「カタクリさんが大人び過ぎてるんですよ」
それでも、と。
「年上に効果的な言葉は?」
にんまり。子供じみてると思いながらも、わくわくする気持ちを抑えられない。
溜め息が聞こえる。諦めて、すぐに折れてくれるあたり、大人なのはやっぱりカタクリさんの方だろう。
視線が交わる。言い聞かせるかのように、真っ直ぐ。
「……よく似合ってる。伝統というだけあって、顔立ちと相性が良いんだろう。普段よりマシだ」
「…………普段が変って意味でしかとれないんですが……」
「ああ」
ああ、って。そこ肯定したら、台無しでしょうが。
──まぁ、十分、遊び心は満たされたかなあ。
初対面ではカタクリさんの方が年上だった。でも、私が実際に過ごしてきたカタクリさんとの時間は、年下の男の子だった時の方が多い。
だから、邪険にされると寂しくなる。成長と共によそよそしくなるのも、大人びて距離を感じるのも。当たり前になってしまうというのが、どうでもいいという事とイコールになってしまいそうで。
「……かなで」
「ん?」
「…………、本音だ」
目を合わさず、ぽつりと、呟かれ。
「……ありがとうー」
口許が緩む。照れるなというのも、お互い無理な話だろう。
夏は夜が良いと、昔の人は言葉に残している。雨が降ることさえ醍醐味だと。
この世界で春夏秋冬は巡らないけれど、こうして服ひとつで、いつもと違う話が出来て。なんとなく、夏の思い出として記憶に刻まれるような。
そんな体験が出来たなら、寝落ちるのも悪くないな、と。
ぽつぽつ降り注ぐ雨音に、沈黙を隠した。
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「これは……ホントに否定できない……」
真っ白、ではないにしても、白ベースに紫陽花の柄の浴衣。赤い帯がまたなんとも適度なホラー感を演出している。
足元は相変わらず透けているし、時間も夜みたいだし。私が事情をわかってなかったら、自分でも焦りかねない姿。というか、これはもう、勘違いが起きてもおかしくないのでは。誰かに見られても、弁明のしようがないのでは……!
「どうしよう……ハクリキタウンの七不思議にされちゃったら……!」
「それはねェ」
「あっ」
カタクリ──さん!
ぱちん、という音と共に部屋に明かりが灯る。振り返って確認した姿は比較的若く、今回は青年くらいの年齢だろう。
スタートもどうやらシンプルに、カタクリさんの部屋だったらしい。少し気の抜けた様子でぱちぱちと瞬く姿が、なんだか子供時代のようで笑いそうになる。
「こんばんは。今は十代ですか?」
「ああ……一応な」
一応ということは、十九とかかな。
座って寛ぎはじめたカタクリさんに近づいて、空中でぷらぷらと足を遊ばせる。
部屋に入った瞬間から続く何か考えるような視線は、相変わらず私に──というか、たぶん服に。向いている。
「……それは、お前の世界の装いか?」
「そうですよー。普段着ではないんですけど、うーん……伝統的な服、みたいな」
「伝統?」
「はい。昔はみんな、こんな感じの服だったらしいです。私はお祭りの時しか着ないんですけどね」
へらりと笑みを浮かべる。今日もトキちゃんとお祭りに行って、疲れで寝落ちですよ、とは言えない。そんなこと言ったら絶対だらしがないと言われるに決まってるんだ。
案の定、私の言葉の裏に気づいてしまったらしい。無言でじっと突き刺してくる視線には知らないふりをして、笑顔を貫く。ちょっとひきつっちゃったけど。言わなきゃいいのだ、言わなきゃ。察せられるのは仕方ないとして。
めんどくさそうな声と態度が、息を吐き出す。
「……随分動き辛そうな格好だ」
緊張の糸が切れた。今回は折れてくれたようだ。
詰めていた息を吐き出して雑談モードに切り替えると、うーん、と唸る。確かに動き辛くはある。帯はお腹を締め付けて苦しいし、歩幅は狭いし。うっかりすると着崩れもする。
「確かにあんまり活発なことは出来ませんが……でも、その分風流なので」
浴衣は、この格好をすることに意味があるのだ。
姿勢正しく、おしとやかに、慎ましく。普段とはかけ離れていたとしても、たまにそういう気分を味わってみるのも悪くない。
「和の心が第一ですよ〜」
「…………『ワノ』心、か」
意味ありげな声音──あ、これ。別のこと考えてそう。
わかってないでしょう? と目の前で手を振っても、めんどくさそうに顔を背けられてしまう。
かちん。妙なスイッチが入る。
興味を持ってほしかったわけではない。ないけど。そっぽを向かれてしまうと……悔しくも、なる。
「浴衣、良いんですよ? 私には着こなせないけど、これを美人さんが着たと思ってくださいよ。なかなかの見栄えじゃないですか? 美人に浴衣。間違いない、素敵」
「誰も悪いとは言ってねェだろ」
「えー、ぜったい関心なかったでしょー! 証明するからちょっと待……あ、だめだ。カタクリさん窓あけてください! 窓!」
「…………」
「ま、ど!」
そんな明らかに嫌な顔をしなくても。
めげかけたし、私も意地になる必要はなかったのだが、言い出した手前引くに引けない。なんだかんだ言いつつカタクリさんは窓をあけてしまったし。
仕方ない、ちょっと居たたまれない気持ちはあるけど──やりきって、しまおう。
ドキドキと緊張を知らせる胸を落ち着かせて、カタクリさんの待つ窓辺へ向かう。
ゆっくり、呼吸を整えて、空を見て──
「……あれ!?」
あ──雨じゃん!
そんな、馬鹿な。浴衣といったら夏、夏といえば夜。夜闇と僅かな明かりの中でこそ浴衣は映えるだろうという計画が、一気に崩れてしまった。
ち、ちくしょう……なんでこんな時に……。がくりと肩を落とす。反論の余地がなくなった。
「ごめんなさい……雨じゃ……出来ない……」
「……何をする気だったんだ、お前は」
呆れた声が降ってくる。もう閉めていいか、という問いに素直に頷き、僅かに部屋に入り込んでしまった雨粒にも申し訳なさを覚える。無駄に窓をあけさせただけになってしまった。
「お前じゃ様にならないぞーっていう、天のお告げだったのかなあ」
「本当にくだらなそうだな」
「こう、しなだれる? みたいな。モデルさんがよくやってるあれをですね。顔さえ見えなきゃ魅力的に思えるかなって」
「その体格でか」
「…………」
…………だいぶ喧嘩を売りましたねぇ?
しまった、という空気を出したところでもう遅い。今のは普通だったらなかなかデリカシーがない言葉だぞ。私は事実だから、何も否定出来ないけれど。
一応、むっとした顔を作ってじとりと睨んでおいた。君と違ってモテた経験はない私の、せめてもの抵抗である。最近私に対しての扱いが酷いし。
「直接言われると、ちょっと、くやしい」
「……かなで」
「確かに私は美人ではないし、体型も……というか、この世界の人はスタイル良すぎだから、対抗できるわけないんですけど」
「かなで」
「──この〜! もう、今日はもう散歩だー! カタクリさんはデリカシー無いぞって愚痴ってきてやるー!」
「落ち着け、かなで、」
「美人でスタイルが良い子が好みだって万国中に広まればいいんだー!」
「かなで……!」
ひゅんひゅんと、全速力で部屋の中を旋回する。幽霊状態の私をカタクリさんが掴むことは出来ないから、声で止めるしかないということはわかっている。
カタクリさんは目に見えて狼狽えた様子はない。ないけれど、少しだけ焦ったような声に聞こえたのは、幻聴じゃないはずだ。
ぴたり。一度止まってみる。カタクリさんの声も止む。もう一度じとりとした目を向けてみると、やはり平静に見えるが、僅かに窺っているような気配がした。
ふつふつ。
堪えきれないイタズラ心が、鼓動を早める。
「ふ、……ふはは……!」
だめだ、耐えられない……!
喉の奥に力を入れても、笑い声は全く収まる気配がない。
言われたこと自体は事実だから、別に本気で落ち込んだわけでも、怒ったわけでもなかったんだけど──。
ちらり。カタクリさんを見る。
いつの間にか椅子から立ち上がり、立ち尽くす姿はなんとも間抜けで。おそらく、触れないとわかっていても反射的に身体が動いたんだろう。
「……お前は……本当におれより年上か疑わしいな」
「カタクリさんが大人び過ぎてるんですよ」
それでも、と。
「年上に効果的な言葉は?」
にんまり。子供じみてると思いながらも、わくわくする気持ちを抑えられない。
溜め息が聞こえる。諦めて、すぐに折れてくれるあたり、大人なのはやっぱりカタクリさんの方だろう。
視線が交わる。言い聞かせるかのように、真っ直ぐ。
「……よく似合ってる。伝統というだけあって、顔立ちと相性が良いんだろう。普段よりマシだ」
「…………普段が変って意味でしかとれないんですが……」
「ああ」
ああ、って。そこ肯定したら、台無しでしょうが。
──まぁ、十分、遊び心は満たされたかなあ。
初対面ではカタクリさんの方が年上だった。でも、私が実際に過ごしてきたカタクリさんとの時間は、年下の男の子だった時の方が多い。
だから、邪険にされると寂しくなる。成長と共によそよそしくなるのも、大人びて距離を感じるのも。当たり前になってしまうというのが、どうでもいいという事とイコールになってしまいそうで。
「……かなで」
「ん?」
「…………、本音だ」
目を合わさず、ぽつりと、呟かれ。
「……ありがとうー」
口許が緩む。照れるなというのも、お互い無理な話だろう。
夏は夜が良いと、昔の人は言葉に残している。雨が降ることさえ醍醐味だと。
この世界で春夏秋冬は巡らないけれど、こうして服ひとつで、いつもと違う話が出来て。なんとなく、夏の思い出として記憶に刻まれるような。
そんな体験が出来たなら、寝落ちるのも悪くないな、と。
ぽつぽつ降り注ぐ雨音に、沈黙を隠した。