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今日はなんだか、いつにも増してお城が騒がしい。
(中に人の気配もないなぁ……)
ふわふわと。なんだか起き抜けのようにはっきりしない頭をぼんやり働かせて、自分の居場所を把握しようとする。
たぶん、今居るのはホールケーキ城。頻繁に来るわけじゃないから確証は持てないけど、大きな家で、且つよく見慣れたカタクリさんの居城じゃないとなれば、だいたいはホールケーキ城であることが多い。きっと今回もそうだろう。
そしてホールケーキ城で私が目を覚ますということは、つまりカタクリさんもハクリキタウンではなくホールケーキ島にいるということで。
更に外が騒がしくて中が静かとなれば、思い当たることは一つしかなかった。
「今日は何がメインなのかなー」
食べられはしないけれど、見るだけでも楽しめちゃうものだ。
わくわくと逸る気持ちを抑えながら、曖昧な記憶を頼りに廊下を進む。
壁を通り抜けることはしなかった。あのぐわんって僅かに風が吹くような感覚はなんとなく気持ち悪くて、それから、痛くないとわかっててもやっぱり心臓に悪い。
音を辿って、騒がしい方へ騒がしい方へと進んでいけば、発信地はすぐ見つかった。
──ほら、やっぱり『お茶会』だ。
「……えっ。ん、んんん!?」
あれ!? 思わず叫ぶ。
予想通りの風景の中に、なんだか、予想外を、見つけたような。
カタクリさんどこかなーなんて思う間はなかった。秒で見つかったし、すごく、探すまでもなく、目の前に飛び込んできた。けれど……。
ぽかり。呆けた顔を浮かべてしまう。
「なんであんな目立つところに……?」
幽霊のようなこの状態になると、人に見られないのを良いことに間抜け面を晒し、一人言のオンパレードが続く。これ、習慣付いて現実でもやっちゃったら困るなと思いつつ。今はそんなことは置いておいて。
カタクリさんが、一番目立つところにいる。
寡黙で、大人しくしている、カタクリさんが。
……いや、そりゃあ、ママさんが一番目立つ存在ではあるけど。サイズ的にも、立場的にもママさん以上に目立つ存在なんていないだろうけど。
そのママさんと同じくらい目立つ席が用意されている……とは。
一体どんな、変則だろう。
これはまるで、カタクリさんのためのお茶会のようだ。
何か手柄でもたてたのかな……? 首を傾げて考えてみるも、手柄をたてているのはいつものことだ。しかも、よくよく見たらカタクリさんの隣にはダイフクくんとオーブンくんも居る。益々わからない。その流れならペロスくんがいても良い気がするんだけど……。
(……ええい、聞けば良いや!)
びゅん! ひとっとびでカタクリさんの居る少し高い場所へと向かう。
正面から飛んだからか、カタクリさんも特に驚いた様子はない。大丈夫、反応は無くても目は合ってる。これは気づいてくれてる。
遠慮せず顔の前に止まると、大きく息を吸い込んだ。
「カタクリさんーっ! こんにちはー!」
「……」
「これ、なんの催しですかー!」
周囲がうるさいので、出来るだけ声を張った。といっても私の声量なんてたかが知れているから、カタクリさんには口パクに見えているかもしれない。
目は合っている。反応はない。やっぱり声、聞こえてないかも。
耳元で叫ぶべきかな──回り込もうとした時に、ついとカタクリさんの視線が動いた。逸らしたわけではない、誘導のようなその動きに釣られて横を──少し遠い──見てみれば、大きなホールケーキが飾られている。
……なんですか?
一度視線を戻してぱちぱちと瞬いてみると、カタクリさんがもう一度見ろと言わんばかりにまたホールケーキを目で示す。
んー……? 何だろう、見て来いってこと……?
カタクリさんとケーキをちらちら交互に見比べながら、ゆっくりケーキに近づき全体を眺めた。
三つのケーキが並んでいる。トッピングはバラバラだけど、たぶんベースは同じだ。
更に観察してみる。カタクリさんが示したのは、たぶん、真ん中のケーキ。三つのケーキの中でも、特にドーナツが多く使われている、珍しいケーキだ。
(……ん? ドーナツ?)
──ってことは……!?
もしかして、いや、たぶん、絶対そうだ。ピンときてしまった……かもしれない!
どきどきと早鐘を打つ心臓と、せりあがってくるわくわく感に一瞬呼吸を詰めた。
もしそうなら、絶対あるはずだ! さっきとはうって変わり、ダッシュで探し物をする。セオリー通りならケーキのてっぺんにあるはずのものを見つけ、そこに書かれている文字を見つければ、舞い上がったテンションは一気に爆発した。
「カタクリさん、誕生日ー!?」
振り返って思いっきり叫ぶ。聞こえるわけはないけど、私の浮かれた様子は見えてるんだろう。面倒だと言わんばかりに視線を外された。なんだよ、恥ずかしがりさんか!
飛び付くようにカタクリさんの顔の前へと舞い戻るとぶんぶん両腕を振った。
「カタクリさん! 誕生日なら誕生日って言ってくださいよ!」
「……」
「ダイフクくんとオーブンくんも一緒なわけだあ! 三つ子ですもんね! そりゃ三人が主役扱いになりますよね! わ〜もう、カタクリさんの誕生日に出会すの初めてだなあ〜! すっごく嬉しいです!」
「……」
ばしばしと、叩けるわけではないので実際には通り抜けてすかすかと、カタクリさんの肩を叩く。反応がない。絶対聞こえているはずなのに、総スルーだ。
なんですか、照れてるんですか? にまにまと緩む頬をなんとか堪えながらカタクリさんを見つめる。まるで何も見えてませんと言わんばかりだ。
「カタクリさん、聞こえてますかー?」
「……」
「この騒がしさなら、ちょっとくらい喋っても聞こえないと思いますよー!」
おーい? カタクリさんの目の前でひらひらと手を振る。わーわーと鬱陶しいくらい声を出したり動きまわっていると、僅かに眉間に皺が寄った。びくり。流石にやり過ぎたかなと私も固まってしまう。
「……普通に喋れ。十分聞こえてる……」
はあ。ため息を吐くように、諦めたように、カタクリさんが深く椅子に座り直して寛いだ。
ああ、よかった……誰もいない右側の肘掛けに頬杖ついてくれたので、私も右横に寄って停滞する。
へへへ。漏れる笑みに今度こそため息を吐かれてしまうも、その反応が拒否ではないと知っている。
人前で反応はしないと言いつつも、なんだかんだ構ってくれる、カタクリさんは。
やっぱり、子供の頃からどこか少し、甘いんだ。
「今日、何歳になったんですか?」
「……十八」
「うへー。十八歳でこの威厳ですか。私の世界じゃ十八なんてもっと子供ですよ」
「……だろうな」
「あ、でもカタクリさんも時折子供っぽいか……ドーナツ食べてる時とか……あ、ドーナツケーキ! そうだ、後で感想きかせてください!」
「……」
「カタクリさん?」
……あれ? また何かした……?
急に止んだ相槌が不自然な途切れ方をしたようで、顔を覗き込もうとしたら逸らされた。嫌な感じはしない。でも何となく気まずい。
「ええっと……」
なんだか、様子が変だなあ……。
無意識に指を組んだりはずしたりと意味の無い行動をしてしまう。何か、やらかした、というわけではなさそう。怒っているにしては、怖くもないし。会話の流れもそんなに悪くなかった、ような。
「……言うことはそれか」
「え?」
ぽつり。呟かれた言葉は存外はっきり耳に残った。折れた、のだろう。たぶん。折れてくれた。どうせ折れるならもっと分かりやすく折れてくれと思わないでもない、けど。しかし。私が何かしたならこれ以上を求めるのも悪いような。
頭を捻らせる。『言うことはそれか』。つまり、何か失言をしたのかな。子供っぽいと言ったのが、馬鹿にしているように聞こえたんだろうか。
だとしたら私が悪い。誕生日に何かしてしまうのは、気分も悪いはずだ。弾き出した答えから謝罪を伝えようと口を開けて、
「……誕生日……」
──あ。
はた、と。声がもれる。
……もしかして。なんて。
はっとして顔をあげれば、カタクリさんは私を見ていて、目があった瞬間に顔を逸らした。
その表情は不機嫌極まりない。言わなきゃ良かったと、言わんばかりで。
まさか、えっと、でも。確かにそれなら、私も悪いし、カタクリさんからしても気になる……ような。
いや、カタクリさんが気にするだろうか。どうなんだろう。間違っている、かもしれないけど。だけどどちらにせよ気付いたなら、今一番言いたい言葉になった。本当は真っ先に伝えるべき言葉だった。
「……カタクリさんカタクリさん」
「寄るな」
「言いたいこと、あります。えっと……目、合わせてください」
「黙れ」
「……本当に黙っていいんですか?」
「……」
……あなたが黙るんかい。
そこは否定しないあたりが、なんというか、その……。
もし、そうならば。──とんでもなくかわいいことに、なる気がするんですが。
「カタクリさん」
止められない。なら、言い切ってしまおう。
自分の手のひらをぎゅうと握りしめて、真っ直ぐ伝えた。
「誕生日、おめでとうございます」
──この言葉を求めていたのなら、気づけなかった私は大馬鹿者だ。
カタクリさんの眉間の皺が更に深まる。片手で額を抑えるように目元を隠し、小さく、耐えるように、「……ああ」と返事が返ってきた。
求められていた答えは、間違っていなかったらしい。
ほっと胸を撫で下ろした。それから、ふつふつと、温かな気持ちが心のうちを埋めていく。
「おめでとうございます、カタクリさん」
「……聞こえてる」
「会えて嬉しいです。お祝いできてよかったです。カタクリさんが生まれてきてくれて、本当によかった」
「……」
「またこの先も、お祝いしたいです」
小さい内から知っている、私の夢のような、現実のような、不思議な存在。
君の一年がしあわせであることを、私はいつでも願ってる。
「……もういい。黙れ」
「へへっ」
もう少しからかっていたいけど、これ以上堪能すれば流石に怒るだろう。
両頬をおさえてなんとか平静を装う。改めて会場を見ていたら、この賑やかな眺めがとても癒される景色のような気がしてきた。
「……いつか私の誕生日にも、会えたらいいなぁ」
「……誕生日? ……お前の?」
「あ、はい! 私の一年がカタクリさんのいつになるか、全然わかんないですけどね」
だから。
ぽかぽか、あったかい気持ちに満たされて。
気づかなかったんだ。
「……お前に……誕生日が、あるのか」
「ふは……! そりゃありますよー!」
不機嫌に、けれど柔らかな空気を纏っていたカタクリさんが。ぴたりと動きを止めて。
どんな顔で、私の願いを聞いたかなんて。
「いつか二十二歳の私に出会ったら、ちゃんとおめでとうって言ってくださいね!」
きっと。
一生、気づくことなんてないんだろう。
***
「ふは……! そりゃありますよー!」
そう笑う声がひどく遠く、景色がぼやけて見えたことを、お前が知ることはないのだろう。
──かなでにも、誕生日が……ある。
そう思った瞬間、がつんと響き、ゆるやかな毒のように、呼吸がし辛い感覚が身体中に広がっていく。
……当然だ。おれは、こいつのことを、もうただのふやけた存在とは思っていない。
意思があり、おれにはわからないが鼓動があり、いま息づいている人間だ。紛れもなく、どこかで生まれ生きている、生き物だ。
それなら、誕生日があることも不自然ではない。
だというのに。
「……かなで」
「あ! カタクリさん、花火! あれ、花火って言わないか。大砲? 何か打ち上がりましたよ!」
ひらひらと舞う紙吹雪はおれにも見えている。かなでを捉えた視界の中で、確かに今、同じものを見ている。
──……それは果たして、どこまで同じと、言えるのか。
思えば、おれが見てきたかなでは、見た目に変化がない。
多少髪型や服装に変化があったくらいで、おれは一度だって、このかなで以外を見たことがない。
おれは、ガキの頃から今まで、そしておそらくこの先も、お前に見られているのに。
おれと出会うお前は、歳をとることが、あると言えるのか。
「……」
──音が、景色が、遠い。
かなでの言う一年は、おれと同じ一年なのか。
歳を取る歩みは、本当に同じなのか。
今、こうして時間を共有していることは、本当は不可能にも近い奇跡なのではないか。そんな考えが急に浮かんでは、じわりと這うように侵食する。
──今まで何故、気づかずにいたのか。
何故、目を逸らし続けていたのか。
「カタクリさん、……カタクリさん? 聞いてますか?」
絵のように思える寂れた風景の中に、きょとんとした間抜け面が、一人だけ色をもって現れる。
──そんなことがあってたまるか。
未来は見えるわけがない。おれがこいつの歳を取った姿が見られるかどうかは、遥か先の時を過ごしてみなければわからない。
それを、知りたいなど。褪せた世界に、色を持つなど。時のすれ違いに──引っ掛かりを、覚えるなど。
そんな、くだらない何かの感覚など、気の迷いにもほどがある。
それを疑問に思うには今更過ぎるほどの時間が、おれには流れていたのだから。
「……かなで」
お前が生きていると確かにわかっているのに、時の流れが違う事実を問えば、何か変わるのだろうか。変わることなど、おそらく無いというのに。
ならば、これは気付く必要のない余計な箱だ。蓋をしてしまえばなんてことはない。ただの感傷だ。
蓋さえ、してしまえば。
「……お前の誕生日は、いつになるだろうな」
吐ける問いは届かずともいい。この感傷を見逃せば、この先目の前からふやけ顔を失わずに済む。
聞こえちゃいない呆け面は、首を傾げておれを見ていた。段々と色を取り戻していく世界に、無意識に息に近い笑みがもれる。
「え? なんですか?」
「何もねェ」
お前がそのままで在れるなら、おれに不満などありもしねェ。
ただそれだけの報酬があれば構わない。そう思ってしまうおれは、お前の言うようにただのガキで。その年齢差さえもどこか腹立たしく思うガキで。
永遠に追い付けない距離を、いつかと願えるのなら。その色が変わらず、今、目の前に写り続けられるのであれば。
──ただ、それだけで。← →
(中に人の気配もないなぁ……)
ふわふわと。なんだか起き抜けのようにはっきりしない頭をぼんやり働かせて、自分の居場所を把握しようとする。
たぶん、今居るのはホールケーキ城。頻繁に来るわけじゃないから確証は持てないけど、大きな家で、且つよく見慣れたカタクリさんの居城じゃないとなれば、だいたいはホールケーキ城であることが多い。きっと今回もそうだろう。
そしてホールケーキ城で私が目を覚ますということは、つまりカタクリさんもハクリキタウンではなくホールケーキ島にいるということで。
更に外が騒がしくて中が静かとなれば、思い当たることは一つしかなかった。
「今日は何がメインなのかなー」
食べられはしないけれど、見るだけでも楽しめちゃうものだ。
わくわくと逸る気持ちを抑えながら、曖昧な記憶を頼りに廊下を進む。
壁を通り抜けることはしなかった。あのぐわんって僅かに風が吹くような感覚はなんとなく気持ち悪くて、それから、痛くないとわかっててもやっぱり心臓に悪い。
音を辿って、騒がしい方へ騒がしい方へと進んでいけば、発信地はすぐ見つかった。
──ほら、やっぱり『お茶会』だ。
「……えっ。ん、んんん!?」
あれ!? 思わず叫ぶ。
予想通りの風景の中に、なんだか、予想外を、見つけたような。
カタクリさんどこかなーなんて思う間はなかった。秒で見つかったし、すごく、探すまでもなく、目の前に飛び込んできた。けれど……。
ぽかり。呆けた顔を浮かべてしまう。
「なんであんな目立つところに……?」
幽霊のようなこの状態になると、人に見られないのを良いことに間抜け面を晒し、一人言のオンパレードが続く。これ、習慣付いて現実でもやっちゃったら困るなと思いつつ。今はそんなことは置いておいて。
カタクリさんが、一番目立つところにいる。
寡黙で、大人しくしている、カタクリさんが。
……いや、そりゃあ、ママさんが一番目立つ存在ではあるけど。サイズ的にも、立場的にもママさん以上に目立つ存在なんていないだろうけど。
そのママさんと同じくらい目立つ席が用意されている……とは。
一体どんな、変則だろう。
これはまるで、カタクリさんのためのお茶会のようだ。
何か手柄でもたてたのかな……? 首を傾げて考えてみるも、手柄をたてているのはいつものことだ。しかも、よくよく見たらカタクリさんの隣にはダイフクくんとオーブンくんも居る。益々わからない。その流れならペロスくんがいても良い気がするんだけど……。
(……ええい、聞けば良いや!)
びゅん! ひとっとびでカタクリさんの居る少し高い場所へと向かう。
正面から飛んだからか、カタクリさんも特に驚いた様子はない。大丈夫、反応は無くても目は合ってる。これは気づいてくれてる。
遠慮せず顔の前に止まると、大きく息を吸い込んだ。
「カタクリさんーっ! こんにちはー!」
「……」
「これ、なんの催しですかー!」
周囲がうるさいので、出来るだけ声を張った。といっても私の声量なんてたかが知れているから、カタクリさんには口パクに見えているかもしれない。
目は合っている。反応はない。やっぱり声、聞こえてないかも。
耳元で叫ぶべきかな──回り込もうとした時に、ついとカタクリさんの視線が動いた。逸らしたわけではない、誘導のようなその動きに釣られて横を──少し遠い──見てみれば、大きなホールケーキが飾られている。
……なんですか?
一度視線を戻してぱちぱちと瞬いてみると、カタクリさんがもう一度見ろと言わんばかりにまたホールケーキを目で示す。
んー……? 何だろう、見て来いってこと……?
カタクリさんとケーキをちらちら交互に見比べながら、ゆっくりケーキに近づき全体を眺めた。
三つのケーキが並んでいる。トッピングはバラバラだけど、たぶんベースは同じだ。
更に観察してみる。カタクリさんが示したのは、たぶん、真ん中のケーキ。三つのケーキの中でも、特にドーナツが多く使われている、珍しいケーキだ。
(……ん? ドーナツ?)
──ってことは……!?
もしかして、いや、たぶん、絶対そうだ。ピンときてしまった……かもしれない!
どきどきと早鐘を打つ心臓と、せりあがってくるわくわく感に一瞬呼吸を詰めた。
もしそうなら、絶対あるはずだ! さっきとはうって変わり、ダッシュで探し物をする。セオリー通りならケーキのてっぺんにあるはずのものを見つけ、そこに書かれている文字を見つければ、舞い上がったテンションは一気に爆発した。
「カタクリさん、誕生日ー!?」
振り返って思いっきり叫ぶ。聞こえるわけはないけど、私の浮かれた様子は見えてるんだろう。面倒だと言わんばかりに視線を外された。なんだよ、恥ずかしがりさんか!
飛び付くようにカタクリさんの顔の前へと舞い戻るとぶんぶん両腕を振った。
「カタクリさん! 誕生日なら誕生日って言ってくださいよ!」
「……」
「ダイフクくんとオーブンくんも一緒なわけだあ! 三つ子ですもんね! そりゃ三人が主役扱いになりますよね! わ〜もう、カタクリさんの誕生日に出会すの初めてだなあ〜! すっごく嬉しいです!」
「……」
ばしばしと、叩けるわけではないので実際には通り抜けてすかすかと、カタクリさんの肩を叩く。反応がない。絶対聞こえているはずなのに、総スルーだ。
なんですか、照れてるんですか? にまにまと緩む頬をなんとか堪えながらカタクリさんを見つめる。まるで何も見えてませんと言わんばかりだ。
「カタクリさん、聞こえてますかー?」
「……」
「この騒がしさなら、ちょっとくらい喋っても聞こえないと思いますよー!」
おーい? カタクリさんの目の前でひらひらと手を振る。わーわーと鬱陶しいくらい声を出したり動きまわっていると、僅かに眉間に皺が寄った。びくり。流石にやり過ぎたかなと私も固まってしまう。
「……普通に喋れ。十分聞こえてる……」
はあ。ため息を吐くように、諦めたように、カタクリさんが深く椅子に座り直して寛いだ。
ああ、よかった……誰もいない右側の肘掛けに頬杖ついてくれたので、私も右横に寄って停滞する。
へへへ。漏れる笑みに今度こそため息を吐かれてしまうも、その反応が拒否ではないと知っている。
人前で反応はしないと言いつつも、なんだかんだ構ってくれる、カタクリさんは。
やっぱり、子供の頃からどこか少し、甘いんだ。
「今日、何歳になったんですか?」
「……十八」
「うへー。十八歳でこの威厳ですか。私の世界じゃ十八なんてもっと子供ですよ」
「……だろうな」
「あ、でもカタクリさんも時折子供っぽいか……ドーナツ食べてる時とか……あ、ドーナツケーキ! そうだ、後で感想きかせてください!」
「……」
「カタクリさん?」
……あれ? また何かした……?
急に止んだ相槌が不自然な途切れ方をしたようで、顔を覗き込もうとしたら逸らされた。嫌な感じはしない。でも何となく気まずい。
「ええっと……」
なんだか、様子が変だなあ……。
無意識に指を組んだりはずしたりと意味の無い行動をしてしまう。何か、やらかした、というわけではなさそう。怒っているにしては、怖くもないし。会話の流れもそんなに悪くなかった、ような。
「……言うことはそれか」
「え?」
ぽつり。呟かれた言葉は存外はっきり耳に残った。折れた、のだろう。たぶん。折れてくれた。どうせ折れるならもっと分かりやすく折れてくれと思わないでもない、けど。しかし。私が何かしたならこれ以上を求めるのも悪いような。
頭を捻らせる。『言うことはそれか』。つまり、何か失言をしたのかな。子供っぽいと言ったのが、馬鹿にしているように聞こえたんだろうか。
だとしたら私が悪い。誕生日に何かしてしまうのは、気分も悪いはずだ。弾き出した答えから謝罪を伝えようと口を開けて、
「……誕生日……」
──あ。
はた、と。声がもれる。
……もしかして。なんて。
はっとして顔をあげれば、カタクリさんは私を見ていて、目があった瞬間に顔を逸らした。
その表情は不機嫌極まりない。言わなきゃ良かったと、言わんばかりで。
まさか、えっと、でも。確かにそれなら、私も悪いし、カタクリさんからしても気になる……ような。
いや、カタクリさんが気にするだろうか。どうなんだろう。間違っている、かもしれないけど。だけどどちらにせよ気付いたなら、今一番言いたい言葉になった。本当は真っ先に伝えるべき言葉だった。
「……カタクリさんカタクリさん」
「寄るな」
「言いたいこと、あります。えっと……目、合わせてください」
「黙れ」
「……本当に黙っていいんですか?」
「……」
……あなたが黙るんかい。
そこは否定しないあたりが、なんというか、その……。
もし、そうならば。──とんでもなくかわいいことに、なる気がするんですが。
「カタクリさん」
止められない。なら、言い切ってしまおう。
自分の手のひらをぎゅうと握りしめて、真っ直ぐ伝えた。
「誕生日、おめでとうございます」
──この言葉を求めていたのなら、気づけなかった私は大馬鹿者だ。
カタクリさんの眉間の皺が更に深まる。片手で額を抑えるように目元を隠し、小さく、耐えるように、「……ああ」と返事が返ってきた。
求められていた答えは、間違っていなかったらしい。
ほっと胸を撫で下ろした。それから、ふつふつと、温かな気持ちが心のうちを埋めていく。
「おめでとうございます、カタクリさん」
「……聞こえてる」
「会えて嬉しいです。お祝いできてよかったです。カタクリさんが生まれてきてくれて、本当によかった」
「……」
「またこの先も、お祝いしたいです」
小さい内から知っている、私の夢のような、現実のような、不思議な存在。
君の一年がしあわせであることを、私はいつでも願ってる。
「……もういい。黙れ」
「へへっ」
もう少しからかっていたいけど、これ以上堪能すれば流石に怒るだろう。
両頬をおさえてなんとか平静を装う。改めて会場を見ていたら、この賑やかな眺めがとても癒される景色のような気がしてきた。
「……いつか私の誕生日にも、会えたらいいなぁ」
「……誕生日? ……お前の?」
「あ、はい! 私の一年がカタクリさんのいつになるか、全然わかんないですけどね」
だから。
ぽかぽか、あったかい気持ちに満たされて。
気づかなかったんだ。
「……お前に……誕生日が、あるのか」
「ふは……! そりゃありますよー!」
不機嫌に、けれど柔らかな空気を纏っていたカタクリさんが。ぴたりと動きを止めて。
どんな顔で、私の願いを聞いたかなんて。
「いつか二十二歳の私に出会ったら、ちゃんとおめでとうって言ってくださいね!」
きっと。
一生、気づくことなんてないんだろう。
***
「ふは……! そりゃありますよー!」
そう笑う声がひどく遠く、景色がぼやけて見えたことを、お前が知ることはないのだろう。
──かなでにも、誕生日が……ある。
そう思った瞬間、がつんと響き、ゆるやかな毒のように、呼吸がし辛い感覚が身体中に広がっていく。
……当然だ。おれは、こいつのことを、もうただのふやけた存在とは思っていない。
意思があり、おれにはわからないが鼓動があり、いま息づいている人間だ。紛れもなく、どこかで生まれ生きている、生き物だ。
それなら、誕生日があることも不自然ではない。
だというのに。
「……かなで」
「あ! カタクリさん、花火! あれ、花火って言わないか。大砲? 何か打ち上がりましたよ!」
ひらひらと舞う紙吹雪はおれにも見えている。かなでを捉えた視界の中で、確かに今、同じものを見ている。
──……それは果たして、どこまで同じと、言えるのか。
思えば、おれが見てきたかなでは、見た目に変化がない。
多少髪型や服装に変化があったくらいで、おれは一度だって、このかなで以外を見たことがない。
おれは、ガキの頃から今まで、そしておそらくこの先も、お前に見られているのに。
おれと出会うお前は、歳をとることが、あると言えるのか。
「……」
──音が、景色が、遠い。
かなでの言う一年は、おれと同じ一年なのか。
歳を取る歩みは、本当に同じなのか。
今、こうして時間を共有していることは、本当は不可能にも近い奇跡なのではないか。そんな考えが急に浮かんでは、じわりと這うように侵食する。
──今まで何故、気づかずにいたのか。
何故、目を逸らし続けていたのか。
「カタクリさん、……カタクリさん? 聞いてますか?」
絵のように思える寂れた風景の中に、きょとんとした間抜け面が、一人だけ色をもって現れる。
──そんなことがあってたまるか。
未来は見えるわけがない。おれがこいつの歳を取った姿が見られるかどうかは、遥か先の時を過ごしてみなければわからない。
それを、知りたいなど。褪せた世界に、色を持つなど。時のすれ違いに──引っ掛かりを、覚えるなど。
そんな、くだらない何かの感覚など、気の迷いにもほどがある。
それを疑問に思うには今更過ぎるほどの時間が、おれには流れていたのだから。
「……かなで」
お前が生きていると確かにわかっているのに、時の流れが違う事実を問えば、何か変わるのだろうか。変わることなど、おそらく無いというのに。
ならば、これは気付く必要のない余計な箱だ。蓋をしてしまえばなんてことはない。ただの感傷だ。
蓋さえ、してしまえば。
「……お前の誕生日は、いつになるだろうな」
吐ける問いは届かずともいい。この感傷を見逃せば、この先目の前からふやけ顔を失わずに済む。
聞こえちゃいない呆け面は、首を傾げておれを見ていた。段々と色を取り戻していく世界に、無意識に息に近い笑みがもれる。
「え? なんですか?」
「何もねェ」
お前がそのままで在れるなら、おれに不満などありもしねェ。
ただそれだけの報酬があれば構わない。そう思ってしまうおれは、お前の言うようにただのガキで。その年齢差さえもどこか腹立たしく思うガキで。
永遠に追い付けない距離を、いつかと願えるのなら。その色が変わらず、今、目の前に写り続けられるのであれば。
──ただ、それだけで。