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なりたかったもの


 私は小さい頃、リスになりたかった。

「…………」
「いま、『また何言ってるんだこの阿呆は』みたいな顔しませんでした?」
「してねェ」
「じゃあ、内心で思ったりしませんでした?」
「……」
「否定! して! ください!」

 きーっ!と猿の鳴き声のような、あるいは漫画の中の女の人がよく出すような声をあげて、カタクリさんをポカポカと殴る。いや、厳密には殴れてないけれどね。透けるから。ただのモーションの問題というか。それでもやらずにはいられない衝動があるというか。

「君は! 私に対して、オブラートが、無いな!」
「何も言ってないことにいちいち腹を立てるな、お前は……」
「何も言わないのが良くないんですよ!」
「なら嘘を吐けとでも?」
「そういうことじゃなくて!」

 この──減らず口を!
 いつもの夢の中。ちょっとは成長しつつも、まだまだ私よりは年下と呼べるカタクリさんは、相も変わらず人のことを煩わしそうにする。
 雑談には付き合ってくれるし、嫌われてないことはわかるけれど。この年頃は人をおちょくることを覚えてしまったらしい。めんどくさいと判断された話題には、すぐこれだ。

「リスになりたかったんですってば」
「もう聞いた」
「なんか反応あるでしょう。かわいいね〜とか。何歳くらいの話〜?とか」
「…………おれがそれを言うところを、お前は想像できるのか」
「……」
「おい、否定はどうした」
 
 言葉に詰まると、呆れたように大きな大きなため息を吐かれた。ぐ……何も言えない……。
 体育座りを空中でして、ぼそぼそと呟く。

「……今回は引き分けということで」
「あぁ……そうしろ」
「本題に入っていいですか?」

 ……本題? 先を促すように、不思議そうにカタクリさんが首を傾げた。さっきまでとはうって変わり、なんだか気恥ずかしくなって顔を背ける。
 リスになりたかった、というのは冗談ではない。本当にリスになりたかったのだ。あのふわふわな毛並みで、愛くるしい見た目で、すばしっこく駆けてみたかった。
 そして何よりも。

「……肩に……乗って、みたい……です」
「…………」
「リスになって……人の肩に乗るのが、夢だったので……」

 ごにょごにょ。後半になるほど声は萎んでいき、羞恥が募る。
 元はといえば、映画のせいなのだ。小さい頃に見たアニメ映画の中で、リスが肩の上に乗っているのを見た。本来ならあり得ない光景なのかもしれないが、私はなんだか、それがとても羨ましかった。
 そして同時に、思ったのだ。──私がリスだったら、人と仲良くなれる最高の友達になれるのに──と。

「……つまり、おれの肩に乗りたいがために、そんな話をしたと」
「……はい」
「リスの気分を味わうために」
「…………正確には、相容れない生き物と相棒になる気分を味わうため──」
「……」
「な、なんでもないです……」

 ぱっと顔を上げかけてやめた。カタクリさんの表情がなんだか複雑そうだったから。
 この調子だと、だめかなぁ。だめだよなぁ……。
 難しいだろうと思っていたので、断られる覚悟はしていたけど。ただただ失礼を働いただけになってしまったことが、今更になって罪悪感という形を覚え始めた。
 いくら親しいとはいえ、利用のようなことをされるのは嫌だろう。これは完全に、私が悪かった。

「ごめんなさいカタクリさん。やっぱ忘れ──」
「別にいい」

 ……えっ。
 つい、息が、止まる。
 今なんて。

「……うろちょろされるより、数倍マシだ」

 そう言って、ついと、大きな指が差し出される。
 掴まれたり肩まで導かれたりすることは、当然ない。透けて触れないという時点で、私に身体的なアクションは起こせないというのは互いにわかっている。
 でも。
 指を差し出されるというだけで、なんだか、そう、まるで。

 (……おいでって、言われた気分だ)


「……お邪魔します」

 緩みそうになる頬を必死に抑える。
 おいで、なんて。カタクリさんが、そんな言葉を言ったりはしないだろうけど。
 それでも。私がそう感じたなら、それでいいんだ。



「しまった……透けるから座ってるって感触がない……!」
「だろうな」
「先に! 言って!!」
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