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マイチョコ
眠っている時の服装のまま向こうの世界に行っているということは、寝ている時に何かを持っていれば一緒に持っていけるんじゃなかろうか。
なぁんて、思い付いたのはよかったけれど、実際にやってみればそう上手くはいかないらしい。布団と暖房に包まれていたら溶けちゃうんじゃないかな、という心配も結局は取り越し苦労のようなものとして終わってしまった。
寒空の下、手ぶらでぽつりと、ひとり。
結論。物は持ち運べない。
「うわっ、寒、……」
……く、無いな。寒くないです。
ふるり、と身体が震えた。寒くもないのに鳥肌が立ったのは、この光景への反射的な反応みたいだ。一面の銀世界。ちかちかと太陽を反射する氷の塊。絵に描いたような雪景色だというのに、やっぱり幽霊のような私は寒さを感じないらしい。
「冬なのかぁ、こっちも」
眠る前までに見ていた現実の世界でも、ちょうど雪が降ろうとしていた。ここまで積もるほどの雪ではなかったけど、なんだか親近感を覚える。
この夢を見るようになってから結構経つような気がするけど、そういえば季節らしい季節を感じたことはないな。晴れ、雨、曇りという天気くらいでの変化しか見たことがないかもしれない。
きっと、お城がある万国では雪が積もったら綺麗なんだろうなあ。元々わくわくするような建物が多い国だし。ああでも、お菓子だから雪は困るのかな。……そういえば、浸水対策どうしてるんだろう……。
キョロキョロと余計なことを考えながら辺りを見渡しても、見たかったお城は目に入らなくて、残念ながら見慣れた島ではないことがわかった。本当に残念だ……。
今回目が覚めた場所は森の中らしい。近くに人や建物はなくて、遠くに海岸と船が見える。海岸が下方にあるから、森というより山なのかもしれない。それでもよく目立つピンク色の海賊旗は、よく見ようとしなくても目に飛び込んでくる。
うん。カタクリくんはここにいるね。
時々、カタクリくんに全く出会さない夢を見る時もある。だから彼が私の近くにいるのか、そしてここがどこで、いつの時代なのかを推察することが、私の夢の中での初めの一歩だ。一番最初の夢で探せと言われた言葉は、今も私の中に根付いている。
さて、どう探そうかな──腕を組んで考える。
勿論、船が見えるのだから船に向かってもいいだろう。浮いて飛んでいる私は、移動も速く出来る。疲れもしないし、島から海岸への距離くらい苦じゃないだろう。
だけど、なんとなく、もやもやする。直感は船じゃないと感じている。なら従ってみてもいいか、とあっさり船に背を向けた。
見渡す限り、雪の森。
「……これはまた、迷子になりそうな場所だなあ」
***
とんてんかん。何かを叩くような小さな音が不規則に響く洞窟を覗けば、探している人はすぐに見つかった。
私より小さな人たちが何かを作っている。流しそうめんのように、筒から細長い何かが流れてきては、小さい人たちが掬って運んでトンカチで叩いている。何をする行程なのかさっぱりわからない。カタクリくんは壁際でただそれを見ていた。
「何してるの?」
「……回数」
あ、ごめん。言いながら私の回数とカタクリくんの年齢を交換する。まるで合言葉みたいだなと思うと、危ない取引でもしている気分になった。
「何してるの?」改めて問いかける。カタクリくんはちらりと洞窟の奥を見た。
「チョコが出来上がるのを待ってるところだ」
「…………え?」
チョコ……? って、あの、チョコレート?
小さな人たちの作業をもう一度見てみる。やはり、細長い──光沢のある糸のような──何かを、集めては叩いている。
作業の意図がよくわからなくて、トンカチを持った人たちに視点を変えてみる。とんてんかん。まるで玩具の太鼓のような音が響くけれど、それは下に置いている台座が叩かれて響く音だ。糸自体から響くわけではない。というか、なんで糸を叩いているんだろう。
首を傾げていれば、カタクリくんが一歩下がって壁にもたれ掛かった。すると、カタクリくんの横に積まれていた木箱が、初めて目に入ってきた。
「……宝石?」
「チョコレートだ」
「えっ」
二度目の困惑。カタクリくんの横できらきらと透けるように輝く石たちは、どこからどう見ても食べ物ではないし、ましてやチョコレートとはかけ離れた見た目をしている。
「この島は他の冬島にはない珍しい木が生えている。そいつの実は殻を割り熱に当てると、糸のようにほどけ出し、その糸を叩いていくと固形の塊に変化していく」
こん、とカタクリくんが横の木箱を指で軽く叩く。いま説明されたその固形の塊が、この宝石みたいなもの達らしい。
「こいつは、カカオとそう変わらねェ。加工すればチョコレートになる」
「…………ちょこれーと」
ぽつり。間抜けな音が口から出た。カタクリくんが訝しげに私を見たけれど、私はぽかんと呆けた顔をさらしたまま。
なんて──都合の良い、夢だろう。
いや、夢だから、都合がよくて当然なのかもしれない。今まで都合よくいった試しが無いから呆れただけで、本来夢とはそういう都合のよいものな気がする。
「ええっと……」
どうしたものか。何を伝えよう。
果たせないと思っていた当初の予定が急に実現可能の兆しを見せてきて、逆に混乱してしまう。
そう。えーと、そうだ。何を伝えようとかの前に、まず、どうやって渡そうというところからだ。
ふわりと浮き上がって木箱に手を伸ばす。すかっ。当たり前だけど触れない。私が幽霊なのは相変わらずだ。
次いで、方法を考えてみても。やっぱり、触れないという問題をなんとかしない限り、方法なんて浮かぶはずもない。腕を組み、顎に手を添え、いくら考えるモーションを取ってみても結論は変わらなかった。
「……なにを企んでる」
「んー……カタクリくんさぁ……」
ちらり、カタクリくんを見上げて。
「私にお世話になったこと、あるよね?」
「………………あ?」
眉間に寄せられた皺が深まる。ありゃりゃ、若いうちからそんな顔してたら、一気に老けちゃうよ。なんて思ってもそんな顔をさせた原因は私だ。言葉選びが悪かったなと反省しながら苦笑する。
「実は、お願いがありまして」
「聞くと思うか」
「んんん……そこをなんとか……」
「何とかしてやるほど世話になってない」
う……根に持っている……。確かに恩着せがましい言い方をした自覚はある……。
実際、私がお世話をしたことは殆どなく、むしろ迷惑をかけてばかりなので、カタクリくんからしたら心外だろう。いつもみたいに茶化して、お世話してるから頼みごと聞いてくれないかな〜?なんて、軽めに言う気だったのに、動揺のあまり真面目に言ってしまったのもよくない。
うーん、どうしようかな。振り出しに戻って唸る。
と、大きな溜め息とともに、カタクリくんが木箱の中のチョコレートを、一つ掬い上げた。
「…………」
「…………」
「……で?」
「えっ」
三度目の困惑。なんだか今日は不思議がってばかりだ。
手のひらに転がったきらきら反射するチョコレートを、カタクリくんは私に向けている。何で私の頼み事がわかったんだろう、と思うも、頼む直前に私は木箱に触ろうとしていたことを思い出した。それだけで察するとは、カタクリくんの観察力と予想する力はすごい。
なんだかんだ、お願いを聞いてくれるのはやっぱりカタクリくんの方で。私がカタクリくんの力になれることは全然ないなと、痛感するばかりだ。
だからこそ、なのだけど。ちょっぴり、ほんの少しでいいからこそ。
「……カタクリくんの顔の前に持ってきてください」
言った通り、私に向けられていたチョコレートはカタクリくんの目の前へ。
そして私もその位置まで浮き上がると、透ける手で、さも持っているかのように、カタクリくんの手のひらの上でチョコに両手を添えた。
「ハッピーバレンタイン。カタクリくん」
いつもありがとう。
そんな意味をこめて、微笑む。
この夢を見るようになってから、生活にも大分影響が出ているような気がしてならないけれど。私はこの夢を、カタクリくんのことを、悪く思ってはいないし。夢でこうして息抜き出来ているから、頑張れているところもある。
だから、例え夢でも、お礼くらいは言いたい。
実際に用意していたチョコレートは渡せなくとも、体裁がとれたのは幸運だ。私が用意したものではなくカタクリくんが元から手にいれるはずだったチョコレートを代用するのは変な話だけど、まぁそれはそれ。私の適当さは今更だろう。
よかったよかった、バレンタインに会えて。きっと夢の中じゃ日付は違うだろうけど。
うんうん、と一人満足していると、カタクリくんの反応がないことに気づいた。……あれ? 不思議な空気感に首を傾げ、次第にまさかという気持ちが沸き上がってくる。
「……ばれんたいんとは、なんだ」
あああ〜〜! やっぱり……!!
カタクリくんは至って真面目に問いかけている。項垂れてがくりとする私。ちくしょー、やっぱり夢は都合よくなんかなかった。油断した。
「……この世界に、バレンタインは無いんだね……」
「お前の世界の風習か何かか?」
「風習……うーん、まぁそんなところかな」
改めて考えてみれば私も起源や成り立ちはしらない。バレンタインは私が知った時からバレンタインだ。チョコを渡す日。ただそれだけ。
「本当はね、女の子が好きな男の子にチョコを渡す日なんだ。まぁ他の国では男性から女性に花を渡したりするらしいけど……私の国では、好きな人に限らず友達やお世話になった人にもチョコを渡すんだ〜」
「………………友達や世話になった人、か」
「もちろん」
カタクリくんが手のひらのチョコを数秒眺め、次に私を数秒眺め、またチョコに視線を落とした。何か言いたげな雰囲気を感じる。やっぱり先ほどの、私に世話になってる発言へのツッコミだろうか。そうだったら甘んじて受け入れよう。
まさか照れたりは、たぶん、無いだろう。敢えて本命チョコの話より義理チョコの話を重視したのだから。これは社交辞令の一つとして受け取ってくれる、はず。社交辞令といっても、感謝の気持ちは本心なので、寧ろ気恥ずかしいのは私の方だ。
「かなで」
「ん?」
ずいっ。
カタクリくんが木箱から新たに一つチョコを取り出した。それが私に向けられている。
「うん……?」
「お前の分だ」
「私? 触れないけど気持ち的には一緒に食べよう〜ってこと?」
「違う」
カタクリくんは真っ直ぐ私を見ている。てっきり、気持ち悪いことを言うな、と眉をひそめられると思っていたのに、思いの外平静なカタクリくんの様子にこちらがたじろいだ。
カタクリくんが平静なら、私も動揺を隠す。何でもないかのように「なに?」ともう一度問いかけた。
「このチョコレートの元は実であり、つまり花だ」
(…………は、)
「か、……海外方、式?」
「……間違ってたか?」
「ううん……えっと、馴染みが、なくて」
「そうか」
カタクリくんはもう一度チョコレートに視線を落として。
「ん」
(──『ん』じゃない!!)
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!?
ぴしぃ! 石よろしく固まる。一度大きくばくん!と鳴った心臓は、次第にゆっくり、徐々にスピードを上げていく。手に変な汗をかいている気がする。い、息。そう、まず、息が出来ない。
心臓がばくばくする。
──なんて爆弾を落としてくれるんだ、この少年。
「あー、うー、えーっと……」
意味もなく後頭部を撫でる。本当に意味がないので、すぐに手をおろしてぎこちなく笑いかける。
……あーもう、ほんと罪作りな子だなあ! 頭の中で悪態をつかざるを得ない。私が同級生だったら惚れてるぞ。こんな天然キラーがいるだとか、彼の周りにいる人は大変だ。心底同情する。
「……ありがとう。ホワイトデーまで一気に貰った気分だよ」
「ほわいとでー?」
「バレンタインのお返しをする日。カタクリくん、私の代わりにチョコ二個とも食べてね」
「ああ」
──まぁ、彼が天然キラーだろうと、あいにく近所のおばちゃん目線であると自負している私には、かわせる範囲なんだけどね。
こう、なんだろう。すごく不思議なことなのだけれど、カタクリくんは時々、人の心をくすぐる。
そんな時、友達のいないこの少年のそんな一面を見る人はいないのかーと少し残念な気持ち半分。心を開かれているようで嬉しいような気持ちが、半分。
(いつか本当に、バレンタインチョコ渡せたらいいのになー)
なんて、友達がいない分出来ることはしたいと、思い馳せるしかない。
「……」
「ん?」
カタクリくんが、じっとチョコを見つめて、私の分だと差し出してきた方だけを口にした。いつもペロリと食べてしまうカタクリくんが一つずつ食べるとは意外。
かと思いきや、最初に渡した方はハンカチに包まれてポケットに仕舞われてしまう。
首を傾げる。
目が、合って。
「こっちは"おやつの時間"に食べる。社でなら落ち着けるからな」
──……。
……………………。
「……、君……」
そういうところだぞ……。
──とにもかくにも、バレンタインは成功した。
お返しも含めて、本人のものを本人が食べるバレンタインを、義理とか本命の括りに入れるのも変な話だから、さしずめこれはマイチョコというものになるんだろうか。
カタクリくんがこの先も、好きにお菓子を食べられる日の理由付けになったらいいな。なんて。
ほんのり思うだけの、願い。
← →
なぁんて、思い付いたのはよかったけれど、実際にやってみればそう上手くはいかないらしい。布団と暖房に包まれていたら溶けちゃうんじゃないかな、という心配も結局は取り越し苦労のようなものとして終わってしまった。
寒空の下、手ぶらでぽつりと、ひとり。
結論。物は持ち運べない。
「うわっ、寒、……」
……く、無いな。寒くないです。
ふるり、と身体が震えた。寒くもないのに鳥肌が立ったのは、この光景への反射的な反応みたいだ。一面の銀世界。ちかちかと太陽を反射する氷の塊。絵に描いたような雪景色だというのに、やっぱり幽霊のような私は寒さを感じないらしい。
「冬なのかぁ、こっちも」
眠る前までに見ていた現実の世界でも、ちょうど雪が降ろうとしていた。ここまで積もるほどの雪ではなかったけど、なんだか親近感を覚える。
この夢を見るようになってから結構経つような気がするけど、そういえば季節らしい季節を感じたことはないな。晴れ、雨、曇りという天気くらいでの変化しか見たことがないかもしれない。
きっと、お城がある万国では雪が積もったら綺麗なんだろうなあ。元々わくわくするような建物が多い国だし。ああでも、お菓子だから雪は困るのかな。……そういえば、浸水対策どうしてるんだろう……。
キョロキョロと余計なことを考えながら辺りを見渡しても、見たかったお城は目に入らなくて、残念ながら見慣れた島ではないことがわかった。本当に残念だ……。
今回目が覚めた場所は森の中らしい。近くに人や建物はなくて、遠くに海岸と船が見える。海岸が下方にあるから、森というより山なのかもしれない。それでもよく目立つピンク色の海賊旗は、よく見ようとしなくても目に飛び込んでくる。
うん。カタクリくんはここにいるね。
時々、カタクリくんに全く出会さない夢を見る時もある。だから彼が私の近くにいるのか、そしてここがどこで、いつの時代なのかを推察することが、私の夢の中での初めの一歩だ。一番最初の夢で探せと言われた言葉は、今も私の中に根付いている。
さて、どう探そうかな──腕を組んで考える。
勿論、船が見えるのだから船に向かってもいいだろう。浮いて飛んでいる私は、移動も速く出来る。疲れもしないし、島から海岸への距離くらい苦じゃないだろう。
だけど、なんとなく、もやもやする。直感は船じゃないと感じている。なら従ってみてもいいか、とあっさり船に背を向けた。
見渡す限り、雪の森。
「……これはまた、迷子になりそうな場所だなあ」
***
とんてんかん。何かを叩くような小さな音が不規則に響く洞窟を覗けば、探している人はすぐに見つかった。
私より小さな人たちが何かを作っている。流しそうめんのように、筒から細長い何かが流れてきては、小さい人たちが掬って運んでトンカチで叩いている。何をする行程なのかさっぱりわからない。カタクリくんは壁際でただそれを見ていた。
「何してるの?」
「……回数」
あ、ごめん。言いながら私の回数とカタクリくんの年齢を交換する。まるで合言葉みたいだなと思うと、危ない取引でもしている気分になった。
「何してるの?」改めて問いかける。カタクリくんはちらりと洞窟の奥を見た。
「チョコが出来上がるのを待ってるところだ」
「…………え?」
チョコ……? って、あの、チョコレート?
小さな人たちの作業をもう一度見てみる。やはり、細長い──光沢のある糸のような──何かを、集めては叩いている。
作業の意図がよくわからなくて、トンカチを持った人たちに視点を変えてみる。とんてんかん。まるで玩具の太鼓のような音が響くけれど、それは下に置いている台座が叩かれて響く音だ。糸自体から響くわけではない。というか、なんで糸を叩いているんだろう。
首を傾げていれば、カタクリくんが一歩下がって壁にもたれ掛かった。すると、カタクリくんの横に積まれていた木箱が、初めて目に入ってきた。
「……宝石?」
「チョコレートだ」
「えっ」
二度目の困惑。カタクリくんの横できらきらと透けるように輝く石たちは、どこからどう見ても食べ物ではないし、ましてやチョコレートとはかけ離れた見た目をしている。
「この島は他の冬島にはない珍しい木が生えている。そいつの実は殻を割り熱に当てると、糸のようにほどけ出し、その糸を叩いていくと固形の塊に変化していく」
こん、とカタクリくんが横の木箱を指で軽く叩く。いま説明されたその固形の塊が、この宝石みたいなもの達らしい。
「こいつは、カカオとそう変わらねェ。加工すればチョコレートになる」
「…………ちょこれーと」
ぽつり。間抜けな音が口から出た。カタクリくんが訝しげに私を見たけれど、私はぽかんと呆けた顔をさらしたまま。
なんて──都合の良い、夢だろう。
いや、夢だから、都合がよくて当然なのかもしれない。今まで都合よくいった試しが無いから呆れただけで、本来夢とはそういう都合のよいものな気がする。
「ええっと……」
どうしたものか。何を伝えよう。
果たせないと思っていた当初の予定が急に実現可能の兆しを見せてきて、逆に混乱してしまう。
そう。えーと、そうだ。何を伝えようとかの前に、まず、どうやって渡そうというところからだ。
ふわりと浮き上がって木箱に手を伸ばす。すかっ。当たり前だけど触れない。私が幽霊なのは相変わらずだ。
次いで、方法を考えてみても。やっぱり、触れないという問題をなんとかしない限り、方法なんて浮かぶはずもない。腕を組み、顎に手を添え、いくら考えるモーションを取ってみても結論は変わらなかった。
「……なにを企んでる」
「んー……カタクリくんさぁ……」
ちらり、カタクリくんを見上げて。
「私にお世話になったこと、あるよね?」
「………………あ?」
眉間に寄せられた皺が深まる。ありゃりゃ、若いうちからそんな顔してたら、一気に老けちゃうよ。なんて思ってもそんな顔をさせた原因は私だ。言葉選びが悪かったなと反省しながら苦笑する。
「実は、お願いがありまして」
「聞くと思うか」
「んんん……そこをなんとか……」
「何とかしてやるほど世話になってない」
う……根に持っている……。確かに恩着せがましい言い方をした自覚はある……。
実際、私がお世話をしたことは殆どなく、むしろ迷惑をかけてばかりなので、カタクリくんからしたら心外だろう。いつもみたいに茶化して、お世話してるから頼みごと聞いてくれないかな〜?なんて、軽めに言う気だったのに、動揺のあまり真面目に言ってしまったのもよくない。
うーん、どうしようかな。振り出しに戻って唸る。
と、大きな溜め息とともに、カタクリくんが木箱の中のチョコレートを、一つ掬い上げた。
「…………」
「…………」
「……で?」
「えっ」
三度目の困惑。なんだか今日は不思議がってばかりだ。
手のひらに転がったきらきら反射するチョコレートを、カタクリくんは私に向けている。何で私の頼み事がわかったんだろう、と思うも、頼む直前に私は木箱に触ろうとしていたことを思い出した。それだけで察するとは、カタクリくんの観察力と予想する力はすごい。
なんだかんだ、お願いを聞いてくれるのはやっぱりカタクリくんの方で。私がカタクリくんの力になれることは全然ないなと、痛感するばかりだ。
だからこそ、なのだけど。ちょっぴり、ほんの少しでいいからこそ。
「……カタクリくんの顔の前に持ってきてください」
言った通り、私に向けられていたチョコレートはカタクリくんの目の前へ。
そして私もその位置まで浮き上がると、透ける手で、さも持っているかのように、カタクリくんの手のひらの上でチョコに両手を添えた。
「ハッピーバレンタイン。カタクリくん」
いつもありがとう。
そんな意味をこめて、微笑む。
この夢を見るようになってから、生活にも大分影響が出ているような気がしてならないけれど。私はこの夢を、カタクリくんのことを、悪く思ってはいないし。夢でこうして息抜き出来ているから、頑張れているところもある。
だから、例え夢でも、お礼くらいは言いたい。
実際に用意していたチョコレートは渡せなくとも、体裁がとれたのは幸運だ。私が用意したものではなくカタクリくんが元から手にいれるはずだったチョコレートを代用するのは変な話だけど、まぁそれはそれ。私の適当さは今更だろう。
よかったよかった、バレンタインに会えて。きっと夢の中じゃ日付は違うだろうけど。
うんうん、と一人満足していると、カタクリくんの反応がないことに気づいた。……あれ? 不思議な空気感に首を傾げ、次第にまさかという気持ちが沸き上がってくる。
「……ばれんたいんとは、なんだ」
あああ〜〜! やっぱり……!!
カタクリくんは至って真面目に問いかけている。項垂れてがくりとする私。ちくしょー、やっぱり夢は都合よくなんかなかった。油断した。
「……この世界に、バレンタインは無いんだね……」
「お前の世界の風習か何かか?」
「風習……うーん、まぁそんなところかな」
改めて考えてみれば私も起源や成り立ちはしらない。バレンタインは私が知った時からバレンタインだ。チョコを渡す日。ただそれだけ。
「本当はね、女の子が好きな男の子にチョコを渡す日なんだ。まぁ他の国では男性から女性に花を渡したりするらしいけど……私の国では、好きな人に限らず友達やお世話になった人にもチョコを渡すんだ〜」
「………………友達や世話になった人、か」
「もちろん」
カタクリくんが手のひらのチョコを数秒眺め、次に私を数秒眺め、またチョコに視線を落とした。何か言いたげな雰囲気を感じる。やっぱり先ほどの、私に世話になってる発言へのツッコミだろうか。そうだったら甘んじて受け入れよう。
まさか照れたりは、たぶん、無いだろう。敢えて本命チョコの話より義理チョコの話を重視したのだから。これは社交辞令の一つとして受け取ってくれる、はず。社交辞令といっても、感謝の気持ちは本心なので、寧ろ気恥ずかしいのは私の方だ。
「かなで」
「ん?」
ずいっ。
カタクリくんが木箱から新たに一つチョコを取り出した。それが私に向けられている。
「うん……?」
「お前の分だ」
「私? 触れないけど気持ち的には一緒に食べよう〜ってこと?」
「違う」
カタクリくんは真っ直ぐ私を見ている。てっきり、気持ち悪いことを言うな、と眉をひそめられると思っていたのに、思いの外平静なカタクリくんの様子にこちらがたじろいだ。
カタクリくんが平静なら、私も動揺を隠す。何でもないかのように「なに?」ともう一度問いかけた。
「このチョコレートの元は実であり、つまり花だ」
(…………は、)
「か、……海外方、式?」
「……間違ってたか?」
「ううん……えっと、馴染みが、なくて」
「そうか」
カタクリくんはもう一度チョコレートに視線を落として。
「ん」
(──『ん』じゃない!!)
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!?
ぴしぃ! 石よろしく固まる。一度大きくばくん!と鳴った心臓は、次第にゆっくり、徐々にスピードを上げていく。手に変な汗をかいている気がする。い、息。そう、まず、息が出来ない。
心臓がばくばくする。
──なんて爆弾を落としてくれるんだ、この少年。
「あー、うー、えーっと……」
意味もなく後頭部を撫でる。本当に意味がないので、すぐに手をおろしてぎこちなく笑いかける。
……あーもう、ほんと罪作りな子だなあ! 頭の中で悪態をつかざるを得ない。私が同級生だったら惚れてるぞ。こんな天然キラーがいるだとか、彼の周りにいる人は大変だ。心底同情する。
「……ありがとう。ホワイトデーまで一気に貰った気分だよ」
「ほわいとでー?」
「バレンタインのお返しをする日。カタクリくん、私の代わりにチョコ二個とも食べてね」
「ああ」
──まぁ、彼が天然キラーだろうと、あいにく近所のおばちゃん目線であると自負している私には、かわせる範囲なんだけどね。
こう、なんだろう。すごく不思議なことなのだけれど、カタクリくんは時々、人の心をくすぐる。
そんな時、友達のいないこの少年のそんな一面を見る人はいないのかーと少し残念な気持ち半分。心を開かれているようで嬉しいような気持ちが、半分。
(いつか本当に、バレンタインチョコ渡せたらいいのになー)
なんて、友達がいない分出来ることはしたいと、思い馳せるしかない。
「……」
「ん?」
カタクリくんが、じっとチョコを見つめて、私の分だと差し出してきた方だけを口にした。いつもペロリと食べてしまうカタクリくんが一つずつ食べるとは意外。
かと思いきや、最初に渡した方はハンカチに包まれてポケットに仕舞われてしまう。
首を傾げる。
目が、合って。
「こっちは"おやつの時間"に食べる。社でなら落ち着けるからな」
──……。
……………………。
「……、君……」
そういうところだぞ……。
──とにもかくにも、バレンタインは成功した。
お返しも含めて、本人のものを本人が食べるバレンタインを、義理とか本命の括りに入れるのも変な話だから、さしずめこれはマイチョコというものになるんだろうか。
カタクリくんがこの先も、好きにお菓子を食べられる日の理由付けになったらいいな。なんて。
ほんのり思うだけの、願い。