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 しがない大学生をしていた。と言っても大学はもう四年目で就活も終わっているので、後は僅かに残っている必修単位と卒論を書きあげてしまえば、その肩書きはもう無くなってしまう。来年から社会人としての一歩を踏み出すために、大人になるんだという意識を高めなければならない。……と思っていたが、その反面、のびのび出来る最後の学生生活を子供らしく過ごしたいな、なんて甘えもなかったわけじゃない。
 その夢を見始めたのは、そんな自分の立ち位置が曖昧な時期のことだった。




「──だから! 次のお茶会のメインはシュークリームだって言ってるでしょう!」
「そうとも! だからこそ、この生地で試してみるべきだ!」
「いやいや、それには材料が不十分じゃないか? 従来のシュークリームが一番口に合うのでは……」
「何の変化もないんじゃ許されないんじゃないの? もうちょっと別の案を──」

 (うーん……私は右の奴の方が気になる)

 ふよふよ、ふよふよ。またしても夢の中独特の浮遊感を堪能しながら、大きな部屋の、大きな長机の上にある、様々な種類のシュークリームを眺める。

 三日ぶりに見た夢は、前回の夢で見た城っぽい造りとよく似ていた。珍しいことに続きでも見ているのか、深層心理の現れなのか。……もし深層心理なら、随分ファンシーな世界観が出てるものだと自分自身が心配になる。
 前回のような、巨人が住むような大きなお城の中。今回は窓から入る日差しが眩しい。
 城の造りはカラフルで、見たところお菓子の家、みたいだった。匂いは感じないのでわからない。残念ながら触ることもできなかったので、本当にお菓子で出来ているのか作り物なのかも不明。
 けれど、よく似た場所でも前回との違いが二つだけあった。まず一つ目は、人が小さいこと。私と同じサイズの人もいれば、小人のようなサイズの人もいる。前回のような大きい人はいない。
 それと──私の存在に、気づかない。

 (話に集中してるから……ってわけでもないよねぇ……)

 シュークリーム議論を続けるパティシエ姿の人々は、私が気がついた時には既に話し合いがヒートアップしていた。
 ぱちりと目を覚ました……と夢の中で使うのは変だけど、まぁ、とにかく私が目を開けた時に、私は彼らの目の前で、ふよふよ浮いていたわけで。大声に驚いて肩を揺らしても、私が「え? え?」と混乱していても、終いには顔の前で手を振ってみてもノータッチときた。そうなると、私に気づいていないとしか言えないだろう。

 恐らく私は今、この夢の中でまさしく幽霊視点なのだ。
 それはそれで、寂しいものがあるけれど。


「前回は、私の名前知ってる人いたのになー……」
「甘えるんじゃない! 一人で作業する時のことも考えな!」
「お、おぉう……」

 初老の女性が、若い男性に向かって杖をかざしながら力説している。なんだか自分が言われた気になって、つい背筋を伸ばしてしまった。
 ──確かに。その通りだ。夢の中で臆病になって、どうするんだ。
 めげていた気持ちをグンと引き上げて、よし、まずは探検でもしようじゃないか。どっちに行こう。扉はすり抜けられるかな? と意気込んでみる。
 せっかくだから偉ぶって、誕生日席のような大きな造りの上座に腰かけた。普通に座ったら高さでテーブルの上が見えなくなるので、背もたれのへり部分だ。足を組んで顎に手を当てて見ると、なんだかドキドキした。
 と、そこで。

「──カタクリ様ッ!?」

 ぴたっ!
 室内が一気に静かになる。身を強張らせたパティシエさん達が、みんな一斉に扉へ視線を向け、ぴりぴりした空気に包まれた。
 ──かたくり?
 緊張するパティシエさんの面持ちにつられついと扉へ視線を向ければ、大きな扉に釣り合った大きな身体が目に入った。四メートルはあるんじゃなかろうか?刺々した装飾がついた服が身長と相まって恐ろしいが、その姿には見覚えがあるような気がしてつい、音にならないまま「あ」と口が開いてしまう。

「カタクリ様……!! 如何なさいましたか!?」
「……様子を見に来た。揉めていると聞いたが」
「い、いいい、いえ! 順調に進んでおります! ……その、ただ……」
「材料の不足は補える。従来のものも、気に入っている妹たちが多い……両方用意しろ」
「は、はい! 畏まりました!」

 パティシエさんは敬礼のようにビシィ! と手をあげたが、大きな人はその姿を確認することなく踵を返した。
 ……すごい。一瞬で終わってしまった。
 どうやら偉い人らしいと察し、思わずうんうんよかったね〜両方採用だね〜と拍手をする。が、気持ちは全然落ち着かず、ちらちらと誰もいない扉を見てしまう。
 たぶん、私のことも視界に入ったはずなんだけど……あの人も無反応だった。

 (雰囲気が似てる違う人だったか、見えなくなったか……どっちだろう)

 前回出会った大きい人に似ていた。でも反応が無かったということは私の気のせいなんだろうか。なにぶん夢の中の記憶だ。とても曖昧だし、覚えている情報は少ない。暗かったこともある。
 第一、似たような夢をまた見て、同じ人が出てくるのってなかなか無い気がする。やっぱり他人の空似だったかもなぁと俯きかけ、

「──おい」
「ひえ!?」

 ドシン、と再び響く立ち止まる音に、パティシエさん達がまたも固まる。
 ばちん。──目が、合ったような──気がした。

「カタクリ様……?」

 パティシエさんが呼び掛ける。大きな人の視線は相変わらず私がいる場所へ向けられている。
 え……? 眉を潜めて首を傾げると、大きな人もぴくりと片眉が動き、僅かに息を吐き出したようだった。

「……この部屋は三十分後、会議に使われる。すぐに一階の空き部屋に移動しろ」
「か、会議……ですか!?」
「緊急だ」
「はいッ!! 急げ、すぐにだ!」

 そう掛け声が上がると、パティシエさん達はバタバタと机に広げてあったシュークリームを片付け始めた。大きな人は壁の隅に寄りかかり、目を瞑って待っている。
 透けちゃうから別に邪魔にはならないだろうけど、習慣的にぶつかったら大変だと思って上空へ浮かびあがる。

 ほどなくして、広い部屋にはぽつり。私と大きな人だけになった。
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