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「……どうしよう……パティシエさん達に着いていくべきなのかなあ……」

 うろうろ、うろうろ。所在無さげに空中を右往左往し、扉を見上げた。

 パティシエさん達が風のように去っていった後の部屋は、しんと静まりかえった空間だけが残った。なんだか居心地が悪い。さっきまでわちゃわちゃしていたからかな。
 厳密には、部屋の中にはまだ大きな人が居るけれど──私のことは見えていないだろうしなあ。それが余計に、一方的な気まずさの拍車をかけている気がする。
 それはさておき。

 (扉……を、開けるのは無理だよね)

 重厚な造りにそっと手を伸ばす。幽霊状態だからなあとダメ元で伸ばした手は、やはり何に触れることもなかった。
 が、しかし。視界にとんでもない光景が飛び込んできた──指先が、透けてる。
 あああそっか、幽霊状態ってことはそういうことだよね!? 扉にのめりこんだように見える自分の手に、いつの間にか息を止めてしまっていたらしい。切り替えるようにごくりと唾を飲み込むと、深呼吸を一つ。そして腹を括ると目を瞑り思い切り扉に顔を突っこんだ。
 ぞわり! あああ、変な感じ! 生温い空気が顔の横を走って、鳥肌が立つ。何かにぶつかった感触は無いのに、変な感じだ……! このまま顔を引っ込めてしまいたいのは山々だけれど、それでは意味がないからビビりながらも目を開けてみた。
 目の前には廊下。私の身体は……あああうん! やっぱり透けてる! 確認出来たので慌てて首を引いた。

「……何してる」
「うわあ!?」

 なに!?
 びくりと肩を跳ね上らせて後ろを振り返る。室内に変化はない。ドッドッドッと煩く鳴る私の心臓以外は静かなままだ。

 (えっ、あれっ、え? 私いま話しかけられた……?)

 困惑する。確かに声が聞こえた。つまり……。
 ちらりと、部屋の壁に凭れたままのその人を見る。驚くことに目が合った。口を開く様子はないけれど、というか、マフラーのようなもので顔の下半分が隠れてるから口を開いたかどうかはわからないんだけど、視線はこちらに向けられている。

「……えっと」
 
 でかい一人言の可能性は? 私の後ろを見てるとかは? 扉、大きな人、扉。きょろきょろと頭を振って確認する。私の後ろには扉しかないし、別段変わった様子も無い。
 扉に頭を突っ込んだ時とはまた違う緊張と困惑で心臓が煩い。大きな人は虚空を見ているわけではなく、明確に何かを視界に捉えているように見える。そして仮に勘違いだった場合、私の声が聞こえてないなら私は不審者にはならないし……うん、よし。

「もしかして、私のこと見えて……ますか?」

 ぴくり。大きな人の片眉が動く。
 じろじろと私に向けられた目は訝しげに細められ、やがて怪訝な表情に変わっていく。──この反応はやっぱり、私の声はちゃんと聞こえているし言葉も理解されているので間違いなさそうだ。
 よかった、合ってた。ほっと息を吐くのもつかの間、すぐに恥ずかしさが沸き上がった。見えてないと思って好き勝手してたのに、ばっちりわかられていたとなれば話は変わる。この人には私の行動はさぞおかしく見えていたに違いない。いや待って、どこから見えてたの? 最初から? それとも今急に?
 
「……何度目だ」
「えっ?」
「おれと会うのは、何度目だ。まさか初めてか?」

 え……ええっと。
 真剣な様子で投げ掛けられ、頭にハテナが浮かぶ。なんですかそれ、どういう意味なんでしょうと問いたい気持ちは山々だけど、無言の圧力の中で聞き返せるほど私のメンタルは強くない。叱られる寸前のような気持ちになってたじろぎながら頭をまわす。

「二、回目……? ですよね……?」

 疑問系になってしまった。いや、だって回数もわからないほど何度も会ってるならまだしも、二回は確かめるほどの数字じゃないはずだと思って……頭の中でだけの言い訳だ。
 それとも、私が知らずに忘れているんだろうか? 不安になりながら大きな人を窺うと、私の答えに僅かに目を見開いていた。そして疲れたように目を伏せる。

「今更か……」

 え、えええ? なんのこっちゃ。それ前も言ってた。
 重く呟かれた言葉は、なんだか責めてるみたいだ。話の流れに着いていけないのは私のせいなんだろうか。
 めげるメンタルを守るように、縮こまって体育座りの体勢になる。これは夢だしファンタジーだ。これぐらい受け入れて楽しんでやりますとも。でも不安だから一応確認は入れる。

「あの、もしかして他にも会ったことありましたか? 失礼をしたなら謝ります」
「……」

 反応がない。無言で見つめられるのは中々苦しい。

 えええ? どうしようか? とりあえずこの世界観に便乗して考えるなら、私とこの人は夢の中で既知関係な可能性が高いと思ったんだけどな。だって毎回今更かって言うし。
 毎回といえば、前回も回数聞いてきたな。これは何なんだろう? この夢の中での常識? それとも何かのキーワード?
 まるで推理ものの夢みたいだななんて思えば、少しわくわくし始める。壮大な事件の始まりだとしたらどうしよう。ちょっと探偵気分だ。
 大きな人をじっと見つめて観察をしていると、再びばちんと目が合った。私が観察している間、相手も同じように観察するように私を見ていた。ここで慌てて目を逸らしてしまうのだから、私は探偵には向かない。

「一回目のおれは、お前に何も説明しなかったのか」
「説明……というか、覚えてないんですか?」
「おれの記憶の限りでは、一回目のおまえには会ったことがねェ。覚えてないんじゃなく、知らない話だ」
「というと……?」
「……場所を変える。着いてこい」

 と、大きな人は凭れていた壁から背を離し、部屋の外へと歩き出した。
 せっかく空けたのに部屋はこのままでいいんですか、あなたには関係ない会議なんですか。気になったことが溢れるけれど、もしこの人が私の存在に最初から気付いていたのだとしたら、私と話をするためだけに人避けをしたのかもしれないと思い至った。だとしたら、パティシエさん達にはちょっと申し訳ない。謝ろうにも居場所はわからないしそもそも会話は出来ないけど……。

 大きな人はずかずかと振り返らず歩いていっていたので、置いていかれそうになっていた。少し後を引かれるような気持ちがありながら、私も慌てて部屋を出る。
 ……えい! もう一度勇気を出して身体を壁にぶつければ、やはり透けた。通り抜けたといった方が正しい。痛み何もなく、ただ風のようなものを感じただけだった。

「かなで」
「……あ、はい!」

 律儀に立ち止まり私を待っていたらしい。
 大きな人の静かな呼び掛けに反射的に返事をしてしまってから、ぽかりと間抜け面を晒してしまう。
 やっぱり、名前、知られてるんだ。

 間違いない。この夢の中じゃ、私とこの人は既知関係だ。頭の中でピースを嵌め込む。
 同時に、あれ? と首を傾げた。既知関係だとして、じゃあさっきまでの意味深な言葉たちは何なんだろう?

 謎は深まるばかりだ。まぁ、結局は夢なんだけどね。細かいことは気にしても無駄か。
 ふよふよ、ふよふよ。幽霊よろしく浮かびあがる身体で、見失うはずのない大きな背を追った。


***


「わー……ほんとに、全部お菓子っぽいですねー……」
「ぽい、ではなく、実際全て菓子で出来ている。万国の建物はこれが通常だ」
「え! 本当にお菓子なんですか!? じゃあこれ、ぱくぱく食べたりするとか……!?」
「…………期限切れでもないのに、家を食うことはない」

 あ、そうか。食べたら住むとこ無くなっちゃうか。
 成る程それは観賞用、と深く頷き改めて部屋の中を見渡した。最初の部屋やここに来るまでの廊下と同じようにお菓子で作られているらしい部屋は、なんとなく柔らかい素材が多くある気がする。スポンジだろうか? お饅頭みたいなクッションもある。流石に男の人らしく、シックなデザインの装飾品もあるようだが。
 人の部屋をじろじろ見るのはよくないとわかっているのに、好奇心が全く抑えられなかった。だってお菓子の家に住んでいるんだ、こんなに大きくて厳つい人が。そう思うとなんだかちょっと笑えて、そしてちょっとだけ親しみを覚えてしまうんだ。

「あの、私室ですか?もしかして、お兄さんの」
「おに…………やめろ、その呼び方は」
「ええっ。あ、すみません。失礼でしたか、ええっと」
「カタクリでいい。それ以外の呼び名でお前に呼ばれるのは、気持ちが悪い」

 気持ちが悪いってなんだ。ちょっと傷つく。
 めげめげとした気持ちを引き摺りながら、カタクリ、カタクリ、と教えてもらった名前を反芻した。流石に呼び捨ては出来ないからカタクリさんに留めると、眉間に皺を寄せながらだが渋々と承諾してくれた。
 どうやら、名前は呼び捨てに出来るような間柄らしいぞ。新たに追加された夢の中の設定を頭に記憶する。

「それで、えーと、カタクリさん。さっきの続きなんですが……」
「待て。……その前に、確認がある。お前が会ったおれは、今のおれより年上だったな? イエスかノーで答えろ」
「えっ。えーと……どういう……?」
「老けてたか幼かったか。あるいは年齢」

 またしても真剣に意味がわからない質問をされた。えーと、としどろもどろになりながらも「……暗かったので、なんとも……?」と答えると、カタクリさんは黙りこんでしまう。
 というか、老けてたか幼かったかはイエスとノーで答えられるものじゃないのでは。思わず付け加えそうになった言葉はしっかり飲み込んで、何か考えるように斜め下へ視線を向けたカタクリさんの出方を伺う。
 さっきもこんな違和感があった。何だか会話が噛み合わない感覚。問いの真意をはかりかねているような。
 『年上だったか』。そして、『覚えてないのではなく知らない』。そんなの、まるで。

「説明の前にルールをつける。……お前は、今からその『一回目』の時の話を、おれにするな」
「はあ」
「問いには簡潔に答えろ。一回目のおれは、お前に説明をしなかった。間違いないか?」
「説明ってなんのですか?」
「おれに会った時の決め事──この世界に来る時の、ルールだ」

 二本の指が私の前に差し出される。ぱちり。瞬きしても思い当たることはない。
 一回目では、話という話もしていない。僅かな時間の出来事だったのだ。何か長たらしい決まりなど聞いた覚えはない、もしくは忘れてるのかもしれないが。
 ……引っ掛かりを、感じる。何か、あったような。
 先ほどまで意識の外にあった言葉を引き出そうと、脳がフル回転し始めた。暗いお城。宙に浮かぶ身体。大きな足音。そう、もっと何か。それで、
 ──捕食者のような、鈍い光の視線。


「……『ここに来たら、おれを探せ』?」


 やっと導きだした言葉に「……それが与えられてたんなら何故おれのとこに来ない」とじとりとした目で睨まれる。ひぇ。
 ご、ごめんなさい。同じ夢だと思ってなかったんです。
 真っ当な言い訳のはず、間違ってないはずの主張なんだけど、言ったらもっと睨まれそうで。
 苦笑しながら、口を結んだ。
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