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「これからおれが話すことを記憶しろ。かなで、お前は楽観的に捉えすぎるところがある。……ここでは命取りになる」
「そんなに、ですか」
「ああ。説明をはじめる」
と、やけに真剣な空気を出し、カタクリさんは話し出した。
気分は小さい子供だ。ふよふよと浮く身体は形ばかりに椅子へ座らせ、向かい合う形にした。互いに見下ろし見上げる体勢だけど、私は特に苦ではない。どうやら痛みを感じることもないらしい。……首を下げ続けなきゃならないカタクリさんが疲れないかは、わからないけど。
身長差にも話をするための準備にも随分慣れた様子で飲み物を用意したカタクリさんは、ソファーに腰掛けると腕を組んで私と向き合った。自室に冷蔵庫があるなんていいな、なんて全然違う事を考えている私の能天気さすら気にしていないようで、私の様子が落ち着くのを待って、けれど待ち過ぎて変な間が生まれることもないくらいの絶妙なタイミングで、つらつらと話を始めた。
「まず、この世界についてだが……お前が知ってる世界とは違う。おれもお前の世界は知らねェ」
最初からぶっとんだ話の予感。とりあえず「ほう」と相槌を打った。
「お前がおれの世界に通じるのは、お前が向こうで寝ている間だけ。お前の世界とこの世界は、地形の在り方も生物の在り方も常識も異なる……必要以上におれに向こうの知識を晒すな。何が影響するかわからねェ」
「ふ……ふむふむ」
「そして。……お前の姿が見えるのはおれだけだ。他のやつらには姿はもちろん、声も認識できちゃいない。無論、気配も感じていない」
「なるほど」
「おれが見聞色に長けているから、だけとは考えにくい。ガキの頃から見えてたからな」
「ガキ?」
「ああ」
二本差し出されていた指が一つ無くなる。世界の話はこれで終わりらしい。
え? 短すぎない? けんぶんしょく、とか。聞きたいことも、あるような気がするんだけども。
とりあえずわからなくはないと頷いていた自分が悪いのだが、とりあえずの理解はあくまでとりあえずだ。最初からこの程度ではこの先の話は全く理解出来ない可能性が高い。
聞き返すか、止めるか。私が迷っていると「最後まで聞け」とカタクリさんが止めるので、口をつぐんだ。この先を話した方が早いと言わんばかりの圧力を感じる。
従うしかないんだろう。私も体勢を整えた。
「かなで、お前はこれから、何度もおれに会うことになる。おれの前に現れる時はいつも不定期で、お前の時間軸もバラついてる」
「……ん? ええっと……?」
な、なんだか急に……わからなく、なってきたぞ……?
予想通り、何とかわかっていた話から難易度が跳ね上がった。けれどカタクリさんも私が理解出来ないのは予期していたようで、首を傾げるだけの私にゆっくりと補足を与えた。
「……例えるなら……今の状況がまさにそうだ。おれはガキの頃からお前に会っているが、お前はおれに会うのは二回目だという……同じように、次にお前が目を覚まし再びこの世界に来た時には、おれは今のおれではなく、今から過去か、未来のおれだ」
「……わ、わかりやすく……」
「……お前はこの世界の過去と未来を行ったり来たりしている」
これ以上は易しく言えない。そんな意図を察して、頭を捻らせる。
──つまり……自動タイムマシン、みたいな……?
聞く限り、法則性や条件はないのだろう。あるいは、この人が知らないだけで。
さっきまで過ごしてた時間より過去の時間軸に飛ばされる。一気に話が飛んで、未来になったりする。タイミングは掴めず、場所も不確定。いきなり色んな場面から始まる。
……うん、わかった。納得。
夢では、ありがちなことだ。
「なん……となくわかりました。だから一度目が年上か聞いたんですね」
「……ああ。今のおれの記憶にないんじゃ、可能性は未来しかねェ。未来のことは、極力知らない方が安全だ」
「ああ、タイムパラドックス。過去が変わったりしたら大変って、よく物語で見ます」
「そうだ」
ああ、そうか、だからか。一度目も二度目も「今更か」と言われたことが、すとんと胸に落ちた。
カタクリさんの言う通りなら、私は随分前からこの人と知り合いだ。何年も後に初めましてをされたら、そりゃ今更だと思うし、お兄さんと呼ばれるのもむず痒いはずだ。子供の頃のカタクリさんはまだ知らないけど、私が今の成人女子のまま会っていたとしたら、子供に向かってお兄さんとはおそらく呼ばない。
なるほどー、といつの間にか止めていた息を吐き、腕を組みながら今整理出来た情報の理解を更に深めようとしていれば、視線を感じた。
ちらり、と上目だけでその視線を辿ると、何を言うでもなくじっと私を見ているカタクリさん。私が納得するまで待ってくれているんだろうか。良い人だな、と思っていたら顔に出ていたようで、不思議そうに眉を寄せられた。
「ここまではわかったか」
「はい、大丈夫です」
「なら次に、お前とおれが関わる時のルールを話す。そんなに難しいもんじゃねェ。覚えろ」
「あ、はい」
じとりと念押ししてる目に見えたんだけど、気のせいだろうか。なんだか信用されてないような、呆れのような感じもするんだけども、なんて心外に思っても否定は出来ないのだから私は苦笑するしかない。
カタクリさんは本当に私と関わりがある設定らしい。でなきゃこんなに強く出たり、待ったり出来ないだろう。観察はされているとは感じるけれど、それは未知の生き物との距離を測っているというより、気心の知れた友人の癖や空気を読む時と似ている気がした。
夢の中での私は多分、カタクリさんに相当迷惑をかけたことがあるんだろうな。それでもカタクリさんはこうやって丁寧に説明するのだから、根気強いのか、面倒見がいいのか、なんなのか。笑みを溢しそうになればまた睨まれた。
そうだ、ルールを説明してくれるんだった。「すみません」と謝罪を入れて今居いを直す。
「まず一つ目。ここに来たらおれを探せ。二つ目。おれに会ったら何度目か伝えろ。三つ目、……未来の話をおれにするな」
以上だ。そう区切られ──
「……それだけ、ですか?」
思わずぽかりとした間抜け面で溢すも「ああ」と返されて終ってしまう。正直に言えば拍子抜けだ。
「難しいもんじゃねェと言ったはずだ」
「……そうでした」
「お前が守るのはこの三つだけでいい。逆におれは、お前に会った時には年齢だけを伝えている……互いに明確な回数を提示するのは避けたいからな。おれがお前に会った回数を教えたところで、お前には意味のないことだ」
……うん?
またきょとり。瞬いて。
「何でですか?この年齢の時までに何回会うんだなーってわかってた方が、良いような気が……えーと、ゴールが見えてる方が気持ち的に楽というか、対応しやすいというか……」
「違う。それを避けるためだ」
ぼんやりとした質問を流せば、間髪入れずに否定が入った。間を空けず切り捨てられると少なからずびっくりしたり、嫌な感じがするものだけど、カタクリさんは入りが鋭かっただけで言葉自体はゆるやかだ。声音も落ち着いていて、何故だかただすんなりと受け入れてしまえるような気持ちになる。不思議な安心感が、この人にはあった。
自然と、聞き入ってしまうような。
「お前にとっての『あと数回会う』は……おれにとって未来だ。おれがお前に正確な回数を伝えることもまた、お前にとっての未来になる」
「……それもタイムパラドックス対策ですか?」
「ああ」
「そんなに厳密にするものなんですか?」
思っていたより随分細かいんだなという緊張と、そんなに厳しくしなくてもという疑問が同時に湧いてくる。
それがつい顔に出ていたらしい。カタクリさんは私の眉間に手を伸ばすと──まぁ、透けてるから触られてる感触はないんだけど──寄せられていた皺を解すように指で撫でた。
はっとして額を両手で隠し、失礼な態度だったなと慌てたら何故だかカタクリさんの方が固まっていた。伸ばされていた手はすぐに引っ込められ、瞬きをすれば何事も無かったかのような平静な顔が見えたが──失態をした時のように一瞬揺らいだように見えた瞳は、私の気のせいなんだろうか。
「……お前は態度に出やすい。加えて、楽観的だと言ったはずだ。先がわかっていたら楽しみも、怒りも、悲しみも生まれない……お前がおれに向き合うことはなくなる」
「向き合う……ことが、ある。と……?」
──ぴり。重い、緊張感と、ひとつ。
数えるほども無い、間があって。
「……言えねェ。……ただ、お前の言葉はおれに影響しかねない。おれの言葉もおそらくそうだ」
座ったままカタクリさんは体勢を変え、少し前のめりになって話す。身長差のせいで影が顔に差したけど、相変わらず不思議と威圧感はなかった。
様子がおかしいなと思った。何でかはわからないけど、私にわかるようにとゆっくり話されていた言葉は、途中から別の意味が加わった気がする。私ではなくカタクリさんの心境に、何か変化でもあったんだろうか。
とかく、今は点となっている目の前の話題を丸で終わらせなければ。カタクリさんの考えている事はわからなくても、何で座る体勢を変えたかはわかる。
言い聞かせだ、これ。カタクリさんは私が理解するのを待っている。未来を言えずとも私が納得してくれるよう、カタクリさんなりに言葉を噛み砕こうとしてくれているんだろう。
「お前とおれは……常に一期一会でなければならねェ。いつ終わるか、いつ始まったかは、互いに共有しなくていい」
「……カタクリさんは、それでいいんですか?」
「──それがいい」
そう言うカタクリさんに、これ以上深い理由を聞く気にはなれなかった。
カタクリさんは納得してて、迷ってる様子もない。断言するのは寧ろ拒絶のようで、それ以外のことは絶対ダメなのだと言われているような気持ちさえする。私はここで頷いてイエスを返すのが正解なんだろう。
だから、これはただのダメ元でしかないのだけど。
「……さみしくないですか。思い出も話せないのは」
ぴたり。
殆ど途切れることのなかった会話が、少し詰まる。
今まで迷いなく答えていたように見えていたカタクリさんは「……寂しいときたか」と息を吐きながら目を瞑った。余計な事を言ったかなとドキドキしながら上目で確認すると、飽きれと言うよりはまた言葉を選んでいるようだった。直前までの緊張感が飛散した様子に、私もこっそりホッとする。
「……思い出を語らうのは、不可能じゃない。お前が十回目だとして、おれがその年齢までにお前の一から九回目のどれかに会えていたなら、その時の話が出来る」
「あー……うーん、と。そうか……共通の覚えている回数を、探せばいいのか」
「そういうことだ」
ならさみしくないですね。
少し喜んで返すと、カタクリさんは無言だった。ちょっとくらい相槌してくれてもいいのでは。寂しくなって唇を尖らす。
──まぁ、何にせよ──なんとなく、ルールはわかった。
パズルみたいで、話しちゃいけないことの多さには迷いそうだけど、ゲームとしては面白いかもしれない。……ゲーム? ゲームではないか、夢だし。夢にしてはちょっと凝ってるけど、いつかは醒めるんだろう。
よし! 大きく頷いて浮き上がった。カタクリさんの目線の高さまで近付くと、にんまりと笑顔を浮かべて頭を下げてみせる。
「親切にありがとうございました! それで、私はここに来たら何をすればいいんですか?」
「特に何も」
「えっ」
「何もねェ」
不思議なアドベンチャーとか、あったりしないのか。
落胆を隠せずに、がくりと肩を落とした。← →
「そんなに、ですか」
「ああ。説明をはじめる」
と、やけに真剣な空気を出し、カタクリさんは話し出した。
気分は小さい子供だ。ふよふよと浮く身体は形ばかりに椅子へ座らせ、向かい合う形にした。互いに見下ろし見上げる体勢だけど、私は特に苦ではない。どうやら痛みを感じることもないらしい。……首を下げ続けなきゃならないカタクリさんが疲れないかは、わからないけど。
身長差にも話をするための準備にも随分慣れた様子で飲み物を用意したカタクリさんは、ソファーに腰掛けると腕を組んで私と向き合った。自室に冷蔵庫があるなんていいな、なんて全然違う事を考えている私の能天気さすら気にしていないようで、私の様子が落ち着くのを待って、けれど待ち過ぎて変な間が生まれることもないくらいの絶妙なタイミングで、つらつらと話を始めた。
「まず、この世界についてだが……お前が知ってる世界とは違う。おれもお前の世界は知らねェ」
最初からぶっとんだ話の予感。とりあえず「ほう」と相槌を打った。
「お前がおれの世界に通じるのは、お前が向こうで寝ている間だけ。お前の世界とこの世界は、地形の在り方も生物の在り方も常識も異なる……必要以上におれに向こうの知識を晒すな。何が影響するかわからねェ」
「ふ……ふむふむ」
「そして。……お前の姿が見えるのはおれだけだ。他のやつらには姿はもちろん、声も認識できちゃいない。無論、気配も感じていない」
「なるほど」
「おれが見聞色に長けているから、だけとは考えにくい。ガキの頃から見えてたからな」
「ガキ?」
「ああ」
二本差し出されていた指が一つ無くなる。世界の話はこれで終わりらしい。
え? 短すぎない? けんぶんしょく、とか。聞きたいことも、あるような気がするんだけども。
とりあえずわからなくはないと頷いていた自分が悪いのだが、とりあえずの理解はあくまでとりあえずだ。最初からこの程度ではこの先の話は全く理解出来ない可能性が高い。
聞き返すか、止めるか。私が迷っていると「最後まで聞け」とカタクリさんが止めるので、口をつぐんだ。この先を話した方が早いと言わんばかりの圧力を感じる。
従うしかないんだろう。私も体勢を整えた。
「かなで、お前はこれから、何度もおれに会うことになる。おれの前に現れる時はいつも不定期で、お前の時間軸もバラついてる」
「……ん? ええっと……?」
な、なんだか急に……わからなく、なってきたぞ……?
予想通り、何とかわかっていた話から難易度が跳ね上がった。けれどカタクリさんも私が理解出来ないのは予期していたようで、首を傾げるだけの私にゆっくりと補足を与えた。
「……例えるなら……今の状況がまさにそうだ。おれはガキの頃からお前に会っているが、お前はおれに会うのは二回目だという……同じように、次にお前が目を覚まし再びこの世界に来た時には、おれは今のおれではなく、今から過去か、未来のおれだ」
「……わ、わかりやすく……」
「……お前はこの世界の過去と未来を行ったり来たりしている」
これ以上は易しく言えない。そんな意図を察して、頭を捻らせる。
──つまり……自動タイムマシン、みたいな……?
聞く限り、法則性や条件はないのだろう。あるいは、この人が知らないだけで。
さっきまで過ごしてた時間より過去の時間軸に飛ばされる。一気に話が飛んで、未来になったりする。タイミングは掴めず、場所も不確定。いきなり色んな場面から始まる。
……うん、わかった。納得。
夢では、ありがちなことだ。
「なん……となくわかりました。だから一度目が年上か聞いたんですね」
「……ああ。今のおれの記憶にないんじゃ、可能性は未来しかねェ。未来のことは、極力知らない方が安全だ」
「ああ、タイムパラドックス。過去が変わったりしたら大変って、よく物語で見ます」
「そうだ」
ああ、そうか、だからか。一度目も二度目も「今更か」と言われたことが、すとんと胸に落ちた。
カタクリさんの言う通りなら、私は随分前からこの人と知り合いだ。何年も後に初めましてをされたら、そりゃ今更だと思うし、お兄さんと呼ばれるのもむず痒いはずだ。子供の頃のカタクリさんはまだ知らないけど、私が今の成人女子のまま会っていたとしたら、子供に向かってお兄さんとはおそらく呼ばない。
なるほどー、といつの間にか止めていた息を吐き、腕を組みながら今整理出来た情報の理解を更に深めようとしていれば、視線を感じた。
ちらり、と上目だけでその視線を辿ると、何を言うでもなくじっと私を見ているカタクリさん。私が納得するまで待ってくれているんだろうか。良い人だな、と思っていたら顔に出ていたようで、不思議そうに眉を寄せられた。
「ここまではわかったか」
「はい、大丈夫です」
「なら次に、お前とおれが関わる時のルールを話す。そんなに難しいもんじゃねェ。覚えろ」
「あ、はい」
じとりと念押ししてる目に見えたんだけど、気のせいだろうか。なんだか信用されてないような、呆れのような感じもするんだけども、なんて心外に思っても否定は出来ないのだから私は苦笑するしかない。
カタクリさんは本当に私と関わりがある設定らしい。でなきゃこんなに強く出たり、待ったり出来ないだろう。観察はされているとは感じるけれど、それは未知の生き物との距離を測っているというより、気心の知れた友人の癖や空気を読む時と似ている気がした。
夢の中での私は多分、カタクリさんに相当迷惑をかけたことがあるんだろうな。それでもカタクリさんはこうやって丁寧に説明するのだから、根気強いのか、面倒見がいいのか、なんなのか。笑みを溢しそうになればまた睨まれた。
そうだ、ルールを説明してくれるんだった。「すみません」と謝罪を入れて今居いを直す。
「まず一つ目。ここに来たらおれを探せ。二つ目。おれに会ったら何度目か伝えろ。三つ目、……未来の話をおれにするな」
以上だ。そう区切られ──
「……それだけ、ですか?」
思わずぽかりとした間抜け面で溢すも「ああ」と返されて終ってしまう。正直に言えば拍子抜けだ。
「難しいもんじゃねェと言ったはずだ」
「……そうでした」
「お前が守るのはこの三つだけでいい。逆におれは、お前に会った時には年齢だけを伝えている……互いに明確な回数を提示するのは避けたいからな。おれがお前に会った回数を教えたところで、お前には意味のないことだ」
……うん?
またきょとり。瞬いて。
「何でですか?この年齢の時までに何回会うんだなーってわかってた方が、良いような気が……えーと、ゴールが見えてる方が気持ち的に楽というか、対応しやすいというか……」
「違う。それを避けるためだ」
ぼんやりとした質問を流せば、間髪入れずに否定が入った。間を空けず切り捨てられると少なからずびっくりしたり、嫌な感じがするものだけど、カタクリさんは入りが鋭かっただけで言葉自体はゆるやかだ。声音も落ち着いていて、何故だかただすんなりと受け入れてしまえるような気持ちになる。不思議な安心感が、この人にはあった。
自然と、聞き入ってしまうような。
「お前にとっての『あと数回会う』は……おれにとって未来だ。おれがお前に正確な回数を伝えることもまた、お前にとっての未来になる」
「……それもタイムパラドックス対策ですか?」
「ああ」
「そんなに厳密にするものなんですか?」
思っていたより随分細かいんだなという緊張と、そんなに厳しくしなくてもという疑問が同時に湧いてくる。
それがつい顔に出ていたらしい。カタクリさんは私の眉間に手を伸ばすと──まぁ、透けてるから触られてる感触はないんだけど──寄せられていた皺を解すように指で撫でた。
はっとして額を両手で隠し、失礼な態度だったなと慌てたら何故だかカタクリさんの方が固まっていた。伸ばされていた手はすぐに引っ込められ、瞬きをすれば何事も無かったかのような平静な顔が見えたが──失態をした時のように一瞬揺らいだように見えた瞳は、私の気のせいなんだろうか。
「……お前は態度に出やすい。加えて、楽観的だと言ったはずだ。先がわかっていたら楽しみも、怒りも、悲しみも生まれない……お前がおれに向き合うことはなくなる」
「向き合う……ことが、ある。と……?」
──ぴり。重い、緊張感と、ひとつ。
数えるほども無い、間があって。
「……言えねェ。……ただ、お前の言葉はおれに影響しかねない。おれの言葉もおそらくそうだ」
座ったままカタクリさんは体勢を変え、少し前のめりになって話す。身長差のせいで影が顔に差したけど、相変わらず不思議と威圧感はなかった。
様子がおかしいなと思った。何でかはわからないけど、私にわかるようにとゆっくり話されていた言葉は、途中から別の意味が加わった気がする。私ではなくカタクリさんの心境に、何か変化でもあったんだろうか。
とかく、今は点となっている目の前の話題を丸で終わらせなければ。カタクリさんの考えている事はわからなくても、何で座る体勢を変えたかはわかる。
言い聞かせだ、これ。カタクリさんは私が理解するのを待っている。未来を言えずとも私が納得してくれるよう、カタクリさんなりに言葉を噛み砕こうとしてくれているんだろう。
「お前とおれは……常に一期一会でなければならねェ。いつ終わるか、いつ始まったかは、互いに共有しなくていい」
「……カタクリさんは、それでいいんですか?」
「──それがいい」
そう言うカタクリさんに、これ以上深い理由を聞く気にはなれなかった。
カタクリさんは納得してて、迷ってる様子もない。断言するのは寧ろ拒絶のようで、それ以外のことは絶対ダメなのだと言われているような気持ちさえする。私はここで頷いてイエスを返すのが正解なんだろう。
だから、これはただのダメ元でしかないのだけど。
「……さみしくないですか。思い出も話せないのは」
ぴたり。
殆ど途切れることのなかった会話が、少し詰まる。
今まで迷いなく答えていたように見えていたカタクリさんは「……寂しいときたか」と息を吐きながら目を瞑った。余計な事を言ったかなとドキドキしながら上目で確認すると、飽きれと言うよりはまた言葉を選んでいるようだった。直前までの緊張感が飛散した様子に、私もこっそりホッとする。
「……思い出を語らうのは、不可能じゃない。お前が十回目だとして、おれがその年齢までにお前の一から九回目のどれかに会えていたなら、その時の話が出来る」
「あー……うーん、と。そうか……共通の覚えている回数を、探せばいいのか」
「そういうことだ」
ならさみしくないですね。
少し喜んで返すと、カタクリさんは無言だった。ちょっとくらい相槌してくれてもいいのでは。寂しくなって唇を尖らす。
──まぁ、何にせよ──なんとなく、ルールはわかった。
パズルみたいで、話しちゃいけないことの多さには迷いそうだけど、ゲームとしては面白いかもしれない。……ゲーム? ゲームではないか、夢だし。夢にしてはちょっと凝ってるけど、いつかは醒めるんだろう。
よし! 大きく頷いて浮き上がった。カタクリさんの目線の高さまで近付くと、にんまりと笑顔を浮かべて頭を下げてみせる。
「親切にありがとうございました! それで、私はここに来たら何をすればいいんですか?」
「特に何も」
「えっ」
「何もねェ」
不思議なアドベンチャーとか、あったりしないのか。
落胆を隠せずに、がくりと肩を落とした。