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「うわああ……明日休講ならレポート急がなくてよかった……」
もー、電源いつ落ちてたんだよー。と理不尽な不満を呟きながら、書きあげたレポートをUSBに保存してパソコンを落とした。
不思議な夢を見たことなどすっかり忘れて、一週間をのんびり過ごしてしまっていた。おかげで、レポート提出があることも頭から抜け落ちてる始末。
大学四年生ともなれば、単位は殆ど取り終えてて授業は少ない。一日一コマだけ授業が入ってる、なんて日もたまにあるのだ。
私は出来るだけ登校する日が少なくなるように授業を一日に詰める派だけど、明日の授業はどうしても組み立てが上手く出来なくて一コマだけになってしまった科目だ。その一コマが休講となれば、私がうっかり忘れてたレポートを書き上げる必要も、こうして夜更かしをする必要も無い。
明日は丸一日ゆっくりしてやる! 疲れた頭で意気込むと、ベッドの中にすぐダイブした。
眠りに落ちるのは、難しいことじゃなかった。
……さて。二度あることは三度あるとは、よく言ったもので。
「…………え? あれっ、えっ……と」
「……」
「あっ……思い出してきた、かも……あのー、カタクリさん?」
「ああ」
「えと、じゃあ……三回目、です……?」
「……そうか。三十分前にお前の二回目に会ったところだ」
「──え」
──そういうパターンもあるんだ!?
豆鉄砲くらったように驚きでフリーズしてしまう。いや、というか、えーっと。まだ頭が混乱してる。私さっきまでレポート書いてたよね? あれ?
頭を抱えながら、眠る直前の記憶と、前回見た夢は何だったっけと記憶を整理していく。混乱する私をよそに、カタクリさんが静かに深く息を吐き出していたのは視界に入っていたが、何故私が現れた時に固まって目が揺らいでいたかについては疑問に至りもしなかった。
はあ、とわかりやすい溜め息の音が聞こえる。ついと顔をあげると、もういいか? と言わんばかりの様子で見下ろされていたので、ひゅいと浮かび上がり話を聞こうと構えた。
「おれはこれからペロス兄に会う予定だった。お前は……そうだな、この国がどんな島で、どんな人間がいるか知るまではおれから──……」
「……はい?」
「……いや。しばらく近くで見ているといい」
えええ? その言いかけたことはなんですか?
頭はまだ整理途中だというのに、カタクリさんは言いたいことだけ言ってすぐに自室を出た。そうなれば、やることもなく状況もわかってない私はとりあえずカタクリさんの後をついていくしかない。
ああオッケー、うん、少し思い出してきたぞ……なるほどね……。
城内を歩くカタクリさんの後ろに張り付き、キョロキョロと周りを見渡す。
何度見ても広いお城だなあ。ビスケットの壁、チョコレートのドア。高さも横幅もある長い廊下。外はどうなってるんだろう。
目移りをすれば、散歩に行きたい好奇心がふつふつと湧いてくるのは仕方ないことだろう。このままふらりと飛んでっちゃいたい。
暫くは近くでと言われた言葉が過る。
「………………」
カタクリさんはいつも真剣にアドバイスらしきものをくれるけど、実際のところ私にはカタクリさんの過去や未来の影響は関係ないんだよなとも思う。だって夢だし。
だから、散歩に繰り出してもいいのでは──いやいや、真剣に説明してくれたことを無下にするのは気が引ける──いやでも夢なんだから──。
頭の中の天使と悪魔が戦っている。悪魔の囁きがやや優勢になり決着を着けそうになった時──
「……許可するまで出歩くなよ」
隣からちらりと視線を寄越された。
訝しげだ。これは見抜かれてる、な……一体カタクリさんはどこまで私に詳しいんだ。
はいともいいえとも言わず曖昧に笑って誤魔化すと、カタクリさんは念を押すように眉間に皺を寄せた。それを見て散歩に行きたいと思ってましたなんて言える人間は多分心臓に毛が生えている。
迷子になっても仕方ないし、カタクリさんとしか話せないのだから寂しい思いをするだけだよね。諦めモードに入り、しょんぼりと息を吐き出した。「だいじょぶでーす……」弱々しく返した言葉の何が大丈夫なのかは私にもわからない。
(……それにしても)
ちらり。正面を向いたまま横目でカタクリさんの様子を伺った。──目が、わかりやすい人だなあ。
思ったより意志疎通が出来ていることに我ながらびっくりする。カタクリさんは巨人さんだし、マフラーで顔半分が見えないし、言葉も淡々としている。一見すると何を考えてるかわからない。
ただ、近くで話してみれば存外それらに対して不都合は感じなくて。口許や動作に表れない分、目で感情を語っているような気がした。
身長差があったらわかりづらく目に入りにくい変化だっただろう。私も浮くことが出来なければビビるだけだったと思う。でも見えてしまえば、関わった時間が僅かな私でもよくわかるほどに、雄弁な変化だった。
純粋に有りがたいなあと思う。カタクリさんをただの怖い人だと思わずに済んでよかった。
相変わらずというかなんというか、よく出来た夢の作りには感心するばかりだ。気持ちが伝わるということは結構大事だし、意思の疎通が出来た瞬間は嬉しさもある。だって体格からして差がありすぎるからね、ノミみたいにぺしゃんこにされたら怖すぎる夢だよ。まぁ私いま透けてるんだけど。
心底ほっとしながら口許に弛んだ笑みを浮かべる。よかったなあともう一度思考に浸り、改めてカタクリさんを見上げようとして。
「…………」
「……? なんですか?」
「……いいや」
見られてた。私が目を合わせる前に逸らされるくらいの一瞬の間のことだったけど、なんかとても見られてた、気がする。
な、なんだ今の、何の目だ。
妙な空気に狼狽えてカタクリさんを観察しようとしたが、正面を向いてしまったカタクリさんからはもう何の情報も読み取れない。見られていたのはわかるのに意図がわからないとは何ともどかしいことか。なに、なんですかその目……!
問い詰めてやりたくても私にそんな度胸はない。
前言撤回だ。距離が近くて顔が見えていても、わからない時はある。
ちょっとわかった気でいただけに、なんとなく落ち込む気持ちはあるけれど……まぁ、そういうものだろうと切り替えるしかない。ほぼほぼ初対面と変わってないんだもんね。
「着いたぞ。今から兄に会う。ペロス兄は長男でおれは次男だ」
言われて確かめた目の前の光景は、またファンシーなものだった。
板チョコレートの模様をした大きな扉。他の並んでる扉と特別な違いは見られなかったが、強いていうなら模様が細かくて金色なのが目立つという事くらいだろうか。この間見たカタクリさんの私室を思い出しながら相槌を打つ。
「カタクリさんのすぐ上のお兄さん、ですね」
「ああ。極力話しかけるのは避けろ。おれは二人いっぺんに話を聞けない。ペロス兄もお前を認識してない」
「はーい」
「妙なことはするな」
「はーい」
「……」
本当にわかってるのかと言いたげだ。
失礼な、それくらいわかりますよ。私に反応してたらペロスお兄さんがカタクリさんを変に思うってことでしょう?
言い返してやりたい気持ちは山々だが、声に出せば余計疑われそうな気がしたので表情だけでわかってますよアピールをした。カタクリさんからの反応は無い。私のアピールを信用してくれたのか別にどうでも良いと思ったのかはわからなかったが、ともかく扉へと向き直ったカタクリさんがノックをした。コンコン、とお菓子とは思えない木のドアのような音が響く。
「兄弟相手にノック……えらい……」
私は家族相手にノックしない家だなあと感心していたら、つい声を漏らしてしまっていた。しまった、話しかけるなと言われたばかりなのに、早速過ぎる……! はっとして口を抑えたがカタクリさんからの反応は無かったのでほっとする。
──カタクリさん、育ちがいいのかも。お城に住んでるわけだし。
懲りずに思考を戻して、声には出さないように観察を続ける。見た目は怖いけど、パティシエさん達の話を聞いて判断してたところとか、様付けされてたりするところとか、なんか普通の一般人じゃなさそう。ああでも、ノックはうちがプライバシー無さすぎるだけで、ある程度年齢がいってたら身内でも礼儀としてするものか──……あれ?
ふと、疑問が湧いた。
今更なその問いをカタクリさんに聞くか聞かないか、一瞬迷う。もうノックもしてしまっているから、答えを貰うのは難しいかもしれない。
けれどいつ目が覚めるかわからないし、とりあえず口に出してみた方がいいかもしれない。返事が無かったらそれはそれで構わない気持ちでぽそりと呟く。
「カタクリさんって、いま何歳ですか?」
「…………二十一」
妙な間を置いて答えてくれた。優しい。そして思ったより若い。
小声でもらった答えに頷いていると、ちょうど中の準備が整ったようだ。間に合ってよかった。
板チョコの扉がキィという音を立てて開き、カタクリさんが室内へ足を踏み入れようとする。私もカタクリさんの肩口に身を寄せ、中を覗きこんだ。部屋の中は目映い光が差し込み逆光となっていた。眩しさに目を細めながら徐々に光に目を慣らしていき、やっとこさ晴れた視界の中でまず見えたのは小さな使用人らしき人が二人と真ん中にある大きなソファー。そして次に、そのソファーに座るやはり人間としては少し大きな──
「よォ、カタクリ。遅かったじゃねェか、ペロリン?」
──……ペロリンって、なんだ。
随分特徴的で楽しそうな、声と姿だった。← →
もー、電源いつ落ちてたんだよー。と理不尽な不満を呟きながら、書きあげたレポートをUSBに保存してパソコンを落とした。
不思議な夢を見たことなどすっかり忘れて、一週間をのんびり過ごしてしまっていた。おかげで、レポート提出があることも頭から抜け落ちてる始末。
大学四年生ともなれば、単位は殆ど取り終えてて授業は少ない。一日一コマだけ授業が入ってる、なんて日もたまにあるのだ。
私は出来るだけ登校する日が少なくなるように授業を一日に詰める派だけど、明日の授業はどうしても組み立てが上手く出来なくて一コマだけになってしまった科目だ。その一コマが休講となれば、私がうっかり忘れてたレポートを書き上げる必要も、こうして夜更かしをする必要も無い。
明日は丸一日ゆっくりしてやる! 疲れた頭で意気込むと、ベッドの中にすぐダイブした。
眠りに落ちるのは、難しいことじゃなかった。
……さて。二度あることは三度あるとは、よく言ったもので。
「…………え? あれっ、えっ……と」
「……」
「あっ……思い出してきた、かも……あのー、カタクリさん?」
「ああ」
「えと、じゃあ……三回目、です……?」
「……そうか。三十分前にお前の二回目に会ったところだ」
「──え」
──そういうパターンもあるんだ!?
豆鉄砲くらったように驚きでフリーズしてしまう。いや、というか、えーっと。まだ頭が混乱してる。私さっきまでレポート書いてたよね? あれ?
頭を抱えながら、眠る直前の記憶と、前回見た夢は何だったっけと記憶を整理していく。混乱する私をよそに、カタクリさんが静かに深く息を吐き出していたのは視界に入っていたが、何故私が現れた時に固まって目が揺らいでいたかについては疑問に至りもしなかった。
はあ、とわかりやすい溜め息の音が聞こえる。ついと顔をあげると、もういいか? と言わんばかりの様子で見下ろされていたので、ひゅいと浮かび上がり話を聞こうと構えた。
「おれはこれからペロス兄に会う予定だった。お前は……そうだな、この国がどんな島で、どんな人間がいるか知るまではおれから──……」
「……はい?」
「……いや。しばらく近くで見ているといい」
えええ? その言いかけたことはなんですか?
頭はまだ整理途中だというのに、カタクリさんは言いたいことだけ言ってすぐに自室を出た。そうなれば、やることもなく状況もわかってない私はとりあえずカタクリさんの後をついていくしかない。
ああオッケー、うん、少し思い出してきたぞ……なるほどね……。
城内を歩くカタクリさんの後ろに張り付き、キョロキョロと周りを見渡す。
何度見ても広いお城だなあ。ビスケットの壁、チョコレートのドア。高さも横幅もある長い廊下。外はどうなってるんだろう。
目移りをすれば、散歩に行きたい好奇心がふつふつと湧いてくるのは仕方ないことだろう。このままふらりと飛んでっちゃいたい。
暫くは近くでと言われた言葉が過る。
「………………」
カタクリさんはいつも真剣にアドバイスらしきものをくれるけど、実際のところ私にはカタクリさんの過去や未来の影響は関係ないんだよなとも思う。だって夢だし。
だから、散歩に繰り出してもいいのでは──いやいや、真剣に説明してくれたことを無下にするのは気が引ける──いやでも夢なんだから──。
頭の中の天使と悪魔が戦っている。悪魔の囁きがやや優勢になり決着を着けそうになった時──
「……許可するまで出歩くなよ」
隣からちらりと視線を寄越された。
訝しげだ。これは見抜かれてる、な……一体カタクリさんはどこまで私に詳しいんだ。
はいともいいえとも言わず曖昧に笑って誤魔化すと、カタクリさんは念を押すように眉間に皺を寄せた。それを見て散歩に行きたいと思ってましたなんて言える人間は多分心臓に毛が生えている。
迷子になっても仕方ないし、カタクリさんとしか話せないのだから寂しい思いをするだけだよね。諦めモードに入り、しょんぼりと息を吐き出した。「だいじょぶでーす……」弱々しく返した言葉の何が大丈夫なのかは私にもわからない。
(……それにしても)
ちらり。正面を向いたまま横目でカタクリさんの様子を伺った。──目が、わかりやすい人だなあ。
思ったより意志疎通が出来ていることに我ながらびっくりする。カタクリさんは巨人さんだし、マフラーで顔半分が見えないし、言葉も淡々としている。一見すると何を考えてるかわからない。
ただ、近くで話してみれば存外それらに対して不都合は感じなくて。口許や動作に表れない分、目で感情を語っているような気がした。
身長差があったらわかりづらく目に入りにくい変化だっただろう。私も浮くことが出来なければビビるだけだったと思う。でも見えてしまえば、関わった時間が僅かな私でもよくわかるほどに、雄弁な変化だった。
純粋に有りがたいなあと思う。カタクリさんをただの怖い人だと思わずに済んでよかった。
相変わらずというかなんというか、よく出来た夢の作りには感心するばかりだ。気持ちが伝わるということは結構大事だし、意思の疎通が出来た瞬間は嬉しさもある。だって体格からして差がありすぎるからね、ノミみたいにぺしゃんこにされたら怖すぎる夢だよ。まぁ私いま透けてるんだけど。
心底ほっとしながら口許に弛んだ笑みを浮かべる。よかったなあともう一度思考に浸り、改めてカタクリさんを見上げようとして。
「…………」
「……? なんですか?」
「……いいや」
見られてた。私が目を合わせる前に逸らされるくらいの一瞬の間のことだったけど、なんかとても見られてた、気がする。
な、なんだ今の、何の目だ。
妙な空気に狼狽えてカタクリさんを観察しようとしたが、正面を向いてしまったカタクリさんからはもう何の情報も読み取れない。見られていたのはわかるのに意図がわからないとは何ともどかしいことか。なに、なんですかその目……!
問い詰めてやりたくても私にそんな度胸はない。
前言撤回だ。距離が近くて顔が見えていても、わからない時はある。
ちょっとわかった気でいただけに、なんとなく落ち込む気持ちはあるけれど……まぁ、そういうものだろうと切り替えるしかない。ほぼほぼ初対面と変わってないんだもんね。
「着いたぞ。今から兄に会う。ペロス兄は長男でおれは次男だ」
言われて確かめた目の前の光景は、またファンシーなものだった。
板チョコレートの模様をした大きな扉。他の並んでる扉と特別な違いは見られなかったが、強いていうなら模様が細かくて金色なのが目立つという事くらいだろうか。この間見たカタクリさんの私室を思い出しながら相槌を打つ。
「カタクリさんのすぐ上のお兄さん、ですね」
「ああ。極力話しかけるのは避けろ。おれは二人いっぺんに話を聞けない。ペロス兄もお前を認識してない」
「はーい」
「妙なことはするな」
「はーい」
「……」
本当にわかってるのかと言いたげだ。
失礼な、それくらいわかりますよ。私に反応してたらペロスお兄さんがカタクリさんを変に思うってことでしょう?
言い返してやりたい気持ちは山々だが、声に出せば余計疑われそうな気がしたので表情だけでわかってますよアピールをした。カタクリさんからの反応は無い。私のアピールを信用してくれたのか別にどうでも良いと思ったのかはわからなかったが、ともかく扉へと向き直ったカタクリさんがノックをした。コンコン、とお菓子とは思えない木のドアのような音が響く。
「兄弟相手にノック……えらい……」
私は家族相手にノックしない家だなあと感心していたら、つい声を漏らしてしまっていた。しまった、話しかけるなと言われたばかりなのに、早速過ぎる……! はっとして口を抑えたがカタクリさんからの反応は無かったのでほっとする。
──カタクリさん、育ちがいいのかも。お城に住んでるわけだし。
懲りずに思考を戻して、声には出さないように観察を続ける。見た目は怖いけど、パティシエさん達の話を聞いて判断してたところとか、様付けされてたりするところとか、なんか普通の一般人じゃなさそう。ああでも、ノックはうちがプライバシー無さすぎるだけで、ある程度年齢がいってたら身内でも礼儀としてするものか──……あれ?
ふと、疑問が湧いた。
今更なその問いをカタクリさんに聞くか聞かないか、一瞬迷う。もうノックもしてしまっているから、答えを貰うのは難しいかもしれない。
けれどいつ目が覚めるかわからないし、とりあえず口に出してみた方がいいかもしれない。返事が無かったらそれはそれで構わない気持ちでぽそりと呟く。
「カタクリさんって、いま何歳ですか?」
「…………二十一」
妙な間を置いて答えてくれた。優しい。そして思ったより若い。
小声でもらった答えに頷いていると、ちょうど中の準備が整ったようだ。間に合ってよかった。
板チョコの扉がキィという音を立てて開き、カタクリさんが室内へ足を踏み入れようとする。私もカタクリさんの肩口に身を寄せ、中を覗きこんだ。部屋の中は目映い光が差し込み逆光となっていた。眩しさに目を細めながら徐々に光に目を慣らしていき、やっとこさ晴れた視界の中でまず見えたのは小さな使用人らしき人が二人と真ん中にある大きなソファー。そして次に、そのソファーに座るやはり人間としては少し大きな──
「よォ、カタクリ。遅かったじゃねェか、ペロリン?」
──……ペロリンって、なんだ。
随分特徴的で楽しそうな、声と姿だった。