top about main
17
──カタクリくん!
叫んだはずの言葉が音になったかは、わからなかった。
飛び散り、じわりと滲む血を気にもせず剣を引き抜いて、カタクリくんは白い服の人へ向かっていった。
ころ、すの……? 無意識に抱え込んだ肩を更にぎゅうと抱き締めれば、カタクリくんが一瞬動きを鈍らせ──白い人を、海に落とした。
ほっと息を吐き出し、酷い倦怠感に顔を覆う。
(──なんで……)
何で……庇ったんだ。
私は透けるのに。怪我なんかしないのに。君にとって幻覚や幽霊のような私を、無視して関わるなと言ってきたのは、君の方なのに。
震えが止まらない。バタバタとペロスくん達が駆け寄るのを、見ていることしか出来ない。
近付きたいのに。謝りたいのに。足がすくむ。
何でこんなに、リアルなんだ。
たかが、夢なのに。
……夢?
本当にこれが、夢なんだろうか。
「……う、」
ぐわり、ぐわり。酔った時のような気持ち悪さと寒気が身体を伝った。
抑えるように身体を更に丸め、は、は、と呼吸を繰り返す。
息がくるしい。耳鳴りがする。
周りの音が、聞こえない。
ドクドクと走る鼓動は収まる気配がなく、呼吸がどんどんしづらくなる。なんだこれ、なんなんだ! 頭の中が何で何でという問いで埋まっていく。何でこんな目に合ってるんだ。何でカタクリくんの存在があるんだ。何で私はあそこにいてしまったんだ。私がいなければカタクリくんは動揺なんかしなかったかもしれないのに、いや、絶対しなかったのに。何で、何で、私は──っ
「かなで……?」
カツン!
響き渡る靴の音には、覚えがある。
いつの間にか、周りの音が変わって……る……?
ふかふかの絨毯と高い天井。角までの道程が長い廊下。どう考えたって船の上じゃない。ここ最近では見なかった場所。何で此処に──いや、それよりも……。
涙でぐしゃぐしゃになった視界では歪みきってきちんとした姿を捉えられないが、それでも今更間違えることなんてない。この人は、
「かたッ……く、り……!?」
「どうした、何があった」
けほりと咳き込む。言葉が上手く出ない。
駆け寄ってくるぼやけた存在は、やっぱり慣れた姿より背が高い。声も低い。踞る私に膝を折る姿は子供だなんて言えないだろう。どういうことだろうと頭の隅で思いはしたが、それどころではなく手を伸ばす。
応えるように私の肩に触れようとした指は何も当たることなくすり抜け、目の前にいる人が忌々しげに舌打ちをする音さえ遠くに聞こえてきた。
「かなで、落ち着け。ゆっくり息を吐き出せ」
「カタっ、……カタクリ、く、ん……ッ!」
「ああ、此処にいる! なんだ?」
手を伸ばす。すぐ近くにある指でもなく、覗き込まれている顔でもなく、ただ一ヶ所に。
どうしてもどうしても、確めたくて。
「……腹……?」
さ迷わせた私の手がどこを目指しているのか、気付いたカタクリくんが声を漏らす。
──ごぽりと。君の衣服が赤く染まったのを、見たんだ。
刺されて、引き抜いて、溢れて。君が倒れて、起き上がれなくて、朦朧とする姿を見たんだ。
私のせいで。
私があそこにいたせいで、君が、
「かなで」
ふわりと優しい風が頬を撫でる。
十七回目か、と呟かれた声には全てを察せられたんだろう。先ほどまで少し焦っていたはずの声から、安心したかのような音が混じる。
触れることのない身体が、ずしりと距離を詰め、私の手が届く位置まで近付く。透けながらでも届いた大きなお腹を恐る恐る撫でようとすれば、やはり掴めるはずはないのに、カタクリくんの手が私の手ごと抑えるようにお腹に重ねてくれる。体温さえわからないのに。その行為だけで、ぼたぼた溢れる涙は決して恐怖だけのものではなくなったように思えさせた。
「大丈夫だ」
頭上から聞こえる声。ああ私は今、カタクリくんに包まれているのか。
「大丈夫だ……なにもない。何ものこっちゃいねェ」
ぞわり、ぞわり。触れる感触なんて無いのに、カタクリくんが重ねた手から温かみを、頭を撫でてくれる手からは風を感じる。
ああ、不思議だ。やっぱりわけわからないシステムだ。でもやっぱり、落ち着くんだ。例え触れなくても、それだけで。君がちゃんと、此処にいるというだけで。
「私は……君の傍にいても良い、存在なの?」
緩やかに力が抜けていく感覚に身を任せながら、半ば微睡みながら言う。
このまま君に包まれて眠れるのなら、夢でいい。さっきまでのことは悪い夢で、都合の悪いことだと切り捨てて、私に優しい君だけが残ってくれたらいいのに。
私が傷つけてしまった痛みなんて、君に残らなければいいのに。
「……その答えは、お前が一番ききたいおれに聞け」
──そうだね、その通りだ。
全てが君に繋がる夢ならば、私はひとつひとつと向き合わなきゃいけない。
ごめんなさい、一瞬でも逃げてしまって。私のために命を懸けたのは、大人の君ではなく小さなあの子だ。あの子に聞かなきゃ意味がない。
あの子にとって私は何なのか。私にとってあの子は何なのか。それは他でもない彼と、見つけなきゃならない答えだった。