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18


 ──かなで?

 ……そう呼ぶ声が、時々無性に心を占める。
 月明かりと鋭い光。私が知らない場所、私が知らない誰か。
 あの未来に繋がる何かが、あるというんだろうか。
 私はまだ、答えを知らない。


***


「ん……、?」

 ぐわり。
 と、何かに引き戻されるような感覚で目を覚ました。

 ……ううん。起きたわけじゃない。戻ったんだ。
 薄暗い部屋の中で月明かりが差し込んでいる。私の足元は相変わらず透けていて、周りは木材で造られた壁。……船の中だ。
 戻って、きている。
 暗い廊下に差し込む光が目の前にある。部屋の明かりが漏れているんだろう。そしてその部屋にいるのが誰なのかは……不思議と、なんとなくわかった。

「……カタクリくん」

 部屋にはいりこめば、案の定ベッドの上で上体を起こしているカタクリくんがいた。窓の外を見てる。お腹には包帯が巻かれ、顔や腕にも手当ての跡が見えた。痛々しさに、つい顔をしかめてしまう。

「カタクリくん、……あの」

 ……何を言おう。口を開けたまま言葉に詰まれば、さっきまで見ていた白昼夢のような光景が脳裏を過る。自分の手の甲を撫でれば、触れていないのに感じたあの温かさが蘇った気がした。
 ぐっと力を込めて、向き直る。

「……おなか、深い?」
「……いいや」
「……ご家族は」
「無事だ」
「そっか……」

 ……、うん。
 扉の入り口から近寄れず、カタクリくんも窓の外を見たまま振り返ることはなく。お互いにどんな表情をしているかもわかってない。
 まずはほっと息を吐き出した。カタクリくんの家族が無事かどうかも、結構気になってたんだ。

 ちゃぷちゃぷと揺れる波の音をBGMに、静かな空間で灯る蝋燭の光を見つめる。
 きっと、私から話すことはない。何となくそんな気がして、何となく、カタクリくんが堰を切る気がして……ただぼんやりと、揺れる光だけを見てた。
 数秒の間だったと思う。


「……お前が、邪魔だった」


 ぽつり。掠れた言葉。
 カタクリくんを見ないまま「……うん」と返す。
 
「お前がいれば……弱さに、なる……どこにも存在しないお前が、おれだけに見えるのは……それはお前が、おれの作り出した幻だからだ」
「……」
「だから……お前がいるうちは、おれは何も、完璧じゃねェ」

 シーツが擦れる音がして、視線を向けられたのが気配でわかった。
 言葉が途切れたということは、カタクリくんは待っているんだろう。これまでとは違う、無視じゃなくて、一方的な宣言でもない、私の返答を待つ姿勢。
 ふは……と。笑いそうになった。
 ──トキちゃん、やっぱり私が間違ってみたいだ。
 相手がどう思ってるかなんて、決めつけられるものじゃない。言葉の裏に何があって、どんな理由があるかなんて、本心はどれかなんて、知ろうとしなきゃわからない。
 確信した。──カタクリくんは私のこと、嫌いじゃない──と。

「……完璧になる必要が、あるのかな」

 ゆらり、ゆらり。揺れる蝋燭の、温かな火の光。
 固まった蝋が溶けていくように。するりと言葉が、溢れていって。

「この世界がどんなものか知らないけど……でも、カタクリくんは人間でしょ? 完璧になれる人間なんて、いないと思うし……完璧って定義もよくわからないし」

 そんなにこだわる必要、あるのかな?


 すっと、蝋燭から目を離して、カタクリくんと向き合った。ついと揺れたのは蝋燭の光なのか、カタクリくんの瞳なのかはわからない。
 ただ、カタクリくんの目に写る私はびっくりするほど落ち着いていて。さっきまで動揺して呼吸さえ儘ならなかったなんて、嘘のようだった。

 (……うん。そうだ)

 何でこんなに落ち着いていられるか。私はよくわかってる。
 怖かった。逃げ出したかった。もう嫌だと思った。ぐちゃぐちゃ悩むことも、怯えることも、向き合うことも。
 ……私は、良い人間なんかじゃないから。君のように、自分を抑え込んでまで何かを達成させようだなんて思えない。
 何せ、自分の都合だけで君に付きまとった人間だ。本当は君に言える事なんて何一つないだろう。私は君の覚悟がどれほどのものだったか、君が目の前で傷つくまで気づけなかったくらいだ。

 ……あのね、それでも。

 今、目の前にいる君が、迷って、悩んで、自分が幻覚だと思っている人間に話しかけているのは事実で。
 私は斬られそうになった時、庇ってもらった恩もあって。
 今私がこうして落ち着いていられるのは──君の未来が、私に優しいからだ。

 平和な世界で生きている私と、争いが日常化している世界で生きている君。どうして出会ったかなんて、わからない巡り合わせ。
 だけど。わからないからこそ。
 そこに意味を持たせるならば。

 ──私は。


「何があったかは知らないけど。でも、君がやってるのは『嘘』だよ。自分を苦しめる嘘は、いつか亀裂が入る」

 ぐらりとカタクリくんの瞳が揺れた。

「私は、君と違って……平和に生きてて、自由で、君みたいに責任を負った生き方はしてない」
「……」
「だから、完璧を目指す理由も意味も、きっとわからない。わからないけど、カタクリくんの目指す『完璧』が、憧れとかそういう……カタクリくんがなりたくてなろうとしてるものじゃないっていうのは、わかるよ」

 だからイラつくのは仕方ないだろうけど。
 そう続けた言葉に「違うッ!」。叫ばれる。
 突然響いた声にぎょっとして固まっていると、言葉を発した本人もびっくりしたらしい。僅かに動揺した素振りを見せ、けれどすぐに落ちつけるように息を吐き出した。

「……お前の、生き方に……イラついたことなんて、ない」
「……そっか。それは、ごめんなさい」

 素直に頭を下げると、気まずそうに視線を逸らされた。
 やっぱり、理解するにはまだまだ遠いみたいだ。きっと今話してもこの話は平行線で終わるんだろうなぁと、頭の片隅で思いながら。
 理解が出来なくても、出来ることはないかと思考を働かせた。

「……お前が言ってることはわかる。生き方が真逆だとか、関係なしに。いつかボロが出るのかもしれねェなんて……おれ自身が一番よくわかってる……」
「……うん」
「それでも……! おれは、完璧にならなきゃならねェ……! そのためにはボロを出す要素なんて一つもあっちゃならねェんだ……!」

 ぎり、と握られた拳。カタクリくんの決意を現すかのように、強く。


「お前を不要として、離れられないようじゃ、おれは……ッまた、繰り返す……!」


 ──……繰り返す?

 何を……とは、思ったけど、口には出さなかった。きっとその『繰り返す』何かが、彼を完璧とやらに走らせた原因で、私を避けている理由なんだろう。
 問題発生の始まりに戻った解決は出来ない。私はその、カタクリくんの過去であり、私の未来となるかもしれない出来事を知らないのだから。
 聞いてしまうのもきっと、最初にカタクリさんと交わしたルールの違反になるだろう、多分。
 だからこれ以上この件で、私が深入り出来ることはない。

 ……うん。やっぱり、平行線だ。これ以上は進めない。
 すうと、息を吐いて。カタクリくんの言葉を飲み込んで一つ頷いて。
 大きく大きく、息を吸い込んだ。

「カタクリくん、おやつ好き?」
「……は?」


 ──私と君が出会った理由に、意味を持たせるならば。
 それは、『君を引っ掻きまわすこと』。ただ、それだけなんだろう。 
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