menu
top    about    main

19


 は?
 と、呆気にとられたカタクリくんに、へにゃりと笑みを浮かべた私。
 明らかに緩んだ空気に、カタクリくんが怪訝な顔をしたのを知らないフリして、話を続ける。

「完璧を目指すのは、もう、止めないよ。君の道だからね。でも気を張り続けたら、脳が消耗して逆に働かなくなるんだよ? だから適度な糖分補給がすごく効果的って話。というか必要なんだよ、おやつの時間」
「……おやつ」
「すき? やっぱり? ダイフクくんもオーブンくんもペロスくんも好きだもんねぇ。カタクリくんもそうじゃないかと思ったんだ〜」
「いや、おれは……」
「カタクリくん」

 眉間に寄せられた皺を指差しながら、真っ直ぐ言い放つ。私は至って真面目に、だ。

「悪いことじゃないよ、栄養だもん。それも欠けたらきっと、完璧じゃなくなる」
「……」

 何を言ってるんだこいつは。と語る目を正面から見据えた。
 言いたいことは凄くわかる。話が飛びすぎだ。
 でも間違えたくない。何が正しいかはわからないけど、ここで話す内容は凄く大事だって。私の中の、直感が囁いている。
 自分の考えの押し付けにはならないよう、慎重に言葉を厳選した。私はカタクリくんと、正誤の話をしたいわけじゃないから。

「君の考えなら尊重したい。……その上でね、思うんだけど」

 ──これはあくまで、妥協点として。

「私は君が完璧になるための、部品なのかもしれないよ? 君が嘘を貫くための掃き溜め。言わば、私は君の理性の部分」

 ……そういうのは、ダメかな。


 言いたいことは、言いきった。
 ばくばくばく。静かに、ゆっくり、時間が流れる。
 カタクリくんに反応はない。私もカタクリくんを真っ直ぐ見つめたまま。お互いにただ、向き合っているだけ。
 ──大人のカタクリさんは、口元が見えない。だから、目で意思を語る。
 今のカタクリくんも、同じように口元を隠している。だけどカタクリさんほど明確に私に目で語ることは無く、きっと自分の瞳に何も意識なんかしていない。
 だけど。だからこそ。
 私は揺るぎないその瞳を──信じられた。

「……お前が、見えてて、いいのか」

 ぽつり。呟くように、けれど独り言ではない問いに、口を開く。

「……わからない。でも見えてるものは仕方ないよ」
「……幻でも」
「私は自分を幻とは思ってない」

 カタクリくんが口をつぐむ。存外ハッキリ出てしまった声にびっくりしたのは私自身もだが、嘘をつけなかった。
 クールダウンするように、目を瞑りすぅと息を吐き出す。
 少し力の抜けた身体でもう一度カタクリくんを見据えれば、律儀に待ってくれていた。ああうん、元の君は、人を待てる子なんだね。
 優しい気持ちが溢れて、ふにゃり。また笑みをかたどって、首を傾げた。

「君にとって私は、どんな存在だった?」

 シンプルに考えよう。
 私も、君も。

 私はまだ君のことを知らない。だけど、君にとっての私は、もう君の中に根付いていたはずだから。
 私と君の存在意義は。関係性は。私ではなくカタクリくんが出さなきゃならない答えだったと、気付いたから。

「……お前は」
「うん」

 戸惑いながら、それでもどこか、うわ言のように。

「……無駄におれを……甘やかす」
「うん」
「よく振り回して、わけのわからねぇことを……言う」
「うん」
「余計な問題を見つけるし、思考も判断も鈍ければ……戦ってる時だって、うるさくて」
「……」
「だが、……いつでも、近くにいた」

 うろり。過去を思い出していたのか、半ば遠い目をしていたカタクリくんの瞳が。今目の前にいる私の元へ戻ってきた。
 「……おれを……」その先を言うか、きっと、迷っている。でも私は手を貸さない。何を言うかは、カタクリくんの意思だから。


「……お前は、おれを、……完璧じゃないおれを、知ってる」


 ──うん。
 ほうと、いつの間にか止めていた息を吐き出した。
 『完璧じゃないカタクリくんを知っている、私』。多分、きっと、そうだったんだろう。君が言うのだから。私が知らない、私の話だったとしても。
 今は知らないけどね、とつい笑いながら答えてしまえば、つられたのか何なのか、少し目を細めたカタクリくんが「ああ。だが、何も変わっちゃいない」と鼻で笑った。

 ……どんな関係だったんだろう。カタクリくんと、いつかの私は。別に問いかけるつもりはなかったのだが、無意識にするりと口を滑らせていたらしい。カタクリくんが「……関係」と視線を逸らし、思案しようとするのに、あっ、と思う。
 それは言わなくても──止めるのは、間に合わなかった。


「お前は、おれの……初めての友達だった」


 きょとり。間抜けな顔を、晒した。
 真っ直ぐ、揺るぎ無く、カタクリくんにそう答えられて。
 初めて、関係性に名前をもらえて。

 (……友達、かぁ)

 そうか……友達。うん、友達……ね。
 じわじわと、さっきから少しずつ溢れていたくすぐったい気持ちが、アクセルを一気に踏んで全身を駆け巡る。
 カタクリくんとは、彼が見ている幻覚。幻。幽霊。弱さ。そんな話をずっとしてきたのに。
 なんだ──彼にとって私は、そんな存在だったのか。

「……なら、これは友達とする初めての喧嘩だったのかなあ」
「……? いや、喧嘩はいつもしてる」
「ううん、そういう喧嘩じゃなくて……いや待って。いつもしてるって、それはそれでどうなの」

 顔をしかめて、ええ? とこの先にあるらしい認識を憂いていれば、カタクリくんがふは、と静かに吹き出した。
 え? 更に疑問が飛び出す私のことなど置いてけぼりだ。カタクリくんは声を噛み殺しながら喉で笑い続ける。途中、抱えたお腹に今日の痛みが走ったのか、唸りながら丸まる姿に心配したものの、尚も止まらない笑い声になんだかなあと私まで呆れた笑みを漏らしてしまう。

「……友達を無視した時、なんて言うか知ってる?」
「ふ、くく……っ……さぁな」
「全く。ごめんなさいって言うんだよ」
「ああ……悪かった……っ」
「……仕方ない。じゃあ、それから?」
「……それから?」

 ぱちぱち。カタクリくんが笑うのをやめ、不思議そうに見上げてくる。うん。それから? と再度繰り返して問えば、また更に首を傾げられた。

「……詫びの印?」
「うーん」
「もうしません?」
「うーん」

 浮かぶ言葉が子供らしくてかわいいな。意地悪でした質問だったので本当は答えなんか無いんだけど、私にした腹いせとしてもう少し頑張ってもらおうかな、なんて思ってしまう。
 いや、もう、お詫びも腹いせも、君が私を庇ってくれた時の気持ちだけで、十分なんだけど。寧ろ余りあるくらいで、返していかなきゃならないのは私の方だとは、わかってはいるんだけども。
 目線を下に落としたカタクリくんは真剣に考えてくれている。なんだかんだ、真面目に私の言葉を捉えて向き合ってくれているあたり……もう。君と私の関係性など、信用値など。わかったような、ものなのに。


「…………守ってやる?」


 ぶは。捻り出したこれ以上ないカタクリくんの言葉に、今度吹き出したのは私の方だった。
 ──もう、本当に。迷う必要も気を張る必要もないな。
 笑い続ける私にカタクリくんはむっとして、「君は友達を、守るのかあ」と息を絶え絶えにしながら返せば、不機嫌に顔を背けながら「……悪いか」と返される。小学生か。いや、小学生の年齢だった。
 君に守られなくても、私は傷ついたりしないよ、透けてるから。そう言えば、ならお前の支援がなくとも勝てるようにする。おれは男だからな。と返された。それはだめとは言えないな。引き下がるしかない。
 支援なんか全くした覚えはないけれど、それもきっとカタクリくんが溢した、未来の私の断片だ。
 私が支援みたいなことをしていたなら、尚のこと彼のいう完璧に、一人で立つことに、私を切り離す必要があったことは頷ける。

 納得は十分に出来た。出来たけど、ごめんねとは言ってやらない。
 君にまとわりついたのは私だけど、最終的に私とこうして談笑する道を選んだのは、カタクリくんだ。
 私に『友達』という名前を与えてしまったのは、カタクリくん自身なのだから。
 私は彼を許してやる代わりに、私がしたこの一切を、謝ってなんかやらないんだと決めた。

「お前も友達なら、約束しろ」
「うん?」

 一通り笑い済んで顔を上げると、今日見た中で一番真剣な顔をしたカタクリくんと目が合う。
 「なに?」問いかけた言葉にカタクリくんは少しだけ陰った表情で、そのまま静かに示した。


「……嘘を、つかないと」


 ──……それが何のことかはわからない。もしかして、彼が私を避けた理由……この先私が、やらかしてしまうかもしれない何かへの、忠告なのかもしれないけれど。

「……うん。わかった」

 何てことないように笑いかけながら、それでも茶化すことのないように、私も受け止める。
 ……大丈夫。
 自分自身に深く、刻む。

 大丈夫、だ。君が私に言うのなら、約束する。
 君が私を避けるような未来には、絶対しないと。


「……じゃあカタクリくんも、私を避けちゃだめだからね」
「……努力する」

 ふはっ。また馬鹿みたいに、意味もなく笑みが溢れた。
 
 追い付かない時間は、今から取り返そう。
 いつになるかはわからないけれど、今日君が話してくれた、私に繋がること。君が知っていて私の知らない、過去のこと、未来のこと。いつか成長した君と、対等に思い出話が出来るように。
 絶対、守ってみせるとも。友達とした約束なのだから。
 例えそれが、どんな時間軸の中でも。
  •