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昔、ラムネに入ってたビー玉を必死で中から抜こうとした事があった。瓶の中でコロコロ動くビー玉が綺麗だと思ったからだ。

そんなビー玉みたいにでけえ眼から ボロボロと涙が頬を伝って零れ落ちるのを馬鹿みたいに見ちまった。綺麗だと、思っちまった

「 わたしをヒーローにすることを許してくれるはずが、ないの 」

翡翠色の双眸が 輝いてるように見えた。ビー玉や宝石のように キラキラと光ってるんだ

暫く、その眼を吸い込まれるように見入っていれば、ぐらりと目の前の身体が揺れる

「 !? おいッ 」

重力に逆らえず地面に落ちていく身体をすんでで抱きとめれば、気を失ってんのか 顔を土色にして荒い呼吸をし始めた

「 ……めんどくせえ 」





『 こせい? 』
『 そう、個性。10人に8人は、個性っていう特殊能力を持つのよ 』
『 おかあさんもこせい持ってるの? 』
『 お母さんも、もちろん お父さんも個性を持っているのよ。だからきっと、名前も個性を持つことになるわ 』
『 うーん… 名前はまだこせいのことはよくわからないや… でも、お母さんとお父さんがもってるなら名前も欲しいなあ、こせい! 』

母は 優しい声の人だった。もう随分と前のことだから 顔も、どんな人だったかも何も覚えてはいないけど、声だけは忘れられなかった。わたしの記憶の中で、声だけは残っていたのだ

『 おかあさん!見た!? おーるまいと、凄いなあ〜! ぱんちで相手を倒しちゃうんだ! 』
『 オールマイト、… 凄いねえ 』
『 名前もいつか、おーるまいとみたいなヒーローになりたいなあ! なれるかなあ? 』
『 女の子だとどうかなあ… でもきっと、名前ならヒーローになれるんじゃない? 』
『 ほんと!? じゃあ、名前がヒーローになったら おかあさんとおとうさんのこと、守ってあげる〜〜! 』
『 あら 逞しいヒーローね名前は! 』

多分、母はオールマイトのことをあまり好きではなかった。わたしがオールマイトの話をするといつも声を曇らせたんだ。幼い頃のわたしは それに気づかずに オールマイトに憧れ続けていた、

父も母も、個性を持っていた。母の個性はなんなのか知る前に、わたしの前から姿を消してしまったのだ。母が居なくならずに、家にいてくれたらきっとわたしは今とは何もかも違う人生を過ごしていたかもしれないのに、……

『 ヒーローになって、……ッ 』

あの日、母はそんなことをわたしに言って姿を消した。ヒーローになって、と。その声を忘れる事ができずに、わたしを縛り付けるんだ。わたしじゃヒーローになれないのに、


「 …… 」

重たい瞼をこじ開けると、薄暗い天井が視界に入った。ツンと鼻を刺すようなアルコールの匂いがした

左手に温もりを感じた。よく知ってる、彼の温もりだと思った

「 しょうと 」

制服姿に着替えた彼が、寝息を立てて眠っていた。デジタル時計を見てみれば 既に18時を回っている。体育祭を終えた彼は疲れた身体を休めることなく、わたしのそばにいてくれたのだと思うと、申し訳なくて仕方がないのである。酷く整った顔の左半分、焼け爛れてしまった顔を触ればピクリが動いた。

眉を顰めたが起きる気配はない、
もう少しだけ彼の寝顔を堪能しよう。

「 体育祭、お疲れ様 」

束の間の、休息だ。