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「 全員コスチューム持ったな? 本来なら公共の場では着用禁止の身だ。けっして、落としたりするなよ 」
「 はーい! 」
「 伸ばすな、はいだ 」
「 はい… 」
「 くれぐれも、体験先のヒーローに失礼のないように! じゃ、行け! 」
「「 はい! 」」

20、と書かれたコスチュームの入れ物を抱えて 焦凍の近くに寄る。その目線には 飯田くんが映っていた

「 気になるの、? 飯田くんのこと 」
「 恨み辛みで動く人間の顔…… そういうヤツの視野がどれほど狭まっているかよく知ってる… 飯田に、何もねえといいけど… 」
「 あ、…… 飯田くんの職場体験先って確か 」
「 保須だ、…… とは言え、俺たちには何も口出しする権利はねえよ…… 行くぞ、名前 」
「 あ、うん… 」


2人で電車を乗り継ぎ、駅からほど近い高層ビルに着く頃には日はすっかりと落ちかけ、あたりは夕暮れになっていた。

エンデヴァーヒーロー事務所は超高層ビルの中にあった。このオフィス丸々エンデヴァーヒーロー事務所なのかな? ワンフロアかな…… いや全部か??

わたしも焦凍も、ヒーロー事務所に来るのは初めてで、内心ドキドキが止まらないのである

自動ドアが開き、受付に 職場体験に来た雄英生だと話を通せば 慌てた受付嬢がわたしたち2人を案内した。轟焦凍様と蝕喰名前様、と 本来ならば格下のはずであるわたしたちのことを様付けで呼ぶなんて…… 炎司さんは一体サイドキックや従業員に何を吹き込んだのだ……

エレベーターの表示は30階を超え、38階で止まった。緊急事態の時に出動するのに時間かかりそうだなあ、なんて馬鹿なことを考えていれば 受付嬢から秘書?に案内が引き継がれた

「 お待ちしておりました、焦凍様 名前様。扉の向こうに社長が首を長くしてお待ちしております。 」
「 は、はあ… 」

大層な扉を開いて中に行けば、奥には燃ゆる炎が見えた。

「 待っていたぞ 焦凍、名前。焦凍、ようやく覇道を進む気になったか 」
「 あんたが作った道を進む気はねえ。俺は俺の道を進む。それは名前も一緒だ 」
「 ふん、… まあ いい。お前も名前も準備しろ。出かけるぞ 」
「 え、出かけるって… 」
「 どこへ? なにしに、 」
「 ヒーローというものを見せてやる 」
「 答えになってねえよ 」
「 前例通りなら保須に再びヒーロー殺しが現れる。しばし 保須に出張し、活動する。すぐ保須地へ連絡しろ! 」
「「 はいっ! 」」
「 焦凍と名前はコスチュームに着替えろ 」
「 あ、はい 」
「 わかった、… 」

それだけ言うとさっさと社長室から出て行き、2人で取り残される。職場体験1日目からまさかの出張に駆り出されるなんて思っていなかったので面食らってしまった

「 お前先に着替えろ。着替えたら教えてくれ外にいる 」
「 わかった、すぐ着替えるね 」

先ほど炎司さんが出て行った扉と同じ所から出て行った。待たせるわけにもいかないからさっさとコスチュームに着替える。伸縮性のあるレザーのチューブトップ、ヘソ出しのスキニー、赤いショートブーツ。邪魔にならないように髪の毛をくくる。ポニーテールにしたせいで首の後ろがスースーして仕方がない

制服を綺麗に畳んでカバンにしまい、扉の外へ行けば焦凍と、秘書の方がいた

「 ごめん、お待たせ 着替えて来ていいよ 」
「 ああ 」

着替えに向かった焦凍、この静かな空間に2人取り残されてしまう。うわ、秘書の方と2人はなんか緊張するなあ。なんか喋ったほうがいいんだろうか……

「 素敵なコスチュームですね 」
「 へっ!? あ、りがとう、ございます 」
「 緊張されてます? 」
「 それはもちろん…… 」
「 焦凍様と名前様のことは、社長からよくお聞きしております。自慢の息子と娘だ、と 」
「 むすめ…!? 」
「 ええ、… ああ、もちろん 本当の娘ではないことも存じておりますよ。それでも社長は、名前様のことを我が子のように思っているようですよ。あの人も、素直じゃない人なので 」

ふふ、と笑う秘書さん。なんだか知ってはいけない恥ずかしい事実を知ってしまった気分だ。顔が熱い

パタパタと手で風を送るように顔を冷ますがなかなか冷めない、どうしよう、恥ずかしい

「 終わったぞ…… ?なんで顔赤いんだ 」
「 なんでもない! 」
「 ?そうか 」
「 焦凍様も良くお似合いですね。それでは、社長のところまでご案内します。」

再び、エレベーターに乗り込み1階まで向かう。やっぱり38階は効率悪いよ炎司さん……





「 大まかな仕事内容を説明する 」

サイドキックが運転する車に乗り、東京保須まで向かう。その車の中で ( しかも対面式の ) 炎司さんこと、エンデヴァーからプロヒーローの仕事内容を教わるのだ

空気は最悪である

「 敵退治、街のパトロールをするのは至極当然のことだが、他にも 連続犯の行動パターンの解析などもする。今回も、ステインの長年の行動から 再び保須に現れるであろうことを警戒して保須へ行くのだ 」
「 過去のすべてのヒーロー殺しステインの行動パターンを分析したと言うことですか? 」
「 そうだ 」
「 なるほど 」
「 焦凍も何かあるなら質問しろ 」
「 ねえよ 」
「 焦凍ォ! 」

息子の名前を呼んで憤慨する炎司さん。この人は焦凍限定の親バカなのだ。本人たちは多分全く気がついていないことだろうけども

この2人の間の火花(?)をなんとか宥めようとわたしが無理やりその場を繋いでいるが そろそろ限界突破である

早く保須まで着いてくれ…!

出発したのは18時を回っていた。夜中、までとはいかないが日付が変わるのに近い時間帯に保須に着くだろう。職場体験1日目、こんなんで終わってしまって良いのだろうか…? 他のプロヒーローの事務所に行った人たち、どんな感じなんだろう… 後で百ちゃんや響香ちゃんにメールしてみよう…

「 ところで名前、」
「 ?はい 」
「 個性のことは誰にもバラしていないな? 」
「 それは…… 腐蝕じゃなくて もう一つの方の個性の話、ということですか? 」
「 ああ 」
「 高校に入ってからは使っていないし、当然バラしてもいません、誰にも。クラスメイトにも もちろん、先生や校長にも 」
「 ならいいが… 」
「 個性のことを知っているのは炎司さんと焦凍、この2人だけです 」

もう一つの個性、この話題をするのはずいぶん久しぶりとなる。わたしは一生、この個性を隠して生きていくのだ。それが一番の最善策だ

「 たまに使わねえと鈍るだろ 」
「 う〜ん、…… そうだけど。でも、有りすぎて制御できないというか…… なかには危険なやつもあるし なんか使うの怖いんだよね 」
「 使わなさすぎて暴走しちまったら元も子もねえだろ。俺がいる時にでも使えよ 」
「 まあ、… 危険じゃないやつはね。危険なやつは本当にやばい時以外使わないよ。間違って殺してしまっても大変だしね 」
「 殺すなよ 」

ナイスツッコミを入れてくる

ただでさえ、腐蝕という個性だけでも制御や使い方が大変なのに、もう一つの個性は厄介なことにそれを上回るのだ。わたしの身体自身、耐えきれない部分もあるのは事実だ。だから、少しだけ怖い

ぐっと掌を握れば握った掌が熱い。たくさんの個性が中で暴れているような、そんな気がした


職場体験1日目、終了