25


『 またね 』

渇いたお前の声が耳に木霊する。
背を向けて放たれたその別れの言葉は俺に重くのしかかる。

何故か、名前が 泣いている気がした


『 生きるのが難しい 』
『 は? 』
『 どうやって生きたらいいかわからない。自分なりに頑張って必死に生きているのに、とても生きづらいの 』

あちらこちらボロボロになりながら帰ってきた名前が、そう言った。

口の端が切れたのか否か、口端に微かな血の跡が見える。手や足には無数の殴られた痣。切れてしまった場所にガーゼや湿布を貼っていくと 時折、痛いのか顔を顰める

その傷を俺は消すことができない、
その傷を俺が癒すことはできない、

『 頑張って正しく生きてるつもりなのに、なんで報われないんだろう 』

俺は、無力だ

『 普通でいることが、こんなにも難しい 』





「 緑谷! 目ェ覚めてんじゃん! テレビ見たか? 学校、今マスコミやべーぞ 」
「 春の比じゃねえ 」
「 メロンあるぞー! みんなで買ってきたんだ、デカメロン! 」

動けるクラスメイト全員で 入院しているクラスメイトたちのお見舞いに来ていた。緑谷の病室へ入れば虚ろな目で天井を見つめる緑谷が目に入った

「 迷惑かけたな 緑谷 」
「 ううん、僕の方こそ…… A組、みんなで来てくれたの? 」

緑谷のその問いに、何処と無く 重たい空気が流れ始める

「 いや、耳郎くん葉隠くんは敵のガスにやられて未だ意識が戻っていない… そして八百万くんも頭をひどくやられ、ここで入院している。昨日ちょうど、意識が戻ってそうだ。… だから来ているのはそのうち三人を除いた 」
「 15人だよ 」
「 爆豪、いねえからな… それに名前も 」
「 ちょ、轟ぃ…! 」
「 あ…… 」

再び、重たい空気が流れる。隠したってしょうがねえだろ。事実は事実だ。どうしたって変わりようのない、どうしようもない事実なんだから

「 …… オールマイトがさ、言ってたんだ… 手の届かない場所には助けに行けない、って… だから 手の届く範囲は必ず助け出すんだ、… 」

『 え、』

「 僕は手の届く場所にいた、…ッ 必ず助けなきゃいけなかった。僕の個性は、そのための個性なんだ…ッ 」

『 良かったのか? 名前の大事な手を離して 』

「 身体、動かなかった…ッ 洸太くん助けるのに精一杯で、目の前にいる人を僕は…ッ 」

緑谷の悲痛な心の叫び。
俺たちクラスメイトは緑谷の気持ちを汲むことはできねえ、… だけど、

「 じゃあ、今度は助けよう 」

まだ、遅くはねえんだ

「 は、はあ? 」
「 実はさ、俺と轟、昨日も来ててよ… 緑谷の病室に行く途中、オールマイトと警察が八百万と話しているところに遭遇したんだ 」
「 敵の1人に発信機を取り付けたんだとよ。信号を受信するデバイスを警察に、捜査のために使ってと渡していた。オールマイトはあとはプロに任せなさいって言ってたがな 」
「 つまり、… その受信デバイスを八百万くんに作ってもらう、と? 」
「 だとしたら 」
「 ッ! オールマイトのおっしゃる通りだ! プロに任せる案件だ! 俺たちが出ていい舞台ではないんだ馬鹿者ッ!! 」
「 ッんなもん、わかってるよ! でもさ、… なんもできなかったんだ、… ダチが狙われてるって聞いてさ、何もできなかった、しなかった…ッ 蝕喰だって俺たちの近くにいたのに気がついたら敵に攫われてた! 俺たちだって、俺だって蝕喰を守れる範囲にいたんだ! 目の前でいなくなっちまったんだッ!! ここで動かなきゃ俺は、ヒーローでも漢でもなくなっちまうんだよ! 」
「 切島! ここ病院、落ち着けよ! こだわりは良いけど今回は 」
「 飯田ちゃんが正しいわ 」
「 飯田が、みんなが正しいよ、…ッ そんなことわかってんだよ! でも、なあ 緑谷、まだ手は届くんだ、助けに行けるんだよ 」

生唾の飲む音、

エゴだ。これは、エゴに過ぎねえ。
誰からも認められることのない、エゴだ

けどまだ、手の届く範囲に、まだ掴み直すことができる、まだ 取り返しがつく

「 えっと…、要するに、やおももから発信機を貰って、それ辿って自分らで爆豪と名前の救出に行くってこと? 」
「 ああ 」
「 敵は俺らのことを殺害対象といい、爆豪は殺さず攫った、… 生かされるだろうが 殺されないとも言い切れねえ。俺と切島はいく 」
「 ふ、っ… 巫山戯るのも大概にしたまえ! 」
「 まて、落ち着け。切島の何もできなかった悔しさも、轟の眼前で奪われた悔しさもわかる。俺だって悔しい。… だが、これは感情で動いて良い話じゃあない。そうだろ? 」
「 ッ 」
「 オールマイトに任せようよ! 林間合宿で相澤先生が出した戦闘許可は解除されてるし 」
「 青山の言う通りだ。… 助けられてばかりだった俺が強く言えんが 」
「 けどさ!! 」
「 みんな、爆豪ちゃんが攫われて、名前ちゃんがいなくなっちゃってショックなのよ。でも、冷静になりましょう… どれほど正当な感情であろうと、また戦闘を行うと言うなら、ルールを破ると言うのならその行為は 敵のそれと同じことなのよ 」
「 ッ 」

蛙吹の言葉が重てえ。
確かに、誰からも肯定されることも、褒められることでもねえ。

だからって、ただヒーローがあいつらを助けるのを待ってるだけにもいかねえだろ…ッ

ーー コンコンコン

「 ヒィッ! 」
「 お見舞い中ごめんねー、緑谷くんの診察の時間なんだが 」
「 行こうか… 耳郎や葉隠の方もきになるし 」
「 そうだな… 」
「 うん、… デクくん、お大事にね 」
「 う、うん… みんなも、ありがとう 」


「 八百万には昨日話をした。行くなら速攻、今晩だ。重症のお前が動けるかは知らねえ。それでも誘ってんのは、お前が、… お前轟が一番悔しいと思うからだ…。今晩、病院前で待つ 」





名前さん。
美しくて、綺麗で、強い人。
わたしの中で勝手にそう思っていた。

けど、違っていたのかもしれない。
わたしは彼女の表面しかみていなかったのかもしれない。

自分の決意はもう揺らがまいと心に決め、緑谷さんと合流する。腕に包帯を巻いて痛々しい。相当の深手だったことが目で見てわかってしまう。

そうして緑谷さんと2人で病院の外へ出ると、轟さんと切島さんがわたしたちを待っていた

「 八百万、答え 」

急かされるようにそう言われてしまい、頭の中で1つ1つ整理をする。わたしは、そう言いかけたところで " まて " と声を遮られてしまった

「 飯田、」
「 飯田くん… 」
「 なんで、なんでよりにもよって君たちなんだッ 俺の私的暴走を咎めてくれた、共に譴責を受けたはずの君たち2人がなんで俺と同じ過ちを犯そうとしている… あんまりじゃないかッ 」
「 なんの話してんだよ…ッ 」
「 俺たちはまだ保護下にいる、ただでさえ雄英が大変な時だぞ、…!? 君たちの行動の責任は誰が取るのかわかっているのか!? 」
「 飯田くん、違うんだよ! 僕らだってルールを破って良いだなんて…ッ 」

刹那、飯田さんの容赦のない拳が緑谷さんに降りかかる。ハッと息を飲み込む

「 俺だって悔しいさ! 心配さ、当然だ 俺は学級委員長だ…ッ! クラスメイトを心配するんだ! 爆豪くんや蝕喰くんだけじゃない、君の怪我を見て床に臥せる兄の姿を重ねた、君たちが暴走した挙句 兄のように取り返しのつかないことになったら、僕の心配はどうでも良いって言うのか!? 僕の気持ちは、どうでも良いって言うのか…ッ 」

嗚呼、みんな、同じなんですわ

ヒーローになるために、もがいて苦しんで、焦って どうすればいいのか先が見えなくなって、

それでも心配している、誰かが間違った道に進もうとしていたら身を呈してその間違いを正してあげる。それを止めるのが、級友の、友達の役目ですもの。

わたしたちは、ヒーローになるために、誰かを救うためにこうして日々成長していく

「 飯田くん… 」
「 飯田、俺たちだってなにも 正面切って勝ちこむ気なんざねえよ 」
「 っ 」
「 戦闘なしで助け出す 」
「 要は隠密活動、それが俺ら卵のできる ルールにギリ触れねえ戦い方だろ 」

考えるのよ、百。
今、わたしに何ができるのかを、考えるのよ

「 …… わたしは轟さんを信頼しています 」

誰1人として冷静になれていない今、わたしが出来ることがなんなのか。

考え続けるの、

「 が、万が一を考え わたしがストッパーとなれるよう同行するつもりで参りました 」
「 八百万くん… 」
「 八百万! 」
「 僕も、自分でもわからないんだ…手の届くと言われて、いてもたってもいられなくて… 助けたいと思っちゃうんだ 」

ヒーロー社会において、学生時代から逸話を残すヒーローも数多くいる。

きっと、緑谷さんや轟さん、そして切島さんのような人が もしかしたら こうして後世に逸話を残していくのかもしれない

「 平行線か…… ならば俺も連れて行け 」

そうしてわたしも、もしかしたら その瞬間に立ち会ってしまうの、かもしれない