暗雲と兆し

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四人が白羅の部屋のドアをノックすると、遠慮がちに開いたドアから覗いた光景に息を飲んだ。姿を現した白羅自身も悟空の後ろに控える面々に言葉を忘れ、そこは暫し沈黙に包まれる事となった。そこに境界線でもあるかのように互いに向かい合ったまま、一同は状況を把握するために数分を要したが、白羅はいち早く我に返った。


「……皆さん、お揃いなのです……ね?」

「ええ。迷惑かと思ったんですが、金蝉は悟空の保護者ですし、僕は久しぶりに昔話に花を咲かせようと。あと、捲簾は」

「美人女医さんに会いにきましたー」

「……えっと、そう、ですか。……しかし、申し訳ありません。ご覧の通り少し取込事がありまして。こんな状態ですが、人目がありますのでとりあえず中へ……」


この面々が部屋の前に居るのを誰かに見られるのは避けたいと思った白羅は部屋のドアを大きく開ける。しかし、そこへ一同が入るや否や、その部屋の惨憺たる光景には戸惑いを隠せなかった。

テーブルの上に乗せてあったであろう料理は無惨にも床に撒き散らかされ、割れたグラスも散在している。そして何より、彼女の腫れた左頬に瞠目した。


「……どうしたんだよ、これ……」


悟空に尤もな疑問をぶつけられた白羅は繕いきれていない笑顔を向け、なんとか気丈に振る舞おうとしてはいるがそれがまた何とも痛々しい。


「すみません。仕事でミスをしてしまいまして。せっかく皆さんいらして下さったのですが、今日のお約束はまた後日、ということにしていただけませんか……?」

「そうじゃなくて!」


聞きたい事は別にある。
それは白羅自身も皆がそう思っている事は重々承知の上、あえてそれに触れないように遠回しに腹芸などという芸当を見せたのだが、悟空には難儀過ぎたのだろう。


「なんでこんなにぐちゃぐちゃなんだよ!ナタクはどうしたんだよ!それに、白羅のほっぺた……」

「これは片付けをしようとした時にぶつけてしまったのです」


彼女は照れ隠しだと言わんばかりに肩を竦めてみせるが、その誰がどう見ても下手な芝居は悟空にさえ通用しない。


「嘘だ!だってそれ、どう見ても殴られた跡じゃんか……!」


白羅の目が僅かに揺れた。子供騙しにもならない言い訳しか出来ない己自身に、静かに悔しさを滲ませている。詳細を語る事無く何とかこの場を切り抜けたかったであろう彼女は、苦肉の策で時間を稼ぐ事にした。


「悟空、あの部屋はわかりますよね?」

「え、う、うん……」


どこか必死な彼女にさすがの悟空も多少身動ぎしつつも頷くと、彼女は酷く疲れた顔で小さく笑った。


「私の片付けが終わるまで、皆さんとあの部屋で待っていていただけますか?……お願いします」

「……わかった」


頭を下げる白羅に悟空は渋々ながらも了解した。すると、今まで黙っていた天蓬はこれ幸いとばかりに悟空と白羅の間に身を割り入れた。


「話が纏まったようなので、さぁ悟空、案内よろしくお願いしますね。ああ、でも一人で片付けるには大変でしょうから、金蝉、手伝ってあげてください」

「は?なんで俺が。片付けなら捲簾が適任だろうが」

「ちょっと金蝉、別に俺、片付け担当じゃねぇから。ま、美人と二人っきりならウェルカムだけど」


悟浄はいつもの軽口を吐いたが、突然話を振られた金蝉は不快感を露にし、眉間に皺を寄せて鋭い視線を天蓬へ向けた。これにより不穏な気配を感じた白羅が天蓬の申し出を断るも、有無を言わせない空気がジリジリと迫っていた。


「僕は片付けとは無縁ですし、捲簾は危険なので置いていけません。消去法で金蝉ですね」

「いえ、あの、これ以上お手を煩わせる訳にはいきません。私一人で事足りますので」

「そう言わず、ね?」


穏やかな笑顔から一変。天蓬が真顔で迫ると、白羅はハッとした様に息を飲んだ。

それは、天蓬が、悟空に聞かせられない事があるならば、その保護者である金蝉にだけでも伝えるべきだ。それが危険な事であればあるほど。と白羅にしか聞こえないように呟いたからだった。

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