暗雲と兆し
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悟空が天蓬と捲簾を連れて出て行った後、金蝉と白羅という妙な組み合わせにより、部屋の中には居心地の悪さが生み出されていた。お互いの胸中は途方にでもくれているのだろう。忙しなく無言で片付ける二人は、それを掻き消す術を出し合えるほど友誼を深めている訳でもなかった。しかし幸か不幸か、そのお陰で部屋の片付けは予想以上に早く終わり、手持ち無沙汰になった所で漸く沈黙が晴れる事になる。
「お手伝い、ありがとうございました」
「礼はいい。それより説明して欲しいんだがな」
真っ直ぐに向けられる金蝉童子の目は侮蔑や非難といった感情では無く、ただ知りたいのだと物語っていた。白羅はそこから逃げようとはせず、静かに視線を交じ合わせた。
「どこまでご存知なのでしょうか」
業務のために何度か会った事はあるものの、こうして一個人として向かい合うのは初めての事だった。透き通った凛とした声で、どこか脆く頼りない。そんな遠目から窓越しに見たイメージ通りの声が彼女の唇から零れるも、その佇まいは至極淑やかで毅然としている。
「ナタク太子も居ると聞いたが?」
「お待ちしておりましたが、数日後に控えている出陣準備の為、已む無く本館へお戻りになりました」
「では、この部屋の有り様は?」
「仕事上での私の過怠故にございます。お見苦しい所をお見せしていまい、誠に申し訳ありません」
金蝉は腕を組みながら綺麗に並べられた句に辟易した。これでは先ほどの悟空とのやり取りを小難しい言葉を使って繰り返しているだけだ。核心を掴ませない彼女に、これでは埒があかないと、金蝉は不機嫌を隠すことなく言い放つ。
「見苦しいにも程がある。殴られるほどの過怠とあれば、観世音菩薩の甥である俺に報告を上げろ」
態と威圧的な態度で権力を振るえば、白羅は膝を屈するしかなかった。なにしろこの天界で金蝉童子より高位なる者は多くない。ましてや不浄な罪人である白羅とでは、比べるだけで不敬にあたる。
「……報告致します」
膝を付き頭を垂れた白羅は、静かに口を開いた。床の一点を見つめ、思ったよりもしっかりとした声で、事の次第を紡いでいった。金蝉はそれを反芻しながら、白羅に確認していく。
「つまり、ナタクと悟空を遠ざけたい上官の意を無視した結果、だと?」
「……はい」
「それでその様か」
「……はい」
何で直ぐにそう言わなかったのかと金蝉が尋ねると、こんな周りの身勝手な事情は知らない方がいい。悟空にはナタクと友人でいて欲しい、ナタクもそう在りたいと望んでいるからと言い、その時だけは寂し気な儚い顔を見せた。
ナタク太子と悟空が近しくなることを懸念していた上官とは李塔天の事で間違い無いだろうが、何の理由あってか知らぬが、それが白羅に手を上げるほどの事なのかと、金蝉は腹の底から迫り上がってくる憤りをやり過ごすのに苦労した。痛々しい顔は晒せても、事実を悟空に晒すのを躊躇ったのが悟空とナタクへの気遣いだとしても、金蝉は白羅の真意を計りかねている事にも苛立ちを隠せなかった。
「顔を上げろ。そして俺を見ろ」
金蝉が少し強引に白羅と向き合う。すると白羅はその眼光の鋭さに一瞬身を固くしたが、金蝉の次の問いには力強く答えた。
「お前は何者だ?」
「私はナタク様の付き医者でございます」
闘神太子では無く、ナタクだけに従う者。
白羅はそう黙示したのだ。
自分の事など構いもしない。ナタクだけの為に。それは決して盲目的では無く、しかしナタクの為とあれば命すら捧げる覚悟。綺麗事を並べた正義なんかでは太刀打ちできない、強い覚悟を、金蝉はそこに見たのだ。
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