悠久に差すは木漏れ日か

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「あーあ、悟空、寝ちゃったよ」

「悟空には難し過ぎたのでしょう」


捲簾がソファーで横になっている悟空の頬を突っつくと、穏やかな寝息が返ってきた。外は日が暮れてから大分経つ。律儀に白羅を待ち続けていたが、金蝉が先ほどの白羅とのやり取りを話している内に、悟空はいつの間にか眠りについてしまったのだ。悟空を起こさないように三人はいつあのドアが開くのだろうかと心配そうに見つめる。忍び寄る不穏な気配が色濃く漂う中、李塔天は白羅にどう出てくるのか、答えの出ない自問自答を繰り返すだけだった。


「ま、ようするに、あの女医さんの部屋は李塔天にガサ入れされたってことだろ?」

「あぁ。李塔天の方はアイツをかなり警戒しているようだ」

「……それは穏やかじゃないですねぇ」


火の粉は自らに向かってくるのか。同じ火の粉ならいざ知らず、それが少しでも違えばわざわざ首を突っ込む必要は無い。悟空とナタクを近付けなければ済むのなら、そうするのが一番得策だとは思っていても、悟空は納得してくれないだろうと、金蝉は悟空の寝顔をぼーっと見つめていたまさにその時。この隠れ家のドアが開いた。酷く疲れた顔を隠す様な笑みを乗せ、白羅が姿を見せたのだ。


「すみません、大変お待たせいたしました。すぐにお茶を用意いたします」


誰かが口を割るより早く、部屋に入るなりお茶の準備をする白羅の頬はまだ腫れも引いておらず、幾分目元が赤くなっている。そんな白羅を盗み見しながら、金蝉はソファーに座ったまま息を吐いた。それから間もなくテーブルの上にはお茶の用意が整い、各々がお茶を手に取り一口啜ったところ、天蓬と捲簾が勢いよくお茶を吹き出した。


「ちょっ、これ何ですか!?」

「ゲロ甘なんだけど!?」

「す、すみません!!」


慌ててタオルを差し出した白羅に天蓬と捲簾は顔を引きつらせ、口の中に広がる甘さを舌でもて余した。そこへすかさず水を持ってきた白羅の手からコップを奪うように取り、二人はなんとかその場を凌いだのだ。


「うっかり悟空とナタク様用のお茶をお出ししてしまいました……。申し訳ありません」

「アイツらこんなの飲んでんの?」

「はい。お二人は気に入っていただいてるようなのでお出ししております」


その言葉から、このお茶が万人受けするとは思っていないことが判る。緑茶と思って飲んだ矢先の事、先入観とはなんとも恐ろしいものだと、天蓬と捲簾は水を飲みながら痛感した。しかし二人の驚愕はそこで終わらなかった。そんな一連のやり取りを怪訝な顔で見ている男がいるのだ。何食わぬ顔をして、あの殺人的な甘さのお茶を優雅に飲む、金蝉童子という男に、天蓬と捲簾はおろか、白羅までもが瞠目する。


「金蝉様は……大丈夫なのですか?」

「何がだ?」


騒ぐ方が可笑しいと錯覚してしまうほど冷静にお茶を啜る金蝉に白羅は苦笑を漏らした。このお茶を、悟空とナタクの他に受け入れてくれる者がいたのかと、白羅は小さく口元を緩めた。


「好みは人それぞれ、ってか」

「ま、そういう事にしておきましょう」


一時の温かい空間には、それまで感じていた不穏な空気も影を潜め、どこかこの時間を惜しむように笑いが零れる。穏やかな会話の中で、白羅は度々李塔天の事を聞かれたが、白羅は多くを語らなかった。解決策はどうやっても見つかりそうも無かったが、何かあってもこの人達が知らぬ存じぬを通せるように、白羅は多くを語らなかったのだ。


「う、ん……あ、白羅……?」


悟空が眠りから覚め白羅の姿を見つけると、勢いよく身体を起こして飛び付いた。両手足につけられた枷のせいで白羅の身体はたいそう傾いたが、座っていたソファーに助けられながら悟空を受け止めた。


「悟空、今日はすみませんでした。今度お詫びに、悟空の好きなお菓子をここに用意しておきますので、今日の事、許してくれませんか?」


悟空の髪をすーっと梳かす白羅の手は、無意識の事なのか酷く優しく慈しむようで、悟空も目を細めながら自然と頷いていた。それを見ていた金蝉、捲簾、天蓬の三人は、白羅が罪を犯した罪人とは思えない姿だと率直に思ったのだ。







「白羅、またな!」

「はい。夜道、お気をつけて」


帰路に着く面々をドアの前で見送る白羅に、悟空は無邪気な笑顔を向けて手を振る。白羅は悟空に遠慮がちに手を振り返し、四人の姿が見えなくなるまで見送ろうと立っていたのだが、彼等が数メートル進んだ所で金蝉が振り返って白羅の方へと近付いてきた。


「金蝉様、お忘れものですか?」

「いや。言って無かったと思ってな」

「何をでございますか?」

「お茶、美味かった」


大きく見開いた白羅の瞳は、そう言うや否や踵を返した金蝉の背中に向けられ、その背中が見えなくなっても尚、白羅はその先を暫くの間ずっと見つめていた。

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