扉が隔てる境界線
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白羅は本当に大したことではないんですよと苦笑しながらも、悟空に優しい目を向けた。どうやらこの場で一番信頼されているのは悟空だと見せ付けられているようで、金蝉は嘆息した。
「実は、宝物の隠し場所なんです」
「たからもの……?」
静かに微笑んだ白羅は、すっと遠くを見通し、過去の記憶を辿りながら悟空に語り始めた。
「ナタク様にいただいた花の押し花。幼きナタク様がよくお読みになっていた本。ナタク様が編んでくださった組紐……」
───その他にもたくさん。絵や手紙、下界土産の木彫りの置物。美しい細工の施された文鎮など。
そのひとつひとつを見る度に、白羅は当時の思いが溢れてくる。大罪を犯した私を受け入れてくれるばかりか、誰よりも温かい目を向けてくださったお方のこと。
「そんなナタク様との宝物を隠しておりました」
李塔天の目に触れぬよう、誰にも見つからないよう、己の目にも触れぬように。弱さや甘えは隠さなければならなかった。全てやり遂げるまではナタク様の優しさに凭れてはならないと戒めの意味も込めて、白羅はあの天井裏に仕舞い込んだのだ。
ここでの大事な物はこれだけ。これからは、大切な人との思い出を胸に成すべき事をするのだと、白羅は来るべき時の為に備えこれらを持ち出そうとした。
悟空はそんな白羅を不安そうに見つめる。
「……それ、持ってどっか行くの?」
「近々引っ越しをするのです」
何処へ、と聞く前に白羅は話を切り上げた。この後もやらなければならない事があるからと、丁寧ながらも有無を言わせぬ体で四人を部屋の外へと見送った。返り際、悟空が『またね』と手を振ったが、白羅は何も言わず微笑みだけを浮かべて頭を下げただけだった。
***
悟空が眠りについた頃、天蓬は煙草を咥えたまま考える。宝物だと言うのに身に付けるでも飾る訳でもなく、彼女の部屋だというのに大事な物さえ隠さなければならない理由とは如何に。
「なんか嫌ーな予感しかしねーよな」
椅子に座り、だらしなく脚を投げ出しながら捲簾が何気無しに放った言葉は、妙に的を射ているような気がした。彼女の言う引っ越しとは、ナタク付きの医者の任を解かれた為に新たな仕事部屋に移るという意味か、それともこの城から去るという意味か。
「引っ越しとは、彼女は何処に行くんでしょうね」
「……ナタクが居るんだ。解任されても近くには居るだろ」
「それは同じ保護者的立場からですか?」
からかうような天蓬に金蝉はムッとするも、肯定も否定もしなかった。しかしそれは希望的観測にしかあらず、思えば白羅の置かれている状況すら満足に知らない事に、今更ながらに気付かされる。言い知れぬ不安というより薄気味悪いとでも言った方がいいのか。実在しているはずなのにその実体には触れられない。白羅とはそういう人なのかと、金蝉はもどかしく思ってしまうのだ。
「……ここも随分と殺伐としてきましたね」
どこか含みを持たせた天蓬に金蝉は視線を向ける。ぬくぬくと言われるままに職務をしているだけの己には、知らぬ事柄がなんとも多い。退屈だ退屈だと日常を疑うこともせず、与えられた最低限だけをこなして胡座をかいていたいた自分が恨めしい。退屈だ、と考えることすら放棄していたツケは、無関心だった、というどころか、無知という形で金蝉に返ってきている。天蓬や捲簾と話していると尚のこと、忸怩たる思いから肩に力が入ってしまい、気付かれぬように嘆息した数は知れない。現に今も、金蝉は静かに息を吐いた。
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