ヘタレとぽんこつ

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いつの間にか年老いてしまったのだろう。そうでなければ日頃の疲れが溜まっているのだろう。そうだ、そうに違いない。アスマは自分の耳が可笑しいのだと、ふっと表情を緩めた。


「まさかな。お前がなまえを人に任せる訳ねぇよな」

「アスマ、人の話聞いてないでしょ?」


怪訝な顔のカカシを前に、アスマは絶望感にも似たような気に包まれた。理解が全くと言っていいほど追い付かず、今までのカカシとまるで正反対のカカシに何が起こったのか。その過程すら辿れない己自身に、酷く絶望感が込み上げてきたのだ。アスマは恐怖すら感じ、引き攣った頬がヒクヒクと悲鳴をあげても尚、目の前の男には言葉を失ってしまった。


「……ちょっとアスマ、聞いてる?」


アスマはハッとして表情を改めビールを一気に煽る。冗談にしては質が悪い。とても素面ではやってられないと思ったのか、ビールを飲み干したアスマはさっさと日本酒を注文した。当初の目論見とは全く違う方向へ進んでしまった現状に戸惑う自分を隠すよう、酒を水の如く煽っていく。


「いつからこんなに自信満々になったんだ?」


心の中で呟いていたつもりだったが、それは迂闊にも忍であるカカシの耳にはっきりと届いてしまったようだ。その証拠に、まるで心外だとでも言いたげな胡乱な目をしたカカシが大袈裟に溜め息をついていた。しかし、その姿には何処か余裕さえ感じるもので、アスマは薄ら寒さすら感じずにはいられなかった。


「余計な詮索は無用だよ」

「……そうは言っても、俺は幻術にでもかかってんのかとすら思える状況なんだよ」

「アスマは俺をいったい何だと思ってんだよ」


軽く睨み付けるカカシだが、アスマにそう思われるのも仕方のないことだと判っている。何しろカカシ自身が自分の変化に驚いているのだから、アスマがこういった反応を見せるのは仕方ないだろう。ただ、それを上手く説明できるとは思わないし、説明できたとしてもきっと理解はされないだろうなという事は、カカシには何となく判っていた。


「言っとくけど、俺はなまえを諦めるつもりはないよ。この先も、ずっと」

「今のままだとしても、か?」

「当然でしょ」


カカシは何もかも追い付かれまいと必死に背中を見せてきた。引き離して引き離して、カカシはずっとなまえに背中を見せてきたのだ。しかし、ふと立ち止まった時、それが背を向けているととられてはいないかと不安になった。

今の関係とは、単に同じ道を追い抜かれないように進むカカシと、それに追い付こうとするなまえがあるだけだ。カカシが通った道をなまえがなぞる。今の関係とは、なまえがカカシという道標に向かっているだけに過ぎない。なまえが今のままの関係を望むのは、迷うこと無く進むべき先が標されているからではないかとカカシは思ったのだ。

あのユユがあれだけ釘を刺してきたというのも、なまえがフラフラと道を誤らないように、忍としてしっかりと先を示し続けろという警告なのだろうと、カカシはそう自らを納得させた。


「別になまえが誰にどう思おうと、それはまた別の話だ。俺は自分のためだけになまえを思ってるからいーの」


もちろん本心はどうでも良くない。なまえが他の男を思うなど、考えただけで気が触れてしまいそうだ。しかし、カカシはなまえの父であるサトリとの会話を思い出す。なまえが存在していることに比べれば、自分の気が触れるなんて可愛いものだとすらカカシは思う。任務で負傷したと聞いて目の前が真っ白になった時も、またなまえがこんなことになるくらいなら自分を忘れてくれと思ったほどだ。彼女がどう思おうと、自分の気持ちが揺るがなければそれでいい。そう覚悟を持ってカカシはサトリと杯を交わしたのだ。


「カカシ、それは一生独り身でいる覚悟があるってことか?」

「それならそれでいいと思ってるよ」


アスマはとうとう固まってしまう。カカシが思いもよらない方向へ悟りを拓いたように思えたからだ。しかし、同時に好奇心が湧いてくる。いつの間にかすかした顔になっている目の前の男が、何処まで耐え忍んでいられるのか。カカシのなまえへの思いを痛すぎるほど知っているアスマだからこそ、その覚悟の脆さを突いてやりたくなってしまうのだ。


「ふーん。じゃお前はいつ来るか、ましてや一生来ないかもしれねぇなまえをひたすら待つのみってことか」

「……そうだね」


そこで微かにカカシの瞳が揺れたのをアスマは見逃さなかった。このカカシという男は、押さえて抑えた心内を、いつか、しかし必ずぶちまける日が来るだろうと、カカシの揺れた瞳に確信を得たのだ。


「殊勝なこった」

「うるさいよ」


アスマは心底安堵する。カカシがこんなにも余裕ぶっているのが、ただの強がりの延長線で、何かにつけて先送りしているだけの、そう、つまるところ───。


「ただのヘタレか」

「は?」


静かな怒りを携えるのは、思うところがあるからではないだろうか。じとっとした目を向けてくるカカシに、アスマは漸く美味い酒が呑めそうだと、心の中で笑いを漏らした。


「せいぜい頑張れよ」


たっぷりと皮肉を込めたことにカカシは気付いただろうか。カカシにしろなまえにしろ、大概もうすでに手遅れだと気付けばいいのに、お互いがお互いを思いすぎているが故にこんなに拗れるとは。高見の見物を決め込もうと決めたアスマだが、やっぱり面倒なことになる前にさっさとくっついてしまえばいいのにとも思いながら、不機嫌なカカシを見ながら酒を煽った。


「今日も酒がうまいな」


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