絶対的存在
(3/5)
何度も何度も、それはもう条件反射であるかのように、息をするのと同じことであるかのように出来るまで、彼女は最終扉の双璧であると身をもって学んだ。彼女の母親が亡くなってからは尚、それはなまえの身体に深く刻まれていった。
「サトリさんとなまえしか居ないのです」
裏を返せばユユが言わんとしていることが判るだろう。表情の一切を消していたカカシの眉が、僅かながらに反応を示している。おおよその予想はついているであろうカカシの目からは、今にもどす黒い何かが飛び出して来そうだが、ユユは獣面越しにしっかりとカカシに向き合っていた。
「我々は、収容所を突破される事だけは何があっても阻止しなければならないのです。もちろん、それを一番理解しているのは、サトリさんとなまえです。ですから……」
「自らの命にかえても、ってことなんだろ?」
「はい。一生涯に渡るこの任務だけは、失敗は許されません」
深い深い真っ暗な穴に落ちていくような、そんな言い様の無い不安と恐怖が、雨と一緒に降り注いだ。木々を叩く雨音が慟哭を運んで来るようで、酷く耳に障る。
「以前、組織の者がサトリさん達によって捕らえられた当時、幾度となく残党からの襲撃に遭いました。それでも、第六収容所は落ちなかった。……しかし、彼女の母親がその時に殉職したのは、カカシさんもご存知でしょう」
僅かに頷いたカカシを確認し、ユユは再度口を開く。冷えた雨が全身を伝いながら、冷静さを手繰り寄せてくれている。カカシには、受け止めてもらわなければならないのだ。そして、こうなる前に何とかかしておきたかったのだと、ユユは自らの愚鈍さに悔しさを滲ませる。
「最後の最期まで諦めないようにと、サトリさんはなまえに繰り返し言い聞かせました。彼女の母親を、後一歩のところで助けられなかったサトリさんは、最期だと思っても大丈夫だから。と何度も言い聞かせていました」
彼女の母親は決して弱い人ではなかった。寧ろその真逆で、はっきりと意思を持って最期を選んだ。囮として、収容所の最高責任者の妻として、母として、忍として、託して逝ったのだ。縋り付くのではなく、安心して任せられると、サトリと幼いなまえを思いながら、忍として最期を迎えた。
正解不正解など無い。その忍としての決断にサトリは何も言え無かったのだ。当人だけに与えられる選択権を、どう使うかは当人だけの特権である。自分がその立場だったのなら同じ選択をしたかもしれないし、しなかったかもしれない。迷い、躊躇い、怖じ気付いてしまうかもしれない。それでも彼女の母親は選んだのだ。強い意思のもと、忍として決断したのだから、忍としては納得せざるを得ない。それでも生きていて欲しいと望むのは、人であれば当然だ。
自らさえ落ちなければ、第六収容所は難攻不落なのだと、サトリはなまえに繰り返す。そして最後は決まって「どうしようも無くなって、相手に落ちそうになったら、カカシくんの顔を思い浮かべてごらん」と言うのだ。その後、「もちろん父さんでもいいんだぞ?」と苦笑する。
「第六収容所は突破させません。なまえには最期の選択もさせない。ですからカカシさん、お願いです」
雨音が強くなる中、ユユはその音に掻き消されることなく次の言葉を告げる。獣面に手をかけ、ゆっくりとそれを取り去り、鋭いカカシの視線を何の隔てもなく受け止めながら。
「彼女を落としてください」
一瞬だけ見開かれたカカシの目に、強く意志が宿ったのが見て取れた。この場に相応しくない言葉ではあるが、ユユが言わんとしていることがカカシには判った。そしてカカシは、自分の存在がそこまで買い被られているのかと思う反面、忍らしいようで忍らしくないユユの発言に、真摯に向き合おうと歩み寄った。
なまえが相手の手に落ちなければ大丈夫なのだと言い切ったのは、決して強がりでは無いと、ユユは目の奥で語る。最期の選択をすると決めても、周りはまだその時だとは思っていない。決断を早まるな。最期の選択だけは迷い躊躇え。カカシが来るまで耐えろ。はたけカカシにはそれだけの力がある。
「なまえには本物のカカシさんだけ居れば最強ですから」
大役を任されているという実感。しかしそれは、自分以外には務まらないだろうという自負もある。なまえを思う気持ちは強い。強すぎて溺れそうになるほどなまえを思っているのだ。
ユユに一歩一歩近付く度に、なまえが「ごめん、負けちゃった」と泣きそうな顔をして消えた瞬間が浮かぶ。連れ去られた今は、なまえは相手を睨み付けているだろう。なまえが本気で泣きそうな顔を見せるのはカカシの前だけだ。
「それじゃなまえを落としに行くとするか」
腕の中に閉じ込めて、思いっきり泣かせてあげよう。悔し涙だって、全部流させてあげよう。大丈夫だからと、泣き顔を誰にも見られないように隠してあげよう。
それが出来るのも許されるのも唯一、カカシだけなのだ。
「よろしくお願いします」
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