交流


 お互いに名乗ってからの時間はあっという間に過ぎた。いつから『魔法』が使えるようになったのか、どんな『魔法』が使えるのか。リリーとセブルスは確かめ合うように魔法を披露し合った。魔法を使うことが楽しくて仕方がないというふうに笑顔が飛び交
。魔法の実演だけで時間が過ぎた。気付けば空が黄昏に染まっていて、そういえば魔法の世界のことを質問していないことに思い当たったのだった。

「セブルス! 肝心なことなにも聞いてないわ!」
「……僕ももっと魔法界のことを教えるつもりだった」

 リリーとセブルスは顔を見合わせて、また笑った。太陽と星みたいな笑顔だった。セブルスの笑い方は随分と控えめで、笑顔というよりかすかな微笑みというほうが正しい。

「今日はもう帰らなくちゃだけど、また会おうね。公園に来れば会える?」
「うん。僕はいつでも、−−、会えるよ」
「私は土曜日かなあ。明日はサリーと遊ぶし、金曜日は塾とバレーだし……」
「僕は逃げないさ」
「それもそうね! ああ土曜日が待ち遠しい! ねえ次に会った時に話すことを決めておきましょ。予約ね、セブルス。ちゃんと謎を解き明かすんだから!」
「そんなに意気込まなくても……いや、いいよ。決めておこう。何が知りたい?」
「そうね……いっぱいありすぎるんだけど、魔法使いのひとたちは普段どこにいるの? とか、会えるの? とか、ファンタジーみたいに鍋で薬を作ったり梟や黒猫を飼っているのか? とか……」

 リリーは次々と疑問を指折り数える。セブルスはひとつずつに頷く。10個くらい言ったあと、エメラルドの瞳がわたしを見た。

「リヴィはなに聞く?」
「えっわたし?」

 間の抜けた声が出た。パチパチと瞬く。すっかり気が抜けていた。魔法が使えないからずっと見学に徹していて、ボーッとしていたのだ。二人が次々と非現実的な光景を繰り出していくものだから、慣れたというか、麻痺したというか、思考が停止していたというか。ちょっと頭痛がするレベルで現実離れしている。
 アー、と唸ってセブルスに視線を移す。彼は「そういえばこいつ居たんだ」というような顔をしていた。うん、わたしも今自分がここに居ることを忘れていた。

「セブルスが普段していること、とか?」
「…………魔法使いの暮らし方ということか? それはさっきリリーが挙げた」
「ううん、セブルスの暮らしって意味……好きな食べ物とか、好きな歌手とか、好きな本とかそういうのも知りたいなあって」

 セブルスの眉間にふかーい溝が刻まれた。彼の血色の悪い唇が震えて息を吸ったとき、リリーが「良いわね!」と明るい声をあげた。

「友達の好きな物も知らないんじゃあね。私、魔法の世界のことだけじゃなくてセブルスのことも全然知らないまま今日が終わっちゃうわ」
「……そうだね」

 彼は明らかに言いかけた言葉を飲み込んで相槌を打ち、友達と呼ばれたことに嬉しそうにした。なにを言いかけたんだろうか……。わたしの質問予約は機嫌を損ねたようだったけど、何がいけなかったのかな。うーーん分かんない。機嫌を損ねるかもしれないのに、蒸し返して聞くタイミングでもない。いまはスムーズに、気持ち良くお別れできる流れだ。

 「また土曜日に」とセブルスと約束したリリーと、わたしは公園を後にした。







 土曜日はたくさんのことを知った。



「それで」

 セブルスがわたしを見た。

「僕の、なんだ?」
「好きな食べ物……」

 くだらない質問をしている気がしてきた。魔法とまったく関係がない。セブルスはこれだから魔法の使えない人は、と思っているのかもしれなかった。

「乾パンだ」
「乾パン?」
「魔法界の食べ物!?」
「いや、リリー、魔法界の食べ物じゃない。マグルの食べ物だ。乾燥しパサパサしているけど日持ちする。腐ったりカビが生えたりしにくい」

セブルスはわたしたちに表情を見て付け足した。「−−君たちは見たことがないと思う」


「好きな歌手は?」
「歌手を知らない。音楽を聴かないから」
「ご趣味は……?」
「……読書」
「おお! どんなの読む?」
「魔法薬の本、呪文集」
結局魔法に話が戻ってきた。魔法使いなのだから当然か。自然な流れで、セブルス持っている魔法の本の話になった。摩訶不思議な薬が魔法界には溢れているらしい。へんてこな材料も。マンドレイクは実存するんだって! 魔法の話は、とても面白かった。


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