雷門イレブンが沖縄に来てからというもの、今までが嘘だったみたいに事は進展していた。雷電宛てによく刑事さんから連絡がかかってくるのだ。すなわち、修也関連のことが着々と解決に進んでいってるということ。

 朝ご飯を食べてすぐに土方家へ向かうと、チビたちが出迎えてくれた。中に入ると修也もいるけれど、ぼうっと窓の外を眺めている様子がすぐ目に入った。
 雷門イレブンがこの沖縄に来てからというもの、修也が考え込む様子を見る頻度は極めて高くなっていた。仕方ないこと、だけど。

「おやっさん、ほんとか?」

 すると、電話をしていた雷電がひときわ大きな声を出して私もチビも、そして修也も彼の方へ目線を向けた。おやっさん、ということは鬼瓦刑事と電話しているのだろう。

「聞け、豪炎寺。妹さんの確保が、視野に入ってきたそうだぞ!」

 それは朗報の他なくて。思わず修也を見た。彼は嬉しそうに口元を緩めるも、まだ安心は出来まいとすぐに表情を引き締めた。

 ただ、私も嬉しい反面。修也と過ごしていたこの日々もだんだん終わりへ向かっていってるのだと実感がして、胸がぐるぐると渦巻いているのも紛れも無い事実だった。


☆ ☆ ☆



 修也が考え込む様子を見る頻度が高くなったとはいったが、それはきっと私も同じだった。自覚はほんの少しだけしていた。気が付けば、修也のことを考えて自分の世界に入り込んで周りの声が聞こえなくなっていた。

 今も、然り。

「光」
「……」
「…光?」
「へっ…あ……修也? どうしたの?」

 修也によって、現実の世界に全て引き戻される。目の前でおもちゃで遊んでいるチビたちの光景も、そのおもちゃを取り合って喧嘩しているチビたちの声も、私の足の上にてぬいぐるみで遊んでいるチビ子の温もりも、すぐ隣にいた修也の気配も、全部、全部。

「行きたいところがある」
「…一人は駄目だよ」
「ああ。だから一緒に来てほしい」
「えっ」

「一緒に、来てくれないか」

 まるで私の瞳を射るかのような、真剣な眼差しで彼はそう言った後に緩やかに口角を上げた。どこに行くの、とか。仕方ないな、とか。色々言いたいこと聞きたいことはあったのに、何だか彼の顔を見るとそんなのどうでも良くなって、とにかく頷いた。




 修也と家を出てから、会話という会話はひとつもなかった。そもそも私と修也の会話なんていつも私から話題を出していた。だから、その私がただ黙って彼の背を追っているから私たちに沈黙が包むのも当然だった。

 彼が行きたかったというところへ到着した。その場所に、思わず目を丸くした。

 修也と一緒に長い長い階段を登った先に広がった光景に、感嘆の声が漏れる。相変わらずの絶景だった。今日は気温が決して高いという訳ではないから、ここで感じる海風は少し冷えるように感じた。

「灯台なんて、久しぶりに来たな」
「気に入ってるんだ。…ここ」
「そうだったんだ」

 最後にここへ来たのは、一体いつだろう。ああ、そうだ。修也と初めて出会ったあの日だ。決して良かったとはいえない、初対面のシーン。第一印象。それらが次々に頭に流れ込んで来る。


「……なんなんだ、お前は」
「…その台詞、そっくり返したいんだけど。根暗さん」



 思えば、初めは私が修也の態度にカチンと頭にきて皮肉をぶつけていた。と、いうか。修也も相当怖い顔で睨みつけてきていたし。今言うと、正直あの顔すっごく怖かったんだよね。それから灯台に来て、そのことを吹っ切れようとしたけどなかなか修也の顔が頭から離れなくて。顔を思い出すだけで苛々するから、忘れたくて仕方なかったのに。
 まぁ、きっとあの時から私は修也になにか惹かれていたのかもしれない。

 それで、雷電のお家に行ったら……まさかの、修也がそこにいて。あの時はびっくりしたな。 げっ、て思ったし。

 だけどあの日から私の日々だって変わった。いつからだろうか、土方家へ向かう理由にチビたちの相手だけでなく修也の暇つぶし相手になるため、そして修也に会いに行くためという理由が増えたのは。


「私も前はよく暇つぶしにここへ来てたなぁ」

 そう。前はよく、来ていたんだ。暇潰しに。いつからここへ来なくなったのだろう。いやそんなの分かってる。修也を匿うことになったあの日から。じゃあどうして来なくなった。そんな理由もとっくに分かっていた。

 暇つぶしなんて要らないくらいに、毎日が充実していたから。どうして充実していた?
 ――修也と、過ごすようになったから。


「…ここに来たら、気持ちが落ち着くんだ」
「うん」
「だから、お前も最近何か考え事をしているようだったからここへ連れて来たんだ」
「っえ……私の、ために?」
「あぁ」

 その言葉を聞いたとき、胸がキュウと締め付けられた。思わず、泣きそうになった。どうしてあんたは、そんなにも私を。
 
 雷門イレブンが沖縄に、修也を探し求めてやって来た。妹さんの確保が、目に見えて来た。ここまで来たら、もはや修也が本当の仲間の元に――雷門サッカー部に戻る時がやってくるのは、そう遠くはない未来だということが分かってきた。別れの時は、すぐそこまでやってきていると悟った。だから、修也に抱いてしまったこの感情を押し殺すのに必死だった。なのに、修也と来たらこんなことを言ってくるんだから、本当に困ってしまう。

「ねえ、修也」
「…」
「もし、私が」

 寂しいって言ったら、どうする。それは口からこぼれるように溢れた。あ、と心の中で声が漏れる。言うはずなかったのに、言ってしまった。彼は目を大きく見開いた。抽象的過ぎる、主語も何もない言い分だったのに、どうやら理解したらしい。今だけ彼の勘の鋭さを恨んだ。いつか彼の前で披露したポーカーフェイスとやらを装う暇なんかなくて、いつしか赤くなっていた頬も彼に気付かれた。頬だけじゃない、首元も熱い。思わず吐き出した息も熱かった。おかしい、ここは灯台で、良く通る風も冷えると感じていたのに。

「…光」

 なんともいえない声色で、修也は私の名前を呼んだ。焦っているような、でも凛としたような、そんな声で。それがまた私の心臓がぎゅっと掴んで。駄目だ駄目だと、心の中のもう一人の自分がぶんぶんと頭を振った。


「……なーんてね!」
「…」
「ちょっと。何よその顔……まさか、あんた真に受けたりしてないよね」

 未だに表情を変えない修也の肩をばしりと、少し強めの力で叩いた。まだ頬とか首とか熱い気がするけど、それは気のせいだって思った。思い込んだ。思いくるめた。

「ほら、早く帰ろう。チビたちが留守番してるんだし!」

 彼の手をとって、灯台の階段を下りた。行きは彼の背中をただ追っているだけだったから、せめて帰りは私が彼の前へ居たかった。顔を見て欲しくなかった、といえばそれまでなんだけど。

「…敵わないな」
「ん、なんか言った?」
「いや。何も」

 きっと、修也には気付かれてしまっているのだろう。

 私が繋いだ手に修也が微かに力をいれたことにより赤くなった両方の耳にも。
 帰る提案をしたくせに、手を繋いだこの状態がずっと続いて欲しくて、ゆっくりと進む私の足のスピードにも。
 修也に対する私の想いにも。…恋心にも。きっと気が付いているのだろう。


 ――だって彼は。
 恨めしいほどに、勘が鋭い人だから。

//180128


   


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