ホイッスルが鳴り響いた瞬間、エイリア学園――イプシロンからのキックオフで試合は始まった。隣にいる上のチビたちが何やらおもちゃの取り合いで騒いでいるので、ぽこりと軽く頭にげんこつを乗せて周りの人の迷惑にならぬよう静かにしろと制圧した。

 宇宙人は、やはり凄かった。驚異的なスピードでパスを回していき、相手にボールを触れさせる余地も与えない。序盤にも関わらず、雷門イレブンの顔には焦りの色が見え始めた。ボールを一度も取ることが出来ず、そうこうしているうちにイプシロンはあっという間にゴール前へ――そして、“ガイアブレイク”という強烈なシュートを放った。1点取られてしまう! 誰もがそう思わず息を呑んだが、それは杞憂に終わったのだ。

「正義の鉄拳!」

 円堂くんは、見事にそれを弾き返した。そう、完全に止めたのだ。私も、修也も、雷電も驚きの声が漏れる。その直後に歓声がぶわっと盛り上がる。私もチビ子と一緒にすごいすごいと興奮を収められなかった。
 
「あいつも…新しい技を習得していたのか」

 修也が、そうぽつりと呟いた。その表情を伺うと、それは大層嬉しそうなものだった。本人はポーカーフェイスを装うとしているけど無駄だ。だけどその表情はすぐに引き締められた。そうしなければいけない彼の現状に心が苦しくなった。


☆ ☆ ☆



 円堂くんがシュートを止めたことによって、雷門イレブンの士気は俄然上がった。キックオフから一度もボールを取ることなく相手に攻められていたのは嘘かのように、ディフェンス技を駆使して相手からボールを奪う。オフェンス技で相手を抜き去る。素晴らしい連携だった。そして、ワントップの女の子にボールが渡って大チャンス――彼女は必殺技のシュートを放った。決まれ、と願った。しかし想いは儚くも、それはいとも簡単にイプシロンのキャプテンであり、キーパーのデザームに止められてしまったのだ。

 すると、デザームは何やら一人の男の子にある意味挑発ともとられる挑戦の言葉を投げかけていた。吹雪士郎という男の子にだ。お前がシュートを打て、と。彼が今のストライカーだし、もっと楽しい勝負がしたいとでも思っているのだろうか。宇宙人にも感情は存在するんだなぁ。

 吹雪士郎は、そのデザームからの挑戦に大いに乗ってディフェンスへ駆け上がる。雰囲気が変わったような気がした。雷門イレブンの表情も、なんだか険しくなったような気がした。
 彼はエターナルブリザードという強力なシュートを放った。思わずチビ子と感嘆の息が漏れる。これなら決まる、そう思った。
 しかし、惜しくもデザームにそれは止められてしまった。本当に惜しくも、だ。デザームは彼に本気を出しているようだった。

「ボールだ!俺にボールを渡せ!」

 彼は悔しさを隠しきれず、フィールドだけでなく観客席にまで聞こえる声でそう自らの欲求を叫んだ。なんだか横暴な人なんだな、と思っていると修也が彼をじっと見ている横顔が目に入った。

「気になるようだな、あいつが」

 雷電のその言葉に、修也は頷かなかった。いやもはや、頷くことさえ出来なかったという表現が正しいかもしれない。彼の今全神経が、吹雪士郎に注がれているのだから。無理もない、“雷門のエースストライカー”という本来自分の肩書きであったそれを、今持っている人物だ。気にならない方がおかしいんだ。

 それから吹雪士郎は、ひたすらシュートをデザームに放った。まるで何かに取り憑かれているかのように、執念たらしく。それはストライカーの使命なのか、彼自身の感情なのかは分からないけれど。だけど、ただ一つ第三者から見ていればわかる。だんだんとそのシュートの威力は落ちていくのが。そして、最終的にはデザームに必殺技の何も使わず、片手であっけなく止められてしまったのだ。フィールドにいる雷門イレブンも、修也も雷電も私も、観客皆んなが口を開いた――当の本人、吹雪士郎も。

 フィールドに静寂が流れた。デザームが何か、彼に言葉をかけた。同情なのか罵りなのか分からない。ここからだと、何も聞こえなかった。ただ一つ、最後の言葉だけは聞こえた。「お前はもう必要ない」という残酷な言葉は。
 吹雪士郎はしばらく、顔を伏せていた。ぶつぶつと小言を漏らし、何か一人で何やら葛藤しているようにも見えた。みんなが、固唾を飲み込んだ。その瞬間だった。

「僕は、俺は、何なんだぁあああッ!!!」

 悲痛な叫び声が、けたたましく響き渡った。ここにいる全ての人が、声を発することも出来なかった。吹雪士郎はそのまま全身の力が抜けたかのように、倒れ込んでしまった。ようやく状況を把握した雷門イレブンが、一斉に彼の名前を呼んで駆け寄る。円堂くんが、彼の肩を掴んで揺さぶる。吹雪士郎はそれに一切の反応も見せずに、ただ呆然とするだけだった。

 彼はベンチに運ばれた。垣間に見えた顔色は、もう色というものが存在しなかったようにも思える。チビ子がそれを見て泣きそうになっていたから、安心させるように抱き締めた。

「あいつ、どうしちまったんだ」

 雷電の言葉に私は頷いた。シュートを止められて、あそこまでショックを受けるだろうか。エースストライカーなのに、そんなヤワな精神なのだろうか。もしかすると理由が何かあるのかもしれないけど、あいにく私たちには知る由も権利もないだろう。修也はやっぱり彼をジッと眺めていた。険しい顔を浮かべていた。

 雷門イレブンは、前半にも関わらずエースストライカーが交代という事態に陥った。嫌な予感がして、外れてくれと心底願った。






 しかし、嫌な予感は的中してしまった。それからというもの、イプシロンの大反撃だった。雷門イレブンは守りに専念し過ぎて、体力の消耗が激しかった。それからも、果敢に雷門イレブンは攻めるもシュートを打てばデザームにことごとく止められてしまう。

「雷門に今必要なのは、エースストライカー。しかも強烈なシュートを打てるだけじゃない、チームが一番大変な時に頼りになる絶対無二の存在。それがエースストライカー…だよな!」

 雷電が何やら意味ありげな声色でそう言った。それを聞いた修也の口元が、震えていた拳がきつく結ばれた。
 エースストライカーという存在。それがどれほど大切なものなのか、よく分かる試合なんだなと心底思った。もしここに修也が入れば――きっと戦況も変わるのだろうと確信づいていた。それは私だけではなく、きっと雷電も見越しての発言なのだと思った。

 すると、デザームは選手交代――いやポジション交代を命じた。なんと、フォワードとキーパーである自身を交代するというのだ。

「キーパーとフォワードが交代!?そんなことって本当にあるのかよ!」
「信じられない…」

 やっぱり、宇宙人のやることは普通じゃなかった。常識外れだった。
 デザームがフォワードになり、更にイプシロンの攻撃力は増加した。一気にゴール前へやって来たデザームが必殺技シュート、グングニルを放った。強烈なパワーだった。今まで奮闘していた円堂くんも、そのシュートからゴールを守ることは出来なかった。ピーー!とゴールを知らせるホイッスルが鳴り響き、ついにスコアボードのイプシロンの欄に「1」という数字がついてしまったのだ。

 前半が終了した。雷門イレブンベンチの雰囲気は暗いままだった。エースストライカーの緊急交代、そしてデザームの強烈なシュートを止めることができなかった絶対無敵の正義の鉄拳――。元気でいる方が、ある意味難しいのかもしれない。

 後半戦が始まるも、やはり戦況は変わらなかった。デザームに攻められまくれ、シュートを打たれ、正義の鉄拳は破られてしまう。しかし、誰一人もう一点はやらないと体当たりでそのシュートを意地でも止めに行くのだ。

「こんなの…」

 思わず声が震えた。膝の上のチビ子が、涙を浮かべていた。客席も、カランと声を失っている。――雷門イレブンは、もはやボロボロになっていたのだ。
 隣の修也が、悔しそうに、もどかしそうにふたつの拳に力を入れた。見ているこちらが苦しくて、何か言葉をかけてやりたいけど、かける言葉なんて何一つ思い浮かばないのだ。

 けれど、この雷門イレブンの状況をどうにか打破する方法は私は知っている。先程から視線を感じていた、向かい側の観客席の入り口付近にあくまで自然な振る舞いで目線を向けた。宇宙人の手下の奴らがいた。ごくりと生唾を飲み込んだ。

 雷電の携帯が震える。きっと、鬼瓦刑事だ。雷電から携帯を受け取った修也は、大きく目を見開いて周りを見渡した。私は、指をさすのは流石にまずいと感じ顎で宇宙人の手下らがいる方を教える。

「さあ、こっちもいよいよゲーム開始だ。良い子にしてろよ、試合が終わる前には帰ってくるからな」

 チビたちに雷電は優しくそう言葉を投げかけた。修也と雷電は、席から腰をあげる。いよいよ作戦が遂行される時はやってきた。

「――光。こいつたちを、頼んどくな」
「…うん」
「一応お前だってアイツらにマークされてんだ。何かあったらすぐに連絡して来い」
「うん、分かった。作戦が無事に成功するように…頑張って」

 妹の安全を確保してからは、宇宙人の手下も追い込んで捕まえて、豪炎寺の安全も確保し雷門に戻ることを可能にする――今まで練っていたその作戦。これから鬼瓦さんをはじめとしたたくさんの刑事と、雷電と修也が囮を使った作戦で宇宙人の手下を追い込む。私は、ここでチビたちの見守りだ。力にはなれないことは分かっていたから、私はこれから祈って、願うことしか出来ない。だからこそ。

「修也」
「?」
「このフィールドに修也が雷門のストライカーとして戻ってくるの、待ってるからね」

 口角は震えていたけど、何としてでも満面の笑みを向けて修也にそう言った。そう、私は待ってることしかできない。ならば全力で彼の帰りを待ち侘びようじゃないか。
 修也は、肩の力が抜けたように微笑を浮かべた。行ってらっしゃい、と声をかければ、行ってくる、と。小さかったけど、彼の声が確かに耳に響いた。

//180218


   


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