長い1日だったな。修也と別れてからの帰り道、完全に夕焼けが消えた空を見上げながらぼんやりとそんなことを考えた。多分、1週間分くらいの出来事を1日にぎゅっと凝縮したくらいに、色々なことがあった。ほんの少し――いや、かなり疲れているのが本音だったりする。

 イプシロンと雷門イレブンの試合があって、今まで練っていた作戦がついに遂行されて、修也が雷門に無事復活して、試合に勝って。それから、修也が私のところへ来てくれて、……それから。思い出すだけで、首から上が熱くなるのが分かって嫌になった。一人で何勝手に顔赤くしてんの。気持ち悪い。暑い暑い、もう、おさまれ。


☆ ☆ ☆



「ただいま」
「あら、おかえり。今日は早かったのね」
「……え、そうかな?」

 キッチンで夜ご飯を作っていたお母さんの言葉を聞いて、私は時計を見る。7時をついさっき過ぎたくらいの時間だった。もう外だって暗いし、この時間で早いっていうのは少し感覚が変わっているんじゃないの。なんて、じとーっとお母さんの方を眺めていると「何よ」と睨み返された。

「ほらあの子。修也くん、だっけ?あの子を匿うとか何やら始めてから、いつも帰りなんて8時とか過ぎてたじゃない」

 そう言われて、確かにそうだったかもしれないと気付く。だけどそこに絶対的な閃きはなくて、今まで修也を匿い始めてからの時間、修也と過ごしていないときの記憶はごっそり抜けているも同然なのだと思った。特に、修也が爆熱ストームの特訓を始めてからはチビたちと世話を夜はずっとしていたし。学校からすぐ土方家に寄って。家に帰ったのは本当に風呂と寝るためだけのようなものだった。

「なんか、忘れちゃってたや」
「もう、若いのに。まぁ、若いゆえかもしれないけどね」
「でも明日からは、前みたいな生活に戻るよ」
「……? どうして?」

 修也、帰っちゃうからさ。簡潔に、無感情を装うようにそう言い放った。お母さんは夜ご飯を作る手を止めずに、「そう、随分と急ね」と興味があるのかないのか分からないような適当な返事をした。

「仲間が、迎えに来てくれたからさ」

 だけど、その言葉を言ったとき。やっぱり寂しさはまだまだ蘇ってくるもので、私の声色が一気に弱くなるのをお母さんが見逃す訳がなかった。ちらり、と私の方を横目で見てお母さんは優しく口角を上げる。

「夜ご飯、あと15分ほどで出来るから。先にお風呂入ってきなさい」
「……はぁい、」
「夜ご飯のときに、今日の話聞かせてね」

 びっくりして、お母さんの顔を伺うと自信満々にウインクをした。やっぱりお母さんには敵わないなぁ、と心の中でぼやいて私は頷いた。きっと根掘り葉掘り聞かれることだろう、お風呂に入りながら話をまとめなくちゃいけないなと一人笑った。






 そのあと、夜ご飯を食べながらお母さんに出来事全部を話した。ついさっきの修也とのやり取りはやっぱり恥ずかしかったから、言えなかったけれど。いつか言えるといいなとは思う。寝る前、修也の顔がたくさん浮かんでなかなか寝付けなかった。でも、朝の8時の船便に乗るって雷電から聞いたから早起きをしなかちゃいけないと思って意地でも寝た。

 翌日。目覚めは、不思議と良かった。それもそのはずだった。

「っっやばい!」

 本来6時頃に起きようと思っていたのに、時計を見たら短針が7を既に越していたからだ。私は急いで飛び起きて、顔を洗いに行く。ああ、どうしよう、やばい。何の作業を省略すればいい。朝ごはんはとりあえず抜きにして。
 

 家を出たのは、7時半だった。我ながら寝起きにして凄まじい行動力だと思う。いや寝坊した奴が言う台詞じゃないけどさ! 家から港まで走ったら10分足らずだ。けれど、8時丁度に船が出港するから もしかしたら既に船に乗っているか、乗る寸前かもしれない。とにかく急がないといけないのは明白だ。後者だということを祈って、私は何度も転げそうになりながらも走った。


「―――修也!!」

 居た。間に合った。修也は船に乗る直前だった。所謂ギリギリセーフだった。
 修也は私の姿を目に入れると、驚いたような表情をして すぐさま途中まで上っていた階段を駆け下りて私の元へと来てくれた。私が修也の元まで行きたかったのは山々だけど、肩でゼイゼイと息をしていた私はその場で必死に呼吸を落ち着かせるのに精一杯だったのだ。

「ね、寝坊しちゃいました……本当、申し訳ない」
「そのようだな。走って来てくれたのか」
「当たり前!もう、過去最高に走りに来たかもしれない」
「それは嬉しいな」

 未だに呼吸を落ち着かせている私を見て、修也は緩く笑った。そして、そっと私に手を伸ばす。

「へ」
「髪。すごいことになってるぞ」

 修也の手が、私の髪を手櫛でといた。う、うわ。最悪だ。髪の毛整えるどころか、起きてから櫛一つも通していなかった。最悪。人前だけならぬ、好きな人の前。おなごとしてどうよ。
 修也は、しばらく私の髪を手櫛で通していた。その表情が、なんていうか、自分で言うのもなんだけど。すっごい優しそうな顔をしていて、何も言えなかった。


「来てくれないと、思ったんだ」


 寂しげにそう紡がれた修也の言葉に、胸が締め付けられる。だけどそれと同時に、嬉しさも込み上げて来て。私が見送るのを、待っていてくれたんだって。ああもう、馬鹿、好きだ! 今すぐこの場で言いたくなる。私らしくないなんて、この際どうだって良くなってくる。でも、修也のお望み通り言ってやんない。

「そんなわけないでしょ! ほら、アンタこれからまだまだ宇宙人と戦うんでしょ! 強気で行かないと!」
「あぁ……そうだな」

 私も寂しさを紛らわすかのように、空元気にも近い明るさでそう言ってやった。すると、心なしか修也の笑みにも明るさが取り戻る。

「豪炎寺ー! そろそろ出発だぞー!」

 そのとき、既に船に乗っていた円堂くんが修也に向かってそう告げた。港にある大きな時計を確認すれば、もう50分を過ぎている。もう出発だ。もう、本当にお別れの時間だ。

「修也。頑張ってきてね」
「あぁ……本当に、世話になった」
「こちらこそ。修也と過ごせた時間、楽しかった」
「俺もだ。楽しかったよ」
「宇宙人を倒して、落ち着いたら。また沖縄に来てよね」
「ああ。もちろんだ」
「よろしい!」
「……光、」

 修也が私の方へ手を伸ばした。それに気付いて、私も差し出す。そしてどちらからともなく、それを握り合った。

「昨日の約束は、必ず果たしに来る」
「……絶対だよ」
「絶対だ」
「それなら握手じゃなくて、こうでしょ」

 握手の形をほどいて、私は小指を差し出した。といっても、クールでやけに大人びた修也だから乗ってくれるかは分からないけれど――なんて思っていると、小指を私のそれに絡ませてくれた。意外だな、なんて少し驚いていると 修也はフっ、とあの彼特有の笑みを漏らした。

「それじゃあ、行くよ」
「……うん」

 小指が、そっとほどかれた。

「またな、光」

 修也が優しく、だけど気を引き締めた。そんな表情でその言葉を口にした。それを聞いて、私は口角が上がって緩んだ気がした。

「またね、修也」

 その言葉は、リボンがするりと解けるかのように自然と溢れた。



 修也、そして雷門イレブンを乗せた船は沖縄を発った。私は最後まで手を振り続けた。宇宙人、しっかり倒してくるんだよ。そうだな、こてんぱんにしてしまえ。それから今まで我慢してきた分、みんなとサッカーしてきなよ。それで、やることも全て終えて 落ち着いてきたなら。沖縄で、私は待っているから。数ヶ月後でも、1年後でも、何年後でも待っているから。だって修也が最後に言ってくれた、約束は必ず果たしに来るって。だからずっと待ち続けてやる。

 船がだんだん、水平線に消えてゆく。振り続けて痺れた腕を下ろした。ふう、と一息つく。
 寂しさは、もうとっくに消え去っていた。


//180224
 


   


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