沖縄の海は今日もキラキラと光の粒を浮かべている。音をたてながら強く波打っている。ザァー、と心地よい音がこの静かな海辺に響き渡る。太陽がまるで自分を主張するかのようにジリジリとした眩しさを放っている。

 家やマンションが建ったり大きな公共施設が出来たり、新たな道路が出来たり。有名だった店が閉店したり、逆に新しい店が開いたり。地上は日々変わる。日々進化する。

 ―――けれど。
 寄せては返してを繰り返す煌めいた波、生い茂った緑の草木、砂浜、波風、波の音。
 月日がいくら経っても変わることのない場所だってある。ここは、そう。変わらない。変わることがない。だから、ここは待ち合わせ場所にぴったりだった。変わらない場所、なにもかも見守ってくれる場所、なにもかも包んでくれる場所、彼と初めて出会った場所、彼とよく過ごした場所、

 彼と、約束した場所。

 サァ、と心地よい海風が私を包んだその刹那、頭に浮かんだ一人の顔。それから走馬灯のように、あの日からの思い出がひとつ、ひとつと鮮明に、確実に、蘇っていく。

「――修也、」

 あんたを待ち続けて、もう2ヶ月になる。


☆ ☆ ☆



 もしかすると、彼は――修也は、私のことなんて忘れているのかもしれない。そんな虚しいことを、言い聞かせていた時期もあった。
 修也が雷門の仲間と共に、沖縄を発ったあの日。港で私と小指を交わして約束を確かめたあの日から、もう2ヶ月も経っている。だからもしかしたら、私のことなんて忘れちゃったのかもしれない。結局は子供の戯言で、お望み通りに物語は進まないということなのかもしれないと悲観した。ひと夏の恋なんて響きは良いけれど、それは時と場合によると思うんだ。私はそれを望んではいない――だけどこれは、本当にひと夏の恋だったのかもしれない。


「……修也、」

 誰もいない、私だけが佇んだ海辺でその名前を呟くだけで胸が疼いた。修也が沖縄に来たときみたいな猛暑はもうどこにもなくて、涼しげな秋へと季節は移っている。海辺にいるのも、少し肌寒い。それでも私は待ち続けたかった。いつ来るかわからない、彼を待ち侘びて。だって、会いたいんだ。会いたくて会いたくて、堪らないんだ。私にはいつだって、修也を待つことしか出来ない。だから、こうやってひたすら待つんだ。この約束の場所で。ひまむきに、一途に、彼を想って。


「修也」

 もう一度、その名前をつぶやくと強い風が後方からサァア、と吹き流れた。それにつれて、海が呼応するように波を立たせる。ザパァン。海がよく鳴いている。思わず口角が上がりかけた瞬間、海でも風でもない、微かな砂を踏む音が聞こえた。


「――呼んだか」

 後ろから耳に入ったその声に、体中に痺れが走った。聞き覚えがある声だった。低くて落ち着きのある声だった。私の、大好きな声だった。大好きな人の声だった。ずっと、この2ヶ月間待ち侘びていた人の声だった。頭が揺れた。心臓が激しく鼓動し始める。風によって激しくなびかされる髪を手で押さえながら、私は人形のように首を堅く振り向かせた。そこにいた人物を見て、私はしばらく思考が停止した。

「光、」

 彼は笑っていた。久しぶりで少し照れくさそうな、でも純粋に心から再会を喜んでくれてるような、そんな表情だった。最後に見た青と黄色を基調としたジャージではなく、見たことのない私服姿だった。たった2ヶ月間なのに、とても逞しくなったように思えた。私の大好きな人。ずっと、会いたかった人。想いを伝えたかった人。伝えるのを、待っていた人。

「――修也!!」








 私たちは、以前のように海辺に腰を下ろしてしばらく海を眺めていた。隣を見れば、修也がいる。それはとてつもなく私からすれば不思議な光景で、でもずっと待ち望んでいたものだった。波音がよく聞こえるこの沈黙でさえ、心地いい。想いが溢れすぎて、言葉にまとめられない。修也も、同じだといいな。

「宇宙人は、どうなったの?」

 まず初めに気になったのはそれだった。テレビではすっかり宇宙人もといエイリア学園のことは気付けばやらなくなっていたし、修也がこの沖縄に来たことは即ちその一連の事件が解決したということは明白だった。だけど、やっぱり結末がどうだったのかはきになる。

「エイリア学園は宇宙人じゃなくて、俺たちと同い年の、普通の人間だった」
「えっ!人間!? でも、普通の中学生が学校とか破壊できんの……?」

 私のその問いを聞いて、修也は簡潔に、でも重要なことをまとめて説明してくれた。要するに、とある孤児院の院長がエイリア石と呼ばれる身体能力を強化する石で、自身の孤児院の子どもたちを強化していたのどという。世間を騒がせて、多くの人を恐怖させた宇宙人の正体が私たちと同じただのしがない中学生。人生って、分からないもんだなぁ。

 全てが解決したのは、つい数週間前らしい。それから修也は無事に夕香ちゃんとも再会出来たらしい。その話をしているときの修也の顔ったらもう。流石はシスコンだと心の中で笑ってしまった。

(……そっか。全部、終わったんだ)

 あの日、修也を匿うことになった日。まさか、こんなにも自分がこの一連の事件に関わることは到底想像していなかっただろう。宇宙人の事件は、認められるものではない。むごいものだ。決してもう二度と繰り返されてはいけない。でも、それでも。この事件があったからこそ、修也と私は出逢うことが出来た。だから、めぐり合わせてくれたその運命には大いに感謝はしようと思うのだ。

 
 ザァア、と再び波音が私たちの空間に響いた。その時に、また沈黙が包んでいることに気がついた。そのくらい、居心地の良い空間だった。


「光、」

 私の名前を呼んだ修也の方へ振り向くと、彼はすごく真剣な表情を浮かべていた。そして、「言いたいことがあるんだ」と前置きを置いた。私は特段鋭いわけではないけど、鈍感ということは決してなかった。だから、彼が今から言おうとしていることは容易に分かってしまった。

「約束、今果たしてもいいか」

 約束。それは、修也が雷門イレブンと沖縄を発つ1日前に、この海辺で。想いを告げようとした私を止めて、宇宙人との戦いが終わったら自分から伝えたいと修也が言った、それ。ずっと待ち望んでいたのに、いざその瞬間が来ると全身に力が入る。だけど、心の中には少しの引っ掛かりがあった。それを無視することなんて出来なかった。

 やっぱり、わたし。


「ねえ修也、やっぱり私から……その、言わせてほしい」

 隣にいる彼を、真っ直ぐに見つめながらそう意を決して言った。その言葉を聞いて、修也は目を見開いて驚いていた。2ヶ月前、止められたんだ。不完全燃焼なんてもんじゃ収まりきれない。やっぱり先に言いかけたのだって私なんだ、私から言わせてほしい。
 勇気を振り絞って、修也が手に少し汗ばんだ自分の手をそっと重ねた。

「修也、」

 すきだよ。その言葉は前と同様に、やっぱり発することができなかった。でも私は、それどころじゃなかった。好きだと言えなかった。なんで? それは。口を開いた瞬間、私が重ねていた修也の手が私の手首を掴んで。ぐい、と強くそのまま自身の方へ引き寄せられたかと思えば、修也の顔が目の前にいっぱいあって。口に柔らかい感触がすることにようやく気付いたのだ。目が丸くなる。体が固まって。それでも、自分の顔が熱くなっていくのが分かるのが恨めしかった。

「好きだ、光」

 修也が離れて、開口一番にそう言った。しばらくして漸く、やっと状況に完全理解した私は顔だけに限らず全身に熱が走る。ちょっ待っ、え? 今、……今わたし、修也とキっキキキ…! 修也を見れば、なんだか勝ち誇っているような顔をしていた。て、ていうか!

「っ、それは駄目でしょ!ズル!インチキ野郎!」
「言ったもん勝ちだ」
「ななっ」

 あんなの、不意打ちの域を超えすぎてるじゃないの。告白だって、その、き、キ、きす……だって……。相変わらずドヤ顔を浮かべている修也に思わず溜め息が漏れた。その息でさえ熱いのだから、本当嫌になる。あーもう暑いのか熱いのか分からない。きっと後者だろうけど。

「光」

 パタパタと手で自身をせめてもの扇いでいると、修也はまた真剣な面持ちな私を見つめた。

「お前は沖縄に住んでいて、俺は東京に住んでいる。遠いのは分かっている。それに、俺たちはまだまだ子供だ。頻繁に会えないことも分かってる。でも、俺は沖縄を離れてから今までもずっとお前のことを忘れなかった。……ずっとお前のことが、好きだった」

 嘘偽りないと心からして思える、その修也の言葉にじんわりと目が熱いような気がした。


「だから、もしお前がそれでもいいなら。――俺と、付き合ってくれないか」

 すぐ間近にある切れ長の目には、私の間抜けで真っ赤な、だけど嬉しそうで幸せそうな顔が映っていた。修也は、全ての想いを私に告げてくれた。今度は、私の番だ。

「私も。私も、修也と離れてからもずっと、修也のことが好きだった。ずっと修也のこと、待ってた。だから、えーと、そのー……お、お願いします!」

 震えながら私は言った。言った。よく言ったぞ、わたし! 修也は心底安心したように、私の返事を聞いてから肩の力を抜いては笑った。修也も、緊張していたのかな。私が修也のその頼みを断る訳なんか絶対あり得ないのに。
 それにしても、私たち本当に想いを通じ合えることが出来たんだな。思えば、あの約束をした日にお互いの想いはなんとなく言葉に出さなくても分かっていたけど、やっぱり言葉にするだけでこんなにも世界は違うのだと思った。思えば、出逢った日なんてお互い警戒心丸出しと毛嫌いが、お互いに、好きって。

「……ってか! す、好きとかそういうこととかもう言わないから!さっきの1回だけだから! 分かった!?」

 何だかいきなり恥ずかしくなって照れ隠しのようにそう叫んだ私を、修也は優しい目で見つめ返してきた。う、うわ……私、可愛げのカケラもない。しかも、なんか彼の反応を見るに逆効果だったのかもしれない。反対に恥ずかしくなってきた。だめだ、もうこの話題は捨ててしまおう。私はんー、と頭をひねって心の隅で考えていたことを口にした。

「でもさ。修也が言うようになかなか会えないだろうけど……大丈夫だよね」
「?」
「まぁでも、そうだなぁ。のんびりやっていこうか、私たちなりに」

 きっと私たちはベタにイチャイチャするようなカップルでもないんだろうなってことは何となく想像つくし。なんで会えないの!会えないからもう知らない!なんてこともないんだろうな。今からそんな想像が容易くできてしまう。そう言うと修也は面白そうに口元を緩めた。「フっ、そうだな」と、何だか意味ありげのように。もちろん私はそれに納得がいかない。

「…何で笑ってるの」
「いや?別に」
「何よこら!! …って、」

 一発ぽこりと軽く殴ろうの試みたけれど、ハッとなって思わずその手を止めた。

「……あはは。なんか前もこんなやり取りしてた気がする」
「土方の弟や妹たちのままごとをしていた時にな」
「ああそうだ!懐かしい。そういや、チビたちにはもう会ったの?」
「いや、まだだ」


 それじゃあ今から雷電の家へ行こうよ。雷電にも会ってないでしょ? それに、チビたちもきっと飛び跳ねて喜ぶよ。そう矢継ぎ早に言って、さっそくと言わんばかりに私は彼の手を取った。彼はその手を、嬉しそうに見つめた。

「修也、やっぱりあと1回だけ!」
「ん?」
「私を好きになってくれてありがとう、大好き」

 まるで悪戯っ子のように誤魔化しながら笑ってから照れ隠しするように、私は「それじゃあ土方家へ行こう!」と繋がった彼の手に力を込めた。土方家に到着したら、まず色々とお世話になったチビ子に報告しないといけないな。無事に、大好きな人が恋人になりましたって。修也と付き合うことになりました、って。

 振り返れば、私の突然且つほんの少し強引な行動に困りながらも楽しそうに笑う修也。そしてその後ろにキラキラと煌めいている沖縄の青い海が広がっていた。それは私がずっと、ずっと待ちわびていた光景に違いなかった。太陽が強くまぶしく地上と水平線を照らした。あんたのいる世界は、私にとってこんなにも輝いている。ああ、これが幸せなんだと強く噛み締める。そして私は、彼の手を引いて目いっぱいに走り出した。





Is this story only summer season of one?
それは、ひと夏の物語ですか?
No, a story will start from now with him.
いいえ、これから彼との物語が始まるのです


F i n .



   


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