溢れる



 初詣の後は近くのショッピングモールに行って、至って普通のカレカノみたいに買い物したり、ブラブラしたり。クレープ食べたいって言ったら御幸に「さすが」とかいって超ウザい顔で笑われたから叩いてやったけど、まあ結局食べた。

 つい先日まで行われていた合宿の話とか、クリスマスの話(を思い出して御幸を殴ったり)とか、冬休み私はグーダラしてたとか、一週間ちょっとあってないだけでこんなにも話が尽きないものなんだと思った。

 夕方になる前くらいに、ショッピングモールを出て私の家の最寄り駅まで電車で向かった。御幸、私の地元に初上陸。わあ、御幸が私の住んでるところにいるって、なんだか変な感じ。

 家には誰もいなかった。たぶん、私が今日は家を出るって言ったから二人で仲良くデートにでも行ったんだろう。いつも年始はぐーたらしてるくせに。
 用意していたお泊まりの荷物をもって、今度は御幸のお家へと向かった。
 電車だと、私の家から三十分ほどで御幸の地元に辿り着いた。案外近い方、なのかな。でも、この駅から青道高校へ行くのはかなり時間がかかるし寮暮らしは納得だ。すると御幸が私のことをじーっと見つめてから呟いた。

「お前が俺の住んでる町にいるって、なんか変な感じだな」

 思うことは私も御幸も同じようだった。ちょっと嬉しかった。





 御幸スチール。そうでかでかと書かれたその看板にぽけーっと見入っていると御幸が「ただいま」と、工場内の誰かに声をかけた。私も急いで「こ、こんばんは!」と声をかけると、一人の男性が私の姿を目に捉え「ゆっくりしていってくれ」と片手をあげて答えてくれた。――あれが、御幸のお父さん。とても優しそうな人で少し安心した。仕事中、だよね。

「今日はお世話になります」

 もう一度、一礼してから私は御幸のお家の中へお邪魔させてもらった。

「おじゃましまーす…」
「おー、部屋はこっちな」

 御幸の後をちょこちょことついていく。部屋へ向かう途中、家の中を見回すと散乱していたであろう新聞紙やらが片隅にまとめられているのが目に入った。

「悪い、あんま掃除できてねーんだ」
「いやいや、全然気にしないで」

 部屋へ入ると、勉強机に色々な雑誌が並べられた本棚、そして一つのベッド、壁に貼られた数々の野球選手のポスター。私はすぐさまここは御幸の部屋だと悟った。

「適当に荷物置いといて。もう七時だしなんか飯作ってくるわ」
「え、御幸が?」
「そうだけど」
「な、なら私も手伝う!」
「おーあんがと」

 デートのときは何とかいつも通りでいることが出来たけど、やっぱりお家に上がりこむとなったら緊張して会話がぎこちない。いや私が一方的に緊張してるだけなんだけどさ。うー、いつも通りいつも通り…。

「卵結構あるし使わねぇとなー、オムライスでもすっかー」冷蔵庫の中身を見物しながら御幸がそう言って、「いいねー」と返した。
何から何まで御幸は手際がよくて、私は人参を刻みながら(そうだ、こいつ、料理男子だったんだ…!)と思い出し軽くその才能に妬んだ。

 二人前の(もちろん御幸が手慣れたようにチキンライスを作りふわっふわの卵を乗せた最高級の)オムライスが完成し、二人で一緒に手を合わせいただきますをした。うん、めっちゃ美味い。さすが料理男子・御幸、手際だけでなく味も本物だ。悔しい。
 ていうか、なんかこうやって家で二人でご飯食べてって、なんか…夫婦みたいだ。でへへ。

「あ、そういえば」
「ん?」
「御幸のお父さんの分はよかったの?」
「あー、今日は夜勤だからな」
「ヤキン」
「そ。夕方から朝まで」
「…大変なんだね」
「日勤の日もありゃこうやって夜勤の日もあるしな。だから中学生の頃から俺がよく家事やってたから、お陰でこの通り」

 この通りっていうのは、料理男子だぜってことだろう。ドヤ顔を浮かべる御幸に笑いながらも私は心の中である疑問が浮上していた。

 御幸、お母さんはいないってこと、なのかな。

 この家にお邪魔してから、ずっと不思議に思っていた。まるで一人暮らしをしている人のような部屋だとか、御幸が中学生から家事をやってるだとか。やっぱり、そういうことなのかな。

 ご飯を食べ終え、二人で洗い物をしてから私が先にお風呂へと入らさせてもらった。私の後に御幸もすぐ入って、その間に私は髪の毛を乾かして御幸の部屋にぽけーっと座っていた。なーんか、未だに御幸の家にいるなんて実感なくてぼやけてるなー。

「あがったぞー」
「あ、おかえりー」

 振り返ると御幸が頭も乾かし終えてさっぱりした様子でベッドに座っていた私の隣に座った。足の爪先をいじっていた私は、隣にいる奴の顔を見上げた。――え、待って、あれ?

「みみみ御幸」
「あー?」
「め!」
「め?」
「め、めがね! ない! ノーメガネじゃんっ!!」
「あぁなんだ。今からかけ…」
「待って待って、そのまま!」

 立ち上がろうとする御幸を無理やり押さえつけ、ノーメガネ御幸の顔をまじまじと眺めた。

「やば」

 どこかののび太くんみたいに、目が3の形になっていた…なんてことは当然なく、ノーメガネ御幸はイケメンだった。イケメンすぎた。目キラッキラしてる。はわわ何だこいつかっこええ…! と、奴の顔を堪能していると御幸の手が私の背中に回ったかと思えば力をいれられてベッドに倒された。

 二人で抱き合いながらごろん、とベッドに転がる。その瞬間、私は再び緊張がマックスに満ちた。待って、もうその時は来た…? 遂にやっちゃう…? 何をって、もちろん付き合ってだいぶと経ったカップルが片方の家でお泊りだぞ、どんなピュアでも構えるのは! そう! もう分かっただろう! セから始まりスで終わるやつ! ええい、何を隠そう私は御幸家に入った瞬間からそれのせいで緊張しまくりだったのだよ!

 …なんて、一人内心で騒いでいたのになぜかそこに甘い空気はなぜかなくて、御幸は楽しそうに「はっはっはっ、お前だるまかよ」と笑っていた。いや君が倒したんですよ。そしていつの間にメガネをかけていたんだ。

 それからギューギュー抱き合いながらゴロゴロして、雑談して、たまにチュッチュしていた。それ以上は特になし。 …は? 何このゆっるい雰囲気は? なんかそういうムードにもならないし。え、これって…御幸さんやらない感じですか? え、なに、普通ってやるんじゃないのこういう展開って。えっ…私が過剰に意識し過ぎたわけ? 何それ…私ただの変態じゃん…無理……。


 自己嫌悪やら恥ずかしさやらで死にそうになっていると、御幸の大きな腕が私の頭を包んだ。御幸の腕の中にすっぽり。うんわあ、シャンプーの良い匂い。何もかも新鮮でドキドキしていると「みずき」と奴の真剣な声色が耳に入って、どきりとした。

「俺、母さんいないんだ」
「!」

 私が考えていたことなんてどこかに飛んでいってしまった。私の全神経が、御幸の発せられる声に、言葉に、集中している。

「俺が生まれてすぐの頃に亡くなっちまったんだとよ。だから、母さんとの思い出は全く覚えてない」

 かろうじて絞り出した「うん」と頷いた私の声も少し震えていた。そんな私に気付いたのか、御幸は私を包んでる腕に更に力を込めた。

「父さんも仕事で忙しいし、甘える相手なんかずっといなかったんだよな。それが当たり前だったっつーか」
「…うん」
「だから…なんていうか…お前の存在がほんとありがてぇんだよな」
「うん」
「…ほんと、お前と出逢えてよかった」

 そう言って、私の頭に御幸は顔を埋めてきた。それがこそばくて、つい身を捩る。私は御幸や背中に回していた手を移動させ、奴の柔らかい髪を撫でた。

「…もー。なにドラマの台詞みたいなこと言ってんの」
「素直って言えよ」
「はいはい」

 奴と近距離で見つめ合うと、鼻と鼻の先がちょんと触れた。私は御幸の頭を撫でながら、口を開いた。

「これからも私にはいっぱい甘えていいよ」
「ん…」
「私の癒し効果は抜群だからね」
「はっはー自分で言うか」
「なに? 合ってるでしょ」
「…まーな」
「…御幸」
「ん?」
「ありがと」
「…こちらこそ」

 目を細めた御幸が可愛くて笑うと、すぐ近くにあった唇が私の唇とゆっくり重なった。さっきまでやっていたチュッチュなんかとは違う、重ねるキス。そのキスが優しくて、つい涙が出そうになった。お母さんのこと、教えてくれてありがとう。私に甘えてくれて、ありがとう。


160903
 夢主もどんどん優しく丸くなってゆく

   

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