惚れ直す


「みずきちゃんって御幸くんの野球してるところ見たことあるの?」
「うーん、そういわれてみれば無い」
「ええっ!? ダメじゃん!」



「……ということで、あんたの野球してる姿は絶対見なくちゃダメらしい」
「ははっ、なんだそれ」
「今週の日曜、青道で練習試合あるんだよね」
「まぁ、あるけど……誰から聞いたんだそんなの」
「倉持」

 御幸が倉持の席の方に顔を向けたからそれと一緒に私も倉持を見ると、タイミング良く倉持もこっちを向いて「ヒャハ」と笑った。ウケる。

「まあそういうことだから、日曜見に行くね」
「は、マジで」
「……え、ダメなの」
「いや、なんていうか、な……来てくれなかった方が嬉しいことは嬉しい」
「どういうことだよ来てほしくないのかよ」
「いや、ちげぇんだよ」
「何が」
「お前が見てると思ったら空回りしそうで怖ぇんだよなぁ」

 御幸の頭に鉄拳を振り下ろした。決して照れ隠しではない。はず。





「今日すっごい野球日和! ねっ、みずきちゃん」
「そうなの……? あっぢぃ……」
「結局御幸くんには内緒で来てるの?」
「うん。だってアイツ、頑なに来るなって言ってくるし」

 別に、かっこ悪いところ見せたっていいのに。私は御幸の色んなとこを見たいし。そう思うようになった私はとても成長していると思う。なんせもうアイツの彼氏をして一カ月経ちましたもので。

「あ、もう試合始まってるよ!」

 友達に手を引かれて何やらおじさんたちがいっぱいいるベンチに座らされる。青道野球部のOBらしい。

「あ、ほら! 見て! 今ちょうど御幸くんだよ!」
「ほんとだ」

 バッターボックスにいるのは御幸だった。ベンチや周りのおじさんたちから御幸ー!と名前を呼ばれている。そんな彼はバットを肩に置き、投手を興味深そうに見つめている。投手が構えに入ると、学校で見たこともない真剣な表情になって。投手が渾身の球を投げると、御幸が勢いよくバットを振った。しかし、それは空を切った。何度かボールを見送ったり、カキンと当てるけどファールって言われたり。カウントが刻まれているらしいけど、生憎野球に詳しくない私は何のことやらさっぱり。そうこう思っているうちに、御幸はもう一度バットを思い切り振った。ブンッ、「ストライク! バッターアウトッ! チェンジ!」ちょっと悔しそうに御幸はバッターボックスを離れていった。三振したらしい。

「あ〜御幸くん、惜しい!」
「だね」
「かっこいいところ見たいよねぇ」
「……」

 でも、全力でバット振ってるアイツは、いつもよりかっこいい。


 攻撃と守備がチェンジしたらしい。御幸は、他の選手とは別で一人だけマスクをかぶったり防具をつけている。確かキャッチャーって言ってたな。ピッチャーの球を受け取るだけじゃなくて、色々な役目を任されてる大事な役柄なんだぜって御幸が言ってた。あいつは野球を語るとき、特にキャッチャーのことについて語るときは本当に楽しそうだった。今も、すごいキラキラしてる。楽しそう。それに、かっこいい。

 スコアボードに0が並んでいく。どうやら、もう九回の裏らしい。ここで点をいれなかったら試合は引き分け。最後の攻撃。打順は三番から。御幸は六番。
 三番の人が雄たけびをあげながらボールに食らい付く。バットの芯に当たった打球は、ヒットになった。それから四番の人も、ヒットを打った。ノーアウト一・二塁。チャンスだ。しかし、五番の人はゴロゴロとしたボールを打って、相手の守備がうまくさばく。あれ、一気にアウトのランプが二つ光った。どうやら今のはゲッツー、またはダブルプレーというらしい。一塁にランナーがいて、内野ゴロを打ったときはゲッツーと覚悟するしかないんだって。周りのおじさんが解説してくれた。うーん野球って難しい。とにもかくにも、二アウトになってしまった。二塁ランナーは三塁に進んでいて、二アウト三塁。ここで、バッターは……

「ここで御幸か!」
「今日は良い当たりないからなぁ」
「打ってくれよ、御幸〜!」

 OBの人も声をより一層大きくしている。御幸、いっぱい期待されてる。三塁の人が帰ってきたら、サヨナラ勝ちらしい。投手が振りかぶる、そして御幸もタイミングを合わせてバットを振る。空を切る……空振りだ。「はぁあ、私なんだか緊張してきたよ!」友達が隣でお祈りをするように両手を重ねている。大袈裟な、なんて思ったけれど実のところ私もちょっと緊張している。御幸は緊張してんのかな。いや、むしろ楽しんでそう。

「初球から狙っていくな」
「打てー!」

 みんなが見守る二球目。投手が振りかぶる、御幸もバットを振る―――カキーーーン! 高らかな金属音と共に白球はまっすぐ、まっすぐ伸びてゆく。それはどこまでも伸びていって、外野の頭上を越えて―――

「ホームラーン!」

 審判が、手をぐるぐると回した。

「おお! さよならホームラン!」
「すごい、御幸くんすごい!」」

 ベンチからたくさんの拍手が湧き出る。御幸はホッとした表情で、ベースをひとつひとつ踏んでいった。ホームベースを踏んで、仲間にもみくちゃにされると嬉しそうに顔を緩ませた。わあ、良い景色だなーなんて思っていたそのとき、ふと御幸の視線がこちらのベンチに向いた。OBさんの拍手に応えようとしたのだろうけど、どうやら私の姿を見つけたらしい。すっごい目を丸くさせてた。ぷくく、なんて顔してんの。



 練習試合が終わって、私は御幸をずっと待ってた。友達に待っておきなって言われたから。勝手に帰ったら御幸くん怒るよって。だからグラウンドの整備とか、ミーティングが終わるまでずっと待ってた。それらがすべて終わったら、御幸はダッシュでこっちへ来てくれた。別に、急がなくても、いいのに。

「ごめん、待たせた」
「んーん。全然」
「ったく……お前、いつから来てたんだ?」
「二回くらいから」
「はぁ……来るなって言ったのになぁ……」
「だから内緒で来たんでしょ。来るって言わなかったら空回りも何もしないじゃん」
「お前が見てるなら全打席打ってやりてーくらいだっての」

 頭をぽんぽんと優しく叩かれる。ふわりと香る御幸の匂いはちょっと、汗くさい。それが、なんだか新鮮で。

「空振り三振、二回してたね」
「ははっ、見事に」
「……別にかっこ悪くないんじゃないの」
「ん?」
「いや、あの、なんていうかさ、ほら? ね? 全力でやってる人はみんなかっこいいっていうかさ、だから、その、御幸も頑張ってたし、かっこ悪くないし、むしろかっこ良かったなって、私はお…もいます…けど………」
「……………」
「…う、う、う、うわっ! 何言ってんだ私……キモ……。 ごめん御幸、今の私めちゃくちゃキモかったよね!?」
「落ち着けって」

 マジで何言ってんだろ自分気持ち悪過ぎて死ねる。御幸に絶対引かれた。無理。自己嫌悪にまみれていると、地面にぽたりとひとつの雫がこぼれた。決して私の涙ではない。その正体をたどると、それは御幸の額から頬へ伝っていた汗だった。あ、タオル……今持ってないのかな。私は急いでカバンをガサゴソと探す。………あった!
 私より二十センチくらい高いところにある御幸の顔めがけてタオルを投げた。「いでっ」「汗、ふいて」「ん、おまえのやつ?だよな」「うん」「珍しく優しーな」「は? うざ」「はは、うそうそ。ありがとな。洗って返すわ」「……うん」私のタオルが御幸の肩にかけられているのが、なんか、すごい、嬉しい。

「一緒に来てた友達は?」
「先に帰った」
「そっか、送ってやりたい気持ちは山々なんだけど……」
「まだやることあるんでしょ、お気になさらず」
「ん……気をつけて帰れよ」
「うん」
「……じゃあ、な。来てくれてあんがと」
「あ、御幸待って」
「ん?」
「あの、さ」

 勇気を振り絞って、私は御幸の目をまっすぐに見つめた。「最後のホームラン、かっこよかった。ちょっと惚れ直した!」そう言うと、御幸は顔をきょとんとしながら固まった。うーーーーんダメ! 恥ずかしすぎて死にそうだ! 私のライフゲージはもう尽きている!

「そ、そんじゃ! またねグッバーイ!」とりあえず体育の授業で五十メートルのタイムを計る並みに全速力で私はその場を去った。明日どんな顔で会えばいいんだよう。


160703
彼女には「かっこ良いところを見せたい」というより「かっこ悪いところは見せたくない」の方が強いちょっとヘタレな御幸

   

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