10.
劇作家になるのがずっと俺の夢だった。
ようやくその夢に近づく第一歩を踏み出し、俺はMANKAIカンパニーに入団を果たした。
この劇団は想像以上に重たいものを背負っているらしく、早くも俺は入団する場所を誤ったのかな…と少し不安に苛まれた。
けれど、一度自分が決めたことは最後まで責任持って果たさないといけない。入団したからには、絶対に自分の書いた物語で劇を成功させてやる!
…そう意気込んだのが昨日のことだった。
少し話は変わるが、このMANKAIカンパニーは団員数が数えるぐらいしかいない。けれど、裏方の役職の人を含めて、この劇団はなかなかキャラの濃いメンバーが集まっている。
その濃いキャラたちの中心に当たるのが、本日作曲家に任命された**さんだ。彼女自身は曲を作れるということ以外に特別目立つ部分はない。
ただ…彼女を取り巻く人物が皆濃い…。
真澄は盲目と言う言葉がぴったり当てはまるぐらいアタックを仕掛けまくるし
監督は大事な先輩を取られまいと奮闘すべく時々暴走するし
さっき出会ったばかりのシトロンは、出会って数分で求婚するし…
……自分で言うのも何だが、今の劇団内の良心って俺と咲也ぐらいなもんじゃないか?
あまりにも濃いメンツに囲まれる彼女が、何だか可哀そうに見えてくる。
…それほど、**さんは人を惹きつける何かを持っているということなんだろうけど。それは何となく俺自身も分かる気がする。
不思議な人。
昨日、たった数分しか話せなかった中で、俺は**さんにそんな思いを抱いた。
人のために自分の身を犠牲にする姿に、どこか世話焼きの自分と重なるところを感じる。だからこそ、放っておけないと感じるのかもしれない。
俺がサポートできるところは守ってやらないと…。
真澄とシトロンに挟まれて頭を抱えながら歩いている彼女の後姿を見ながら、俺は一人改めて決意を胸にした。
10.
念願の新入団員をゲットして喜ぶ暇もなく、私はガンガンと痛くなる頭を押さえた。シトロンさんに何度も「気にしなくていい」という思いを伝え、遠回しに断っているが…彼は真面目なのか一途なのか「娶る」と言って聞かないのである。
「**は照れ屋さんネー!これがジャパニーズナデシコヤマト、だネ!」
「いや、それとは違うと思うんですけど…。と言うか照れてるんじゃなくてですね!」
そういったやりとりを幾度となく繰り返すも、シトロンさんは求愛行動を止める気配がなかった。それに対して牙を向く猛獣が二人を何とか宥めながら、別の場所でストリートACTをすること数時間。辺りは夕陽が照らし始めた。
(なんか…今日、疲れた…)
昨日と違い、ストリートACTにも参加していない。だと言うのに私は心身共にぐったりとしていた。嗚呼、早く帰ってハルに癒されたい…。
その想いが通じたのか、いづみが「今日はこれぐらいにしようか」と切り上げてくれた。
「お、オレっまだやれます!」
「無茶はいかんよ咲也くん!!冷静になろう!私の為にも!!」
「**さん、何でそんなに必死なんすか…? まあでも、闇雲に時間かけても皆通り過ぎてくだけじゃね?」
「急がば回せって言うネ、回してみるヨ!」
「わわわ!?し、シトロンさん!オレを回すのやめてください〜!」
何故か突然お代官ごっこを始めるシトロンさん。それを言うなら急がば回れ…しかも、遠回りするって意味なんだけど…。
咲也くんには申し訳ないが、楽しそうなシトロンさんへの突込みは放棄し、次の計画を考えることにした。
「綴くんはどうやって団員寮付の劇団を探そうとしたの?」
「そこの駅前の掲示板に劇団の宣伝とか、寮とかシェアハウスの物件情報が載ってるんで、それを見たり……」
そう言って綴くんが指を指したところに、駅前の掲示板と、丁度その掲示板を見ている人物を発見した。もしかして、劇団を探しているのかしら…?
ちょっと声を掛けてみようかと思ったが、それよりも先にシトロンさんに回され過ぎてふらふらになった咲也くんが掲示板の方へ……って、アレ危ないんじゃないか?
「ちょっ、咲也くん」
「―――痛っ」
「す、すみません!目が回ってしまって!」
案の定、足取りの覚束ないまま咲也くんはぶつかってしまった。慌てていづみが駆け寄っていき、一応保護者的な立場で頭を下げた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「え、ええ」
「オー!サクヤのミスはワタシのミスよっ」
「お気になさらず」
そう言ってにっこりと笑う男性は、何だか『デキる大人』という雰囲気が漂うエリートサラリーマンっぽかった。
特に大きな問題にも発展しなかったことに胸を撫でおろしつつ、私は気になったことを恐る恐る問いかけた。
「あの…もしかして、この辺りで住む物件をお探しですか?」
「え?ええ、まあ。そうですが…貴方は?」
「あ、私はMANKAIカンパニーという劇団の作曲家を担当する、△△**と申します。現在、当カンパニーでは住み込みの団員を募集しておりまして、もしご興味があればどうかと思ったのですが」
「住み込み…」
「団員寮があるんです。稽古に参加して公演に出て頂けるのでしたら、寮費と食費はタダです」
いづみが補足してくれた内容を聞いて、サラリーマンの人の目が興味深そうに輝いた。
「それは一人部屋でしょうか?」
「いえ、基本的には二人一部屋で、バストイレは共同です」
「二人部屋ですか…。荷物が多いので、一人部屋でないと厳しいですね」
サラリーマンの人の顔が曇った。せっかく良い傾向だったのに、このままだと折角の団員確保のチャンスを逃してしまう。
それを懸念したことが伝わったのか、「あ、あの!」と咲也くんが声を上げた。
「オレ、今一人部屋です。春組用の部屋があと一部屋余ってるし、そこを一人で使ってもらったらどうでしょう?」
「咲也くんとシトロンくんは二人部屋でもいい?」
「大丈夫です!」
「ワタシもオッケーだよ。ジャパニーズタコ部屋憧れてたネ!」
「よしっ。――と、いうわけで、一人部屋も可能です!」
「それなら、詳しいお話を聞かせてください」
交渉成立。サラリーマンの人がにっこりと良い笑顔で乗ってきてくれた。やった…これで当初の目的である、春組結成に必要な団員5人確保することが達成した!
自分のことのようにじんわりと喜びが広がり、思わず口元に笑みが浮かんだ。それをじっ…と見てきた真澄くんが小さくため息をつく。
「外国人の次はリーマン……俺も就職する」
「真澄くんはまず高校卒業してからね。でも、嬉しくない?仲間が増えたのよ?」
「別に…。俺はアンタがいればそれでいい」
「あ、あのね…。私は劇団員じゃなくて、裏方なの。私だけじゃあきみの演劇は完成しないのよ?」
「どうでもいい。」
「いや、どうでもよくないから!」
「真澄〜、お前ちょっとは**さん以外にも興味持つか、せめて目を向けろよな?」
「うるさい…。俺の勝手」
刺々しい物言いに、思わず綴くんと一緒にため息が零れる。うーん…好意を向けてもらえるのは有難いけど、これは前途多難だなァ…。
向こうでいづみが「団員寮で詳しくお話をしますね」とサラリーマンの人に話しているのを見ながら、遠い目をする。
「―――なあ、聞いたか?隣町の〇〇市で火事だってよ!」
「え、マジで!?それ、今日?」
「今日っつーか、なんか今らしいぞ」
…ふと近くを通りがかった高校生ぐらいの男子二人の会話が耳に届く。人の行きかいが多いビロードウェイではそこら中で人々の話声が飛び交うため普通ならスルーするが…今の話の中で気になった単語があった。
(〇〇市…って、私の住んでるところ…?)
悪いとは思ったが、高校生たちの話を盗み聞きする。まさかとは思い、耳に神経を集中させる。
「どこが燃えてんの?」
「んー…マンションみたいだけどなァ」
「うわ、マジかよ!マンションとかめっちゃ人いんじゃん。うわー…巻き込まれとかあったら最悪」
マンション…? ……いや、そんな、まさか……。
そんな筈はない。そう思うのに、何故か私の背中に嫌な汗が流れる感じがした。固まっていると、突然目の前に綴くんの顔がひょこっと現れる。
「**さん?どうしたんすか、何か顔色悪いですけど…具合でも悪くなりました?」
「え? あ、いや……」
顔に出ていたようで、心配そうな声に首を振った。隣にいた真澄くんも異変を感じたようで「どうしたの?」と顔を覗き込んでくる。
「ご、ごめん… ちょっと」
二人に断って、私は鞄からスマホを取り出した。サイドボタンを押してスリープモードを解除すると、パッとスマホの画面が明るくなった。その画面を見て驚いた。
…不在着信?しかも、マンションの管理人さんから。10回近くかかってきている不在着信通知に、更に嫌な予感が過ぎった。
「ちょ、ちょっと…電話、していい?」
「え?あ、はい。」
「**先輩、どうかされました?」
サラリーマンの人を連れていづみが戻ってくる。いつもなら可愛い後輩の声を無視しないのだけど、さっきから煩い心臓に負け、今は彼女の問いかけに返さないまま通話ボタンを押す。
コール音が4回鳴り、相手とつながった。
『――あ!**ちゃん!?やっとつながった…!』
「管理人さん?すみません、所用が立て込んで出られなくて……あの、どうされました?」
電話越しから慌てた様子の管理人さんの声が聞こえる。
『そ、それが大変なの!今うちのマンションが火事になっててッ、今消防が向かってきてるところなの!』
「か、火事!?え、大丈夫なんですかっ?」
嫌な予感は的中してしまったようで、さっきの高校生たちの会話のマンションは私が住んでいる所だったらしい。私の発した言葉に周りの皆が驚き、聞き耳を立てている。
「**さんの家が火事になったんですか…!?」
「オー…これは大問題ネ」
『それが、結構な惨事になっちゃってて…**ちゃんの所の下のお部屋が火事になってるの!住民はすぐに避難したんだけど、**ちゃんの部屋にも火が届きそうで…』
私の、部屋…?それを聞いて、大事な愛犬を思い出して息を飲みこんだ。
「は、ハルは…?管理人さん、ハルは!?」
『え?…あ…!そ、そう言えば**ちゃん、わんちゃん飼ってたわよね…?』
「そ、そうです!ハルは今日家に置いてきてるんですっ。あの子はゲージに入れたままで…!」
『わ、分からないの…。住民は皆逃げ出したんだけど…』
管理人さんからの言葉を聞いて、全身の血の気が引いて行った感覚を感じた。
「すぐに行きます」とだけ伝えて震える指で通話を終了する。近くで聞いていたいづみに掴みかかる勢いで振り返る。
「い、いづみッ。私、帰る…!い、家が…ハルがっ」
「せ、先輩落ち着いて!すぐに帰られたほうがいいと思いますっ。」
「あのっ、**さんの住むマンションは此処から遠いんですかっ?」
「そ、そんなに遠くない…〇〇市だから…… で、電車っ電車に乗らないと…!」
「いや、電車よりもタクシー捕まえたほうがいいんじゃないんすかっ?あ、でも…どのみち駅まで行かないと無いか…」
「――俺の車を出しましょうか?」
そんな言葉が聞こえ、パッと顔を上げると、そこには先ほど知り合ったばかりのサラリーマンの人が。
「〇〇市なら、車だと一本道で行けます。すぐそこに車があるので、乗ってください」
「い、いいんですか…?っお願いします」
「あ、あの!オレも一緒に連れて行ってください!」
「俺も行く。アンタを一人にできない」
「ワタシも一緒にお友だちするヨー!」
「お供、だろ?いや、流石にこの人数は…」
一緒に着いてこようとする面々に綴くんが苦い顔をする。有難いけど、今は言い争う時間も惜しい。早く向かいたい気持ちを汲み取ってくれたのは、長年付き添ってきた後輩――いづみだった。
「全員は無理です!私が行きたいですけど、新入団員のシトロンさんを連れていく役目があるので…… でも**先輩を一人にできません。代わりに、咲也くんに同伴をお願いします」
「! はいっ!」
「っ何で俺じゃないんだ」
「本当は未成年である君たちを同伴させること自体したくないの。親御さんからお預かりしている大事な身だから。…でも、今の先輩を一人に出来ないのと、咲也くんは唯一私の連絡先を知ってるから、向こうに着いたら連絡できる。」
「じゃあ今俺に監督の連絡先を教えて」
「そんなことをしている時間ないの!**先輩を困らせたいの?真澄くん!」
「…っ」
「先輩、こっちは私に任せて行ってください。咲也くん、連絡よろしくね。茅ヶ崎さん、先輩と咲也くんをお願いします!」
「お任せください」
それじゃあ、行きましょう。そう言ってサラリーマンの人(茅ヶ崎さんって呼ばれてたけど、それが名前なのかしら)が私と咲也くんを先導するように早足で動き出した。
「**さん、行きましょう!」と優しく手を引いてくれる咲也くんの手に甘え、少し足元がふらつきながら私は彼らに倣って走り出した。
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