「……ん…」

真っ暗になっていた視界に、ゆっくりと光が差し込む。
随分と眠っていたのか、すっきりとした目覚めができた。窓から見える空はまだ明るんできたばかりなのが見える。
起き上がると、布団の近くに見慣れない服が畳んで置かれているのに気づいた。恐らく、いづみだろう。
届けてもらったのに眠ってしまっていた…申し訳ない。

(昨日お風呂入れてなかったし…シャワー浴びてこようかな)

ハルはまだ夢の中のようで気持ちよさそうに寝ている。起こさないように、昨日コンビニでこっそり買った下着と服の替えを持って部屋から出た。





13.




「あ”〜…さっぱりした」

我ながらおっさんくさい掛け声だ。ドライヤーが見当たらなかったから自然乾燥に任せて、私は談話室へと来ていた。
時刻はまだ朝の5時。昨日おにぎりしか食べていなかったお腹が空腹を知らせて限界がきている。
冷蔵庫の中を確認すると、まあカレーの材料があるわあるわ…。

「これ、買い揃えたのいづみね…。一体何日カレー耐久する気なんだろう」

そっとそれらから目を反らしながら他の材料を確認する。炊飯器の中では現在進行形で米が炊かれていて、あと30分で炊きあがる。折角炊いてくれているなら、パンではなくご飯を使いたい。…いづみはカレー用に炊いたかもしれないけど、朝からカレーは重たい。

「今日、平日か。学生組は学校があるわよね?」

なら、皆の分の朝食もついでに一緒に作っておくか…。苦手なものとかあるかもしれないけど、その時は食パン焼くか、昨日のカレーを食べてもらえばいいだろう。
勝手に冷蔵庫の中から食材を拝借し、髪を結んで調理に入る。メニューは簡単な物ばかりだから時間もかからずにほとんど出来上がってしまった。
空腹が限界だったから私はキッチンで立ったまま先に朝食を済ませる。いつの間にか時刻は6時近くになっていた。

(早い人はそろそろ起きだして準備してるかしら)

朝食が思ったよりも早く終わったから、おかずを幾つか別に寄せる。そうこうしていると談話室に人の気配が近づいてきて、扉が開かれた。

「――あれ!?**先輩?」
「いづみ、おはよう。昨日は服届けてくれてありがとう。起きてきたのはいづみだけ?」
「え、あ、他の皆も今顔洗ってましたっ」
「そっか。朝練あるかと思って、先に朝食済ませられるように作ったんだけど…後の方がいいかしら?」
「朝食作ってくれたんですか!?わあ…助かりますっ。綴くんは今朝作るのは無理で、朝練前にお腹に何か入れたほうが頭も冴えるので!」
「そう?良かった。じゃあ、ご飯よそうわね」
「手伝います!」

いづみの有難い申し出にお礼を言って、白ご飯をよそったり運んでもらう。その間に私は卵焼きを焼いていると、談話室の扉からぞろぞろと人が入ってきた。

「おはようございます!」
「おはようっす〜」
「ぐー…」
「真澄はまだオツムだヨ〜」
「いや、お眠でしょ…。あれ?今朝は監督たちが作ってくれたんすか?」
「ううん。**先輩が用意してくれたの!」
「**が、作ったご飯…?」
「うわっ。真澄のセンサーが反応して起きた…!?」
「**の手作りご飯のパワーは偉大ネ!」
「あはは…そんな大したものじゃないですけど。私は先に済ませたから、いづみも食べて」

それぞれが椅子に座り、「いただきます」の掛け声と一緒にご飯を食べ始めた。出来上がった卵焼きからテーブルに置きに行く。出汁巻き卵にしたかったけど、出汁の素がなかったから今日はシンプルに塩のみ。味付け用にマヨネーズと醤油も用意しておいた。

「**さんのご飯、美味しいです!」
「はあ…朝から味噌汁が飲めるって幸せ…」
「綴くん、本当に19歳?具材が少ないから質素なものだけど…」
「アンタの手料理…幸せ……」
「こっちはこっちで違う幸せに浸ってるし…。ほんと、器用だね。きみ」
「白米、美味しいヨ〜!」

ずっと一人暮らしだったから、こうやって賑やかな食事風景を見るのはすごく新鮮だ。あっという間に空になっていく食器を見て思わず感嘆のため息が零れた。
食べ終わった食器の片づけをしている間に稽古場で朝練が始まる。皆が稽古場に行っている間に、私はとある悩み事を考えていた。

(作曲の機材…どうしよう。全部燃えてなくなっちゃったし…)

そう…私がこの劇団で役に立っていくためには絶対に必要な不可欠な物。これがないと作曲ができない。
旅行に行ったり普段からあまり使ったりしていないので、これまで溜めてきた貯金はまあまあある。けれど、生活に必要な日用品やらも買うとなると、恐らく足りなくなってくる。
これは流石に、実家に仕送りを頼むほかなさそうだ…。事情が事情だし、何とかなるだろう。

片づけが終わった頃、朝練が終わった学生組がバタバタと戻ってきた。

「**さん、オレ達そろそろ行ってきます!」
「ん、気を付けてね。」
「はい!真澄くん、ほら急ごう!」
「ん…行ってきますのちゅーは?」
「あるか。」
「真澄くん!ほらっ、遅刻しちゃうよ!」
「うるさい…引っ張るな」
「咲也も大変だなァ。じゃあ、俺も行ってきまーす」
「三人とも、行ってらっしゃい!」

律儀に挨拶をしながら三人は忙しく登校していった。三人の姿を見送ると、後からのんびりといづみとシトロンさんが出てきた。

「二人とも、お疲れ様。お茶どうぞ」
「ありがとダヨ」
「すみません。いただきます」
「朝早くから頑張ってるわね」
「はい。これぐらいしないと…いえ、これでもまだ間に合うか分からないので」

談話室のソファに三人で座り、お茶を飲みながらゆったりと会話をする。

「そう言えば、今回のテーマをまだ聞いてなかったわね。何に決まったの?」
「ロミツリーだヨ!ワタシの国でも有名ネ」
「ろみ、つりー…?新しいクリスマスツリーの名前か何か?」
「違います!ロミジュリっ、ロミオとジュリエットのオマージュしたもので、今回はロミオとジュリアスと言うお話です。」

どうやら男団員だけで出来るよう、女役のジュリエットをジュリアスと言う親友の男キャラに替えて行うらしい。どんな内容かはこれから決まるらしいけど、聞いてるだけで早くも面白そうだと思った。

「**先輩、今日はどうされますか?曲作りの前に、色々と揃えないといけないですよね」
「ええ。今日は日用品の買い出しに回ろうかと思うんだけど…。作曲に当たって、機材も揃えないといけないから、金銭面の部分で今晩親に連絡して助けてもらおうと思うの」
「あっ。そっか…機材も何もなくなっちゃったんですもんね。すみません、そっちの方で助けられず…」
「ううん、大丈夫。いざとなったらかき集めてくるから」
「**は今日、お出かけするノ?」

お茶のおかわりに立った時、シトロンさんがソファに座ったまま上目遣いでこちらを見てきた。長身のシトロンさんの上目遣いってレアだな…と、変な優越感に浸ってしまう。

「はい。私とハルの身の回りの物を揃えなきゃいけないので」
「それならワタシも一緒に行きたいネ!干物持ちするヨ」
「…? えーと……もしかして、荷物持ちですか?」
「オー、惜しかったネ。それネ!」
「それは、嬉しいですけど…でも、いいんですか?今日、色々と見て回るので荷物多くなりますよ?」
「ナラ尚更ネ。荷物多いなら男手あった方がいいヨ。それに、昨日ワタシは**に着いて行ってあげられなかったカラ…今日こそはお友だちするネ」
「お友だち… あ」

お供、のことだろう。その言葉を聞いて、昨日シトロンさんも火事の現場に着いてきてくれようとしていたことを思い出した。
彼なりに気を遣ってくれているんだ。にこ、と見せる笑顔は嫌々見せているものではなさそうだし、それならここはお言葉に甘えよう。

「じゃあ…お願いします。正直、荷物の量が多そうなので、誰か一緒だと助かります」
「オーケー!泥船に乗ったつもりで任せてヨ!」
「沈む沈む。かちかち山の狸になっちゃう。大船、ですよ!」
「なるほどネェ。勉強なるヨ〜」

これは今日、シトロンさんと密着日本語レクチャーしながらの旅になるな。
想像するだけで疲れそうだけど、シトロンさんの人の良い笑顔を見てると、それも楽しみになってしまうから不思議だ。

「先輩。私は今日、支配人と打ち合わせをして今後の活動方針やスケジュールを組み立てていますので、何かあったら連絡してください!」
「ええ、了解。いづみ、私が出かけている間、ハルの面倒を見ててもらってもいい?」
「もちろんです!」
「お願いね。じゃあシトロンさん、まだお店も開いていないので、10時頃に出発する形で良いですか?」
「分かったヨ」

私は一旦部屋に戻ってハルのお世話と準備をしてくることを告げ、談話室から出ていった。
今日買うものをリストにまとめあげ、出かける準備をするとあっという間の約束の時間がきた。



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「それじゃあ、行ってきます」
「お土産買ってくるネー」
「行ってらっしゃい!気を付けて」

いづみに見送られ、私とシトロンさんは約束の時間通りにMANKAI寮を出た。

「ン〜〜っ、いい天気ネー。最高のデート日和だヨ!」
「あはは。シトロンさん、女性の扱いが上手そうですもんね。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそダヨ。さ、先ずはどこ行くネ?」

今日は昨日のように顔にターバンを巻いておらず、陽の下でその綺麗な顔が惜しみなく照らされている。綺麗なグレーの瞳が覗いてくる。

「とりあえず、お金を引きたいので銀行に行きましょう!それから店を回る感じで行こうかと思います。」
「オー…そのメモ用紙見るだけデ、今日の買い物がハードな予感がするネ」
「何もかもぜーんぶ無くなっちゃいましたからねェ。今の私に残っているのは服一着とハルだけですからっ」
「ふむふむ。今の**はゲームスタートしたばかりのレベル1の主人公ネ!」
「そうですね。装備品ゼロの村人を勇者に仕立てるために必要な資材を買いあさるので、覚悟してくださいねっ」
「オー!オレ爽やかにだヨ〜!」
「ん…んん?これは難題……おれさわやかに…おれさわやか……… あ!お手柔らかに、だ!」
「それだヨ!**は賢いネ〜、いい子いい子」

問題に正解した子どもを褒めるように、シトロンさんが頭を撫でてきた。不思議と心地よく感じ、私は嫌がりもせずにそれを受け入れる。
暗い話題になりそうでも、シトロンさんの不思議なオーラが楽しいものに変えてくれる。多分、私とそれほど歳は変わらないだろうけど、不思議と傍にいて落ち着く人だ。

「**、銀行はどっちネ?」
「えっと、駅の方面なので…あっちですね!」
「あっちダネ。それじゃあ、行こうカ」

シトロンさんは自然な流れで私の手を取り、ゆっくりとした歩調で進みだした。
外国人だからこそ余計に感じる王子様のような雰囲気と素晴らしいエスコートに、「おお…」と感動の声が漏れる。
私たちは他愛もない話をしながら目的地へ向かって歩き出した。
今日は楽しい一日になりそうだ。


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