14.
シトロンさんとの買い物は想像以上に楽しかった。
「うーん…シトロンさん、こっちとこっちならどっちの方がいいでしょう?」
「そうネー。**ならコッチの色が似合うと思うヨ」
「本当ですか?ちょっと派手じゃないですかね…?」
「そんなことないヨー!**ももっと花屋さんな服着ると綺麗なるネ!」
「華やか、ってことですかね。じゃあ、下はシンプルな物にしましょうか」
「それナラ、これはドウ?春らしいカラーで、ワタシ好きネー」
「あ、いいですね!トップスと色も似ててコーデしやすそう」
女性物のファッションショップに一緒に入るのは抵抗があるかと思ったが、シトロンさんはノリノリで一緒に服を選んでくれた。
しかもその甘いマスクと紳士な立ち振る舞いで店員さんからも気に入られ、なんと値引きまでしてもらう始末…。シトロンさんパワーの凄さに感動と感謝の嵐だった。
午前中に一通り服や下着類を購入することができた。(流石に下着は一人で選んだ)
袋も多くなったのに、ほとんどをシトロンさんが持ってくれている。
「シトロンさん、荷物すみません。重くないですか?」
「ダイジョブ、モーマンタイネ〜!」
「何でそんな変な言葉知ってるんですか!?」
平均レベルの日本語が怪しいのに、シトロンさんは時々不思議なチョイスをしてくる。
それに突っ込んでいると、自身のお腹から小さく音が鳴った。時計を見ると、時刻は12時を少し過ぎたところだった。
「シトロンさん、そろそろお昼にしましょうか。どこかで食べましょう」
「そうダネ〜。**、どこ行きたいネ?」
「うーん… 今日はパスタを食べたい気分、かも?パスタとかどうです?」
「いいネ!アツアツの麺をずるずるっとネ!」
「……シトロンさん、多分今イメージされているのはラーメンの方でしょう。と言うかパスタは外国にもあるから流石に分かるでしょ!?」
「ム。バレてしまったネー… **のツッコミ欲しさに貪欲が出たヨっ」
「欲が出た、です。めちゃめちゃ欲望強い人みたいになっちゃってますよ」
シトロンさんと漫才のような掛け合いをしながら目的のパスタの店に来る。
お昼時と言うこともあって、少し人が並んでいた。モール内の他の店にしようかとも考えたが、多分どこも同じだろう。
予約の記入をしてからベンチに座って待つ。
その間もシトロンさんと何気ない話をしていると、尿意が徐々に高まってきた。
「シトロンさん、少しだけお手洗いに行ってきてもいいですか?」
「モチロン。ワタシ、ここで待ってるカラ。行ってオイデ」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと行ってきますね!」
シトロンさんに見送られ、私はトイレを探しに席を立った。
14.
「意外にトイレ遠かったな…。早くシトロンさんの所に戻らないと」
思ったよりも距離があり、トイレを終えて急ぎ足でフードコートへ戻る。
順番もう来てるかしら…シトロンさんを待たせてたら申し訳ない。
急がなきゃ、と気持ちが焦って角を曲がった時、丁度曲がり角を曲がった人と軽くぶつかってしまった。
「あっ」
「わ!?すすす、すみませんっ!――あわわっ」
バサバサ、と悲鳴の後に紙の音が聞こえた。見ると、私がぶつかった相手が持っていた本がたくさん散乱していた。
慌てて一緒にしゃがみこんで拾うと、相手の人が「ご、ごめんなさいっ」と頭を下げてきた。
「こちらこそ、ちゃんと前を見てなくてごめんなさい。怪我しなかった?」
「い、いえ!そんなっ。僕の方こそグズでノロマでナメクジみたいな鈍足で歩いてたから迷惑かけちゃって…」
「ちょっ、何もそこまで卑下しなくても…。はい、これで全部かしら」
「あっ、ありがとうございます…!」
最後の本を渡した時、初めて相手の子をちゃんと見た。珍しいピンクの髪の毛に白い肌は女の子かと思ったが、ファッションや体格を見る限りどうやら男の子らしい。
ちら、と見えたが、落とした大量の本も有名な少女漫画ばかりだった。あらまあ、可愛らしい。
若さと目の保養にぽけーっとしていると、男の子がサッと顔を青くした。
「ああっあの…すみません。気持ち悪いもの、見せちゃって」
「え?」
「男のくせに、少女漫画なんて……変、ですよね。すみません…早く離れないと、お姉さんまで変な目で見られちゃいますよねっ。それじゃあ」
「ちょ、ちょっと待って!」
一方的に頭を下げて去って行こうとする男の子を見て、咄嗟に手を掴んで止める。
突然知らない人に触られて嫌だろうと思ってすぐに離したが、男の子は逃げずに恐る恐るこっちを振り向いていた。
「その…男の人が少女漫画を読んでも、別に可笑しくないと思うわよ?そもそも、好きになる物に性別なんて関係ないと思う」
「そう、でしょうか…?でも…」
「まあ聞いてよ。私も女だけど少年ジャンクとか男性向けのエロ本とか普通に見たりするわよ?」
「ええ!?そそっ、そうなんですか!?」
「そうそう。それに、世の中には男同士の恋愛を好きになる女性もいれば男性もいるんだから。今のご時世、少女漫画を読む男の子なんて珍しくないよ。寧ろ可愛いじゃない、ピュアで」
「でで、でも…さっき、お姉さん僕の本じっと見てましたよね…?」
「ああ、それは…。純粋な恋愛物語をこんなに可愛くて若い子が読んでるんだなァ、って見てたら癒されちゃって…思わず凝視しちゃったの。気を悪くさせたのなら、ごめんなさいね」
「そ、そうだったんですか…」
男の子がホッと息を吐いたのが見て分かった。
…今更だけど、こんな若い子に対して「エロ本見てる」なんてすごいセクハラ発言じゃないか?
今度は私の方が嫌な汗をかいていると、目の前の男の子が嬉しそうな笑顔を見せた。
「気持ち悪いって思われてなくて、良かったですっ。よく、友だちから馬鹿にされるので…今日も、誰かに見られないかなってコソコソ買いに来てて」
「そっか…年頃だもんね。色々と大変なのね。」
「はい… でもっ、お姉さんが言ってくれた言葉…すごく嬉しかったです!僕みたいなきもくてモヤシでしなびたキノコみたいな男でも、少女漫画を買っていいのかな…って思えましたから」
「どこぞの配管工ゲームにでも出てきそうな名前のキノコね…。ま、自分の好きな物だもの。人目を気にするな…って言うのは難しいだろうけど、存分に好きになって楽しんでね」
「ありがとうございます!…あの、僕向坂椋って言います。良かったら、お姉さんのお名前を…おっ教えて、もらえませんかっ?」
椋くん。髪の毛だけじゃなく、名前も珍しい。
どうして私の名前なんて知りたいのか分からないけど、先に名乗ってもらった以上答えないと失礼だろう。
「私は△△**よ。よろしくね椋くん」
「**さん… はい!宜しくお願いします!」
「うん。…っと、ごめんね。私人を待たせているから、そろそろ行かないと」
「あわわっ、そうなんですか!?ご、ごめんなさい!僕みたいなチビで間抜けで…」
「むーくーくーんー。きみのその直ぐ自分を卑下する癖止めよう?そんなこと誰も言ってないわよ」
「あうっ。す、すみません」
再びネガティブの渦に落ちてしまいそうな彼に苦笑し、頭をぽんぽんと撫でる。見た目通りのふわふわの髪の毛だ。
「私が言えた義理じゃないけど、帰り道もぶつからないように気を付けてね」
「は、はい!…あ、あのっ…また今度会えたら、その時はゆっくりお話し…してくれませんか?」
「うん?勿論。私で良ければ」
「うっ、嬉しいです…!そ、それじゃあっまた。ありがとうございました!」
椋くんは笑顔と共に手を振りながらモールの出口へと駆けていった。はあ…ここ最近若い子とお話できる機会が増えて潤いが与えられている…。
ほくほくと内心喜びながら、シトロンさんのことを思い出して私は再び走った。
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「たくさん収穫あったネー!」
「はい!シトロンさんのお陰で、たくさん買い物ができました。本当にありがとうございました。色々振り回しちゃって、すみません」
昼食も終え、午後からは私の日用品とハルの日用品を買いに回った。もうお互い両手は塞がっていて、今日一日の収穫が大量だったことが一目で分かる。
私も疲れたが、それ以上に振り回されたシトロンさんも疲れていることだろう。
お礼を言うと、彼は相変わらず柔らかい笑みを浮かべていた。
「全然気にしなくていいヨ。ワタシも遺文喧嘩できて楽しかったネ!」
「そんな物騒なことしましたっけ!?えー…遺文喧嘩……ああ、気分転換ですか?」
「そうそう!**はワタシの言葉何でも分かって凄いネ〜」
「あはは。おかげさまで、だいぶシトロンさんの言葉が分かってきました」
「それは嬉しいヨ。」
「…?」
シトロンさんがスッと歩く場所を変える。
どうしてかと思ったけど…どうやら車道側が反対になったようで立ち位置を変えたらしい。
あ、あまりにもスマートすぎる…一瞬見逃しそうだった。
「シトロンさんは女性のエスコートがお上手ですよね」
「**のような素敵なレディと歩いていたら、自然とそうなるだけダヨ」
「世辞もスマート…。一体どれだけの女性を堕としてきたんですか」
「ふふ。どうだろうネェ。気になるナラ…教えてあげるヨ?**の為なら手取り足取り腰取りナニ取り教えるネ!」
「私にナニは付いとらんわ。どうやったらそんな卑猥なレクチャーになるんですか…」
「これで**とギシアンフラグ立つネ〜!」
「立つかああああ!!おどれの脳内はピンク色かッ!!と言うか、だから何でそんな変な日本語は知って―――」
「×××――?…×××…!」
……ん? 今、どこか外国の言葉が聞こえたような…?
聞いたことのない言葉が聞こえてピタリと言葉を止める。何だろう、と振り返ろうとすると、突然シトロンさんに腕を引っ張られた。
「うえっ!?」
「しっ。**、こっちへ」
シトロンさんは半ば強引に腕を引っ張って裏道へと入って行った。
驚く暇も説明される時間もなく引っ張られるがまま着いていくと、シトロンさんは路地の隙間に体を滑り込ませた。
「し、シトロンさん!?急にどうし―――」
「静かに。いい子だカラ、大人しくしてて」
パッと口を片手で塞がれ、シトロンさんは私の体を隠すように覆いかぶさってきた。
驚くも声も出せず、そのままどこかを睨んでいるシトロンさんを黙って見上げる。こんなに真剣な表情のシトロンさんは見たことがなかった。
どれぐらいそうしていたのか。時間的には5分も経っていなかったが、私には途方もないぐらい長い時間そうしていたような錯覚を覚えた。
暫くすると、シトロンさんの眉間の皺がなくなり、ホゥと息が漏れたのを見た。そして私の方を見ながら、申し訳なさそうに口から手を除ける。
「ソーリー…**、痛くなかっタ?」
「い、いえ… ただ、吃驚しました。」
「怖がらせてゴメンヨ。もうダイジョブ」
「それはいいですけど…突然、どうしたんですか?何か逃げていたような感じに見えたんですけど…」
シトロンさんは困ったように眉毛を垂らせて俯いている。何か悩んでいるようだけど…。
黙って待っていると、ほんの少しの沈黙の後、覚悟を決めたような瞳が真っすぐと向けられた。
「……ワタシ、留学しに来たわけじゃないヨ。国から逃げて来たネ」
「…へ?に、逃げて来た…?」
「イエス。ニホンに着いてカラ、追っ手の姿見えなかったカラ安心してたヨ。でも…そうでもなかったみたいネ」
「じゃあ、さっきの外国語話してたのは…シトロンさんの」
「ウン。もうここまで来てたなんテ…」
一度、グレーの瞳が寂しそうに揺れた。
「ワタシ、**や劇団に迷惑かけたくないヨ。だから…ここでバイバイしたほうがいいかもしれないネ」
「え!?そ、それって…MANKAIカンパニーから出ていくってことですか?」
「そういうことになるネ…。名残り雪だけど、仕方ないヨ」
「名残惜しい、です。ちょっと待ってください。シトロンさんは何か悪いことをして逃亡してきたんですか?」
「違うヨ。ただ、奴らにとってワタシが目障りなだけダヨ」
こんなシリアスな場面でも言い間違いをする辺り、シトロンさんらしい…。いや、そういう場合じゃなかった。
「何も悪いことしてないなら、問題ありませんよ。いづみ達に説明すれば、きっと分かってくれます!私たちでシトロンさんが見つからないように協力しますから、出ていくなんて言わないでください」
「…どうして、そこまで言ってくれるネ?」
「だって、シトロンさんはもうMANKAIカンパニーの大事な仲間じゃないですか!シトロンさんがいなくなると、皆悲しみますよ。」
「……」
「シトロンさんとはまだ昨日会ったばかりですけど…この短い間の中で、シトロンさんがどれだけ良い人なのかを知りました。優しくて、場を和ませてくれて…… 私は、シトロンさんと一緒にいる時間が楽しくて、大好きです。だから…いなくなると寂しいですよ」
シトロンさんがいなくなってしまうと、折角揃った春組が早くも崩れてしまう。そうなると、劇団の存続も危うくなってしまうだろう。
どうか考え直してほしい。その一心でシトロンさんをじっと見つめていると、シトロンさんの口元がふっと弛んだ。
「**は…優しいネ。」
「本当のことを言っただけですよ。」
「そう、ネ…… ワタシ、**のパンティ見た責任も取らないといけないものネ」
「うんうん。………うん?」
「**の立派なムスコサンになる為に、まだまだハナムコシュギョーが必要ネ!ギシアンフラグも回収してないシ、ワタシもうちょっとMANKAIカンパニーに居るヨ〜!」
「お婿さんでしょ!!息子さんって一気に響きがシモになる!と言うか、ギシアンやめろと言うとろうに!!」
「オー、**は恥ずかしがり屋サンネー。ダイジョブ、ベッドの上でもワタシ紳士ダヨ!安心したギシアンできるカラ、モーマンタイネ!」
「口を閉じろアダルト王子いいいい!!さっきまでのシリアスな雰囲気どこ行った!?返せ!私の良い言葉を返せっ!!」
ついさっきまでの憂いを帯びたシトロンは消え失せ、いつもの自由人シトロンが帰ってきた。嬉しいはずなのに、留まってくれることに喜びたい筈なのに…!彼の口から出てくる卑猥な言葉のオンパレードに突っ込まずにはいられなかった。
ギャーギャー騒いでいると、突然おでこの辺りに柔らかい感触が降ると同時に軽いリップ音が響いた。
「……は?」
思わずピタリと動きが止まる。目の前にはにこにこと笑うシトロンさんがいた。
「心から愛しいと思った人に贈る、親愛のキスダヨ。それと…ワタシを必要としてくれたことへのお礼もネ」
そう言って、シトロンさんは慈愛溢れる笑みを向けてきた。
……やはり、女性の扱いに慣れている。一周回って冷静にそう感じた。
暫く固まっていたが、漸く我に返ると「ど、どうも…。そろそろ帰りましょうか」と絞り出すように声を出すと、シトロンさんも「はいヨ〜!」とノリノリで返してくれた。
シトロンさんの追っ手とやらに注意しながら路地裏を出る。
念のため私が先に辺りを見渡しながら歩道に出ると、後ろでシトロンさんが小さく呟いた。
「――シュクラン」
「? 何か言いました?」
「**のこと、もっと好きになったって言ったヨー」
「お、おう…。外人さんは日本人より積極的とは聞いたことあるけど…ぐいぐいすぎません?」
「これぐらい、じょうろ口ネ!」
「序の口、ですかね」
「そうだったネー」と長閑な声と共に、自然な流れで手を取られる。荷物を持っている為繋ぎにくいけど、シトロンさんからの好意を払うのも忍びなく、そのまま岐路についた。
そう言えば…結局、シトロンさんの国ってどこなんだろう?
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