15.
シトロンさんとの買い物を終え、部屋に荷物を運びこんで整理している内に、夕飯の時間になった。
談話室に顔を出すと学生組が帰宅しており「お帰り」「ただいま」のやり取りをする。
「ねえ、おかえりのちゅーは?」
「あるか。」
「お前…ほんとぶれないな。すげーよ」
綴くんも引いていた。朝と同じようなやり取りをしながら真澄くんのアタックを避けていると、丁度「お邪魔します」と至さんが寮にやってきた。
荷物が多い、と言っていた割にはそれほどの量じゃない手荷物に首を傾げると、「必要な物以外は週末に引っ越し業者に頼んでます」と言われた。なるほど。
「至さん、昨日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。色々と教えてください」
朗らかに挨拶をしていると、「今日はチキンカレーです!」と活き活きとしたいづみの声が…。
まあ、あれだけカレーの材料揃ってたらカレーよね。
今日も相変わらず美味しいカレーを食べ終え、皆は早速着替えて稽古場に行くことになった。
「**先輩、今日の稽古見に来ますか?」
「そうしたいのは山々だけど、ちょっと親に連絡したいから遠慮するわ。ついでに片付けしておくから」
「そうですか。すみません、じゃあよろしくお願いします!」
ひらひらと手を振って稽古メンバーを見送る。綴くんは稽古には参加せず、夕食を終えて直ぐに自室へと戻って行った。
どうやら今回の劇の脚本を綴くんが立てるらしく、彼はこの一週間稽古に参加せず脚本づくりに集中するらしい。昼間は大学行って、夜に脚本づくり…なかなかハードなスケジュールだな。
後でまた夜食でも持って行ってあげよう。
そう考えながら私は片づけを済ませ、親に連絡を取ることにした。
15.
「――と、言うわけで。今はMANKAIカンパニーで作曲家って言う役職でお世話になることになったの。暫くここに住むから」
『あんたねぇ…。そう言う大事な話は、もっと早くに連絡しなさい。火事に巻き込まれたって聞いて心臓飛び出るかと思ったわよ?』
「あはは…ごめん、ごめん。バタバタしてたら遅くなっちゃった…」
『もう…相変わらず呑気なんだから。』
電話越しから、久々のお母さんの声が聞こえる。やっぱり親の存在はホッとするものがあり、話しているだけで安心した。
『それで、いづみちゃんのお世話になるのよね?ご挨拶したいんだけど、いづみちゃんは今いる?』
「今、劇団の人たちと稽古に行ってるから。また今度改めてでもいい?」
『あら、残念…お話したかったのに。いづみちゃん、元気にしてる?』
「うん。監督なんて大変な立場に急になったのに、堂々としてる。張り切ってるわよ」
『そうなの。いづみちゃん、お父さんと同じお仕事に立つなんて…不思議なご縁ね。』
「そう、ね…。でも、初めてのことばかりでいづみも大変だと思うの。だから、私がサポートできるところは支えてあげたいと思う」
『ええ、そうしてあげて。あの子も気負い過ぎる子だから…あんたが気にかけてあげなさいね』
母もいづみのことは昔から知っている。親同士も仲良くなって、よくお互いの家に遊びに行ったものだ。
私が劇団に入ることにも抵抗なく受け入れてくれた。これなら話を持っていきやすい。
「それで…お母さんに相談があるんだけど。私が作曲家として曲を作る為に必要な機材がいくつかあるの。マンションに合ったものは全部燃えちゃったから、此処でお世話になる為に機材を新調しなくちゃいけなくて…」
『……ああ、なるほど。お金のことね?幾ら必要なの?』
「私の貯金は、生活に必要な日用品や家具とか服とか買うのに結構使うから、できれば、20ぐらい…。ちゃんと、後で返すようにするから!」
『…分かった。お父さんにも相談しておくわ。そちらでお世話になるに当たって必要な投資だって言えば、お父さんも分かってくれるでしょ』
「ありがとう…!あの、出来ればすぐに貸してもらえると助かるんだけど…」
『はいはい。明日、あんたの口座に振り込めるようにしておくわ。その代わり、迷惑にならないよう、ちゃんと恩を返すのよ?』
「ええ、勿論!ありがとう、お母さんっ」
それから近況のこととか他愛もない雑談をして、お母さんとの会話を楽しんだ。
かれこれ30分近く電話をした頃、「そろそろお父さんが帰ってくるから、話をしておくわね」と言われ、通話を終えた。
(お父さんは理解ある人だし、多分大丈夫だろう…。何とかなりそうだ)
一番心配していた部分が解決しそうなことに、ほっと安堵のため息が零れる。
そうしていると、キッチンの方の扉がガチャリと開いた。見ると、そこには稽古着の至さんが。
「あれ、至さん。休憩ですか?」
「いや、今日の稽古が終わったから。夜食でも持って行こうかと思って」
「あ、もうそんな時間ですか…。お疲れ様です。夜食、何か作りましょうか?」
「あー…お願いしようかな。何か、片手で食べられるものとかできる?この後、ちょっと部屋で仕事があるんだけど」
「なら、簡単なピザトーストでも作りましょうか。すぐにできるので、出来上がったらお部屋まで届けますよ」
「すぐに出来るなら、此処で待ってるよ。部屋まで持ってこさせるのも悪いし」
「そうですか?じゃあ、すぐに作りますね」
スマホを置いてキッチンに立ち、冷蔵庫から必要な材料と食パンを取り出す。
「何か飲みます?」と聞くと「…じゃあ、コーヒーを」と返ってきたので、先にアイスコーヒーをコップに入れて渡す。
「ありがとう。喉乾いてたから、助かるよ」
「いえいえ。至さん、明日もお仕事なのに、持ち帰りの仕事があるなんて大変ですね」
「ああ。明日は休みなんだ。だから、今晩は気兼ねなく遅くまで起きてられるよ」
「あ、お休みなんですか?それなら良かった…って言い方は可笑しいですけど、あまり無理しないでくださいね」
「はは、ありがとう。…そう言えば、**ちゃんは今日、シトロンと買い物に行ってたんだってね。」
「え?ど、どうして知ってるんですか…?」
「稽古の休憩時間に、シトロンが今日のことを楽しそうに話してたから。話の間、ずっと真澄との温度差がすごかったよ」
「う、うわー……嫌な予感がする」
稽古が終わったと言うのに、まだ至さん以外のメンバーが出てこない。居残りしてるのかしら?
居残り組が出てきた後、一部から質問攻めに合いそうな予感がして思わず身震いした。
「わ、私も早く部屋に退散した方がいいかな…」
「ふふ、どうだろ。彼なら部屋まで乗り込んできそうだけど」
「うわあああっ、想像できる!うっ…明日も買い物行かなきゃなのに…寝かせてくれるかしら……」
「? まだ何か買うの?」
話をしながらも手を止めず、二枚の食パンをそれぞれ半分に切って具材を盛り付ける。
レンジに入れて焼く間、至さんが部屋で飲める用のコーヒーを準備する。
「明日、作曲する為に必要な機材を買いに行こうかと思ってるんです。」
「えっ、一式新調するの? 俺、詳しくないけど…機材って相当高いんじゃない?」
「そうですね。DTMをするには結構スペックの良いパソコンが必要になりますから…。あと、周辺機器も揃えないといけないので。その点はさっき親に事情を話して金銭面の協力をお願いしたところなんで、大丈夫です」
「そうなんだ…。明日、それを買いに行くの?」
「はい!タワー型を考えているので、送ってもらうなら早いうちに見に行った方がいいと思うので。ついでに家具とかも見てこようかなと」
「また大荷物になりそうだね。明日もシトロンにお供を頼むの?」
「いやあ、流石に二日続けて荷物持ちは申し訳ないので…。明日は一人で行ってこようと思っています。なので、シトロンさんには内緒にしておいてくださいね。きっと、聞きつけたら無理にでも着いてきてくれるでしょうから」
パソコンや大きな家具ながら、宅配を頼んで後で送ってもらうことができる。PCショップと電器屋、ニ〇リにも寄るため、明日は行動範囲が広くなりそうだ。
お金の振り込みもそんな早くにはできないだろうし…活動を始めるなら午後からかな。
電車を使って明日のルートを頭の中で構想していると、チンッとレンジの音が響いた。
「…**ちゃん。明日午後からでもいいなら、俺が車出そうか?」
「…え?で、でも、至さん折角のお休みですし。休みたいんじゃないんですか?」
「うん、まあ。明日は特に予定ないし、ちょっとパソコンに興味があってね。それに、車があった方が荷物運びも便利でしょ?」
「それは、まあ…。」
正直、ものすごく助かる。言葉は濁したもの、本音が顔に出ていたのか、至さんはにっこり笑っていた。
「じゃあ、決まり。そうだな…13時頃でも構わない?」
「そのくらいだと私も助かります。お昼ご飯、食べてから出ますか?」
「んー…それだと遅くなるかもだし、明日はドライブスルーでもしちゃおっか」
「あ、いいですね。久々にバーガー食べたいです!」
「オーケー。じゃあ、また明日。夜食、ありがとう」
「おやすみ」と笑いながら、至さんは出来立てのピザトーストとコーヒーを持って談話室から出ていった。
至さん…なんて良い人なんだ。昨日に続き、またしても車を出してくれるなんて…。
明日、何かお礼しよう。そう心に決めていると、稽古場から複数の気配が戻ってくるのを感じた。
さっき至さんが出ていった扉が再び開き、居残り組が戻ってきた。
「お疲れ様。お茶入れようか」
「あっ、ありがとうございます!オレ、手伝います」
「咲也くん、疲れてるでしょう?いいから座ってて。すぐに準備するから」
4人分のお茶を入れて、夜食代わりのクッキーも一緒に運ぶ。疲れた後は甘いものが一番。
皆が「いただきます!」と嬉しそうに手を伸ばす中、「ねえ」と袖を引っ張られた。
「はいはい、どうしたの?」
「今日、シトロンと買い物行ったって…ほんと?」
「ぐっ、早速キタ…。まあ、本当だよ。」
「ずるい…。俺もアンタとデートしたい」
「買い物って言ったわよね、私。デートじゃなくて、荷物持ちとかを手伝ってくれたの」
「……嘘。だってアイツ、ずっと惚気てる。**とラブラブだったって」
「あっ、私も気になってたんです!**先輩がシトロンさんに告白したって本当ですか!?」
………は?
真澄くんといづみからの言葉に一瞬固まる。
言葉の意味が理解できないまま、ゆっくりと顔を上げると…優雅にお茶を飲んでいたシトロンさんが私と目が合い、その頬をポッとピンクに染めた。
「ワタシのこと…『もう一生離したくナイ!大好き!』って言った時の**の真っすぐな瞳…。思い出すだけでドキがムネムネするヨ〜」
「古いギャグなのか言い間違いなのか分かりにくい!!いやっ、ちょっと待って…私がいつそんな告白したんですか!?」
「オー…!酷いネ、**っ。あんなにワタシの体にしがみついて、濃厚なハグしながら言ってくれたヨ!?あのヨルのことはオアソビだったノネ!?」
「不埒な言い方やめろおおお!!あれはハグじゃなくて、シトロンさんが押さえつけてたんでしょう!?なに自分が被害者のような言い方を!」
シトロンさんを引き留める為に言った時の言葉が、何故か彼の中で大きく改ざんされているらしい。
とんでもない被害妄想にツッコミを入れると、いづみが顔を青くしてこっちを見てきた。
「し、シトロンさん…!?**先輩を押さえつけたってどういうこと!?ままま、まさかっ強か」
「いづみ、ストップ!!咲也くんや真澄くんがいるのにその続きは言っちゃ駄目!」
「強姦したの?」
「コラ真澄ぃぃいいいい!!人が折角未遂で止めたのに、なにしれっと言ってくれとんじゃーー!!」
「! お、俺のこと…呼び捨てで呼んでくれた…?も、もう一回呼んで。録音する」
「話を変えるな!怒鳴られて喜ぶな!マゾかきみは!!」
「**が喜ぶならマゾでもいい」
「やめてくれ…!男子高校生に変な性癖を生み出させるとか、セクハラ案件で即捕まる…!!」
「そうダヨ真澄!**のツッコミはワタシのダヨ!**はワタシにだけ熱く、激しく、突っ込むんダヨ!!」
「だからいかがわしい言い方するなッ!!」
「ちょっと、話を脱線させないで!**先輩、結局強姦されたんですか!?どうなんですか!?」
「何故そこに戻ってくるのいづみ!?普通に考えてないから!! ちょっ、咲也くん耳!耳塞ごう!きみの純粋で真っ白な脳内をこれ以上汚されたくないっ!」
「あ、あのっ。もう遅いんじゃ…」
卑猥な攻防を繰り広げられる中、今更私は咲也くんの耳をバッと抑える。
ぷしゅー…と音が立ちそうな程顔を真っ赤にしながら俯いている咲也くんに胸を撃たれると同時に使命感を抱いた。この子の純粋は私が守らねば…!!
結局その後も「告白されたのか」、「手を出されたのか」…等々、事情聴取のように質問攻めをされた。
シトロンさんが更に誤解を深める言い方をしたり、いづみや真澄くんがそれに拍車をかけて誤解を生んでいくものだから、なかなか収拾がつかず…結局、解放されたのが11時ぐらいだった。
遅くなったけど、綴くんの部屋に夜食を届けに行くと「ど、どうしたんすか**さん?なんか、妙に疲れてません…?」と心配された。
綴くん、きみも私の癒し枠だ……。
だから、早く戻ってきて…。
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