16.
夢のような条件の寮を見つけ、俺は難易度HELLの鬼畜イベをクリアした時のような明るい気持ちだった。
劇団にはあんま興味ないけど… まあ、これもゲームに貢ぐために必要な儀式だと思えば何ら問題はない。稽古もそこそこやっとけば問題ないっしょ。
明日は嬉しいオフだ。今晩はネトゲ三昧できる。
そう思って内心ルンルンで稽古場から出ていって夜食を取りに行った時、談話室で彼女と会った。
彼女は家が火事で燃えてなくなり、男だらけ(監督さんを除いて)の寮で住むことになった、まるで乙女ゲーのヒロインみたいな展開を繰り広げている女性だ。
俺と歳は近いと思うけど…不幸だらけで可哀そうに。おつ、としか言いようがない。
そんな彼女が明日買い物に行くと言った。
驚いたのは、俺がそれに対して「車を出そうか」と自主的に名乗り出たこと。
いやまあ、明日は特にイベも無いし、丁度ゲーミングPCを買い替えたいと思ってたからPC屋に行きたいって言うのはあった。
に、しても…コミュ障な俺が誰かと一緒にオフの日に出かけるとか、ありえない。
じゃあ何故俺が彼女の為に動こうとしたのか?
理由は単純明確。最近良いことがありすぎて超絶テンションが上がってるから。
食費や生活費が浮いて課金に回せるようになったこと、今度好きなシリーズのゲームの新作が発売されること、そしてもう一つが……憧れのミュクロPから初めてアクションをもらえたことだ。
少し話は変わるけど、俺はネット上『たるち』というHNで実況動画を上げている。ストレス発散と趣味で始めたが、どんどん名が広まって今ではフォロワー数が5桁にまで増えた。
いや、俺の話はどうでもいい。
先日、俺がずっと追っかけている憧れのミュクロP『cosmos』が、暫く活動を休止することを呟いていた。
正直それを知った時はショックすぎて「絶望した…」と布団に倒れたことを覚えている。
けれど、事情があるのなら仕方ない。俺は泣く泣く「応援してます」的なことをリプで送った。
今までも何度かリプを送ったことはあるが、cosmosは基本的に誰ともやり取りをしない。だから一方的になることが多かったのに―――
『@Cosmos_Apple たるちさん、応援メッセージありがとうございます。たるちさんのメッセージを読んで、心が温かくなりました。嬉しかったです。一日でも早く復帰できるよう頑張りたいと思います。』
『cosmos@林檎P さんがあなたの投稿に「ええな!」しました。』
…と、通知がきた時はマジで心臓止まった。
俺からしたら神のような存在の人からリプと“ええな”がきたと言う事実に、理解して奇声を上げながら布団を転げまわるまで20分くらい時間がかかったのを覚えている。
兎も角、滅茶苦茶嬉しかった。今でもその余韻が抜け切れていないほどに。
だから今の俺は超絶気分がいい。その為普段はやらないような人助けにも名乗り出ることができた。
…さて、明日まで時間あるし。
ゲーム、ゲームっと。
16.
「此処がこの町で一番大きなPCショップ」
「わっ、大きい…!こんな大きいところ、初めて」
休日にも拘わらず、わざわざ時間を割いて付き合ってくれた至さんの案内で、私は早速PCショップに来ていた。
外観だけでもその店の大きさが分かる。これはいいPCに出会えそうだ、と私は外観だけでわくわくしていた。
「おお…。エロゲみたいな生台詞キタコレ」
「え?至さん、何か言いました?」
「ん?いや、**ちゃん嬉しそうだなーと思って」
「そうですね!元々PCを見るの好きなんで、楽しみですっ」
「へえ。**ちゃん、PCに興味あるんだ?意外」
至さんと一緒に店内に入り、タワー型が並ぶコーナーを目指す。
こういうのは下手に素人が選ぶよりも、プロに任せた方がいいだろう。
「あの、すみません。仕事で作曲をするのにPCが必要なんですけど…どういったものがいいでしょう?」
「DTMですね?それでしたらCPUの性能が高いこちらなど」
店員さんに相談し、PCはスムーズに購入へと進んでいった。
色々と専門用語が出てきて困っていると、随時至さんが説明や助言を挟んでくれた。
おかげで予定していた予算より安く、購入の目途を立てることができた。
「至さん…PCお詳しいんですね。」
「仕事柄、よく使うしね。お役に立てたかな」
「もう、すごく!助かりました。ありがとうございましたっ」
「それは良かった。即買いできて良かったね」
「はい。今日から早速設定して、色々と触ってみたいと思います」
真新しいPCを至さんの車まで店員さんが運んでくれ、私はほくほくと嬉しい気持ちだった。
有難いことに、オーディオインターフェイスや他の必要な機材が諸々揃っていて、この店ですべて買うことができた。
「でも…PCについては俺が分かったけど、DTMに関しては**ちゃんが詳しかったね。前も作ってたの?」
「そうですね。趣味で細々とやってたんです。」
「へえ。どんなのを作ってたの?」
「あはは。そんな大したものじゃないですよ」
私は笑って誤魔化した。ミュクロとか、いかにもパンピーな至さんには程遠い世界だろうし…聴かれても恥ずかしいレベルのものばかりだからなァ。
至さんも流石大人と言うか、私の空気を察して「残念。今度教えて」とだけ言って車を発進させた。
空気が読める至さんに感謝しながら、今度はニ〇リに向かった。
----------
「よし。これで一先ず買い物は済んだかしら」
午後から動き出したと言うのに、至さんの運転のお陰で早くも今日の買い物が全て終わった。帰ったらお父さんとお母さんにお礼の電話しないとなァ。
今日一日のお礼も兼ねて、私たちは寮に帰る前にカフェに寄ることにした。
今は注文を終え、至さんに断ってお手洗いにきている。…頻尿言うな。
「……あっ。そうだ」
トイレを終え、出る前にインステでとあることを投稿しようとスマホを出した。
「えっと…『思ったよりも早くに活動が再開できるかもしれません。今月中は難しいので、早くて来月から活動したいと思います。またよろしくお願いします』……と。よし」
…勿論、劇団の作曲家と言う立場としてしっかり曲作りはする。
だから、公演が無事成功して、終わったら趣味の作曲をしたいなー…と思っている。
トイレから出て、至さんの姿が見えたところで投稿ボタンを押し、すぐにスマホを片づけた。
「すみません。戻りました」
「お帰り。ちょうど今きたよ」
注文したいものがテーブルに並んでいるのを見ていそいそと椅子に座る。
至さんはブラックコーヒー、私はカフェラテを頼んでいた。帰ったら夕飯があるから、軽食は控えておくことにした。
「至さんのお陰で、今日一日本当に助かりました。貴重なオフだったのに、すみません」
「いいよ。俺もPC見たかったから、丁度良かった」
「今日、買わなくて良かったんですか?」
「うん。今日は下見。今度じっくり選ぶよ」
「そうですか。…今更ですけど、至さんってどこでお勤めなんですか?サラリーマンなのは分かるんですけど」
「俺?△△商社で働いてるよ。」
「ええ!?お、大手商社じゃないですか!?す、凄い…エリートさんなんですね」
「ふふ、それほどでもあるかな?まあ、まだ二年目のぺーぺーだけどね」
「サラリーマンって言うと、外回りとかあるんですよね?その割に至さん、肌白くないですか…?」
「うーん、俺中での仕事が多い方だから。あと、外行く時も日焼け止めしてるからね」
「え、女子力高いですね」
「まあ…姉がね。昔からそう言うのにうるさいから」
至さんは受け答えが上手い。今までのMANKAIカンパニーにはいない、まともな大人と言う感じだ。
流石はエリート…。人付き合いと言うものに慣れているな。
話に区切りがついたタイミングでカフェラテを口にする。至さんもスマホをちらりと覗き、画面を弄ると「えっ!?」と大きな声を出した。
「? どうしました?」
「えっ。あ、いや…ちょっと、職場の人からLIMEがきてて。」
「あ、そうなんですか?返してあげたほうがいいんじゃないです?」
「そう、だね。ちょっとごめん」
「どうぞどうぞ」
至さんは一言謝ってスマホを弄りだした。昨日も遅くまで仕事してたみたいだし、休みの日にまで仕事関連に振り回されるとは……大変だなァ、と呑気にカフェラテを飲みながら見る。
ぶぶ、とスマホが震え、見て見るといづみからLIMEがきていた。
『今日の夕飯はスープカレーです!』…と。うん、今日も私の後輩はカレーの虜のようだ。
苦笑しつつ『ありがとう。楽しみにしてる』と打ち、お気に入りのスタンプを送信して、そっとスマホをテーブルに置いた。
顔を上げると、至さんの口元が微かに緩んでいるのが見えた。
…? お仕事のLIME見て笑ってる? 嬉しいことでもあったのかしら。
「至さん、何か嬉しそうですね」
「え!?あ、はは。そう見えた?」
「はい。もしかして…気になる人からのLIMEですか?」
「…そう、だね。気になる人、ではあるかな。LIMEじゃないんだけど…ちょっとね」
そう答える至さんの口元は緩みっぱなしだ。リアル社内恋愛事情が垣間見えて、ちょっとドキドキした。
聞いたら悪いかしら?気になる…。そう思いながら見ていると、用が済んだようで至さんがスマホを置いた。
「ごめんね。ありがとう」
「いえいえ。…あの、至さん。その気になる人のことって聞いても――」
好奇心に負けてそう聞こうとした時、今度は私のスマホが振動した。至さんも気づいたようで「スマホ鳴ったよ?」と促され、私もスマホを覗いた。
「…あ。」
通知はインステからのものだった。通知のポップアップに、見慣れたアイコンが出ている。
さっき投稿した呟きに、「ええな」とリプがきていた。見慣れた相手の名前に思わず声が漏れる。
「ん?」
「あ、いえ。インステの通知がきてて…」
「**ちゃん、インステしてるんだ?へえ…**ちゃんこそ、嬉しそうだね。」
え、顔に出てた!?思わずパッと顔を抑えると、至さんは「もう見ちゃったよ」と笑いながら言った。
は、恥ずかしい…。通知来てニヤニヤするとか、どんだけ友だち少ないと思われたことか…。
「す、すみません…。思わず二ヤついちゃって」
「気にすることないよ。そんなに嬉しそうにするなんて…好きな人からでもきたの?」
「え、っと…。私が趣味で曲作ってるって言いましたよね?それで、その活動を応援して下さってるファンの人からだったもので…」
「へえ。**ちゃん、固定ファンがいるの?有名なんだね」
「い、いやいや!私はそんな知名度ないんです。ただ、この人私が活動始めた頃からずっと応援して下ってる人なので…嬉しいんです」
至さんはコーヒーを一口飲み、喉を潤わせてから首を傾げる。
「因みに、その人の名前何て言うの?」
「ええ?いや…至さんは多分、知らない人ですよ?」
「そう?俺もインステしてるし、もしかしたら知ってるかも」
「そう、ですかね…。まあ確かに、この人有名人だから、至さんでも聞いたことあるかもしれませんね」
「そんな有名な人なんだ」
「はい。“たるち”って言う方なんです。一部の界隈では凄く有名な人なんですよ」
「…………………ぇ」
私が言った名前を聞いた途端、今まで笑顔だった至さんがピタリと止まった。
さっきまで穏やかに細められていたルビーの両目が大きく開かれている。
「至さん…?どうしました?」
「…え……ま、待って……。**ちゃんが言う、たるちって……ゲームとかしてる、人?」
「えっ? い、至さん、知ってるんですか?」
「え、や…知ってるも、何も……」
…どうしたんだろう。至さんは酷く驚いて戸惑っている様子だ。
たるちの名前を出した途端こうなったが…。もしかして、何か不味いことでもあるんだろうか。
不思議そうに見ていると、今まで呆然と固まっていた至さんがハッと息を飲み、ガタッと勢いよく席を立った。
「っ**ちゃん!!い、今…たるちから、通知がきたって言った…!?」
「へっ?え、ええ…そう、ですけど。」
「そ、それって…リプ……っ?」
「は、はい。私の投稿に対して…。な、何か不味かったでしょうか?」
「…う、そ…… っじゃあ……ま、まさか、キミが…」
鬼気迫る表情で立ったかと思うと、今度は体を震わせ始めた。至さんの様子に戸惑っていると、彼はテーブル越しから身を乗り出してきた。
「っ**ちゃん。き、きみもしかして…林檎Pって呼ばれる、cosmos…?」
「…えっ?そ、そうです、けど……い、至さんが、どうしてそれを知ってるんですか?」
「――っ…!! マ ジか…っ」
目と鼻の先に迫るイケメン顔に驚くも、身を引く前に彼の口から出てきた言葉に驚いた。私だけじゃなく、目の前の至さんまで驚いた顔をしている。
すると、至さんは感極まった顔のまま、突然私の両手を掴んできて、真っすぐ目を見つめながら口を開いた。
「っ好きです!ずっと前からファンでした!」
「……へ」
きらっきらな目をした至さんに、カフェの中心で愛を叫ばれた。
…とりあえず、周りの目もあるから落ち着きましょうか。
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劇団にはあんま興味ないけど… まあ、これもゲームに貢ぐために必要な儀式だと思えば何ら問題はない。稽古もそこそこやっとけば問題ないっしょ。
明日は嬉しいオフだ。今晩はネトゲ三昧できる。
そう思って内心ルンルンで稽古場から出ていって夜食を取りに行った時、談話室で彼女と会った。
彼女は家が火事で燃えてなくなり、男だらけ(監督さんを除いて)の寮で住むことになった、まるで乙女ゲーのヒロインみたいな展開を繰り広げている女性だ。
俺と歳は近いと思うけど…不幸だらけで可哀そうに。おつ、としか言いようがない。
そんな彼女が明日買い物に行くと言った。
驚いたのは、俺がそれに対して「車を出そうか」と自主的に名乗り出たこと。
いやまあ、明日は特にイベも無いし、丁度ゲーミングPCを買い替えたいと思ってたからPC屋に行きたいって言うのはあった。
に、しても…コミュ障な俺が誰かと一緒にオフの日に出かけるとか、ありえない。
じゃあ何故俺が彼女の為に動こうとしたのか?
理由は単純明確。最近良いことがありすぎて超絶テンションが上がってるから。
食費や生活費が浮いて課金に回せるようになったこと、今度好きなシリーズのゲームの新作が発売されること、そしてもう一つが……憧れのミュクロPから初めてアクションをもらえたことだ。
少し話は変わるけど、俺はネット上『たるち』というHNで実況動画を上げている。ストレス発散と趣味で始めたが、どんどん名が広まって今ではフォロワー数が5桁にまで増えた。
いや、俺の話はどうでもいい。
先日、俺がずっと追っかけている憧れのミュクロP『cosmos』が、暫く活動を休止することを呟いていた。
正直それを知った時はショックすぎて「絶望した…」と布団に倒れたことを覚えている。
けれど、事情があるのなら仕方ない。俺は泣く泣く「応援してます」的なことをリプで送った。
今までも何度かリプを送ったことはあるが、cosmosは基本的に誰ともやり取りをしない。だから一方的になることが多かったのに―――
『@Cosmos_Apple たるちさん、応援メッセージありがとうございます。たるちさんのメッセージを読んで、心が温かくなりました。嬉しかったです。一日でも早く復帰できるよう頑張りたいと思います。』
『cosmos@林檎P さんがあなたの投稿に「ええな!」しました。』
…と、通知がきた時はマジで心臓止まった。
俺からしたら神のような存在の人からリプと“ええな”がきたと言う事実に、理解して奇声を上げながら布団を転げまわるまで20分くらい時間がかかったのを覚えている。
兎も角、滅茶苦茶嬉しかった。今でもその余韻が抜け切れていないほどに。
だから今の俺は超絶気分がいい。その為普段はやらないような人助けにも名乗り出ることができた。
…さて、明日まで時間あるし。
ゲーム、ゲームっと。
16.
「此処がこの町で一番大きなPCショップ」
「わっ、大きい…!こんな大きいところ、初めて」
休日にも拘わらず、わざわざ時間を割いて付き合ってくれた至さんの案内で、私は早速PCショップに来ていた。
外観だけでもその店の大きさが分かる。これはいいPCに出会えそうだ、と私は外観だけでわくわくしていた。
「おお…。エロゲみたいな生台詞キタコレ」
「え?至さん、何か言いました?」
「ん?いや、**ちゃん嬉しそうだなーと思って」
「そうですね!元々PCを見るの好きなんで、楽しみですっ」
「へえ。**ちゃん、PCに興味あるんだ?意外」
至さんと一緒に店内に入り、タワー型が並ぶコーナーを目指す。
こういうのは下手に素人が選ぶよりも、プロに任せた方がいいだろう。
「あの、すみません。仕事で作曲をするのにPCが必要なんですけど…どういったものがいいでしょう?」
「DTMですね?それでしたらCPUの性能が高いこちらなど」
店員さんに相談し、PCはスムーズに購入へと進んでいった。
色々と専門用語が出てきて困っていると、随時至さんが説明や助言を挟んでくれた。
おかげで予定していた予算より安く、購入の目途を立てることができた。
「至さん…PCお詳しいんですね。」
「仕事柄、よく使うしね。お役に立てたかな」
「もう、すごく!助かりました。ありがとうございましたっ」
「それは良かった。即買いできて良かったね」
「はい。今日から早速設定して、色々と触ってみたいと思います」
真新しいPCを至さんの車まで店員さんが運んでくれ、私はほくほくと嬉しい気持ちだった。
有難いことに、オーディオインターフェイスや他の必要な機材が諸々揃っていて、この店ですべて買うことができた。
「でも…PCについては俺が分かったけど、DTMに関しては**ちゃんが詳しかったね。前も作ってたの?」
「そうですね。趣味で細々とやってたんです。」
「へえ。どんなのを作ってたの?」
「あはは。そんな大したものじゃないですよ」
私は笑って誤魔化した。ミュクロとか、いかにもパンピーな至さんには程遠い世界だろうし…聴かれても恥ずかしいレベルのものばかりだからなァ。
至さんも流石大人と言うか、私の空気を察して「残念。今度教えて」とだけ言って車を発進させた。
空気が読める至さんに感謝しながら、今度はニ〇リに向かった。
----------
「よし。これで一先ず買い物は済んだかしら」
午後から動き出したと言うのに、至さんの運転のお陰で早くも今日の買い物が全て終わった。帰ったらお父さんとお母さんにお礼の電話しないとなァ。
今日一日のお礼も兼ねて、私たちは寮に帰る前にカフェに寄ることにした。
今は注文を終え、至さんに断ってお手洗いにきている。…頻尿言うな。
「……あっ。そうだ」
トイレを終え、出る前にインステでとあることを投稿しようとスマホを出した。
「えっと…『思ったよりも早くに活動が再開できるかもしれません。今月中は難しいので、早くて来月から活動したいと思います。またよろしくお願いします』……と。よし」
…勿論、劇団の作曲家と言う立場としてしっかり曲作りはする。
だから、公演が無事成功して、終わったら趣味の作曲をしたいなー…と思っている。
トイレから出て、至さんの姿が見えたところで投稿ボタンを押し、すぐにスマホを片づけた。
「すみません。戻りました」
「お帰り。ちょうど今きたよ」
注文したいものがテーブルに並んでいるのを見ていそいそと椅子に座る。
至さんはブラックコーヒー、私はカフェラテを頼んでいた。帰ったら夕飯があるから、軽食は控えておくことにした。
「至さんのお陰で、今日一日本当に助かりました。貴重なオフだったのに、すみません」
「いいよ。俺もPC見たかったから、丁度良かった」
「今日、買わなくて良かったんですか?」
「うん。今日は下見。今度じっくり選ぶよ」
「そうですか。…今更ですけど、至さんってどこでお勤めなんですか?サラリーマンなのは分かるんですけど」
「俺?△△商社で働いてるよ。」
「ええ!?お、大手商社じゃないですか!?す、凄い…エリートさんなんですね」
「ふふ、それほどでもあるかな?まあ、まだ二年目のぺーぺーだけどね」
「サラリーマンって言うと、外回りとかあるんですよね?その割に至さん、肌白くないですか…?」
「うーん、俺中での仕事が多い方だから。あと、外行く時も日焼け止めしてるからね」
「え、女子力高いですね」
「まあ…姉がね。昔からそう言うのにうるさいから」
至さんは受け答えが上手い。今までのMANKAIカンパニーにはいない、まともな大人と言う感じだ。
流石はエリート…。人付き合いと言うものに慣れているな。
話に区切りがついたタイミングでカフェラテを口にする。至さんもスマホをちらりと覗き、画面を弄ると「えっ!?」と大きな声を出した。
「? どうしました?」
「えっ。あ、いや…ちょっと、職場の人からLIMEがきてて。」
「あ、そうなんですか?返してあげたほうがいいんじゃないです?」
「そう、だね。ちょっとごめん」
「どうぞどうぞ」
至さんは一言謝ってスマホを弄りだした。昨日も遅くまで仕事してたみたいだし、休みの日にまで仕事関連に振り回されるとは……大変だなァ、と呑気にカフェラテを飲みながら見る。
ぶぶ、とスマホが震え、見て見るといづみからLIMEがきていた。
『今日の夕飯はスープカレーです!』…と。うん、今日も私の後輩はカレーの虜のようだ。
苦笑しつつ『ありがとう。楽しみにしてる』と打ち、お気に入りのスタンプを送信して、そっとスマホをテーブルに置いた。
顔を上げると、至さんの口元が微かに緩んでいるのが見えた。
…? お仕事のLIME見て笑ってる? 嬉しいことでもあったのかしら。
「至さん、何か嬉しそうですね」
「え!?あ、はは。そう見えた?」
「はい。もしかして…気になる人からのLIMEですか?」
「…そう、だね。気になる人、ではあるかな。LIMEじゃないんだけど…ちょっとね」
そう答える至さんの口元は緩みっぱなしだ。リアル社内恋愛事情が垣間見えて、ちょっとドキドキした。
聞いたら悪いかしら?気になる…。そう思いながら見ていると、用が済んだようで至さんがスマホを置いた。
「ごめんね。ありがとう」
「いえいえ。…あの、至さん。その気になる人のことって聞いても――」
好奇心に負けてそう聞こうとした時、今度は私のスマホが振動した。至さんも気づいたようで「スマホ鳴ったよ?」と促され、私もスマホを覗いた。
「…あ。」
通知はインステからのものだった。通知のポップアップに、見慣れたアイコンが出ている。
さっき投稿した呟きに、「ええな」とリプがきていた。見慣れた相手の名前に思わず声が漏れる。
「ん?」
「あ、いえ。インステの通知がきてて…」
「**ちゃん、インステしてるんだ?へえ…**ちゃんこそ、嬉しそうだね。」
え、顔に出てた!?思わずパッと顔を抑えると、至さんは「もう見ちゃったよ」と笑いながら言った。
は、恥ずかしい…。通知来てニヤニヤするとか、どんだけ友だち少ないと思われたことか…。
「す、すみません…。思わず二ヤついちゃって」
「気にすることないよ。そんなに嬉しそうにするなんて…好きな人からでもきたの?」
「え、っと…。私が趣味で曲作ってるって言いましたよね?それで、その活動を応援して下さってるファンの人からだったもので…」
「へえ。**ちゃん、固定ファンがいるの?有名なんだね」
「い、いやいや!私はそんな知名度ないんです。ただ、この人私が活動始めた頃からずっと応援して下ってる人なので…嬉しいんです」
至さんはコーヒーを一口飲み、喉を潤わせてから首を傾げる。
「因みに、その人の名前何て言うの?」
「ええ?いや…至さんは多分、知らない人ですよ?」
「そう?俺もインステしてるし、もしかしたら知ってるかも」
「そう、ですかね…。まあ確かに、この人有名人だから、至さんでも聞いたことあるかもしれませんね」
「そんな有名な人なんだ」
「はい。“たるち”って言う方なんです。一部の界隈では凄く有名な人なんですよ」
「…………………ぇ」
私が言った名前を聞いた途端、今まで笑顔だった至さんがピタリと止まった。
さっきまで穏やかに細められていたルビーの両目が大きく開かれている。
「至さん…?どうしました?」
「…え……ま、待って……。**ちゃんが言う、たるちって……ゲームとかしてる、人?」
「えっ? い、至さん、知ってるんですか?」
「え、や…知ってるも、何も……」
…どうしたんだろう。至さんは酷く驚いて戸惑っている様子だ。
たるちの名前を出した途端こうなったが…。もしかして、何か不味いことでもあるんだろうか。
不思議そうに見ていると、今まで呆然と固まっていた至さんがハッと息を飲み、ガタッと勢いよく席を立った。
「っ**ちゃん!!い、今…たるちから、通知がきたって言った…!?」
「へっ?え、ええ…そう、ですけど。」
「そ、それって…リプ……っ?」
「は、はい。私の投稿に対して…。な、何か不味かったでしょうか?」
「…う、そ…… っじゃあ……ま、まさか、キミが…」
鬼気迫る表情で立ったかと思うと、今度は体を震わせ始めた。至さんの様子に戸惑っていると、彼はテーブル越しから身を乗り出してきた。
「っ**ちゃん。き、きみもしかして…林檎Pって呼ばれる、cosmos…?」
「…えっ?そ、そうです、けど……い、至さんが、どうしてそれを知ってるんですか?」
「――っ…!! マ ジか…っ」
目と鼻の先に迫るイケメン顔に驚くも、身を引く前に彼の口から出てきた言葉に驚いた。私だけじゃなく、目の前の至さんまで驚いた顔をしている。
すると、至さんは感極まった顔のまま、突然私の両手を掴んできて、真っすぐ目を見つめながら口を開いた。
「っ好きです!ずっと前からファンでした!」
「……へ」
きらっきらな目をした至さんに、カフェの中心で愛を叫ばれた。
…とりあえず、周りの目もあるから落ち着きましょうか。
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