17.
【※注意※】
茅ヶ崎至の捏造過去シーンがあります。ご注意ください。
-----------------
とりあえず、興奮状態になっていた至さんに落ち着いてもらい、一旦椅子に座り直す。
至さんだけじゃなくて、私だってまだ状況が飲み込めない。興奮…と言うよりは、混乱している。
まさかあの有名実況者のたるちさんが、こんなゲームとは無縁そうに見える至さんだったとは…今でもまだドッキリを仕掛けられているんじゃないか、と疑っている。
「えっと…確認しますけど、本当にたるちさん、なんですか?」
「あーまじやば…神が目の前のいる… つーか神が俺の名前呼んでるとかマ…?これ、リアル?VRじゃなく?まさか夢落ちとかじゃないよな」
「おーい、聞いてますかー。もしもーし、至さーん」
「つかこれよく考えたらマジで凄くないか…?ネット上追いかけてた神と遭遇とかSSR級のレア物じゃん。これなんのラノベ?ギャルゲフラグキタコレ」
「聞けよ」
ぶつぶつと呪いの呪文のように呟く至さんの頭を思わずスパンッと叩く。
そこでやっと我に返ったのか、ハッと顔を上げた至さんと目が合う。
「っ神が、いる…!好きです!」
「いや、ふりだしに戻ってますから!お願いですから、話してくださいよ!!」
……結局、最初に戻ってしまった。
17.
「落ち着きましたか?」
「……一応…」
「そうですか、良かった。やっと話ができますね」
あの後も数回やり取りを行い、気づけば飲み物が空になっていたのでお互い二杯目の飲み物を注文する。
私はカフェラテのままで、至さんはコーラを注文した。炭酸飲料をグイッと飲み、漸く落ち着きを取り戻した至さんが帰ってきた。……筈。
「で。状況を整理しますけど…至さんは有名ゲーマーのたるちさんで間違いないんですよね?」
「はい」
「で、私は至さんがさっき言った通り、ミュクロPで活動しているcosmosで間違いないです」
「好きです」
「いやもうそれ聞きましたから…。と言うか、何で急に敬語なんですか?」
「俺にとっての神様にタメ口なんて恐れ多い。つか寧ろ今までの愚行思い出しただけでへこむ…死にたい」
「へこまないでください。死ぬのもやめてください。寧ろ、敬語にされると凄く喋り辛いので、いつも通りの至さんの喋り方に戻って下さい。」
「いや、でも、神にそんなこと」
「タメ口に戻してもらえないなら今後口聞きません」
「おけ。普通に喋るわ」
キリッと引き締まった顔で至さんの口調が元に戻った。…戻った、と言うか…素を出したと言った方が当てはまる。
お互いの素性が分かった頃から、至さんはエリートサラリーマンの皮を脱ぎ捨て、180度違うキャラを曝け出した。
自然体で話している感じを見ると、多分こっちが素顔なんだろうけど…。それにしても凄い変わりっぷりだな。
「でも、驚きましたよ。まさか至さんが、あのたるちさんだったなんて…」
「いやそれ、俺の台詞だから。まさか同じ屋根の下で住んでる家政婦さんが、ずっと追ってた神様とか。神展開過ぎワロタ」
「家政婦違うわ。 …あの……どうして私のこと、神様なんて言うんですか…?至さんも知ってると思いますが、私はミュクロPとしてそれほど有名じゃありません。寧ろ知名度はほぼ無いに等しいレベルです」
さっきからずっと気になっていたことを口にする。
至さんこと“たるち”はすごく有名な実況プレイヤー。片や私はほぼ無名に等しい、しがないミュクロPだ。
「有名なミュクロPなら分かりますけど、私は違います。たるちさん程有名な人なら、もっと上の人達と関わりたいんじゃないですか?」
「…俺、別に有名どころとお近づきになりたい訳じゃないけど。寧ろ、元々ミュクロ自体にはあんまり興味ないんだよね」
「…? どういうこと、ですか?」
ミュクロに興味がないのに私のファンをしているとはこれ如何に。意味が分からず首を傾げて見ていると、至さんは伏し目がちになった。
そしてコーラを一口飲むと、さっきまでの暴走が嘘のように穏やかな目を向けてきた。
「少し、俺の話してもよき?」
「? …どうぞ」
「…俺、昔から引きこもりで、人との付き合いとかが苦手でさ。社会人になってもそれはすぐ直らなくて、入社して直ぐに初めての社会や人間関係の窮屈さにやられまくってたんだよね」
失笑気味に呟かれた話は、今の至さんからは想像できなかった。
「入社して一ヶ月ぐらい経った時だったかな。大好きなゲームもやる余裕もなくて、仕事で精神的に追い詰められてて、『あ、俺死ぬ』ってなってたの。あの時はマジでやばかった」
「……」
「で、ある日仕事から帰ってきて、ゲームができない代わりに動画サイトで実況動画見ようと思って開いたら…たまたまおススメ動画の所に、『林檎の花』が上がってたんだ」
「! それ…」
至さんが口に出したのは、私のデビュー曲の名前だった。
「サムネの雰囲気に惹かれて、軽い気持ちで聞いてみようと思って開いてみて……吃驚した。滅茶苦茶いい曲だった。今まであんま聴かないジャンルの音楽だったのに、不思議と聴き入っちゃってさ。
穏やかで、少し寂しそうなのに、背中を押されるような温かさで…。社会人になってボロボロになってた俺に寄り添ってくれるような歌だった。…恥ずかしい話、初めて聞いた時泣いちゃったんだよね、俺」
そう話す至さんは、当時のことを思い出しているのか、少し寂し気だけど嬉しそうな表情だった。
「cosmosの作る歌はどれも俺が気に入るような奴ばっかりで、そこからcosmosの曲を追うようになったんだ。あの時、cosmosの歌に逢えなかったら…多分、俺は早々に引きこもりに戻ってたと思う」
「……」
「だから、俺にとってcosmosの歌は思い出であって、cosmosは俺の人生を変えてくれた恩人なんだよ。感謝してもしきれないぐらい。だから、こうして本物に会えたのが信じられないぐらい嬉しい。」
至さんはそこで一旦区切ると、今度は座った状態のまま身を乗り出してきた。
「本人に会ったら、ずっとお礼を言いたいって思ってた。貴方のおかげで、今の俺がいる。…本当に、ありがとう。」
テーブルに頭を打ちそうなぐらい、至さんは深く頭を下げた。私は、たった今伝えられた思いの丈の大きさに圧倒され、ろくに口をはさむことができなかった。
じわじわと彼の言葉を理解し、自然と口元が弛んでいた。
「え、っと……その、とりあえず、顔上げてください」
至さんはゆっくりと顔を上げた。
私は何とか返事を返そうと頭をフル回転させる。
「その…私、自分の歌をそんなに好きでいてくれる人がいるなんて思わなくて……。あぁっ、どうしよ…えっと、あの……何て言えば良いか」
思いの外、ダイレクトに言われた言葉が嬉しすぎて、自分の頬に熱が集まるのを感じた。嬉しすぎて涙腺まで緩みそうになる。
自分が趣味で作った曲を、こんなに大切に受け止めてもらえるなんて想像もしていなかった。
混乱する脳から絞り出した言葉は語彙力が皆無でしどろもどろになってしまう。でも、ちゃんとお礼を伝えたい。
そう思い、私は赤くなる熱を我慢して、精いっぱいのお礼を伝えるべく顔を上げた。
「凄く、嬉しいです。至さん…ありがとう、ございます」
感極まって語尾が震えてしまった。それでもちゃんと言葉に出来たことにホッとした。
至さんに気持ちが届いただろうか…と不安に思っていると、「…やば」と前から小さな声が聞こえてきた。
顔を上げようとした途端、テーブル越しから身を乗り出した至さんががっしり両手を握ってきた。
「KSK」
「…え? な、何て…?」
「結婚してください」
「はぁ。………………はい?」
…どういう話の流れでプロポーズに至ったの。
もしかして、私を落ち着かせる為に場を和ませる冗談で言ったのだろうか。
そう思い、彼の顔を見るが…至さんの目はマジだった。なんか、ギラギラしてる。……え、こわ。
「あ、あのー…至さん。なんかオーラ怖いので、離してもらっていいですかね」
「はぁぁ…無理無理無理。只でさえ俺の推しで神なのに顔赤くして涙目で恥ずかしそうにしてるのやっばい。神が俺の言葉で照れたとかマジ尊い。可愛すぎて無理なんだけど」
「ちょっ、至さん?なんか真澄くん降臨してません…? あれ、もしかして入れ替わっちゃってる?君の名は?」
「たるちでーす。ねえ、それより俺、今めちゃくちゃドキドキしてるんだけど。mk5どころかmk0状態」
「いや、知らんがな。そ、そもそも至さん…昨日、ってか今日のついさっきまで私に対してそんなんなかったでしょう!?勘違いですよきっと、それッ」
「いやもう恋愛イベント立ってるから。強制イベだから中断むりぽ。
…あ、ちな言う。今日から**ちゃんの攻略wi_ki立てる気満々だから、よろ」
「立てんなそんなwi_ki!!茅ヶ崎至のキャラがブレッブレで怖い!!」
数時間前に『至さんはデキる大人』と言った自分をぶん殴ってやりたい衝撃に駆られた。
兎に角、なんとか無理やり至さんの手から逃げ、スマホを確認する。
いづみが夕飯を用意してくれてるし、そろそろ帰らないといけない頃合いだった。
「至さん、そろそろ帰りましょう。いづみがご飯作って待ってくれてるみたいです」
「ん?あー… 監督さん、またカレー作るって今朝言ってたけど、マジ?」
「ま、またって…。帰ったらご飯があるって言うだけ幸せなんですから。」
「それもそうか。…あ、待って。ソシャゲの体力消費させて」
至さんはこちらの返事を聞かずスマホを取り出して何やらゲームを始めた。
ゲーム、好きなんだな…。時々聞こえる「チッ。雑魚うざ…」とか「っしゃ!4キル」とか熱くなって出てくる言葉にガチモードを感じる。
実況中もこんな感じなのかなァ…そう言えばたるちさんの実況見たことないな、とか考えていたら、満足したようで至さんがスマホを片づけた。
「お待たせ。帰ろっか」
「あ、はい。レシート…」
会計に持っていくべくレシートに手を伸ばすと、手が届く前にパッと取られた。
勿論、私以外でそれを取るのは至さんしかいない。彼はスタスタとレジに歩いて行った。
「ちょっ、至さん!会計払わせてくださいっ」
「何言ってるの。こう言うのは男が払うもんでしょ?」
「いやそれ只の偏見…。」
「って言うか、俺の神に払わせるとか無理だから」
「いやっ、そもそも今日は一日私が付き合わせちゃってるんですから。これぐらい払わせて下さいよ!」
そう言いながら追いかけるも、至さんは早々に会計を済ませて笑顔で私の手を引っ張った。
こ、こやつ…オタク要素全開で忘れていたが、エリートサラリーマンだった…!
あまりのキャラ違いに忘れかけていた。これだからデキる男はっ
「至さん、いくらでしたか?払いますから」
「お礼なら、憧れの神と逢えたってだけで十分だよ。」
「それじゃあ、私が納得できません。せめてガソリン代だけでもっ」
「じゃあ、今度また俺とデートしてくれる?」
「…は? で、でーと…?」
「そ。言ったでしょ?**ちゃんの攻略wi_ki立てるって。あれ本気だから」
にこ、と爽やかスマイルを浮かべて至さんは車の助手席を開けた。返答する間もなくスマートに車に乗らされ、すぐに至さんも運転席に乗り込んだ。
…いや、まあ、出かけるのに付き合うのは別に構わないけど…。
そもそも至さんは私のどこに恋愛対象となるきっかけを見つけたんだ?と言うか、本当に恋愛対象なのか…?
至さんの謎すぎる行動やキャラに頭の中をぐるぐる回している間に、至さんはご機嫌で車を運転していた。
数分後、MANKAI寮に帰宅した私たちに真澄くん達から「今日は至とデート…ずるい」、「今日は襲われてないの?」と迫られることを、この時の私はまだ知らない。
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茅ヶ崎至の捏造過去シーンがあります。ご注意ください。
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とりあえず、興奮状態になっていた至さんに落ち着いてもらい、一旦椅子に座り直す。
至さんだけじゃなくて、私だってまだ状況が飲み込めない。興奮…と言うよりは、混乱している。
まさかあの有名実況者のたるちさんが、こんなゲームとは無縁そうに見える至さんだったとは…今でもまだドッキリを仕掛けられているんじゃないか、と疑っている。
「えっと…確認しますけど、本当にたるちさん、なんですか?」
「あーまじやば…神が目の前のいる… つーか神が俺の名前呼んでるとかマ…?これ、リアル?VRじゃなく?まさか夢落ちとかじゃないよな」
「おーい、聞いてますかー。もしもーし、至さーん」
「つかこれよく考えたらマジで凄くないか…?ネット上追いかけてた神と遭遇とかSSR級のレア物じゃん。これなんのラノベ?ギャルゲフラグキタコレ」
「聞けよ」
ぶつぶつと呪いの呪文のように呟く至さんの頭を思わずスパンッと叩く。
そこでやっと我に返ったのか、ハッと顔を上げた至さんと目が合う。
「っ神が、いる…!好きです!」
「いや、ふりだしに戻ってますから!お願いですから、話してくださいよ!!」
……結局、最初に戻ってしまった。
17.
「落ち着きましたか?」
「……一応…」
「そうですか、良かった。やっと話ができますね」
あの後も数回やり取りを行い、気づけば飲み物が空になっていたのでお互い二杯目の飲み物を注文する。
私はカフェラテのままで、至さんはコーラを注文した。炭酸飲料をグイッと飲み、漸く落ち着きを取り戻した至さんが帰ってきた。……筈。
「で。状況を整理しますけど…至さんは有名ゲーマーのたるちさんで間違いないんですよね?」
「はい」
「で、私は至さんがさっき言った通り、ミュクロPで活動しているcosmosで間違いないです」
「好きです」
「いやもうそれ聞きましたから…。と言うか、何で急に敬語なんですか?」
「俺にとっての神様にタメ口なんて恐れ多い。つか寧ろ今までの愚行思い出しただけでへこむ…死にたい」
「へこまないでください。死ぬのもやめてください。寧ろ、敬語にされると凄く喋り辛いので、いつも通りの至さんの喋り方に戻って下さい。」
「いや、でも、神にそんなこと」
「タメ口に戻してもらえないなら今後口聞きません」
「おけ。普通に喋るわ」
キリッと引き締まった顔で至さんの口調が元に戻った。…戻った、と言うか…素を出したと言った方が当てはまる。
お互いの素性が分かった頃から、至さんはエリートサラリーマンの皮を脱ぎ捨て、180度違うキャラを曝け出した。
自然体で話している感じを見ると、多分こっちが素顔なんだろうけど…。それにしても凄い変わりっぷりだな。
「でも、驚きましたよ。まさか至さんが、あのたるちさんだったなんて…」
「いやそれ、俺の台詞だから。まさか同じ屋根の下で住んでる家政婦さんが、ずっと追ってた神様とか。神展開過ぎワロタ」
「家政婦違うわ。 …あの……どうして私のこと、神様なんて言うんですか…?至さんも知ってると思いますが、私はミュクロPとしてそれほど有名じゃありません。寧ろ知名度はほぼ無いに等しいレベルです」
さっきからずっと気になっていたことを口にする。
至さんこと“たるち”はすごく有名な実況プレイヤー。片や私はほぼ無名に等しい、しがないミュクロPだ。
「有名なミュクロPなら分かりますけど、私は違います。たるちさん程有名な人なら、もっと上の人達と関わりたいんじゃないですか?」
「…俺、別に有名どころとお近づきになりたい訳じゃないけど。寧ろ、元々ミュクロ自体にはあんまり興味ないんだよね」
「…? どういうこと、ですか?」
ミュクロに興味がないのに私のファンをしているとはこれ如何に。意味が分からず首を傾げて見ていると、至さんは伏し目がちになった。
そしてコーラを一口飲むと、さっきまでの暴走が嘘のように穏やかな目を向けてきた。
「少し、俺の話してもよき?」
「? …どうぞ」
「…俺、昔から引きこもりで、人との付き合いとかが苦手でさ。社会人になってもそれはすぐ直らなくて、入社して直ぐに初めての社会や人間関係の窮屈さにやられまくってたんだよね」
失笑気味に呟かれた話は、今の至さんからは想像できなかった。
「入社して一ヶ月ぐらい経った時だったかな。大好きなゲームもやる余裕もなくて、仕事で精神的に追い詰められてて、『あ、俺死ぬ』ってなってたの。あの時はマジでやばかった」
「……」
「で、ある日仕事から帰ってきて、ゲームができない代わりに動画サイトで実況動画見ようと思って開いたら…たまたまおススメ動画の所に、『林檎の花』が上がってたんだ」
「! それ…」
至さんが口に出したのは、私のデビュー曲の名前だった。
「サムネの雰囲気に惹かれて、軽い気持ちで聞いてみようと思って開いてみて……吃驚した。滅茶苦茶いい曲だった。今まであんま聴かないジャンルの音楽だったのに、不思議と聴き入っちゃってさ。
穏やかで、少し寂しそうなのに、背中を押されるような温かさで…。社会人になってボロボロになってた俺に寄り添ってくれるような歌だった。…恥ずかしい話、初めて聞いた時泣いちゃったんだよね、俺」
そう話す至さんは、当時のことを思い出しているのか、少し寂し気だけど嬉しそうな表情だった。
「cosmosの作る歌はどれも俺が気に入るような奴ばっかりで、そこからcosmosの曲を追うようになったんだ。あの時、cosmosの歌に逢えなかったら…多分、俺は早々に引きこもりに戻ってたと思う」
「……」
「だから、俺にとってcosmosの歌は思い出であって、cosmosは俺の人生を変えてくれた恩人なんだよ。感謝してもしきれないぐらい。だから、こうして本物に会えたのが信じられないぐらい嬉しい。」
至さんはそこで一旦区切ると、今度は座った状態のまま身を乗り出してきた。
「本人に会ったら、ずっとお礼を言いたいって思ってた。貴方のおかげで、今の俺がいる。…本当に、ありがとう。」
テーブルに頭を打ちそうなぐらい、至さんは深く頭を下げた。私は、たった今伝えられた思いの丈の大きさに圧倒され、ろくに口をはさむことができなかった。
じわじわと彼の言葉を理解し、自然と口元が弛んでいた。
「え、っと……その、とりあえず、顔上げてください」
至さんはゆっくりと顔を上げた。
私は何とか返事を返そうと頭をフル回転させる。
「その…私、自分の歌をそんなに好きでいてくれる人がいるなんて思わなくて……。あぁっ、どうしよ…えっと、あの……何て言えば良いか」
思いの外、ダイレクトに言われた言葉が嬉しすぎて、自分の頬に熱が集まるのを感じた。嬉しすぎて涙腺まで緩みそうになる。
自分が趣味で作った曲を、こんなに大切に受け止めてもらえるなんて想像もしていなかった。
混乱する脳から絞り出した言葉は語彙力が皆無でしどろもどろになってしまう。でも、ちゃんとお礼を伝えたい。
そう思い、私は赤くなる熱を我慢して、精いっぱいのお礼を伝えるべく顔を上げた。
「凄く、嬉しいです。至さん…ありがとう、ございます」
感極まって語尾が震えてしまった。それでもちゃんと言葉に出来たことにホッとした。
至さんに気持ちが届いただろうか…と不安に思っていると、「…やば」と前から小さな声が聞こえてきた。
顔を上げようとした途端、テーブル越しから身を乗り出した至さんががっしり両手を握ってきた。
「KSK」
「…え? な、何て…?」
「結婚してください」
「はぁ。………………はい?」
…どういう話の流れでプロポーズに至ったの。
もしかして、私を落ち着かせる為に場を和ませる冗談で言ったのだろうか。
そう思い、彼の顔を見るが…至さんの目はマジだった。なんか、ギラギラしてる。……え、こわ。
「あ、あのー…至さん。なんかオーラ怖いので、離してもらっていいですかね」
「はぁぁ…無理無理無理。只でさえ俺の推しで神なのに顔赤くして涙目で恥ずかしそうにしてるのやっばい。神が俺の言葉で照れたとかマジ尊い。可愛すぎて無理なんだけど」
「ちょっ、至さん?なんか真澄くん降臨してません…? あれ、もしかして入れ替わっちゃってる?君の名は?」
「たるちでーす。ねえ、それより俺、今めちゃくちゃドキドキしてるんだけど。mk5どころかmk0状態」
「いや、知らんがな。そ、そもそも至さん…昨日、ってか今日のついさっきまで私に対してそんなんなかったでしょう!?勘違いですよきっと、それッ」
「いやもう恋愛イベント立ってるから。強制イベだから中断むりぽ。
…あ、ちな言う。今日から**ちゃんの攻略wi_ki立てる気満々だから、よろ」
「立てんなそんなwi_ki!!茅ヶ崎至のキャラがブレッブレで怖い!!」
数時間前に『至さんはデキる大人』と言った自分をぶん殴ってやりたい衝撃に駆られた。
兎に角、なんとか無理やり至さんの手から逃げ、スマホを確認する。
いづみが夕飯を用意してくれてるし、そろそろ帰らないといけない頃合いだった。
「至さん、そろそろ帰りましょう。いづみがご飯作って待ってくれてるみたいです」
「ん?あー… 監督さん、またカレー作るって今朝言ってたけど、マジ?」
「ま、またって…。帰ったらご飯があるって言うだけ幸せなんですから。」
「それもそうか。…あ、待って。ソシャゲの体力消費させて」
至さんはこちらの返事を聞かずスマホを取り出して何やらゲームを始めた。
ゲーム、好きなんだな…。時々聞こえる「チッ。雑魚うざ…」とか「っしゃ!4キル」とか熱くなって出てくる言葉にガチモードを感じる。
実況中もこんな感じなのかなァ…そう言えばたるちさんの実況見たことないな、とか考えていたら、満足したようで至さんがスマホを片づけた。
「お待たせ。帰ろっか」
「あ、はい。レシート…」
会計に持っていくべくレシートに手を伸ばすと、手が届く前にパッと取られた。
勿論、私以外でそれを取るのは至さんしかいない。彼はスタスタとレジに歩いて行った。
「ちょっ、至さん!会計払わせてくださいっ」
「何言ってるの。こう言うのは男が払うもんでしょ?」
「いやそれ只の偏見…。」
「って言うか、俺の神に払わせるとか無理だから」
「いやっ、そもそも今日は一日私が付き合わせちゃってるんですから。これぐらい払わせて下さいよ!」
そう言いながら追いかけるも、至さんは早々に会計を済ませて笑顔で私の手を引っ張った。
こ、こやつ…オタク要素全開で忘れていたが、エリートサラリーマンだった…!
あまりのキャラ違いに忘れかけていた。これだからデキる男はっ
「至さん、いくらでしたか?払いますから」
「お礼なら、憧れの神と逢えたってだけで十分だよ。」
「それじゃあ、私が納得できません。せめてガソリン代だけでもっ」
「じゃあ、今度また俺とデートしてくれる?」
「…は? で、でーと…?」
「そ。言ったでしょ?**ちゃんの攻略wi_ki立てるって。あれ本気だから」
にこ、と爽やかスマイルを浮かべて至さんは車の助手席を開けた。返答する間もなくスマートに車に乗らされ、すぐに至さんも運転席に乗り込んだ。
…いや、まあ、出かけるのに付き合うのは別に構わないけど…。
そもそも至さんは私のどこに恋愛対象となるきっかけを見つけたんだ?と言うか、本当に恋愛対象なのか…?
至さんの謎すぎる行動やキャラに頭の中をぐるぐる回している間に、至さんはご機嫌で車を運転していた。
数分後、MANKAI寮に帰宅した私たちに真澄くん達から「今日は至とデート…ずるい」、「今日は襲われてないの?」と迫られることを、この時の私はまだ知らない。
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