翌日。晴天に恵まれ、気持ちよい春の気候の中出掛ける。
今日はいづみとの約束の日。何度かLIMEでやり取りを交わし、内容を見る限りには問題はなさそうだ。
でも、彼女が劇団についた辺りから返信がこなくなった。既読すらついていない…何かあったんじゃないだろうか。

(早いところ用事を済ませて彼女の安否を確かめなきゃ)

逸る気持ちを抑えられず、少しでも時間を短縮しようと集中して仕事を終える。
仕事に集中した甲斐があり、思ったよりも早くに仕事を終えることができた。仕事仲間から「何、デート?」とニヤニヤ聞かれたけど無視。

「お疲れさまでした!お先に失礼しますっ」

タイムカードを切って、ひったくるように鞄を取ると店から飛び出す。
腕時計を確認すると、時刻は11:07。今から電車に乗れば、昼前には天鵞絨駅に着けるだろう。電車の時刻を思い出しながら、私は速足で駅に向かった。



02.



ガタン、ゴトン…

今日は日曜日。休日だと言うのに、電車の中は蒸せかえるほど人が多かった。
まるで平日の通勤ラッシュのような込みよう…周りの人たちを見ると、何かのイベント帰りの人が多く見える。どうやら複数のイベントが重なっていたようだ。

残念ながら椅子に座ることが出来なかった私は、人に押しつぶされないように鞄を前に抱え込みながらスマホを操作する。

(…あっ。再生数が増えてる)

愛用している動画サイトを開き、自分の動画をチェックする。
私は趣味で曲を作り、こうして動画サイトに投稿している。
メジャー受けするような曲ではないのだけど、先日とあるアプリゲームの挿入歌の製作に協力させてもらえたことから、以前よりも動画再生回数が伸びてきた。

嬉しい反面、名前が売れてきだしたことへの不安も相まって、こうして毎日動画のチェックを欠かさなくなった。

(やっぱり、ポップ系とかロックサウンドが伸びやすいかしら? …うーん…。でも、媚びるよりは自分の好きな音楽を作っていきたいしなァ。)

イヤホンを付けたまま過去に自分が作った動画を見返す。ミュクロ界は若者が多いこともあって、自分が得意とする音楽は再生数が伸び悩んでしまう。
けれど、人の目を気にしていたら音楽を作るのが楽しくなくなってしまう。そうだけはなりたくない。

(次は物語を題材にしたインストとかも作ってみたいなァ…。 ……?)

新曲のインスピレーションはふとした時に湧き上がる。それは視界に入った物から生まれることも。
そう考えた私はスマホから一旦目を離して視線を周囲に向ける。
偶然隣に立っている男の子に目を向けた時、違和感を感じた。

男の子は自分の靴を見つめるように下を向いて、ぐっと息を詰めているように見える。
この人込みにやられて具合でも悪くなったのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。

男の子の後ろに密着している人物の動きが可笑しい。満員電車に揺られて密着している…と言う感じではない。
よくよく見ると、少々息を荒くしながら男の子にくっついて…

(…ははぁん。なるほど)

痴漢。その二文字が脳内に浮かんだ。
この男性がホモなのか、男の子を女の子と間違えているのか知らないけど…これはどうしたものか。

大声を出して「この人痴漢です!」って言えば話は早い。が…見るからに年頃の男の子が、男である自身が男から痴漢をされていると周りの人に知られれば羞恥に耐えかねないだろう。
かと言ってこのままにしておくのも可哀そうだ。
どうしようかと考えていた時、電車が次の駅に到着して動きをゆっくりと止めた。

電車を乗り降りする人達が、窮屈な人間の波を動かしていく。
今がチャンス!と踏んだ私は、多少強引に隣の男の子の腕を掴んで自分の方へと引っ張る。

「っ!」
『発車いたします。ご注意ください』

男の子の体を自分の前へと滑り込ませたと同時に、アナウンスが流れた。電車が再びとゆっくり動き出す。
男の子は驚いて目を見開いて私を見下ろしていた。
…キミ、意外に身長高かったんだね。

ちらり、と痴漢男性を見ると、向こうは怒りで眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいた。うわあ、コワ…。

「…アンタ」
「キミ、どの駅で降りる?」
「え?あ…天鵞絨駅…」
「そう。じゃあ、悪いんだけどそれまで我慢してて」

男の子と話している間に痴漢男性がゆるり、と近づいてきて(この人込みの中よく動けるな)私越しの男のお尻に向かって手を伸ばそうとする。

(これだけやってまだ諦めない執念…凄いわ)

変に感心しつつ、伸びてきた手の甲をぎゅっとつまむと「ッテ」と息を詰めて手を引っ込めた。
ギロリ、と憎々しそうな睨みを効かせてくる痴漢男性から目を反らす。

…いや、無視するとかじゃなくて怖いから目を反らしただけだけど。

(よく見たらこの子、すっごい綺麗な顔してる…。うん、男から狙われても仕方ない造形かも…)

ツートーンの髪、綺麗な菫色の瞳、端正な顔立ち、そして若さ…。

うん、これは狙われるわ。

きっと純粋無垢な少年を穢れた大人の手で汚させてはいけない。
さっきのように隙間から狙ったりできないよう、男の子の体を窓際に寄せ(狭くしてごめん)私の体で壁を作る。さっきの痴漢男性を睨む…のは怖くてできないから、「負けんぞ」と言わんばかりに精いっぱい顔を引き締めてキリッとする。

「大丈夫。私が守るから」

彼にしか聞こえないよう(痴漢男性に聞かれて逆上されたら困るから)小声でそう囁く。
今の私、めっちゃかっこよくないか!?

内心ウキウキしながら見上げた先で、目をいっぱいに開いた男の子の顔が見えた。
嫌がられてはなさそうで内心ほっとした。
大丈夫。おばさんが守ってあげるから、安心して!

このまま何事もなく目的地まで着きますように…。




――私の心配は露と消え、あれ以降痴漢男性は何もしてこなくなった。
まあ、流石にあれほど邪魔されればできないだろう。

幸いにも目的地が同じだったため、天鵞絨駅に着いた瞬間男の子の背中を押すようにして一緒に外へ出ていく。
そのまま人の流れに沿って駅前まで来ると、やっと肩の力が抜けた。

(あ、やばっ。時間!)

腕時計を確認すると、時刻は12時を回ろうとしている。
脳裏に浮かんだ可愛い後輩の顔を思い出しながら、いそいそと鞄から地図を取り出す。

道筋を算段していた私に、さっきの男の子が声をかけてきた。

「ねえ、アンタ」
「ん?あ、さっきの。大丈夫だった?」
「俺は、大丈夫。助けてくれて…ありがと。それより」
「大丈夫そうで良かった。じゃあ、悪いけど私急いでるから。君も気を付けて帰ってね、それじゃっ」
「あっ」

少年がまだ何か話したそうにしていたけど、今はいづみのことが心配だった。
申し訳ないけど、少年に手を振って「ばいばい」とお別れを言って走り出す。

私がいなくなった後、一人取り残された少年が暫くその場から動かず、私が走って行った方向を暫く見つめていたとは知らずに。

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