03.
ビロードウェイには、以前友人と一緒にお芝居を見に来たことがある。
今私が探しているいづみが劇団員として活躍していた時も、何度か演劇を見せてもらいに来ていた。
最近は来ていなかったが、久しぶりに来ると、通り過ぎていく光景に懐かしさを感じた。
(えーっと、此処を曲がったら…)
いづみから送られてきた地図を見ながら建物の角を曲がろうとした時、耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(あれ?この声…)
走っていた足を一旦止め、声の聞こえる方向に神経を集中させる。
…やっぱり、この声は間違いない。
でも、何でこんな所に?
向かおうとしていた方向を変え、声の聞こえる方へと足を進める。
大通りに出てきたところで、その声の人物を視界に収めることができた。見覚えのある後ろ姿に声をかける。
「えーっと、いづみ…?」
「…え? ――あ!」
ブラウンの髪をなびかせて女性がこちらへ振り返る。その顔が間違いなく私が探していた後輩だと分かると、無意識にホッと安堵のため息が漏れた。
私が声を発するよりも早く、花のようにパァッと表情を明るく、且つ迷子の子どもが親を見つけた時のように目を潤ませたいづみが駆け寄ってきた。
「**先輩ぃぃぃぃ!!」
「おぐほぁっ!?」
ガバッと効果音がつきそうな程、勢いのあるジャンピングハグをかましてくれた後輩を何とか受け止める。後ろ脚でよく踏ん張った自分。
感極まって妙に高い歓声を上げる後輩の背中をポンポンと叩きながらさっきまでいづみがいたところを見ると、ポカンとこちらを見ている男性二人の存在に気づいた。
…とりあえず、落ち着いて話をしようか。
03.
「いやあっ、突然何事かと思いましたが、監督のご友人の方でしたか!あははっ、驚いちゃってすみません!」
「いやァ、こちらこそお恥ずかしいところをお見せしてすみませんでした。」
「…ぐすっ」
「ほら、いづみ。もう泣き止んで?何で泣くのか分からないけど…」
「先輩に会ったら、何だかホッとしちゃって…ごめんなさい」
私が渡した(ダジャレじゃない)ティッシュで鼻を噛みながら、ようやく涙の落ち着いてきたいづみが顔を上げる。
後輩が完全に落ち着くように頭を撫でていると、先ほどからオロオロと心配そうにこちらを見ている男の子に気が付く。
男の子は目が合うと慌てて姿勢をぴしっとしていた。そんないいのに…
「あ、あの!えっと…大丈夫、ですか?」
「ええ。だいぶ落ち着いてきたら。心配かけてごめんなさいね」
「あっいえ!こんな状況ですし、安心できる人に会えて良かったと思いますっ」
…何てできた子なんだろう。まるで春を表現したような温かい少年の気遣いに、じーん…と感動する。
いづみの肩を撫でながら、反対の手を少年に差し出す。
「紹介が遅くなって、ごめんなさい。私は△△**。いづみとは先輩後輩の関係なの。よろしくね」
「あっ、すみません!俺、佐久間咲也って言います。花が咲くの咲也です。よろしくお願いします!」
「こちらこそ。そちらの方も、どうぞよろしくお願いします」
「これはご親切に!僕は松川伊助と言います。以後お見知りおきを!」
快活に笑顔を見せる咲也君、天パで柔らかく笑う伊助さん。二人の名前を頭に刻みながら握手を交わす。
…ん? 『松川伊助』…?
「あの…ひょっとして、MANKAIカンパニーの松川伊助さん、ですか?」
「え?ええ、そうですけど。どうしてMANKAIカンパニーのことを知ってるんですか?――はっ!?ももも、もしかして、お客様!?」
「あ、いえ。違います」
「違うんですか…」
私が観客ではないことに、分かりやすいぐらい肩を落とす伊助さん。
何も悪いことしていないのに、もの凄く申し訳ない気持ちになってしまう…。
「じゃあ、どうして**さんがMANKAIカンパニーのことを?」
「それは、私が昨日先輩に話してたの。支配人から手紙が来たってことを伝えていたから」
「ああ!そうでしたか」
納得したようで何より。
明るく自己紹介も終わったところで、私はさっき聞いた話を思い出して声のトーンを落とした。
「それにしても…劇団の復興の為とは言え、さっき話してくれた“今日のノルマ”は達成できそうなの?」
私の質問に、今まで明るかった三人の顔が沈んでしまった。
その様子からまだ兆しが見えていないことを察して、私は苦笑いを溢すしかなかった。
劇団の復興――MANKAIカンパニーは危機的状態だった。
昔…いづみの父である立花幸夫さんが監督を務めていた頃。劇場にはたくさんのお客さんが押し寄せ、毎公演満席御礼になるぐらい全盛期だったという。
しかし、その幸夫さんが行方を眩ませてからと言うもの、MANKAIカンパニーは見る見ると活気をなくしていき、今では閑古鳥が鳴くような惨状になってしまった。
現在劇団員は咲也だけ。それも、昨日入団したばかりらしい。
…逆に、よく今まで保ったわね。
MANKAIカンパニーが取り壊されない為には、『本日の日没までに新入団員を2人以上集める』という条件が出されたらしい。
MANKAIカンパニーの評判は最悪の状態。
かき集めるにも人手も人望も足りない…そんな現状で2人以上見つけるのは厳しい。
「それでも…やらなくちゃっ。お父さんの作った劇団を潰させないためにも」
硬く拳を握るいづみ。彼女はやると決めたことは最後までやり遂げる。
特に、ずっと探していた父親に関連するものならば尚更だろう。
「あの…**先輩ッ。良かったら…先輩の力も貸してもらえませんか?」
やる気溢れるいづみを見ていると、いづみが私の顔を見上げて恐る恐る聞いてきた。
そんなことを、答えはとうに決まっている。自分より少しだけ下にある頭に手を乗せながら頷く。
「もちろん!いづみを守るために来たんだもの。私にできることがあるなら、何でもするわ。一緒に頑張りましょう」
「〜〜!先輩、ありがとうございますーっ!!」
「これは何という仏の手…!支配人である僕からもお礼を言わせて下さい!!」
「お、俺からも!ありがとうございます!」
再び感極まって抱き着いてくるいづみに影響され、伊助さんと咲也君にまでお礼を言われてしまった。うん…感動しているところ悪いんだけど、まだ解決したわけじゃないからね?
「それで、どうやって団員を探すの?」
「あっ、そうですよ!ビラ配りでもします?」
「うーん、闇雲に声をかけても効果は低そうだし…」
私と支配人からの問いかけに、いづみが真剣モードになって考える。
数分だけ悩ませると、彼女は決心したように顔を上げた。
「そうだ!ストリートACTをするのはどうですか?劇団の宣伝にもなるし、演劇に興味がある人が集まる筈」
「なるほど!いいですね!」
「…ごめん。ストリートACTって何?」
私だけ分かっていないのが申し訳なく、傍にいた咲也君にこそっと耳打ちする。
咲也君は嫌な顔もせずに丁寧に教えてくれた。
「ストリートACTって言うのは即興劇…エチュードともいいます!その場で物語を作って演じるんですよ」
「なるほど…ありがとう。それをやるの?」
「そうみたいですね。内容は行き当たりばったりなんですか?」
「ある程度はテーマを決めたほうが良いと思う。今回は劇団の良さを伝えるようなストリートACTをしよう!」
いづみ監督と伊助支配人によって、MANKAIカンパニーに入るメリットを紹介するような脚本のストリートACTを演じることになった。
配役が、支配人が伊助さん、監督役がいづみ、オーディションを受けに来た劇団員志望の男の子が咲也君、そのマネージャー役が私。
設定はオーディションの最中とのこと。
「あの、いづみ…あれだけ偉そうに言っておいて何だけど、私演劇経験ゼロよ?即興劇なんて尚更自信がないんだけど…足引っ張らない?」
「そんなこと言ったら私だって同じですよ!演劇経験はあっても大根役者ですから」
「俺も、舞台経験は今日が初めてでした!だから大丈夫ですよ、**さん!一緒に頑張りましょうっ」
何をどう大丈夫と豪語できるのだろう…。でも、咲也君といづみの無垢な笑顔に励まされては反論もできない。
大人しく私は立ち位置に立って、演劇をスタートした。
「やあ!僕は劇団MANKAIカンパニーの支配人だよ!」
(し、支配人の自己紹介から入った…)
演劇と言うより、小学生のお遊戯会のような流れだ。まあ、即興で作った脚本だから仕方がない…とは言え、大丈夫だろうか?
心配を他所に、面接を受けに来た咲也君の出番が回ってきた。
「志望動機はなんですかー?」
「え、えっと。元々お芝居に興味があったんですが、たまたこの劇団に住み込む…いや、住む込み劇団員を募集しているのを見かけてっ、思い切ってお、応募しました!」
初めてのストリートACTに緊張してか、声が上ずっている。それは後に続いた監督役のいづみもだった。
遠巻きから足を止めて見ていた観客の方から、くすくすと嘲笑が聞こえてくる。
それが聞こえたのか、いづみの顔が赤くなって俯いた。
(仕方ないとはいえ、悔しいなァ…)
この短時間の中で、咲也君もいづみも演劇に対する愛情が大きいことが分かった。
だからこそ全力で頑張っている。
そんな人の頑張りを表面的にしか評価せずにあざ笑うのはその人の勝手だが…いい気はしない。こんにゃろう。
カチカチに固まる咲也君、俯いたいづみ…二人の姿を見て、大きく息を吸い込んだ。
「咲也はとてもいい子です!!演劇に対する熱意も人一倍大きく、見る人を笑顔にする魅力を持っています!!」
「へっ?」
突然大声を張り上げた私に、咲也君といづみが驚いた顔をした。伊助さんは「おお!」と感心したように目を輝かせている。
「こちらの劇団には団員寮があって!食事もついているとお聞きしました!少しでも劇団員への負担が減ることで!より稽古に励むことができるのではないかと思います!!」
演じるというよりも、まるで運動会の応援団のエールのようだと自分でも思う。
さっきまで笑っていた観客たちが今度は引いた目で見ていた。
「何アレ…棒読み通り越して、演説みたいになってるじゃん」
「でもさ、この辺りで団員寮ある劇団あったんだ?知らなかった」
耳に届いた声に内心ガッツポーズを作る。
そう、今大事なのはMANKAIカンパニーのメリットを広めること。
そもそも私は団員ではないのだから、プライドとか羞恥心とか持つ暇があるなら、一人でも多くの人に言葉を聞かせられるよう叫ぶしかない。
「是非!!我が咲也をMANKAIカンパニーに入団させて下さい!お願いします!!」
「…っ!俺からも!宜しくお願いします!!」
私の大声に充てられ、咲也君もお腹から大きな声を出して頭を下げた。
おおっ。キミ、凄いね。そんな声出るんだ。
そこから、何度も何度も同じシチュエーションで、時折アドリブを交えながら公演を続けていった。
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