04.
あれから暫く、私たちはストリートACTを続けていた。
まだそれほど時間は経ってないが、特に立ち回りの多い咲也くんの疲労が大きい。
「はあ、はあ…っ」
「咲也くん、大丈夫?」
「っはい…!これぐらい、どうってこと」
へらり、と笑顔を頑張って作っているが、どう見ても無理をしている。人も全然集まらないし、此処は一旦仕切り直したほうがいいかもしれない。
そう思い、いづみの方をちらり…と見る。しかし、彼女と視線が合うことはなかった。
「……(じーっ)」
「…?」
いづみが、何処かを一点集中して見ている。いつもパッチリと開いた大きな目を、じっとりと細めながら…。な、何をそんなに訝しんで見ているんだろう?
気になった私は、演劇の役も忘れて彼女と同じ方向を見やる。
「…あ…あれ?」
そこには、商店街の一角からこちらを見ている見覚えのある少年がいた。
04.
(あれ、さっき電車で会った子?何でこんな所に…)
もしかして見間違いかと思ったけど、あんな綺麗な顔した美少年はそうそういない。独特なツートンカラーの髪が少年本人だと物語っている。
ぽけーっとそちらの方ばかり見ていると、隣から軽く服を引っ張られた。
「**先輩っ、あの男の子…さっきからずっとこっちを見ている気がするんです。」
「え?そ、そうなの…?どれぐらいから?」
「私たちがストリートACTを始めた頃からずっといましたよ!」
「ええ!?う、嘘」
全然気が付かなかった…。いくら初めてのお芝居で周りを見る余裕がなかったとは言え、あんな人目を惹くような美少年にすら気づかなかったとは…自分の視界の狭さに驚いた。
(でも…ずっと見ていたって言うことは、あの子もしかして演劇に興味があるんじゃないか…?)
見た感じ高校生ぐらいだし、年頃の男の子なら声を掛けるのも勇気がいるだろう。だったら逃げてしまう前にこちらからアタックだ!
となれば、此処は見た目から勝負しなくてはッ。横を振り返れば、未だに難しい顔をして男の子を睨んでいる(何で?)いづみがいる。
「いづみ、あの子演劇に興味があるかもしれないわよ!ほらっ、声かけて来ておいで」
「え、ええっ?私が、ですか?でもあの子、さっきから…」
「いいから、いいから!善は急げって言うし、逃げられる前に早くっ」
絶好の団員確保のチャンス!…だと言うのに、何故か二の足を踏んでいるいづみの背中をトンッと押すと、渋々少年の方へ向かっていった。中の下…いや、下の上くらいの見た目の私が行くよりも、上の位に位置する容姿のいづみが勧誘した方が成功の確率が上がるだろう。
「頑張れ、いづみっ」
「あれ?立花さん、何処か行ったんですか…?」
支配人から貰ったタオルで額の汗を拭っていた咲也くんがやっと気づいたようで、辺りをきょろきょろと見まわす。彼の様子を見ながら、私は自分が飲もうと買っていた350mlのお茶のペットボトルを鞄から出した。
「すぐに戻ってくると思うわよ。はい、咲也くん。お疲れ様」
「え?あ、これ…**さんの飲み物なんじゃっ」
「あ、大丈夫よ!まだ口つけてない新品だから、心配しないで」
「い、いや、そういう意味じゃなくて…!」
申し訳なさそうにわたわたする咲也くんは見ていて非常に可愛…面白い。きっと人から物を貰うのに慣れてないんだろうなァ……いやあ、純粋って清らか。
ほのぼのと彼の慌てふためく姿を見ていると、突然ピタリと動きが止まり、綺麗な紅色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「あれ…?真澄くん?碓氷真澄くんだよね?」
「…へ?」
だ、誰ソレ。突然知らない人の名前を私に向かって呼ぶ咲也くん。…否、どうやら私越しの誰かに話しかけている?
そう解釈して後ろを振り返ると、さっきまで遠くにいた美少年といづみが並んで後ろに立っていた。
(もしかして、彼の名前?)
「咲也くん、知り合い?」
「話したことはないですけど、うちの学校の後輩です」
後輩…と言うことは、咲也くんと同じ学校の子かな?
咲也くんに紹介された美少年は、眉を寄せて咲也くんを見て首を傾げた。
「…お前、誰?」
「あ…やっぱりオレのことなんて、知らないよね。」
あはは、と苦笑しながら咲也くんは頬を掻いた。私だったらこれほど可愛くて良い子を忘れたりなんかしないと断言できる!
誰に熱弁しているか分からないが、心の中で握りこぶしを作って叫んでいた時、ずっと少年の方から視線を感じていたことに気が付いた。
ちら、と少年の方を向くとばっちり目が合い、「あ…」と少年の口から声が漏れた。
「アンタ…」
「こんにちは、少年。数分ぶり、かしら?」
「え!?**先輩、この男の子と面識あるんですかっ?」
「ん?あー…まあ、うん。此処に来る途中、電車で会ったの。」
何があったか、までは詳細は言えなかった。痴漢に遭っていたなんて、少年からすれば黒歴史にしかならないだろう。これは隠しておこうと決め、再度美少年と向き合った。
「いやあ、まさかこんな短時間の内にまた再会できるとは思わなかったわ」
「…はぁ…… これはもう、偶然じゃない…」
「……ん?」
…気のせい、だろうか。少年からの視線が、やけに熱っぽい気がする…。
いつの間に距離を縮めていたのか、少年はすぐ目の前から私のことをじーっと見つめてきていた。ず、随分距離が近い、気がするんだけど…最近の若者のパーソナルスペースってこんな広いの?
「え、えっと…少年?私の顔に何かついてる?」
「……うん。可愛い」
「はあ、そうか。かわ―――…は?」
「可愛いくて、カッコいい…さっきはゆっくり見れなかったけど、改めて見ると…はぁ。やばい」
うっとりと恍惚な眼差しで見つめてくる少年は何故か頬をほんのりと桃色に染めていた。
こ、これは…何か可笑しい。妙な危険信号を感じ取って後ずさりしようとすると、一歩早く少年の手が私の手を取った。
「しょ、少年?」
「アンタが俺を助けてくれた時…すごくかっこよくて、すごくドキドキした」
「さ、さいでっか…(これは喜んでいいのか?)」
「アンタと別れて、もう会えないって思ってた…。でも、こんな所でまた会えるなんて、これはもう運命。絶対、そう」
「う、運命なんて言葉、そう易々使っちゃ駄目だと思うけど」
「ううん。アンタは俺を助けてくれた、俺の運命の人。すき」
「あはは、好きかァ!……ん?“すき”…?」
「うん、すき。だいすき。だから結婚しよ」
「…………は」
「はああああッ!?けけ、結婚ー!?」
何でプロポーズされた私より、いづみの方が大きな声出してるの。突然の少年からのプロポーズに驚愕のあまり固まる私に変わり、いづみが血相を変えて間に入った。
「ちょ、ちょっとキミ!先輩と出会ってまだそんなに時間経ってないのに、プロポーズってどういうこと!?」
「時間なんて関係ない。俺達は出会った時から結ばれる運命だった。ただそれだけ」
「ま、真澄くん!いい、いくら何でもそれはっ。第一、俺達まだ高校生だよ!?け、結婚なんて」
「じゃあ一年後に結婚する。それまで婚約する。それならいい?」
「いいわけあるかー!!ちょっ、落ち着け少年!無駄にいい顔を近づけるんじゃない!」
「照れてるところも可愛い…すき」
「これは照れてるんじゃなくて困ってるのッ!」
「何で困るの?…ああ、そっか。人目があると恥ずかしいんだ。かわいい」
な、何てゴーイングマイウェイなんだ、この子は…!!ちょっと待って、一時間くらい前に痴漢に遭ってた時のしおらしかった彼はどこへ消えたんだ!?
クールな見た目と性格とはまるで反対に、溢れ出るポエムのような甘い囁きに嫌な汗が流れ続ける。ま、不味い。このままでは不味い…話の流れを変えなくてはっ
「そ、そうだ!少年、きみ演劇に興味は」
「少年じゃない。真澄。碓氷真澄」
「え?あ、ああ…碓氷くん。きみ、演劇に興」
「真澄」
「……真澄くん。きみ、演げ」
「真澄」
こ、い、つ…!!どこまで名前に執着しているんだ…!
人の話を遮ってまでこだわるところなのか、そこは!?
「真澄くんは演劇に興味ない!?」
「………アンタ、その劇団にいるの?」
「…え?わ、私はその…お手伝い要員、みたいな?」
「……入ってないんだ?」
これ以上名前で突っ込まれる前に早口で要件を言うと、真澄くんは目に見えてしょんぼりと落ち込んだ。何故だろう…彼に垂れた耳が幻覚で見える…。
目の前で落ち込んだ真澄くんにどう声を掛ければいいのか思案していると、私たちを見守っていた支配人こと伊助さんが勢いよく身を乗り出してきた。
「な、何言ってるんですか〜!**さんはもう立派な我が劇団の仲間じゃないですか!!」
「ええ!?」
そんな話、いつの間にした!?
否定しようと伊助さんの方を振り返ると、彼は必至な形相でこそこそと耳打ちをしてきた。
「(お願いします**さんっ、今は彼を団員に入れる為に一芝居打ってください!)」
「(な、何でそれで私が劇団員にならなきゃいけないんですか!?)」
「(だって、目の前の彼は**さんに盲目のようですし、貴方が入団していると聞けば喜んで仲間になってくれますよ!)」
「(そ、それってただの詐欺じゃ…)」
「(まあまあっ、ストリートACTの延長だとでも思って!ね!)」
支配人からの強い要望に圧され、私は渋々真澄くんと向き合った。
伊助さんとのやり取りの間もずーっと見ていたようで、彼の整った顔が歪んでいた。
「…何話してたの?」
「え!?い、いや別に?」
「…俺の前で堂々と浮気なんて…。そんなことしなくても、俺はアンタしか見てないから」
「きみの脳内はサイコパスか。…じゃなくて、わ、私も一応…団員なの。まだ、見習い段階だから、お手伝い要員みたいな形だけど」
「! 見習いじゃなくなったら、アンタもいる?」
「え?う、うん…まあ…多分……?」
しどろもどろに目を泳がせながら適当なことを言ってしまった…。けれど真澄くんはその言葉を待ってましたと言わんばかりに、頬を染めて私の手を取った。
「アンタがいるなら、入る。」
「え」
「ほ、本当!?真澄くん、入ってくれるの!?」
「お前はどうでもいい」
「そ、そうかもしれないけど、うれしいよ!」
ど、どうしよう…。私、この劇団に入るつもりなんてさらさらないのに…。
けれど、目の前で真っすぐと熱い視線を向けてくれる少年に今更「嘘です、入りません」なんて言えるはずもなく、へら、と誤魔化し笑いをするしかできなかった。…かと思ったら、真澄くんは目を大きく見開いて頬を染めてぷるぷると震えだした。
「…まっ、て。今の顔かわいすぎて死ぬ。…ね、もっかい笑って」
「スマホ取り出しながらなに撮ろうとしてるの、キミは。嫌だからね」
「もうっ!いい加減!**先輩から離れてっ!」
痺れを切らしたようで、いづみが大きな声を上げて私の手を未だに掴んでいた真澄くんの手をパシッと払いのけた。払われた手をじっと見た後、真澄くんがいづみを見て首を傾げる。
「…アンタは?」
「私は監督兼主宰…に、された立花いづみです。**先輩とはながーーーい付き合いをしているから、そこのところよろしくねッ」
「…ん。よろしく。早速だけど、監督。昔の**のこと教えて」
「絶、対、に、イヤです!!」
私に腕を絡ませながら、「いーっ」と歯を向けて威嚇するいづみ。
尚も諦めていないのかじりじり…と距離を詰めようとしてくる真澄くん。
その光景をおろおろと見つめる咲也くん。
「やったー!一人ゲット!」と両手を上げて喜んでいる支配人。
誰か、このカオスな空間をどうにかして……。
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