05.
**先輩が来てくれた!もうそれだけで不安に落ち込んでいた私の気持ちが青空のように晴れていく。
中学校時代からずっと色んなことを教えてくれたり、支えてくれたり…私にとって憧れであり、大好きな先輩。そんな先輩と会えた時は、本当に嬉しすぎて思わず涙が出た。…今思えば恥ずかしいことをしちゃったと思う。
でも、先輩が一緒に劇団復興に向けて協力してくれて、更にストリートACTまで一緒にやってくれる。それが、私にはたまらなく嬉しかった。
大好きな先輩と一緒に演劇ができるなんて夢みたい!…って、ルンルン気分だった私を悩ませる種が一つ。碓氷真澄くんだ。
彼は私たちがストリートACTを始めた頃からずっと私たちを見ていた。
…否、正確には**先輩を見ていた。最初は私も「お芝居に興味があるのかな?」と思ってみていた。けど、彼の熱のこもった熱い眼差しを見て察した。
彼は、**先輩を狙っている。それも、恋愛方面で。
それに気づいてからと言うもの、私は彼を警戒するように見ていた。まさか、そんな…気のせいであってほしい。そう願っていた。
でも、私の予想は悪い方に的中してしまい、彼は**先輩にメロメロ状態だった。
団員が増えてくれるのは嬉しい。でも、それとこれとは別。大切な**先輩を突然とっていくなんて、そんなの許さない!
私は**先輩の腕をギュッと掴んで、真澄くんに向かって威嚇の意味を込めて歯を剥き出しにした。
**先輩は、私が守ってみせるんだから!
05.
突然の新星、碓氷真澄くんが劇団員に仲間入りしたことで再びストリートACTを開始した。驚いたのが…彼の呑み込みの早さと適応力の高さ。簡単な振りしか渡せていないのに、こちらが指示したことを的確にこなしている。
咲也くんとの愛らしい初々しさと相まって、この二人は華がある。…ただ一つ気になるのは
「今のでいい?」
「え?うん、バッチリだったよ」
「…今のどうだった?」
「ん!?う、うん。上手でした」
「今の感じ、どう?」
「咲也くん、彼は褒めないと死ぬ病でも持ってるのかね」
「そ、そんな病気、聞いたことないです!」
そう、何故か彼はいちいち感想を求めてくるのだ。そつなくこなしてくれるから聞かれても感想は「良かった」としか言えない。そもそも私は劇団に詳しくないから、何とも評価しにくい。
「ねえ、今の」
「真澄くん!いちいち聞かない!」
ちょくちょくといづみが喝を飛ばしてくれたこともあり、即興劇はなかなかスムーズに進行していった。
けれど、真澄くん以降興味を持ってくれそうな人は現れず…気が付けば、辺りは陽が落ちてきていた。
(制限時間は、今日の日没まで…)
「時間切れ、ですかね」
「そ、そんなー!」
伊助さんの落胆した言葉に咲也君が悲鳴を上げる。事情を知らない真澄くんだけが服の端を掴んできて「もう、おしまい?」と首を傾げる。
どうしよう…このままじゃ、本当に劇団が潰されてしまう。
「いづみ、どうしよう…。」
「あと一人。あと一人、どうにかしないと……」
「―――…ふう。なかなか条件に合うところってないんだな」
落ち込んでいた空気の中、私たちに負けないぐらい落胆した声が耳に届いた。声が聞こえた方向を見ると、高校生か大学生くらいの男の子が肩を落として歩いていた。
彼も何か探しているのかしら?そう思った時、いづみがバッと勢いよく顔を上げた。
「あの子…!確か、劇団を探していた子だ!しかも確か、団員寮のことを聞いてた!」
「え!?本当!?じゃ、じゃあ声かけてみましょうよ!
―――おーい!!そこの緑の服着た見るからに幸薄そうな青年!止まれえええええ!!」
「……え、ええ!?もしかして、俺のこと言ってるの?」
突然怒鳴り止められた青年は驚いた顔をして振り返った。うん、私も言っておいで何だけど…“幸薄そう”って言われて振り返るのもどうかと…。
何か申し訳ない気持ちになりながらも、貴重なカモを逃がすまいといづみと一緒に青年の許へ駆け寄っていく。…近くで見るとでかいなこの子!
「あれ、そっちのお姉さん、昼間の…」
「あの時、劇団探してるって言ってたよね?もう見つかった?」
「いえ、まだ…。団員寮がある劇団があるんですか?」
どうやら、いづみと面識があるらしい。青年の疑問の声を聞いて、追いかけてきた伊助さんが待ってましたと言わんばかりに満面の笑顔で声を張り上げた。
「MANKAIカンパニー、MANKAIカンパニーをよろしくお願いしまーす!団員寮完備、毎食二食付きのMANKAIカンパニーでございます!」
「毎食、二食付き…?」
「そう!どうかな?」
寮に加え、食事つきと言う良案件に青年の顔がパッと明るくなった。上手く交渉をしてくれているいづみに任せて、私は少し後ろで待機している高校生組の方へ下がって一緒に見守ることにした。
「**さん、あの人は誰でしょうか?」
「新入団員候補らしいわよ。いづみが面識あるみたいで、今交渉してる…お願いします、神様っ」
「…俺がいるのに?」
「いや、まだ足りないのよ」
「アンタ、誰でもいいんだ……尻軽」
「んまー、失礼な。人聞きの悪いこと言うんじゃありません!」
「俺がいればいいだろ?」
「ええ…(サイコパスなきみよりは)咲也くんのほうが安心できるかな」
「へっ!?おお、オレですか!?お、オレなんてそんな…頼りないし」
「そんなことないよ。咲也くんは見てるだけで笑顔になれるもの。温かい人柄が滲み出てる証拠よ」
「あ、ありがとう、ございます…!」
突然褒められたことに咲也くんは照れて頬をポポッと赤くしながらはにかんだ。ぐっ…!彼は年上キラーだ…!!あまりの可愛さに思わずぐしゃぐしゃと頭を撫でまわると「わわわっ」と驚いた声が聞こえてきた。
嗚呼、可愛いなァ…。そう思っていると反対側から恨めしそうな顔をした真澄くんがずい、と身を乗り出した。
「そいつばっか、ずるい。俺も」
「え?えーっと…それは頭を撫でてほしい、ってこと?」
「ん」
素直に頷く真澄くん。私が撫でやすいように少し屈んで待つ彼の頭をさわさわと優しく撫でる。お気に召したのか、髪の毛の下から見える彼の表情がふにゃりと和らいで笑顔を見せた。
思わぬ笑顔に雷が落ちた。
か、可愛い…!何その無邪気な笑顔!あまりの可愛さに悶絶し、その勢いのまま二人の頭を滅茶苦茶にわしゃわしゃと撫でまわる。気分はさながら犬を褒めるブリーダーだ。
「よーしよしっ、お姉さんがたくさん褒めてあげよう!よーしよしよしっ」
「わわわっ、あの!**さん!ちち、近いです!っか、髪の毛がァ!」
「…はぁ…幸せ過ぎる…。今日が俺の命日でいい」
「…先輩…何やってるんですか…」
高校生二人を可愛がることに夢中になってたら、前方から呆れたような声が降りかかった。我に返って見上げると、そこに呆れ顔のいづみと、笑顔の伊助さん、きょとん顔の青年がいた。
「い、いやァ…。年下の可愛さに充てられて、つい」
「ハァ…**先輩は昔から年下に甘いんだから」
「それより、**さん!吉報ですよ!新しい団員が見つかりました!」
伊助さんに紹介され、呆然としていた青年が我に返って律儀に頭を下げてきた。
「どうも。俺、皆木綴って言います」
「あ、どうも。私は△△**です。よろしくね」
「っす!」
ニカッと爽やかな笑顔を浮かべて挨拶を交わしてくれた。彼はとても好青年のようだ。一通り全員が自己紹介を済ますと、慌てていづみが声を張り上げた。
「もう日が暮れちゃう!急いで劇場に戻らないとっ」
「え?走るんですか?」
「事情は走りながら説明するから! 今はとにかく走って!」
「な、なんかワケありっぽいな…」
うん、滅茶苦茶ヘヴィなワケあり案件だよ。
兎に角、今は時間がない。「こっちです!急ぎましょう!」と先頭を誘導する支配人の後を追って私たちは走り出した。
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「うわあ…想像以上に凄いことになってるんすね」
「ずさん…」
「あはは…凄いわよね。私もさっき聞いて驚いたわ」
バタバタと劇場に向かって走りながら、綴くんと真澄くんに劇団の現状について説明する。いづみと支配人はいち早く劇場に戻って交渉すべく、私たちより先を走っている。…伊助さんは早くもバテバテになって、咲也くんに背中を押してもらっている。歳の差がここで影響出るとは。
「ところで、綴くんは脚本家志望なんだって?」
「っす!昔から、俺の書いた脚本で演劇を完成させたかったんです」
「そうなの。脚本って舞台を作る基盤部分よね?そんな大事なところを作れるって…凄いのね」
「いやあ、まだ形にできたことないっすから、何とも」
「…俺だって脚本ぐらい」
「何で張り合おうとしてるの」
真澄くんの着火点がよく分からん。
「えっと…**さん?は、監督と親しそうっすけど、友だちなんですか?」
「ん?ああ。私といづみは先輩後輩の仲なの。昔からの付き合いでね」
「へえ…。ってことは、**さんも何か劇団に関係してるってことっすよね?どの役職なんですか?」
「あ、あー…と。じ、実は私…劇団とは無縁な関係で…今はお手伝い、みたいな感じなの」
「そ、そうなんですか!?」
「あはは。そうなの。だから私はほぼ無関係者で…――わっ!?」
「わっ!とと…だ、大丈夫っすか?」
喋りながら走っていたせいで足元の段差に気づかずによろけてしまった。
転ばないよう踏みとどまろうとしたら、それより先に隣を走っていた綴くんが体を押さえて止めてくれた。
身長が高いせいで細身に見えたけど、支えてくれた腕の逞しさから彼は着痩せするタイプらしい。「ご、ごめんね。ありがとう」とお礼を言って立ち直す。
「…俺だって助けられた」
「いや、だから張り合おうとしなくていいって。でも、ありがとう。気持ちは嬉しいよ」
「転ばないよう、俺が手を引きましょうか?」
「あはは、ありがとう。でも大丈夫よ」
「…じゃあ、おんぶする?」
「何で恥ずかしい方にグレードアップするの真澄くん」
「それじゃ、お姫様抱っこ」
「もっと恥ずかしい!!」
「はは…。お前の愛情、すげーな…」
そんな漫才のようなやり取りをしている間に、やっと目的地に着いた。
『MANKAIカンパニー』。
此処でこれから、様々な物語が幕を開けていく―――
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