年季がある。そう言えば聞こえがいいが、どちらかと言うと古くてぼろぼろ…。それがMANKAIカンパニーの第一印象だった。
喋りながら走ってきたこともあり、息を切らせながら劇場の中に足を踏み入れる。
ギィ…と重く古めかしい音を立てて開かれた扉の先には―――想像以上に広いホールと、そのホールの真ん中で交渉らしきものをしている支配人と、いづみと、咲也くんと…ヤクザがいた。



06.



「あっ、ほら!新入団員、連れてきました!」

少し先でヤクザの人と対峙していた咲也くんが、私たちに気づいてこっちを指してきた。咲也くんに指され、ヤクザの人がこっちを見る。…う、うわあ…凄い眼光…。
私は背の高い綴くんと真澄くんを盾にコソコソと隠れながら近づいて行った。

「首の皮一枚繋がったか…運のいい奴らだ。 …しかし…」
「…?」
「歴代のMANKAIカンパニーは、男団員のみの構成で演じてきた。まさか、その女も役者なのか…?」

ヤクザの人が訝し気な視線を寄越したのは私だった。長身のヤクザから見下ろされると圧がすごい…。

「あ、あー…私は関係ありません。無関係者なので…お気になさらず」
「無関係者だと?それがどうして此処に…」
「と、とにかーく!取り壊しはこれでなくなるんですよね!?いや〜、良かった!」

伊助さんがガバッと勢いよく身を乗り出して話を切り替えてくれたおかげで、ヤクザの人の睨みから逃れることができた。よ、良かった…支配人、グッジョブ!
いづみもホッと胸を撫でおろしている。これで円満に解決……かと思った。

「何を安心している。俺は団員を集められたら“今日のところは引き上げる”と言っただけだ。新入団員が二人増えたところで、この劇団が存続できるはずはない」
「えええ!?」

ヤクザさんからの厳しい返事に、支配人やいづみ、咲也くんが目を見開いていた。
「ワケありのワケがシビアすぎる…」前方の緑の壁からそんな声が届いた。

「うう… せっかく新生春組が発足できそうなのに……。やっぱり無駄だったんだ…」
(新生、はるぐみ…?)

伊助さんの落胆した声で呟かされた単語に首を傾げた。はるぐみ…春組?もしかして、劇団内の組み分けのようなものだろうか。
伊助さんの声を聞いたヤクザさんの眉がピクリと動いた。

「その新生春組とやらの旗揚げ公演はいつやるんだ」
「え? えーと…いつぐらいですかね、監督?」
「え!?私? …うーん、もし皆で旗揚げ公演をやるとしたら、じっくり基礎から稽古を積んで半年後ぐらいには…」

突然話を振られたいづみが天を仰いで、指を折りながら公演に向けての算段を立てた。凄い…我が後輩ながら、しっかりと監督業をこなそうとしている。その姿に感動していた時、ヤクザさんが爆弾を落とした。

「来月だ。」
「は?」
「死ぬ気で猛練習して、来月中には公演を行え」

それって…一か月しか練習期間がないってこと!?そ、そんな無茶な。素人の私でも無茶ぶりだと分かる。
案の定「無理ですよ!」といづみが反論するが、ヤクザさんは聞く耳を持たなかった。

「今から言う三つの条件を満たせたら、借金の完済はしばらく待ってやらんこともない。」
「条件って……何ですか?」
「一.来月中に新生春組の旗揚げ公演を行い、千秋楽を満員にすること。二.年内にかつてと同じく4ユニット分の劇団員を集め、それぞれの公演を行い、成功させること。三.一年以内に劇場の借金を完済すること」

どれか一つでも達成できなければ、問答無用で劇場をバーレスクに替えるとの脅しまでつけられた。
…素人には分からないけど、おそらく無理難題を押し付けられているのではないだろうか。実際、支配人もいづみも「無理だ」と顔を青くしている。

「旗揚げ公演だけならまだしも、年内に4回の公演なんて、いくらなんでも無茶です!せめて、丸一年くらい待ってくれても―――」
「甘ったれんじゃねえ!!」

ヤクザさんの怒号がホールに響く。直に当てられた訳じゃないのに、私の肩までびくっとなった。「…大丈夫?」と、心配そうに覗き込んできた真澄くんに「大丈夫」と返し、真剣なヤクザさんに向き直る。

「この劇団の借金がいくらか知ってんのか? 1000万だ」
「うわー…マジっすか」
「想像できない…」
「分かったか?俺は最大級の譲歩をしてやってる。これ以上は譲れん。それとも……お前が泡に沈んで返済するって言うなら、話は別だがな」

そう言ってヤクザさんはぎろり、と睨んでいづみに手を伸ばした。
いづみの息を飲みこむ音が聞こえ、私はハッとなった。いづみの背中を見て、今まで二人の後ろに隠していた自身の体を乗り出し、慌てていづみを抱き込む。

「やめてください!この子を巻き込まないでくださいっ」
「っ先輩…」
「巻き込むな、だと?監督と言う立場にあるのに、随分と無責任なものだな」
「この子がいつ、自分の意志で“監督”と名乗ったか知りません。でも、どう見たって困り事を押し付けられて無理やり“監督”にさせられているようにしか見えません!こんなの、ただの悪徳詐欺です。 第一、この劇団が今まで積み重ねてきた借金を、いづみが一人で払わなくてはいけない義理はありません。」
「……だったら、お前が払うか?尚無関係者のお前が」
「…この子に一人負担がかかるぐらいなら、私も請け負います」
「……ほう…」
「せ、先輩!?ダメですよ!先輩こそ無関係なんですからっ」

私より少しだけ低いいづみが見上げながら抗議を上げる。そりゃ、私だって極力関わりたくない。でも、大事な後輩が危険に晒されているのに、黙って差し出すわけにもいかない。
ヤクザさんから品定めされているような視線を浴びて、背中にじっとりと汗が流れる。すると、今度は私たちの前に無理やり真澄くんが割入ってきた。

「この人を変な目で見るな」
「真澄くん…」
「この人を変な目で見ていいのは俺だけ」
「待てい。そんなの認めた覚えないぞ」

折角のいいシーンが台無しだ…。私たちを隠すように前に出てきた真澄くんをヤクザさんが暫く見ていたが、ヤクザさんは再び視線をこちらに向けてきた。

「もう一つ条件がある。お前だ」
「…? 何ですか、私は泡には――」
「お前がこの劇団の総監督とやらになることだ。」
「――え?」

ヤクザさんがいづみに向かって放った言葉に、腕の中の彼女が目を大きく見開いた。この反応を見る限り、やっぱりこの子が監督業を納得して受け持っていたわけではないようだ。
皆が驚いている中、支配人だけが「それならいけます!」と身勝手なことを言ってしまう。

「ちょっと、そんな簡単に言わないでください!私は、今日の団員集めを手伝っただけで、監督なんてそんなつもりは……」
「なんだ、やっぱり逃げるのか。父親と同じだな」

ヤクザさんの言葉に、いづみがピタリと止まった。

「――どういう意味ですか」
「お前の父親は総監督でありながら、劇団を放り出して逃げたと聞いている。大方経営がうまくいかなくなって、逃げ出したんだろう。娘のお前も、しょせん蛙の子は蛙だな」
「幸夫さんはそんな人じゃありません!!」
「だったら、何故この劇団はこんな状況になっている?」
「そ、それは……」
「…いづみ、大丈夫?」

ヤクザさんからの言葉にショックを受けたのか、いづみが下を向いて動かなくなってしまった。内容が内容なだけに、下手な言葉掛けはできない。
どうしたらいいのか……。そう考えていると、思ったよりも早くにいづみの顔がゆっくりと上がり、私の腕の中から出てヤクザさんと向き合った。

「…私が逃げなかったら、ヤクザさん、さっき言ったこと撤回してくれますか」
「さっき言ったこと?」
「お父さんは逃げ出したんじゃない。この劇団を放り出したんじゃないって」
「お前が本当に条件を全てクリアできたらな。それと、俺の名前はヤクザさんじゃねえ。古市左京だ」
「左京さん……分かりました。責任をもって、監督を務めます」
「や、やったー!監督万歳!」

凛とした姿で監督を任されることを承諾したいづみに、支配人が両手を上げて喜んだ。お父さんのことを馬鹿にされて、火が点いてしまったんだろう。まあ、いづみが自らの意思で監督を請け負うと言うのなら、私もとやかく言うつもりはない。
立派に前を向く後輩の背中を誇らしげに、けれど少し不安な目で見ていると…「それから」とヤクザさんこと左京さんが口を開いた。そのまま指を持ち上げて……
……ん?私を、指している…?

「お前。役者ではないんだったな?」
「私、ですか?はあ、そうですけど…」
「そうか。なら、お前もこの劇団に入れ。」
「……は?」
「お前に関しては役職を指定しない。但し、どんな形であれこの劇団に所属すること。それを最後の条件とする」
「ちょっ、待ってください!この人に関しては本当に無関係じゃないんすか?」

想定外な条件に驚いたのは私だけではなかったようで、私の代わりに綴くんが声を上げてくれた。左京さんは、相変わらず鋭い目つきでこちらを見ている。

「無関係な人間だからこそだ。このMANKAIカンパニーはトップシークレットな情報が多い…それをこいつは知りすぎた。ここの情報を外部に漏らされれば、俺達の組織の評判もガタ落ちる。だったら、此処の劇団員にした方が手っ取り早い」
「はあ…なるほど…」
「ちょっ、**さん。そんな他人事みたいに聞き流していいんですかっ?」
「いや、聞き流しているわけじゃないけど…。ちなみに、これ断ったらどうなるんですか?」
「即劇場を取り壊す」
「**さん!!入団しましょう!!」

おうふ…。左京さんに負けないぐらい、支配人の圧も凄い。咲也くんが心配そうにこちらを見てくれている。それは私の心配なのか、劇団に入ってもらいたいことへの心配なのか…。
けれど、いづみも監督を任されたんだ。彼女が折角父親の為、この劇団の為に腹を括ったのに、私がそれを台無しにしては元も子もない。私も腹を括るしかない。

「分かりました。でも、何に配属するかは監督や支配人と相談したいので、少し考えさせてください」
「いいだろう。」
「先輩…!」
「やったー!これで本当に首の皮が繋がりましたよ〜!!」

「ありがとうございます!!」と支配人に両手を握られ思い切りぶんぶんと上下に振られた。思い切り真澄くんが支配人の背中を蹴って「触んな」と言ったのは見なかったことにしよう。
一通り話を終えると、左京さんはコートを直し、カツカツと靴音を鳴らせて歩き出した。

「今日の所は帰ってやる。但し、さっき言った条件を忘れるなよ。――引き上げるぞ、迫田!」
「あいあいさー!」

どこに控えていたのか、子分の人らしいコワモテの男の人を連れて、左京さんはMANKAIカンパニーから出ていった。
後ろ姿が完全に見えなくなった時、ニンマリと笑顔を作った支配人が出口に向かって

「後でほえ面かくなよー!」

…と、負け犬の遠吠えのような言葉を放った。
やっと一難去った…と、思ったら、また別の一難がやってきた。

(劇団、かあ…)

勢いで言ったものの、どうしよう。今更ながら今後の先行きが不安になってきて、けれどもうどうしようもなく、私は小さくため息を零すしかなかった。


prev next

 


 top