誘ワレル胡蝶


「あ、消えた」「横に行ったのよ」「ああ、最近開発されたオプションか」「バッタでしょ?バッタ!!」「紅香煩い」「………はい」

雑談を交えながらも三人の視線が向かうは画面の向う側。まだあどけなさの残る少女と少年が刀型のトリガー、弧月を突きつけあう映像だった。

歳の頃は同じか。差ほど変わらない背格好であるが少女の方がかなり優勢であることが一目で分かる。最近取り込まれたばかりのオプショントリガー、グラスホッパーを駆使し少年の死角へと移動しつつ正確に急所へと切りつける様は躊躇すらない。慣れたものだ。そして少年の隙を見逃さず、そのまま的確にトリオン器官へと弧月をぶっ刺した。

少女のデータは何故だか少なかった。好戦的な人種でないにしても少女がボーダーに入り、B級にあがった時期を考えてみてもやはり少ない。その少なすぎるデータからでも分かる、少女の戦いなれた様子。トリガーで、ではない。別の要素。

ふぅ、と一息つく。
隣の二人も興味を引かれたように此方の様子を伺っている。どうするのか、と目が言っている。んー、と両手で自身の顔を覆いもう一呼吸した。

戦ってみたいと思った。勿論負けるつもりは無いがこれは勝ち負けの問題ではない。一番最初にそう思ったのだ。あの子の戦いを見た時、ぶわっときた全身粟立つ昂り。自分でもほとほと呆れてしまう。私は自分で思っているよりも馬鹿な腐れ縁と同種のようで、隊に引き入れるという当初の目的よりもただ単純にヤりあってみたいなどと瞬間に思ってしまったのだ。

この子は伸びる。絶対に。

「………………いいなぁ」




「椿姫ちゃん、単刀直入に言うね。私の隊に来て欲しいの」

回りくどい言い方をしたところで、目の前の子の意識を変えることはできない。恐らくだが彼女はどこの集団にも入りたがらない。自分よりもずっと、誰かに縛られることを望まない、そんな子だと思った。だからか、どんな殺し文句を言ったところで返答は分かりきっていた。

「善処、です」

俯きそうに震えながら、それでも真っ直ぐに返されたはっきりとした声音。隣の二人も分かっていたことだからか眉を潜めるだけで何かを言う素振りはない。

しかし、隣の二人はであって、私は違う。そもそもこの問題は私の問題なのだ。

「なんで」
「………」
「理由は?ある?」
「………」
「少しでも考えてはくれない?」
「………」

今度は俯いていた。ずっと黙ったまま、自分を見つめる私から逃れるように下を見つめ、息を殺している。

姐さんから彼女のことは『問題のある子』だとしか聞いてはいない。その問題が一体なんなのか、たった一部であろうが見えた気がした。

「ねぇ、椿姫ちゃん。私ね、こうしたいって思ったことは絶対に曲げたくないんだ。悪いけど椿姫ちゃんのことも諦めたくないって思ってる。でも、嫌々な椿姫ちゃんを引き入れたい訳でもないの」

できるだけ優しく。何かに怯える年下の少女をこれ以上怯えさせないように。そんな私の勢いのまま強引にいかない姿勢に隣の二人が驚いているのが分かる。ってちょっと酷くない?私だってこうあからさまに何かに怯えている子相手に無理はしないよ失礼な。それでも手は引いたりしないんだけどね。

事の成り行きを見守っていた望と二宮と目があった。二人はそれなりの長い付き合いがあるからか、私が言い出したことをこんなところで諦めたりしないことを知っている。さっきまでの驚いていた表情はどこへやら。もうものの数秒で、その顔は笑っていた。私が何かをやろうとしていることを察してか、望の目が面白そうに言っている。「貴女、何を企んでいるの?」と。

そんな視線をゴホン、と自分でも態とらしいと感じる咳払いで断ち、再び目を合わせてくれなくなった目の前の彼女へと戻す。これ受けてくんなかったらどうしよという不安と、それでも引き下がれない意地と共に私は意を決す。

ええい!女は度胸!

「椿姫ちゃん!」

勢い余って思ったよりも慌てたような大きな声が 出てしまった。さながら告白前の女子か。

「これはあくまで提案。受けるか受けないかは椿姫ちゃん次第だから」

あくまで、なんて言っておきながら、それでもまぁ受けてくんなかったらとことん付き纏うんだろうけど。

私の提案に、彼女が身を固くしたのが分かった。
相変わらず望は笑い、二宮がしつこいと溜め息をついている。ので、二宮には溜め息をついたと同時に頭を強めにはたいておいた。睨まれたが気にしない。

さぁ椿姫ちゃん、どうする?



☆ ☆ ☆



「……遅ぇ」

パカパカと自身の携帯を開閉させながら太刀川はボーダーの中にある食堂に居た。

回りからの訝しげな視線はさておき、開いては閉じ開いては閉じと数回ののち、何度目かの開いた携帯画面には相変わらずの一時間程前に交わしたと思われるメッセージが覗くだけで進展は見られない。

『お昼に食堂に集合』

そう伝えられてから、自分の隊室でゲームをし向かう途中で出くわした後輩に絡みに行き、とぼちぼち暇を潰しながら来てみれば自分が一番乗りだった。12時をほんの少し回っていた。だから直ぐ来るだろうと思い先にお盆にお昼を取ったまま待っていること十分。来ない。誰一人として来ない。暇だ。マジで暇だ。プライドの塊である二宮の土下座やら姐さんとのジジ抜きの経緯やら勝敗やら他にも色々と聞きたいことがあるというのに誰も来なけりゃただの待ちぼうけじゃねぇかと不貞腐れ、そして携帯をパカパカとし出した。

「んだよ、もうすぐで一時間だぞ?お昼って12時からだよな?もしかして1時?ならもうすぐか」

来ねー来ねーとついに声に出てきたところでバタバタと食堂に駆け込む足音が一つ。それは真っ直ぐに誰も近づかない太刀川の元へと進み止まった。あ"あ"んと相手を確認した太刀川が「遅 ぇよ!」と怒鳴ったのと駆け込んできた相手、堤が息を切らせながら「太刀川!」と口を開いたのはほぼ同時だった。

「遅ぇよ!あいつらは!?お昼って何時だよ!次から時間言えよな!一時間は待ちぼうけたぞ俺!」
「大変だぞ太刀川!さっき加古ちゃんからメッセージ来たんだがあっちで面白いことあってるらしい!」

同時。お互いがお互いに興奮状態で言い合うものだから何を言っているのか伝わらない。周囲が二人の様子を見守るなかで、二人して一瞬、ハ?となったところで堤がそんなことお構いなしに続けた。


「ランク戦行くぞ!面白いことやってるって!」

17.4.25