運命路線ニ入ッタヨウデス


「お、すっげぇー」

米屋の声に釣られて向けた視線の先には、同じ年ぐらいの女の子の後ろ姿。ハニーブラウンの明るい髪が特徴で、それ以外はどこにでも居るような普通の子に見える。しかし、その子の周りに広がる光景を認識した途端、俺の口からも自然と漏れたのは「マジか……」と言う呆気に取られた言葉だった。

「何杯で終わるか当てるゲーム」
「無理無理。まだ注文してんだぜ?」

本部に向かう道すがら。休日とあって賑わっている商店街の外れに堂々と開け放たれている飲食店でその光景を目撃した。ボーダーに近くそして美味しいと中々の評判だからか、そこはボーダー関係者とくに大人組がよくたむろする店だったからよく覚えている。

到底一人分とは思えない、いや五、六人分はあると思われる食べ残しのない食器の山がその子の周りに列なるように並べに並べられている。店主だけじゃなく通行人も吃驚な光景だなおい。そしてまだ続く注文。見ているだけで胃もたれしてきそうだ。

「米屋ー早く行こうぜ」

見てても仕方ないだろ。えぇーもうちょっと、とごねる級友を引っ張りながらその場を後にした。それがほんの数十分前の事だ。




「やだ」
「我が儘言わないの」
「や!」

ボーダー本部基地のランク戦ロビーにて。もうちょっと遅く来れば良かったと後悔の真っ只中だ。いや、遅く来ても早く来ても変わんなかっただろうなぁ、と口論を繰り広げている先輩達へと視線を戻す。

珍しい赤毛を暴れさせ嫌だ嫌だと駄々を捏ねるのはアタッカー上位のお嬢こと紅香さんで、そんな幼児同然に膨れるお嬢を叱咤しているのはよく一緒に居るのを見かける加古さん。そしてその隣にはお嬢同様に火花散らせる二宮さん、とまぁ状況を察して頂けただろうか。つまりそういう現場に鉢合わせてしまったのである。離れては駄目か。駄目だな。ロビー入ってくる時思いっきし「おお!丁度良いところに!おーい米屋くーん出水くーん!」なんて大声で呼ばれた挙げ句手まで振られて完全にブース入るタイミング逃したし。てか何が丁度いいだよ。

「なんでペアが二宮なの!二宮とやるぐらいならつつみん召喚するわ!」
「こっちこそ御免だ。貴様ごと蜂の巣にしてやる」
「その前に叩っ切ってやる!」
「あらあら、始まる前に内部抗争が起こってるわね」

相変わらずの子供発言にプッツンきたらしい二宮さんがあ"あ"ん?と青筋たてて挑発的に鼻で笑っている。そんな二人に困ったように溜め息を溢しながらどうしようかしらねーなんて呑気に呟いている加古さん。でもその実、この状況を一番楽しんでいるであろう事は俺じゃなくても周りの友人達がよく分かっている事なんじゃないか。だってあの人見るからにニコニコじゃなくてニヤニヤしてるし。

「あの、なんなんすかこれ」

流石に状況が飲み込めない。隣の米屋もハテナを飛ばしながらも「なんか面白そうなことッスか」とお嬢と二宮さんのやりとりをけたけた声をあげ笑いながら見ている。

「何に見える?」
「子供の喧嘩」
「まぁ、強ち間違ってはいないかしらねぇ」

逆に問われた質問に即答すれば口元を隠しながらふふふ、と楽しげに笑っている加古さん。その含み笑いには一体どんな思惑が隠されているのか、まだまだ子供な俺では予想すらつかない。それがね、とまるで内緒話でもするかのように声を潜めて語る経緯に一応最後まで聞くも、俺は溜め息のような曖昧な言葉しか出てこなかった。

「あの子もあんまりノリ気じゃないんだけどね、“あのお姉さんに諦めてもらいたければここで受けて勝つしかないんじゃない?”って言ったら承諾したのよ」

あの子、と言われてそこで漸く騒動の中心となるこの輪の中に隠れるように佇むそいつに視線がいった。事の成行を傍観するそいつはつい数日前に一方的に知った奴で、ボーダーだったことに更に驚く。

「椿姫、」

椿姫閑。確かそんな名前だった気がする。

「あら出水くん、知り合い?」
「いや、知り合いって訳じゃないんすけど」

ちょっと、と言葉が濁る。
知り合いなんかじゃない。そもそも顔見知りですら危うい。たった一度だ。一度学校で見掛けただけでそれからは全く会わなかったし遠目からも見てない。あいつだって出く会わしたあの一度を覚えているかすら、ああもう、なんでこんなこと気にすんだよ。

「お嬢が隊立ち上げるって話、ガチだったんすね」

考えることを放棄して似たり寄ったりの話に摩り替える。実際気にはなっていた話だったし、と内心言い訳がましいことを募らせながら加古さんと話し込んだ。その間にもお嬢と二宮さんの口喧嘩はヒートアップしていた様で、「もう!私が決めるんだってば!」と荒ぶるお嬢の一言で、気づかぬうちに現状へと強制召喚されてしまった。

「椿姫ちゃん、米屋くんと組んで!私は出水くんと組むから!」


「「え"」」


あらー、と楽し気に弧を描く口元が隠しきれていませんよ加古さん。そんなニヤニヤ顔の加古さんと疲れきったように溜め息を溢す二宮さんの、そんな先輩二人の姿を最後に俺と米屋はお嬢に引き摺られながらブースへと放り込まれた。あ、いつものお嬢だ。



☆ ☆ ☆



ぎゃーぎゃーと何やら叫んでいるような後輩二人を引き摺りながら嬉々と立ち去る友人を笑顔で送り出した後、加古は数十分前のことを思い出していた。




「今度は一体何を企んでいるの?」

ランク戦ロビーに向かう道すがら、加古は紅香にそんな事を問いかけていた。問われた本人と言えば、意味を理解しきれていないのかキョトンと呆け気味で間抜けな顔を曝け出している。

「え、なんのこと」
「とぼけないでよ。紅香がこんなことするなんて何かあるとしか思えないじゃない」
こんなこと、と言うのは恐らく勧誘した後輩に対しての“提案”の事だろうか、とそこで漸く質問の合点がいったのだろう。ああ、と一つ頷き、笑い声をあげた。そして「違う違う」と言いながらも言葉を濁すことなく質問の応えを待つ加古へと続ける。

「何も企んでなんかないよ。ただお互いに納得する方法って言ったらタイマンかなって思っただけ」
「それで納得するのは紅香だけだと思うけど?」
「んー、そうかも知れないしそうじゃないかも知れないよ?」
「え?」

ふふ、と漏れる悪戯っ子のような声が笑っている。
にこやかに、けれどその瞳の奥に見え隠れする素顔が確信めいたように囁いた。

「他人に関心がない子があんな合わせた動きすると思う?気にしてるってことは見てるってことだよ」

案外落ちるのは早いかもね、なんて紅香の言葉に加古は何も言えなかった。代わりに漏れたのは呆れたような溜め息。

「だけど落ちたとしても納得はしないんじゃない?」
「じゃあタイマンはやめる」
「あら」
「団体戦だね!」
「………それ、何も変わってないわよ」

17.7.15