絡マッタ糸ハナニ色カ


開けた視界が住宅街を映し出す。
そして隣には無表情の後輩女子。

うん、何故こうなったし。

「あー…、よく分かんねぇけどお前も大変だな」

はは、と苦笑混じりに言葉を投げかけるも、対してこいつが投げるのは言葉ではなく視線だけ。うわぁー。やりずれー。そんな面倒臭い気持ちは心の中だけじゃなく外にも駄々漏れだったらしく、椿姫の視線が無関心から呆れに変わったような気がする。

どうスっかな、これ。
先んじて、やることになっちまったもんはしょーがねぇ。お嬢と一戦できるのは、まぁいい。願ったり叶ったりだ(最近お嬢遊んでくんなかったし)。問題はこいつ、そうこいつだ。はっきり言って2体2っつーより2対1対1になんじゃねぇーの?そう言いたくなるぐらい、こいつは協力的に見えねぇ。ああ、お嬢と出水相手だからな。下手な小細工とか効かねぇだろうしガチでどうスっかなぁ。

慣れないことに頭を使っていれば一つ、溜め息。お、と気付き俺が椿姫の方へ意識したのと椿姫がくるりと俺の方へ向き直ったのは同時だったと思う。空笑いから一転。視界に認めたのはあの椿姫が頭を下げている姿だった。そりゃ笑いだって止まる。

「え、お、ぉ?どしたどした改まって」
「迷惑、御免」
「お、おお」
「………」

…………ん?は!?単文!??もう一言じゃなくて単体じゃねぇか!こいつ日本語知ってんのかよ!

別の意味で驚き言葉を見失う。しかし、言葉の意味を理解するのには一秒だってかからない。たった2つ。

こいつでも迷惑掛けてるって思うんだな。
噂しか知らない、何も知らない、そんな女子の言動。けれどこれだけは言える。

噂ってぇのは当てになんねーなぁ。

その時、ふっと自然に笑みが溢れた。驚くだろうと思ったがそんな思考もお構い無しに、弧月を持たない方の手はゆるゆると椿姫の頭へと持っていかれ。ポンポン。数度のバウンドと笑っちまうほどの呆けた表情。なんだそんな顔を出きんだな。

「ま、気楽に行こうぜ。お嬢とやりあえんのは俺としては超ー嬉しいし?サポート頼むな、椿姫」



☆ ☆ ☆



「どういう風の吹き回しなんスか」


『一分の作戦会議と試合形式は一本勝負』と伝え損ねた事柄を内線で米屋に伝えている最中、ブスくれた声音が乱入してきた。犯人は一人しかいまい。というか私の傍には現在一人しか居ない。

ぶっすーと頬を膨らませる様はなんと可愛らしいことか。もうすぐで高校生といってもまだまだ子供だもんね、と言っても私にショタコンの気は一切無いけど。うん、可愛いよ出水くん。

「主語がない主語が」
「お嬢にだけは言われたくないです」
「んだとクソ餓鬼」
「そのクソ餓鬼駆り出してンのどこの誰っスかねー」

ぶーぶーと唇を尖らせ、悪かった機嫌が更に急降下していく出水くん。つらつらと並べられる抗議の意を、「太刀川さんが誘っても断ってたくせに」だとか「なんで俺には声掛けてくれないスか」だとか「そもそも俺も米屋もやるなんて一言も言ってないッスよ!」だとかをうんうんと相槌を打ちながら右から左へと聞き流していたら、途中から椿姫ちゃんの話題へと移り逆にそのことに目を丸くしてしまった。

「つーかお嬢はなんで椿姫知ってんスか」
「え、知り合い?」
「だから違うって!」
「だからって何!?まだ一回しか聞いてないのに!」

「最近の子は理不尽だわ!お姉さん悲しい!」「お嬢だって現代っ子だろ!」と話が逸れたことにも最早作戦などたててる時間がないことにも気づかず意味不明な言い合いを繰り広げている。何気にこの光景が馬鹿過ぎる。

「お嬢こそ知り合いだったんスね」
「ついさっき知り合ったよ」
「勝った」
「何が」

馬鹿さ加減が増したような気がしたところで、ドッカーンとアニメのような効果音と共に爆風が派手に吹いた。瓦礫の渦が砂埃に隠れて私と出水くんを攻撃してくる。奇襲ですか。マジですか。椿姫ちゃんと米屋くんの姿は見えないが弧月を構え、出水くんの方も確認すれば両手にキューブを展開していた。出水くんもやるき満々で結構結構。

ついでと言わんばかりにチラリと見えた時計は開始時刻の一分前だった。やっぱり最近の子恐い。

ま、作戦なんて合って無いようなものだし別にいいんだけどさ。タッと地面を蹴り上げればぶわりと風の動きが変わる。弧月を握る手に自然と力が入り、自分でも笑っているのが分かった。援護は任せた。あの子の力量を自身で確かめる為、私も隠れているであろう場所へと目指す。

目の前でメテオラが炸裂した。



☆ ☆ ☆



「んだよあいつー」

そう言って項垂れている、いつもと差して変わりなくだらしない隊長がまた一言。「紅香の馬鹿ヤロー」とぼやく。紅香って、……ああ、お嬢のことか。

「どーしたんスかー?太刀川さーん」

その時は柚宇さんと一緒になってゲームで白熱していて、カタカタと煩く音をたてるコントローラーは放さずに半々の意識で聞いていたと思う。だから聞き取りずらい小さな声では「また忍田さんかよ」だとか「俺の時は」だとかしか分からなかった。愚痴愚痴と、酒を煽っている訳でもないのに太刀川さんは俺達の問い掛けには一切反応を見せることはなく、なんだかその姿が寂しそうだったことだけは覚えている。

「隊を立ち上げるんだってよ」とその時聞いた。

突拍子もない、いつものお嬢の行動だから差して驚かない。いや嘘。内心かなり驚いたし驚きすぎて言葉も出なかった。だってさ、俺はてっきり集団行動が出来ない人だと思っていたから。騒ぐのが好きでも、だ。それが自分から飛び込もうとか意味分かんねぇだろ。実際太刀川さんが誘った時も「あり得ない」とか言って蹴ったらしいし。


そうして、そんなお嬢が引き入れようとしている奴と今、俺が向かい合っている現状だって信じられないことの一つだったりする。




奇襲を仕掛けてきた米屋と椿姫だが、弾がアステロイドだった為に弾道から大体の位置が割り出せた。それはお嬢も同じようで一直線に駆け出していく。俺はお嬢の援護に徹するのみだ。米屋は弾は使わない。とすれば十中八九アステロイドを撃ったのは椿姫だ。しかしそこから出てきたのは米屋一人だけだった。は?米屋?椿姫はどこだ。ぐるりと警戒してみるも椿姫の姿はどこにも見当たらない。ちっ。戦法が分からないぶんやりずれーが一つ一つ対処していくしかねぇか。まぁいい、どこからでも来いよ、蜂の巣にしてやる。米屋が駆け出す道にグラスホッパーを視認し、即座にメテオラを発射した。二人の周囲を再び砂埃が襲う。無茶苦茶な遣り方でも意図を汲み取って使ってくれんのがお嬢だ。最悪、俺の思った通りに事が運ばれなくとも上手い具合に使ってくれる。ほれ見ろ。グラスホッパーで助走を付けた米屋に一本の弧月がぶっ刺さっている。それを見て気が揺るんじまった。

失態だ。

何故あの時、弾が飛んできた場所から弾を使わないと知っている米屋が姿を現したのか、もっと考えとけば良かった。

俺の目の前にはどこから飛んできたのか椿姫が居る。ちゃんと向き合って、手にはゆらゆら白い煙が上る拳銃が俺の方へ向けられていて、一寸のぶれもなく心臓の横を撃ち抜かれていた。

相変わらずの無表情で、何考えてんのか分かんねぇあの瞳が俺を射抜く。黒い、黒くて暗いあの漆黒の瞳に自分が写っている。なんて間抜けな顔してんだよと少し笑ってしまった。漆黒の闇の中で惚けた俺自身と目が合ったのを最後に、俺の身体は砕け散った。



☆ ☆ ☆



正直、余り乗り気ではなかった。


ゆらゆら。白い煙が銃口から上っている。私が撃った拳銃から、先輩の身体に空洞が一つ、ポッカリ。米屋先輩から名前を教えてもらった、いつか学校で遠目に見掛けた先輩。確か名前は出水先輩。出水先輩の左胸から惜しげもなくトリオン粒子が漏れている。即死は出来なかったがもうほんの数秒しか持たないだろう。

出水先輩が呆けたように見つめてくる。あの時と同じ顔で、瞳で、そこにはなんの敵意も不快感もなくて。だから、柄にもなく逸らせなかった。だから、あんな表情を見てしまうはめになったんだ。


───笑ってる?


その笑みに何の意味が合ったのか私には分からない。ふわふわとした曖昧な気分だった。出水先輩から見えた『色』も汚色なんて濁っているようなモノじゃなかった。とても綺麗、だったけど隠されたモノも視えて逆に目眩がしたぐらいだ。


駄目だ。ちゃんとしなきゃ。
今はまだ、試合中なんだから。


誰かと組むのも誰かと張り合うのも疲れるから本当は遣りたくないし、誰かと関わるなんてもっての他だ。だけどそんな我が儘通らないらしいから、邪魔にならないように極力一人でやってきた。だから本当はこんな場面に出くわした時、本気で困ってしまう。

「お嬢のことだから突っ込んでくると思うんだよな」

飄々と見えて的の云ったこの言葉を述べたのは米屋先輩だ。開始前に米屋先輩が言っていた通り、牡丹道先輩はアステロイドを撃った場所を絞りだし単体で駆け出してきた。後は米屋先輩だけを残し、後々残すと厄介な出水先輩を私が狩りに行く。そんな大雑把な作戦だった。「好きに動いていいぜ。俺も好きに動くし。上手くいきゃあこれで二人ともヤれるかも知んねぇしな」米屋先輩の言う通り、私もそう思った。そう本気で思いはしたけど。

でもやっぱり、全部が上手く行く訳じゃない。

「ああー出水くんやられちゃったか。でもま、米屋くん取れたし半々かな?」

ニタリ、そう嗤う牡丹道先輩は子供のように爛々としていて、背中に汗が伝う。

「二人とも巻き込んじゃったのに結局振り出しに戻っちゃったね」そう言うも二人に対してか私に対してか知らないが、悪びれた様子は何処にもなく。弧月を構え見据えてくる牡丹道先輩に、私も拳銃から弧月に切り替える。

ふっ、と一呼吸。身を引き締めた。

17.7.23
むずい。