檸檬色の宅配便


『───××空港、××空港にご到着しました。本日はご搭乗有難う御座います。お降りの際は、お忘れもののないよう───』


ガヤガヤと空気に溶けていく喧騒の中、女が降り立った。女、と言うにはまだ幼く少女と言った方がしっくりくるだろうか。人の群れがごった返しても消えない真っ白な空間を通り抜け、少女はその地へと足を付けた。陽に照らされてキラキラ光るハニーブラウンの髪を靡かせて、肩に掛かっているのは大きな檸檬色のボストンバック。



「来たで!三門市!」



照りつける太陽の陽射しが眩しい。じりじり焼けるような暑さをボストンバックを持たない方の手で遮りながら、高らかに声を張る少女は気だるげな暑さの中でも元気だ。ニンマリ、とてもよく似合う悪戯っ子のような笑みを浮かべば、さぁいざ行かん!大いなる旅路!と大袈裟にも言わんばかりに歩を進める。しかし、歩を進めようとしたところで「っと、その前に」拍子抜けする程の一時停止を見せたのだった。

木陰に移動し懐から取り出したのは携帯。ふんふんふふん、鼻歌混じりに携帯を弄くりだした少女は何やらぶつぶつ呟きながらあーでもないこーでもないと算段ともとれない事柄をつらつら並べ、しかしその笑みは絶やさない。

「えっと、先にお母やんのとこ行くとして。うーん、やっぱあいつはあそこかいな。はよ行って驚かしたいけど荷物が邪魔やしなぁ。てかウチ、道分からんわ」

ハッ!としたかと思えば、次にはあははなるようになるかーなどとポジティブシンキングだ。浮き沈みの激しい一人劇場を繰り広げながら少女は止めた歩みを進めた。影から飛び出た世界はやっぱりじりじり肌に刺さってしょうがない。照らす太陽の下、思い出すのは数日前の従姉妹との会話。


──
────

「そっちはどないなん?」

独特なイントネーションの訛口調が、機械音混じりに鼓膜を震わせる。相手は口数が少ないのか沈黙が幾分か続くがそんなに気まずくないのは身内だからか、或いは長い付き合いが成せる技か。兎も角、長い沈黙の後漸く発したその相手の言葉に、興味が走った。

「乃々、私、ボーダー入った」
「え?ボ(→)ーダ(→)ー?」
「違う」

少々怒ったように「そっちじゃない方」と言う相手に「ごめんごめん」と笑い混じりに軽く謝る。ボケたつもりは全く無かったが大真面目な返しに笑いしか溢れない。

「それにしてもめっずらいなぁ、アンタがそんないなとこ入るなんて。大丈夫なん?」
「うん。平気」

『何かの組織』とは知っていたが更に大まかな説明を聞いて冗談抜きでこいつ大丈夫かと思ってしまった。集団行動など大嫌い、というか苦手意識ビンビンな従姉妹が何故そんなところに行く気になったのか謎過ぎるが、ここで大雑把な性格が出てきてしまったのか全ての返答に対して「へぇー」と間抜けな相槌を打っていれば聞いているのかとお怒りの声が飛んできてしまった。すまん、半分も起きてないわ。

「楽しそうやんな」

寝ぼけ様にそう呟けば、突然の沈黙。あり?間違えた?それともまた何か考えてる?おーい、声を掛けようとしたところで、間一髪入れずに「違う」、と蚊の鳴くような返答が届いた。

「お、おぉそうか、違うんか、そうか」

何が違うのか正直分からない。普段無口な従姉妹があれやこれやと話していたから、楽しそうなのだろうと勝手に思っていただけだったがどうやら全く検討外れだったようだ。じゃあなんであんな雄弁になった。

何が違うのか、また「違う」と溢す従姉妹に場違いにも欠伸が飛び出た。話し込んでいれば、流石に時間が経つのは早いらしく、短い針がぐるりと右方寄りになっいた。

「なぁー、」

もう日付が変わってどれだけ経ったか。かみ殺すことなくもう一つ、欠伸を溢す。従姉妹がそれ以上何も言わないことを察し、できるだけやんわりと促す。

「あんなぁー、何が違うかは知らんけどなぁー、」

うつら、うつら。

「あんのなぁ……」

夢か現実か、曖昧な意識で「眠いわ」と一言だけだがやっとこさ述べ、「また次でええ?」と掠れた声に従姉妹は何も言わない。言わないのはいつものことだら差して気にはならない。

「今日はもうお開き、な、また……はぁあ」

本気で眠たい。

「お休み」、そういう前に耳元で「お休み」と聞こえた。欠伸で出た涙を擦りながらウチもそう返す。

「お休み」

その日はそれで終わった。

────
──


それから早数日。
その少女はその地にやってきた。従姉妹には内緒で。ボーダーの存在は知っていたし興味があったのも事実だが、従姉妹の話で更に好奇心に拍車が掛かり行動に移すまでに膨らんでしまった。一緒に暮らしていた父からは猛反対されたが、そこは母の力だ。離れて暮らしていた母の押しの強さで泣く泣く承諾。と言うのも母が三門市在住だった為に「一緒に暮らすならいいわよ」と条件付きでお許しを貰えた。それによりそれなら……、と父も折れた。条件など付けられなくても最初からそのつもりだったので此方としては万々歳だ。

と、言うわけで。


「行ってきます!」


手荷物を母宅に置き去り、母との再会もそこそこに外へと繰り出した。目指すはなんか組織っぽい建物である。此処に来るまでに悪目立ちしているでっかな四角い建物はあったがあれかな。いやでも組織っぽいアジトって(多分)地下とか人の目に入らない場所にあったりするもんだし違うか!何処にあるのか知らないけど路地裏とかさ迷っていれば辿り着けるような気がしなくもない。よし、財布も携帯も持った。

「乃々ー、貴女ボーダーの本部分かるの?」
「地下とかやろきっと」
「なぁにそのアバウトな発想は。まったく、仕方ないわね。まぁいいわ分かりやすいから。いい?」

玄関先で捕まりそんな会話の果てに、母の『大きな建物』と本当に分かりやす過ぎる目印の説明を受けた。しかもあの悪目立ちしているでっかな四角い建物だった。

え、うそん。あれッスか?

「ああ、それと」

あれかよ、と放心状態ともとれるが顔はぶーたくなまま振り返れば、母の手には何やら可愛らしい紙袋が。中にはなんと手作りかん溢れるクッキーとカップケーキの山。わぁ、お母やんの手作りややったー。じゃなくて。

「………お母やん、なんなんこれ?」
「手土産」
「へ?」
「だから、手土産。貴女あの子に黙って来たんでしょ?手土産ぐらい持ってきなさい」
「…………はーい」
「………乃々」
「なに?」
「途中で食べちゃ駄目よ」
「分かっとるわ!」

ぷんすか怒りながら、携帯と財布とついでにお菓子の詰まった紙袋を抱え込めば、やっと家を飛び出した。信用ないにも程あるで!お母やん!

それにしても、こっちに来るのは久しぶりだ。何年来てないだろうか。生まれはこっちだが物心つく頃には大阪に住んでいた。町並みはたまに来る程度でも分かるほどに変わってしまった。二年前のことを考えれば仕方ないことだろうが、所々に懐かしさを感じる程にはまだ残っているようで、散歩感覚で歩きながら景色を堪能。

あ、あそこの公園まだ残ってる。
あそこの駄菓子屋はよく行ったな。
この道行ったら小学校やったっけ?あり、中学校?

その本部とやらに近付くにつれて建物の外観が廃れていっているよう、な。うん、多分老朽化だ。人もまだ居るし、ゴーストタウンとかじゃないし。

ふいに目に入ったのは、少し瓦礫ちっくな民家の数。

うん、何度も言わすなよ。老朽化だ。




「はあああ、ボーダー、ねぇ」


人見知り爆発の従姉妹が入ったとこ。一般人の母でも本部の場所を知っているぐらいは有名。というかあんなおっきかったら誰でも知ってるか。あとあれ、なんだっけ、何かと戦うんだっけ。ぼんやりとしか知らないのは想像を膨らませるいい起爆剤になっていい。ふふ、と笑みが溢れる。いきなり行ったら吃驚するだろなぁ。どんな風に驚くだろう。あんまり表に出ないから一瞬の隙も見逃せないぜ。というか普通に入れるのかなボーダーの本部とやらは。

悶々としかし顔はニタニタと、思考に耽(フケ)っていれば、



ぎゅるるるるるるーーーー



「………う"っ、その前に腹ごしらえやな」

腹が空いてはなんとやら、や。

17.8.25