竜胆色の異文化


目の引くモノばかり、と言う訳やなかった。

想像していたよりも割りと普通やったと思う。そこは普通の出入り口に受付なんかがあって、自販機が幾つかと壁伝えに設置された椅子が幾つかあるだけで、下駄箱なんかは無かった。皆土足やった。

至って普通。一般的。変わったとこ無し。つまらん。こう、なんか黒の組織的っぽいのを想像しとっただけに拍子抜けだ。いや、どんなんかは知らんのやけど。入り口付近はそんな感じで、これと言って目の引くモノなんてのは無かった。強いて言うならば、自分でも自覚している通り落ち着きのない性格がそうさせたのだ。うんうん、わかっとるわかっとる。わかっとる、やからそう怒んなや。

「ハイハイスンマセンデシター」

現在進行形でぷんすか怒っている金髪のおっさんを見上げながらそう分りやす過ぎる言葉だけの謝罪を述べれば見事な青筋が浮かびピクピク痙攣しとった。あ、やっべ。

気づいたところで遅し。三度目の鉄拳ではなく怒声が飛んできたのは子供相手にそう何度も暴力を震えないからか──二度の鉄拳はカウントしとるからな──ガミガミとうっさい説教が野次馬ができるまで続いた。




「おらよ」

「す、諏訪さん?」「なんか子供虐めてね?」と言ったヒソヒソ声が聞こえるようになって漸く金髪のおっさんの説教は終わりのゴングを鳴らした。最後に盛大な舌打ちも忘れずに。東さんとやらの連絡も終え、疲れきったように渡されたのは【見学】と簡潔に書かれた首から掛けられるように施されたカード。あ。

「忘れてただろ」
「ちゃ、ちゃうちゃう。ちゃうで、こんな大事なもん忘れるかいな」
「わ・す・れ・て・た・だ・ろ」
「ちゃうってぇー」

こんなもん要らんやろ、とは流石に言えず胸の内に留めておく。そんな事を言ってしまえばどうなるか、なんてこの数時間で頭に瘤(コブ)ができるほど分かったしな。そんな無謀なことはせぇへん。でもやっぱり要らんと思う。ぶらーんと一度眺めたそれを渋々首へとぶら下げ、逸れていた視線をモニターに戻したところでそれは映った。


ちょきん。


まさにそんな音が聞こえてきそうな、綺麗にちょんぎられたモニターの中の見知らぬ少年の腕。


「は、」


思わず声が漏れる。そう、人の腕がこう、ちょきんと鋏で切られたように真っ二つになる瞬間を丁度目撃してしまったのだ。今の画面の人たちより前に何個か対戦は見てたけどこんな瞬間を目にしたのは初めてで、というこんなモノ自体この十四年とちょっと生きてきた中で勿論見るのは初めてで、頭の中がいきなりテンパり出す。え、は、うう嘘やろ。う、う、

「う、」
「う?」
「うううう腕が!?もげたで!??」



☆ ☆ ☆



腕が!と急に騒ぎ立てる野菊に若干驚きつつも野菊の視線の先を辿れば、B級同士の対戦が映し出されたモニターがあった。モニターの中に映る一方はよく知る同級生の奴で、そいつが名前も知らないもう一方の奴の腕を弧月で真っ二つに切った瞬間だったのだろう、肘から下の腕が下へと落ちていく所が見えた。

よく見る光景だ。生身ではなくトリオン体だから血生臭い光景には見えない。なのに、なのにだ。隣では未だ顔を青くさせ腕が!人が!と悲鳴にも近い声音で騒ぎ立てる中学生が居る。………………待てよ?

「どないなってんねん!ここ暗殺教室!!?」
「それアウトだろ」

色んな意味で。

やっぱ黒の組織やった!とか別の意味で騒ぐこいつに疑問は確信へと変わる。成る程な、と口が弧を描くのが自分でも分かった。こいつは絶対気づいていない。その証拠がこの騒ぎようだ。腕が切られたのが相当ショックだったってのもあるんだろうがそもそも知らないんだろうな。


血ィ出ていないんだけどなぁ。


「………ああ、そりゃこの町守るのも大事な奴守るのも命がけだからな」
「手足切られても笑ってるってドMやん!」
「馬鹿言え!身体張ってる奴に失礼だろ!」
「これ訓練やろ!?訓練でちょんぎられたら元も子もないやろ!!?」
「訓練だからこそだろ。訓練で生かせねぇことが本番で生かせると思うなよ。訓練でこうなるっつーことは本番でもそうなるっつーことだ」
「命は大事にせなあかんやろ!」
「それでもこれが俺たちの仕事だからな」
「ぎゃああああああくぅぅびいいいい!!!!」
「(おっもしれーなぁ)」


(((諏訪さん遊んでんなぁ……)))

集まっていた野次馬の心が一つになった。


なんて茶番を一通りやり通してから種明かししてやれば、思った通りの(怖くもない)激昂で小さな背を必死に上へ上へ立たせながら騙しよったな!!と怒るが何一つ説明も理解もしていなかったんだから騙したも何も無いだろ。で、だ。取り敢えずここで軽ーい説明をうんたらかんたらとしてやれば「なんやそれ、ゲーセンか」と理解したのかしていないのかあやふやな返答が返ってきた。こいつやっぱ舐め腐ってやがる。

「お前ほんっとなんも知ねぇんだな」
「うううううっさいわ!」

ハッと鼻で笑い飛ばし心の底から馬鹿にして遊んでいれば、そこで画面が切り替わる。

画面の中でちらつくのは久しく見てなかった赤。対戦相手は知らない奴だった。多分隣で未だギャーギャーと五月蝿く喚いているこいつと同い年ぐらい、の奴でどうやら2対2をしていたらしく米屋に続き出水がそいつに吹っ飛ばされていた。おお、ナイスショット。

野次馬の視線を一手に引き付けた画面がまた切り替わる。場所は同じで、四人を映していた画面は赤と青の二色になった。その瞬間、耳障りだった雑音が不思議と鳴り止んだ。疑問に思わないわけもなく隣へとそれとなく視線を投げ掛ければ、開いた口が閉じきっていない間抜け面な野菊を確認。そして、本当に、本当に蚊の鳴くようなか細い声が発したのは人の名前で。



「………………閑?」

視線は画面に釘付けだった。

17.11.19