翡翠色の閃光弾


相も変わらず表情筋の活動が認められない従姉妹の姿を確認。苦笑、失笑、そして安堵。変わらんなぁ。と開きかけた口が音になることはなかった。

ついさっきの金髪のおっさんの説明からするに、画面の向う側の従姉妹のその姿もトリオン体とかいう仮想戦闘体、みたいなもんになるらしい。大丈夫と頭では分かっていても従姉妹とその対峙している赤毛の人の間に流れる緊迫した空気がこちらにまで流れ込んできてしまって、自然と緊張してしまう。手に力が入りすぎて痛い。まるでアクション映画の滅茶苦茶重大なラストシーンでも見ているような…………。例えるなら諸悪の根元に立ち向かう危機的状況のような!え、どっちが諸悪の根元やろ、っていやいやいやいやそれはどうでもよくって!こう、興奮して見いっていることだけは分かって欲しい。あ!動きよった!!

わなわな。あたふた。きらきら。でもやっぱりあああああ、と行き場のない両手をぷるぷる震わせながら画面の向こう側に目は釘付けで。一瞬の攻防に本気で手に汗握る。こんなの初めてや。

閑が仕掛けた攻撃に赤毛の人が流すようにそれらを刀で滑らせてる。かと思えばいつの間にかそこに閑は居なくて、どうやって行ったのか赤毛の人の後ろを取っていたりとそんな繰り返しだった。内心興奮しているが正直言って何が何やら、どうなっているのかさえ目で追うのは叶わない。はい素人目ですな分かります分かります。隣で金髪のおっさんの予測だとか感嘆としたような誉め言葉だとか、周りの響動(ドヨ)めきなんかもよう分からんもん!

うわあああああしぃぃずぅうううーーーー!!!!

攻撃を仕掛けるも逆に追い詰められているらしい従姉妹に悲鳴が飛び出てしまいそう。



さっきの光景が脳裏を過る。

見ず知らずの男の子の腕がちょきん、と意図も容易く切り落とされた瞬間を。あれが首ならば、その一戦は終わりらしい。

でも首って、首をちょきんってされるって、それって、それってさぁぁぁ!!



「あいつと知り合いか?」
「え、あ?あいつぅ?うわああ大丈夫かいな!?」
「お前がさっき名前言ってた奴だよ」
「ああ、うん。そうそう、従姉妹や」
「そりゃ、まぁー御愁傷様」
「それどういう意味!?」
「ま、気楽に見とけよ。別に死にゃしねぇーんだし」
「分かっとっても無理!!」

もんもんと自分でも青筋が立っているのが分かるほど顔面蒼白になっているであろう状態のなか、金髪のおっさんが縁起でも無いことを言いよった。そりゃこんなんで死んでたら溜まったもんじゃないし、死ぬと分かっててやりたがる大馬鹿もんなんか居らんやろうけど。けどな、けどな!うち初めてやねん!慌てんなっちゅー方が無理や!

「お前の従姉妹もな、動きは悪かねぇよ」




「………………………………………、へ?」




今、誰に向けての言葉なのか。理解するのにどれぐらい掛かったやろうか。

画面の向こう側に意識を持っていかれすぎて、金髪のおっさんの言葉が未だに頭に入ってこない。とん、と一旦リセットする脳内。所詮素人目や。精々ゲーセンやらゲーム機やらでの経験が一杯一杯な素人目。片手間のコントローラーでの制御なんかじゃない、生身じゃないらしいそれでも体感する全てが違う。

「けどな、相手が悪すぎたっつーだけだ」

それってどんな感じ?戦うってどんな感じ?切られたら痛ないの?怖ないのかそれとも逆に楽しいんか、想像なんてとてもじゃないが出来っこない。

「それは、」

金髪のおっさんの言葉一つ一つを理解するようにリセットされた頭は不思議と落ち着いていて、真っ白になった瞬間落ちた目線をゆっくり上げていった。


───動きは悪かねぇよ。
へぇ、閑って凄いんや。ここでは凄い人になれたんや。そら良かったわ。

───相手が悪すぎたっつーだけだ。
でもあの赤毛の人の方が凄かったんや。ここにはどれぐらいそーゆー人が居んのやろ。


「あ、」


パンッ!

その時何か、光ったように見えた。



☆ ☆ ☆



何度も撃った。何度も斬りに行った。でも嘲笑うかのように尽(コトゴト)く遊ばれた。なんで?何が違うの?凄く強い人だって知ってる。私なんかが勝てるなんて思い上がってる訳じゃない。でも、それでも、ここまで力量差があるだなんて。掠り傷一つつかない。方や私は数ヵ所からトリオンが漏れ出ている状態。直ぐベイルアウト、だなんてならないがそれはこの人が調節しているからだ。

「なんで、」

生かされているような感覚に苛つく。それはいつでも私なんて倒せると言われているようで、そう、掌で遊ばれている。そんな状況。手も足も出せない自分の脆弱さにもそんな状況を作り出しているこの人にも腹がたった。

何がそんなに楽しい?

「つーばきちゃん」

ピクリ。知らず知らずのうちに睨み付けてしまっていたらしい。苦笑を一つ、溢した牡丹道先輩は自身の眉間をとんとんと叩いて見せ、「こわーい顔になっちゃってるよ?」とこれまたけらけら笑って見せた。

そんな行動さえカチンとくる。

「もう色々とさぁーめんどくさいもんは全部ぱぁーと捨てちゃいなよ。頭痛くなっちゃうし。それが一番だよ?」


「何故……」


「ん?」

分からない。分からない。
放っといてくれたらいいのに。隊に入れ?なんで関わってくるの?それこそめんどくさい事じゃないの?

「何故っ」

もう無鉄砲もいいところだった。自分でも分かるほどにこの勝負は既に意味を成していない。だってもう、勝者は決まっているのだから。

「貴女……ッ、謎!」
「おお、そりゃ結構傷つくわ」

キィィイイイン。撃つ為にある拳銃を短刀のように打ち付ける。それを弧月で受け止める牡丹道先輩。距離が一気に縮まり、目と目が合った。とても綺麗な、澄んだ瞳と。その瞬間、泣きたくなった。

「放置、求!」
「えええ?放置プレイ?椿姫ちゃんそれはちょっとお姉さん趣味じゃない………」
「………ッ」

私だってそんな趣味ないわ!澄んだ瞳をしていると思えばそれに相反して馬鹿にしたような言動に再び頭に血が昇る。

「ふざっけんな!」

意味が分からない。目的も、思考も、牡丹道紅香という人間の全てが分からない。

ああ、こんな大声上げたのいつ振りだろう?ほら牡丹道先輩だって驚いてる。まん丸な目が更に大きく見開いていて少し笑えてくる。

あまり長く会話するのは得意じゃないから、自分の声が嫌いだから、だから必死に抑えて短く話していたのに。お茶らけたこの人の言動につい出てしまった。でも、でもさ、もう色々と限界。

「ふざけんなふざけんな!何も知らない癖に!面白半分で誘ってんなら他行けよ!どうせ途中で棄てるくせに!関わろうとかしてんじゃねぇよ!」

はぁはぁ、ああ喉が痛い。それよりもずっとずっと奥の方が痛い。でも、ここまで言えば『なんだ』って言って引き下がってくれる筈。足並み合わないどころか合わせようともしない奴をそれでも入れようなんて、そんな馬鹿な人居るわけ

「うん、やぁーっと吐いたな」




「………え、」




ない。そう、思った。なのになんであの人笑ってんだろう?なんで私、ブースに帰って来てんだろう?


頭が、追い付かない。

17.12.3