純白色の招待状


負けたんだと理解するのに数分は掛かった。

ぼんやりする頭は不思議と混乱はしていなくて、やっぱりな、という思いしかなかった。

負けたんだ。悔しい……。でも、やっぱり。
その繰返し。勝てないと初めから分かっていた勝負。だからって匙を投げた覚えはないけど。全力でやった筈だ。ううん、やってやったよ。でもやっぱり負けたんだ。それは、うん。悔しいよ。

のそりと起こした身体は気だるくて、でもそれ以上に軽かった。心が、思ったより軽かった。あんな風にぶつけたのにあの人、笑ってたな。最後に見えた表情を思いだし疑問が飛ぶ。が、外からの喧騒で我にかえった。あ、早く行かなければ。このままバックレるのも有りだが、恐らくその後が恐ろしいので大人しくブースから飛び出る。向かうは人混みの中でも目立つ赤。

どうしよ。隊に入る気はない。でも負けてしまった。どう、言おうか。ぐるぐるぐるぐる。まとまらない考えが脳内を奔走しだしたところで、遠くで聞こえてくる筈のない知った声が私を呼んだ。



☆ ☆ ☆



「閑ーーーー!!!!」

気づいたら隣で間抜け面を晒していた筈の野菊が奇声を発しながら走っていた。大声張りすぎて周りの視線が一気に集中する。本人はそんなことお構い無しにブースから出てきたばかりの従姉妹とやらに突進、倒れこんでいたが。おお、おもいっきし叩かれてら。つかあそこ大分人居んな。

めんどくさくもあるが仕方無しにその集団へと近づけば、わらわらと途端に煩くなる集団。さっきのランク戦をやっていた四人に付け加え加古に二宮か。ま、いつものメンバーだな。「よぉ、」なんて軽く声を掛ければ「あ!諏訪さーん。ついに子供にまでナンパですか?」なんて巫山戯たことをぬかす牡丹道。『まで』ってなんだ『まで』って。俺はナンパなんかしねぇ!そんな奴にはヘッドロックを決めておいた訳だが。笑いながらギブ!ギブ!言えるんだったら余裕だろ。

「「あ」」
「あ?」
「「あ!」」
「あぁ?」
「「あああああああはあ!!!!」」

「あら、なんのコーラスかしら?」

「諏ー訪ーさぁーん!そろそろマジで痛いって!ギブギブ!」牡丹道の悶絶に腕を緩めたところで、加古の言う通り男子二人と女子一人の変な声が重なり合うのが聞こえてきた。『あー』しか言っていない米屋と出水は野菊を指差し、信じられないものでも見ているかのように驚いた表情を浮かべている。

「おま、おっまえ!」
「そうだそうだ!あの定食屋で一人バイキングしてた奴!!」

ああ、納得。


そこに駆け込み乗車の如く飛び込んできたこいつらの同級組、太刀川と堤が乱入しきて更に混雑する。主に太刀川が煩いが。

「なんで俺には声掛けねぇんだよ!」
「へぇ!椿姫ちゃんの従姉妹!?何々?ボーダーにはいんの?」
「閑も居るし興味はあるかなぁ!」
「紅香?!おい聞いてる!!?」

「結局どれぐらい食ったんよ」
「へ?あぁー腹八分目。あの、あれー、あれあれ、………なんやったっけ?」
「カツカレー10人前を20分で完食してそれ以前に食ってた勘定もチャラだよ」
「「マジか」」
「あーでもなんやお腹減ってきた………ここって食堂あるん?」
「「………マジか」」

「慶入ると勝負になんないじゃん」
「待ち惚けくらった身にもなれよ!」
「あーはいはい分かったからうっさいわ。なんなら今からやる?新結成!私と椿姫ちゃんで慶と誰か」
「一対一じゃないのか」
「今日はそういう気分じゃないんじゃないかしら?」
「きょ、拒否!」
「だって、残念でした」
「いや紅香ちゃん、多分紅香ちゃんに対しても嫌がってるよ………その子」
「いやん!つつみん何でそんなこと言うの!?事実だとしても!!」
「え!?あーごめんね?」
「謝らなくていいぞ堤。付き合うだけこいつは調子にのる」
「んだと二宮コラァ」

移り移り、あちらこちらで収集が付かないほど混乱を極めている。常に人の行き来が頻繁なランク戦ロビーとはいえ、非常に煩い。ここ一部だけが隔離状態になっている事に気づいてんのは果たして俺とあと誰か居んのか。取り敢えず、さっきから放置しちまっている案件から処理していくか。

「おい野菊。まずは名乗ったらどうだ」
「あ」

周りも気づいていなかったのか、各方面から野菊同様「あ」と声が上がる。おいおい。

「えー、ごほん。遅れたけど野菊乃々いいます。今日から三門市に引っ越してきました。さっきも言うたけどそこん居る根暗の従姉妹やってまーす。どうぞよろしくおねがいしまーす」

まばらまばらによろしくーと声が上がる。野菊の従姉妹だけは何故か青筋を浮かべ心ここにあらず状態なんだが、それには見ていた野菊も触れず「これお母やんからなんやけどよかったらどうぞー」と持っていた紙袋を広げ手作りであろうクッキーとカップケーキを見せてきた。「好きに取ってって下さい」と言うことは自分で取れという事なんだろう。取りやすいよう大きく広げられた紙袋へ、米屋と出水の中学生ペアに続き高校生組も嬉しそうに取りに行っている。

「手作りか?」
「おん。お母やんのな。こういうん好きやねん」
「美味しそー。お昼まだだったからお腹空いてたんだよね」
「閑ー?閑も食べぇ。好きやろお母やんのお菓子」

やっと声を掛けられはっとする野菊の従姉妹。キョロキョロと落ち着きなく彷徨う視線に疑問を抱きながらも、貰ったばかりのカップケーキへと口をつける。おお、うめぇ。お昼がまだだったと嘆く牡丹道や加古達とは違い、俺は飯を食ったばかりだったがいける美味しさだった。食後のデザートと言ったところだな。けどクッキーは後で食うか。

「ところで、のぎくってどう書くの?」

はむはむと頬張っていた牡丹道が何の気なしに野菊にそう問いかけていた。それに各々違う反応を見せる。ある者は呆れるような視線を。ある者は慌てたような表情を。ある者は楽しげな笑みを。他数名は俺と同じで何言ってんだこいつ?とハテナを飛ばす。

「見境ないぞお前」
「ちっがぁーう!ちゃんと候補は居るの!でも多い方がいいでしょ?望もだけど私のはかなり限定的だし」
「自覚はあったのね」
「で?なんて書くの?」

二宮、牡丹道、加古の三人の会話だけでは何を言ってんのまだ分からず、しかし悶々としている俺たちなどお構い無しに牡丹道は再度、ずいっと野菊に詰め寄りそう問いかけた。野菊も意味が分からないと顔にありありと浮かべながらも「えええぇとぉー、野原の野にきくは普通に花の菊、や、けど」それが何か?そう野菊が聞き返す前に俺が見たのは牡丹道のにんまりと浮かぶ嬉しげな笑み。

ふーん、へぇー。にまにまと気持ち悪いくらい笑っている。こいつはよく笑う奴だが、この笑みは大概良からぬことを考えている時の笑みだ。

「おいおい、何考えてっか知らねぇがな、こいつはまだ隊員じゃねぇぞ?」
「大丈夫だいじょーぶ。まだ候補だから、ね?」
「何が『ね?』だ」

釘を打とうも野菊の頭をよしよしと撫でながら「入るもんねー」と話を聞く姿勢ではない牡丹道。駄目だなこりゃ。一体何を企んでんのか知らねぇがこいつの中では既に話が出来上がっているらしい。野菊に話しかけているのであろうが加古と二人で「どこのポジション入るかな?」「??」「近距離は居るんだし援護じゃないかしら?」「??」「ツーアタッカーでもいいよね」「??」「そうね、それだと攻撃特化の隊になりそうだけど」「??」「あらかたやってみようか!ね!野菊ちゃん!」「う、うん?」「あら可愛い」

年上女子に色んな意味で取り囲まれ意味も分からず頷いている野菊。助けようにも聞く耳持たない牡丹道と加古相手じゃ全く意味をなさないので、取り敢えず心中で手を合わせておいた。だからまだ入るとは決まってねぇんだって牡丹道。

そんな年上女子のやり取りに顔面蒼白の野菊の従姉妹が突撃割って入り、必死な形相で拒絶の意を唱えている。「乃々!乃々、拒否っ!」「えええええ」「拒否を拒否します(笑)」「ううううん」それすら牡丹道にとっては楽しい楽しい玩具の一つかのように、その悪戯な笑みはより一層深まるばかりだが、反してその現場が哀れすぎるぐらい野菊の従姉妹は泣きそうだ。

「お前大丈夫かよ」
「うん、うちにもよう分からん」

こっちもこっちで意味を得ていないわりにへらへら笑ってやがる。お前の身内は初対面の俺でも分かるぐらい今泣きそうにんだがな。しかしそこで「でも、」とそう一度区切った野菊の視線の先にはこいつの従姉妹が居て。

「なんや閑が楽しそうやから、うちはええねん」

やはりその笑みは変わらなかった。




後日、真っ白な隊服に身を包んだ野菊があの日見せたような超突進で突撃してきたのはまた別の話。

17.12.7
Sweet Peaはこれにて終了です(*`・ω・)ゞ