Flower arrangement@


乃々が無事、仮入隊から訓練生までこぎ着けてから早くも一ヶ月が過ぎた。そんなある日の、秋の終わりを告げる季秋の頃。寒さがそろりと顔を出してきたその日、その知らせはやってきた。




「お邪魔しまーす」

プシュー。聞き慣れた機械音が聞こえ、続いて認識したのは気の抜けたようなのんびりとした声音だった。欠伸と一緒に部屋に入ってきたのは最近あちこちで話題に上がっている人物で、外見も中身も明るすぎる子供だ。欠伸を噛み締めるも白い隊服は上下に揺れる。そんな姿を微笑ましく見つめ、いらっしゃいと声を掛けた。クスクスと漏れる笑みには当然悪びれなんてものはなくて、この部屋の最年長として出迎えた。と言っても今現在、私しか居ないからなのだが。

「あらいらっしゃい乃々ちゃん」
「どもども要さーん」
「貴女あちこちで騒動を起こしてるみたいね?」

春秋が見つけてきて、紅香が捕まえた。いや勧誘中だと言っていたかしら?つい先日も「風間さんに取られちゃったぁ」「あの強化聴覚の子?」「はい………もう椿姫ちゃんだけでもいいかなぁーああでもあと一人は欲しいし………ん?でも」となんだかぶつぶつ一人で項垂れていたけど。ま、成るように成るでしょう。見守る形をとりお茶を啜ったつい先日のこと。中々に苦戦しているようだったことを思い出す。

「紅香に用事?」
「………お、あ、はい。あれ、あの期限切れてないかなぁっと、思いまして」
「ふふ、まぁ待ってみたらどうかしら?そろそろ来るでしょうから」
「…………お邪魔します」

普段のハキハキとした印象からがらりと変わって、なだか塩らしくしている様が似合わなすぎてつい笑ってしまった。うーん、この子本当にあの乃々ちゃん?洸太郎が手を焼いて。訓練室では間違ったトリガーの使い方をして春秋が叱ってたって言っていた。個人ランク戦でも見ない日はないぐらい入り浸っているらしいし。ん?…………もしかして。

「緊張、してる?」

そう聞いた直後にびくりと跳ねた肩が全てを物語っている。椅子に座ってから座禅をしているかのように、黙って視線を下げていた乃々ちゃんの目は今度は世話しなく右往左往と動き出してしまった。ははー、まさに挙動不審だわ。分かりやすすぎる。

よく見かける騒々しい活発な乃々ちゃんも子供染みていて可愛らしいが、こんなに身体中がちがちにしてこれからのことを危惧している様は年相応の反応と言うべきか、うん、こっちもこっちで微笑ましいことには変りないのでこの緩んだ頬は仕方ないと思う。

「ふふ、乃々ちゃんでも緊張するのね」
「えっ!?ちょ、酷いですわ要さん。うちをなんやと思ってはるんですか」

んー何かしらねー?そうはぐらかしらながら頭を撫でればぐぬぬぬと拗ねたように唸りだす乃々ちゃん。言って悪いがペットみたいだ。因みにやたら警戒心の強い小型犬ね。よーしよしよし。そんなへんてこな押し問答の時間が十分程続いて、この子の待ち人はやっと帰ってきた。暴れる人影の首根っこを引っ掴むというおまけ付きで。




そりゃ最近の光景や噂を知らないわけじゃ無かったけれど。だからってこんな無理を強いてまで連行してきたのは今日が初めてだったわけで、私だってそれなりに驚いている。

「椿姫ちゃーん」「おい椿姫!」なんてあの勝負の日からずっと、出水くんと二人で追いかけ回していたことは知っていた。最初は私の『条件に近いお願い』のことを気にして動いているだけなのだとも思ったが話を聞く限りどうやら違うらしい。じゃあ一体どんな理由で?本気で入れたいと思って?なんて野暮というものだろうか。知りたくない訳ではないけれど、まぁ何れ分かるかしら。今言える確かなことと言えば、意気揚々と入ってきた紅香の後ろ手で未だに暴れる弟子が居ることだけだった。

「あれ野菊ちゃん!来てたんだねぇ」
「紅香さんこんにちは!」
「はいこんにちは」

ビシッ!と敬礼を決める乃々ちゃんの頭をこれでもかと言うほど、先ほど私がしていたのより更に動物にするようにわしゃわしゃとその頭を掻き乱す紅香。楽しそうである。その後ろに捕まっている弟子の閑は不愉快オーラMAXだけど。

よーしよしよしよし。よしよしよしよし。

「あ、あああああの!」
「ん?」

永遠ともとれるその戯れを制したのは意外にも乃々ちゃんだった。何かの糸が切れかのか、興奮気味で頬が紅潮している。しかし紅香の手を払い除けることはしなかった。紅香の手を頭に乗せたまま、必然的に至近距離でしかも身長差などの条件も合間って上目遣いになっている。こらこら紅香、女の子相手に危ない雰囲気を出さないの。

「ん?どうしたの?」こてん、紅香が首を傾げ話を聞く体制に入るよりも前に、フライング気味にやはり興奮冷めやらない状態で、乃々ちゃんはその距離を零にした。

ぎゅっ、て付きそうな効果音。



「紅香さん!うち今日からB級なんです!!」



…………………………。

「ああ、そっち………」

いやどっちよ。何を勘違いしてんだか、乃々ちゃんを抱きしめるために広げた両手が中途半端な位置で止まっている。ついでに言ってしまえば閑を引っ掴んでいた手も放してしまっているために閑が逃げている。

「茶番は始まらなかったか」
「遊びならいいんだけどね」

うーん。変なところで項垂れる変質者はさて置き。にこにこと紅香にくっついている(いよいよ犬ね)乃々ちゃんへと視線をずらせば、閑によって引き剥がしに掛かられていた。

「ちょ、ちょ、ちょ、閑どないしてん!?」「距離!近い!」「B級かぁ、頑張ったね〜」「おん!めっちゃ頑張った!」「そかそか。偉いねぇ〜」「えへへ」「はーなーれーろー!」「痛い痛い痛い!」

あらあら。

「それで、乃々ちゃん?」

収拾が着きそうにないので前に一歩踏み出るも、私の声自体が三人の騒音のかほどの隙間にすら入らないようで、あーだこーだと騒音が続く。続く。続く。最早先程の茶番だ。

「貴女達、」

無視をしていた訳ではないだろうに、先程の呼掛けが一体何だったのかと言うほどにぴたりと綺麗に止まる三人。

「そろそろいいかしら?」


「「はい………。」」


三者三様。三人共に共通していることはなんだか顔色が悪いって事だけで、あとは震えていたりがっくんがっくん千切れんばかりに首を上下に揺らしていたり、まぁ静かになったのだしいいとしましょう。

「乃々ちゃん、紅香のことだからそれだけじゃ意味は伝わってないと思うわよ?」

にこり、そう伝えたかったことを伝えれば、顔面蒼白だった乃々ちゃんははたと顔色をコロコロと変え、どう言えばいいかとあぐねっているようだった。その様子を不思議そうに見つめる紅香に未だに顔色の悪い閑。閑の場合は答えが明るみに出てしまっては都合が悪くなってしまうからだろうけど、もういい加減逃げ道をなくしてしまった方がいい。

うんうん唸って。そして決まったのか今一度決心をつける乃々ちゃん。くるりと向かい合った先で紅香だけが疑問符をとばしている。閑は、妨害はしなかった。

「うちを紅香さんの隊に入れてください!」

入れたいって言っていたのは紅香なのにね。

呆れた溜め息を溢しながら、未だ現状を理解できていない間抜けずらな人物の反応を確認するべく、視線をやるのだった。

18.1.8
エンドローグ的なやつ。