そう言って頭を下げるのは数ヵ月前に知り合い、今では結構可愛がっている後輩だ。そして、もしよかったらうちに来ない?と口説いていた子でもある。
ん?と言葉が喉に詰まる。いや、思考がまるごと停止してしまったようだ。はて、野菊ちゃんは今なんと言った?
『うちを』── 野菊ちゃんを?
『紅香さんの隊に』─── 私のところに、
『入れて、ください』
ん?んー??・・・
「入れて、え、」
・・・え、ちょ、ええええええ!!?
「うちに入ってくれるの!?」
「そんつもりです!宜しゅう頼んます!」
「よっしゃあああゲエエエエエット!」
一つ、一つ。噛み砕いて脳はやっと動き出す。
数秒間停止していた脳がフル始動しだし急ピッチで情報を分析しだしたせいか、再起動したばかりの脳内はエラー表示の連発かと思ったら違ったみたいで。一言一句、不吉な意味は何処にもないことが正常に理解できた途端、勢い余って乙女にあるまじき野太い雄叫びなんて飛び出てきてしまい自分でも吃驚。それでもそれぐらい嬉しい事には違いないんだから全っ然構わない。構わない、んだけどそんな目で見ないで椿姫ちゃん。軽く心が折れそうです。
きっと椿姫ちゃんに冷たーく当たられ過ぎちゃってたせいなんだからね!温かい反応を求めた結果いいように脳内変換しちゃったのかとほんの一瞬自分の頭を疑っちゃったせいで、でも私の頭は正常のようだし野菊ちゃんにも色好い返事も貰えたしで何はともあれよかった!本当よかった!
「ん?てことはぁ??」
めでたい!めでたいぞ!祝賀会である!!なんてメーターぶっち切って大袈裟なはしゃぎようで野菊ちゃんと一緒になって騒いでいれば、そこでふと湧いてきた疑問、というより決定事項のような質問。
「椿姫ちゃんは入んないの?野菊ちゃん入ったのに」
きょとん、首を傾げそう聞いてみる。すると今までの一部始終を面倒査臭そうに無表情のまま傍観へ徹していた椿姫ちゃんがわなわなと震えだした。
ふっふっふぅー。私は知っているんだからね椿姫ちゃん。ここ数日、観察に観察を重ねやっと見つけた椿姫ちゃんの弱点。そう!椿姫ちゃんは野菊ちゃんに弱いってことを!
「観念なさぁい」
「〜〜〜乃々っ!」
「ええやんええやん!」
「馬鹿っ!!」
「馬鹿とはなんだ!そんなに嫌か!!」
「拒否!」
「傷つく!」
頑なだね!
毎度のことだがこの会話がパターン化しつつある。何故だか出会った当初からぐるぐる回っているのだ。不思議だなぁー。あはは。本気で嫌がられると勿論こっちだって本気で傷つくんだけど、なんだかんだ言って邪険には扱われていないんだよね。姐さん曰く、限界を越えると暴力にモノを言わせる癖が有るみたいなんだけど、まだ一度も拳が飛んできたことはない。ということはそう言うことだよね?私はそう解釈しちゃうよ?いいの??
ねーねー椿姫ちゃーん。なぁ閑ーー緒にやろうやー。と左に私、右に野菊ちゃんと交互に引っ張られる椿姫ちゃんはやっぱり無表情のままの不機嫌だ。顔に面倒臭いと書いてある。宛(サナガ)ら嫌がる友人を入りたくない部活に無理強いしているような図になっているがそれも姐さんの「まぁ勝手にやってしまえばこっちのものだけどね」なんてデンジャラス発言で沈静された。
「「ねえええええさあああああん」」本日二度目の雄叫びは野菊ちゃんとの合唱でした。比例して椿姫ちゃんは私達の間でカチコチに固まっている。やっぱりラスボスは姐さんだったわ。
「と、言うのは最終手段にして、閑。ちょっといらっしゃい」
ちょいちょい、と手招きして椿姫ちゃんと一緒に私達から背を向けた姐さんは何やらひそひそと内緒話をしだした。そんな不思議な行動に、野菊ちゃんと二人して顔を見合わせる。はて、何の話をしているのやら。
ゴニョゴニョゴニョ。ゴニョゴニョゴニョ。
実に数分。謎の内緒話は続き、話終わったのかくるりと此方を向き思案顔をする椿姫ちゃん。見飽きた不機嫌顔が一瞬、戸惑いを見せた。かと思えば通常通りの無表情へと戻る。そして、
「お世話になります」と。
「「は?」」
単語ではなく割りと長めの一言。
野菊ちゃんと二人して間抜けな声が漏れた。だってね、だってねぇ。あんなにも頑なに『OK』出さなかったのにものの数分でコロッと返事を変えちゃうなんて。姐さんいったい何を吹き込んだの。
「これで済んだわね。紅香、申請は貴女がするのよ。いいわね?」
「は、はーい………」
ニコニコと何事も無かったかのように進める姐さん。聞けない。ろくでもないことではないんだろうけど、何故か聞く気になれない。まぁ、全部丸く収まった訳だしいっか!
ポジティブシンキング!という訳じゃないけど悪いように考えたって仕方ないのもまた同じ。ぐちゃぐちゃ考えるのは性に合わないってのも理由の一つだけど、一旦そこで思考を区切り徐(オモムロ)に鞄を漁る。突然の行動の私に三人の視線が注がれるのが見なくても分かった。にひひ。抑えることの出来ない笑みはそのままに、取り出したのはいつも持ち歩いているカメラで、
「それじゃあ記念に一枚、撮りたいんですけど良いですかねぇ?」
この瞬間を記憶と共に。
「あら、いいわね」
「賛成ですわ!」
「タイマーセットするから並んで並んで」
「乃々ちゃん、閑のこと捕まえていてねぇ」
「了解!」
「その前に紅香、これ」
「んぁ?」
「お祝い、としてね。受け取ってちょうだい」
「えっ、でも、そそそそんな!!?」
「隊結成の記念品ですね!いいなぁ!」
「高くないですか!?それ!!?」
「あら、そんな大した物じゃないわよ?」
「でもこれ!姐さんが大事にしていたトンボ玉の櫛じゃないですか……」
「私がしたくてしているんだからそう気にしないの。それに、貴女がこうして写真に残したいように私も何か形に残したかったんだもの」
「ね″ぇ″さ″ん″!!」
「わあああ!早く並んでください!時間時間!」
「はいはい、ほら前向いて、」
「は″い″」
……──ピッピッ、カシャッ。
「「あ″」」
「……………ふふ、もう一回撮りましょうか」
ぐたぐだと流れる光景をフラッシュが包んだ。ぐずぐずとみっともなく涙を流す私の真っ赤な髪には、姐さんから貰い承けたインディゴ色のトンボ玉が、そして姐さんの光に反射して見える青い髪にはアップルグリーンのトンボ玉が控えめにきらりと輝いていた。
涙を拭い前を向く。満面の笑みでピースをする野菊ちゃんとほんの少し恥ずかしそうに睨み付けている椿姫ちゃんを尻目に、どうしようもない真っ赤な目元を綻ばせた。
「ほら、笑いなさい」
それは私に言っているのか椿姫ちゃんに言っているのか。野菊ちゃんの元気な声を最後に光が私達を包む。
「はい、ちーず!」
ピッピッピッピッ─────……
18.1.23
長いので二つに分けました!ついでに姐さん視点とお嬢視点です☆