一時の戯れに一抹の不安


……失礼しました。

見るからに肩を落とし、落ち込む同輩後輩の集団がスライド扉を抜けていくのを見送りながら心の中でひっそりと合掌しておく。どんまい。何が悪いとかそんなもの誰もなんとも言えることではないが、敢えて言うならばそれは彼らの『運の悪さ』と、もうなんの荷物も残っていないこの隊室の主の『運の良さ』の差だろうか。その元凶を作り出した張本人はというと、意気揚々と先程使っていたトランプで鼻歌混じりにトランプタワーを作成中だ。因みにもうすぐ三段目に突入しようとしている。早い。

「あの、いいんスか?折角の勧誘ッスよ」

俺の問いかけに、えー?と間の抜けた返事をする元隊長、要さん。要さんのトリオンの成長が止まり、山を下るように緩やかにトリオン量も下がってきている事が分かってから、隊長が隊解散の意を示すのにそう時間は掛からなかった。「あんた達も好きにするといいわ」と、そう言われても「はい分かりました。」なんて一言で済む話ではなかった。そもそも自分たちの気持ちだって追いついていないと言うのに、それでも一日二日と過ぎ去って、私物が散乱していた部屋に自分たちの物が何一つない状態を目の当たりにしたら、もう何も言えなかった。現状を受け入れる他何一つ選択肢がない状態に正直愕然とした。

やって来た当初のように、綺麗に整頓された真っ白な机だけの部屋に隊長は居た。忘れ物を取りに来ただけだったのに、その忘れたトランプで今のようにタワーを建築していた為に切り出すタイミングを見失い、隊長の遊びを見守る形へと落ち着いてから既に一時間は経っているだろうか。「何してるんスか」「いや私モテモテみたいで遊んでた」と訳のわからないやりとりの末、俺からして二組目の集団を見送ったのがつい先程の出来事である。果たして彼らは隊長からして何組目だったのか。興味は湧いたが、聞くのは止めておいた。

「隊長、オペに移るんスよね」
「きょーすけー?私もうあんたの隊長じゃないよー」

ちょん、と塔上のカード二枚を上手いこと乗せながらクスクスと笑みを漏らす隊長。四段まで来ていたみたいで下からまた追加し、五段にしようしていた。「あれ、これ上まで行くかな」と変わって心許ない声音を聞かながら、その作業を見つめた。

「そのままうちのオペになれば良かったじゃないッスか」
「そんな入れ替わり出来る訳ないでしょー。出来たとしても一人でも欠けたらそれはもう菫青隊じゃない」

無茶苦茶な言い分だと言うことは自分だって重々承知しているつもりだ。ぴしゃりと言い切られたキツ目な言葉にでも、と未だに口をついて出てきそうな言葉が濁る。「そう、ッスけど…」段々と萎む憤りは既に鎮火寸前だった。あんな、優しげな眼で諭されてはこれ以上何も言ってはいけないように思えて、自然と口を一文字に結ぶしか思いつかなかった。そんな様子の俺を端目に、隊長は苦笑を漏らすとごめんごめんと軽く手を払い、そういう意味ではないと言う。

「それにね、いい機会だと思ったのよ」
「きかい…」
「ん。世代交代みたいな?そう言っちゃうと早い気がするけど、皆それぞれ自分で考えて動けるようになったし、なんなら他のポジションを一から学び直す事もできるし、それに何より、自隊を立ち上げるいい機会だなぁって思ってね」


「……なら、俺が隊立ち上げたら、隊長きてくれますか」


瞬間、水を打ったように、ぴたりと何もかもが止まった。時間が、空気が、何よりも隊長の動きが、止まった。なんとも言えない雰囲気の中、先に動いたのは隊長だった。数秒とも満たなかったであろう停止は体感からして数分とも取れたけれど、実際は恐らく一分も経っていないように思う。建築途中のタワーから視線は逸らさず、隊長は「別にいいけど、」と一旦言葉を区切った。そして、嬉々と弾んだ声で笑みを俺に向けて告げるのだ。

「いくら京介でもジジ抜きはしてもらうからね」




「すみません」と、また誰かが訪れたのと「俺そろそろ出ますね」と腰を上げたのはほぼ同時だったように思う。あれからまた大分待った。けれど幾ら待てどトランプが隊長の手から開放される様子は見られず、ただただ時間だけが悪戯に過ぎ去るという結果に終わりそうだ。なんだこの無駄な時間は。

「えーもう行くの?てか何しに来たのよ」
「もうって、結構経ってんすけど…」
「えっ、まじ?」
「たい、いや要さんの遊び道具になってるそれ取りに来たんスけど、気に入ってるようなので…餞別ということで」
「それって私が京介にあげなきゃいけなくない?」
「?いえ、これであってます」
「あらそう…」

じゃあお言葉に甘えて、とそこで誰か入って来て、隊長が涙目になる自体が起こった。「すみません」と一言断って入ってきた先輩にあたるその人。スライド扉から、元菫青隊の隊室へと足を踏み入れたその時、それは耳に届くか届かなかの音ともに崩れ去った。微かな振動でか、若干の動揺でか、机がカタッとほんの少しだけ揺れた。あ、と声が漏れるよりも早く、彼女の目の前でパラパラと崩れ落ちるそれ。まだ上まで到達していなかっただけに、両手はそのまま崩れ去ったタワーがあった場所でプルプル震え隊長の身体も震えているように見え、なくもない。

状況処理の追いついていない、入ってきたばかりの先輩に簡単に挨拶だけ残し、俺は早々にその場を後にした。ピシリと固まった隊長と、待てと助けを求めるように立ち去る俺に向けた手は見えないふりをして、すみませんと心の中で謝罪。

それから数秒後、閉められた元菫青隊の隊室から、男の慌てふためく声とドタバタという物音だけが背に響いた。

ああ、本当すンません、二宮さん。

16.9.29
捏造@二年前時間軸で烏丸がまだ本部所属で入隊から大分時間経ってたんでこりゃいける!と思って姐さん隊長時代の隊員にしちゃいました。これからの絡みが楽しみです(-´∀`-)